「……で、作っちゃったんですか?」
「ああ、まあ……うん」
えええ……なんじゃそら。
予想の斜め上の話が飛んできたんだけど……私ってそんな愛のない動機で作られた子供だったんですかい?
なんというか……アレだ。この『金獅子のシキ』って海賊は、けっこう悪党の部類に入る……というか、しいて言えば、『赤髪』や『白ひげ』みたいな、仁義や人情を重んじる系の海賊じゃなく、いかにもというか海賊らしい海賊、って感じがする奴だ。
島で聞いた評判もそんな感じだったし。
だから、求められて抵抗できずに……とか、そういうアレでできた『望まぬ子』なのかもしれない……とはちらっと思ったし、覚悟してた。
けど、なんか母親の方がむしろ大親分をドン引きさせるレベルのぶっ飛んだ奴で、『父親は強い方がいいんでプリーズ!』なんて動機で作ったなんて誰が思うよ……?
発想から行動まで全てが恐ろしくサイコないしマッド気味なんだが、実母……。
しかもその中でさらっと明かされたんだけど……多分これだよね、シキがさっき言ってた『ショック受けるかも』っていう事実。
人体改造!? 超人母体!?
えっ、何……私そんな感じで遺伝子とか諸々いじくられた身の上だったの?
直接手術とか改造されたわけじゃないから、『サイボーグ』とは呼ばないかもしれないけど……『改造人間』には変わりないよな。
ええと、何ていうんだコレ……? デザインベイビー? それともコーディネーター?
いやでも、確かにコレちょっとショックかも……私、改造人間だったんだ。
ということは……今まで私が必死の修行で手にしてきたと思ってた身体能力とかそのへんって、もしかしてその強化措置的な奴の影響で……?
「いや……多分だが、それはねえと思う」
しかし、呟くように聞いたそんな疑問は、意外なことにシキによって否定された。
え、どうして? 私の体、胎児の頃から色々いじくられてるんです……よね?
「……さっきの話の続きになるんだがな。確かにお前の……というかソゥの改造と……あー、Dr.インディゴ! こっからの説明お前頼むわ」
「あ、はい。承知しました」
と、そこでなぜか、Dr.インディゴにバトンタッチして説明は続く。
「ではここからは、割と専門的な内容も混じってきますので私が。あ、今ご紹介にあずかりましたが……Dr.インディゴと申します。あなたの母君がご存命だった頃は、共同研究をしていました」
私がシキの娘だからか、敬語で話しかけてくる。
そして、彼の口から順序だてて説明は続いた。
私の母こと、ソゥは、私を妊娠した後、予定通り様々な手段で自分の体にさらに手を入れ、それを介して私の体を様々にいじくっていった。
検査結果は毎度順調そのもので、私は母のお腹の中で、確実に『超人』として育ちつつあったとのことだ。
しかし……そのまま行けば母は、十月十日後には完全体となった私を出産したのだろうが……その途中、おおよそ8か月頃になって、想定外の事態が起こった。
母は、度重なる投薬や外科的処置によって自分の体をいじくっていた。
その影響で、体が本来持っている免疫機能が落ちていたらしく……母の体をむしばむ、元々あった『不治の病』とはまた別な病にかかってしまったのである。
これも感染するようなものではなかったものの、あろうことか妊婦がかかると胎児にもろに影響が出てしまうタイプのそれだった。
大急ぎで母は処置を行い、病気を治そうとしたものの……改造手術その他の負担によって体力が落ちていた母の体は、その病魔を中々退けることができず……ようやっと完治させた頃には、しかし……手遅れだった。
その病気の影響は、胎内で育っていた私に大きく及んでいて……それまで順調に『超人』として育っていたはずの私は、すっかりその面影をなくしてしまった。
普通の人間の胎児と変わらないか、ともすればそれよりも虚弱かもしれない、といったレベルにまで、生命力を落としてしまっていたのである。
残り2か月弱の妊娠期間では、到底リカバリー不可能なほどに。
そこまでDr.インディゴが話したところで、横から手で制してシキが再び説明を引き継いだ。
Dr.インディゴはまだ何か話したそうに……というか、シキに何か言いたそうにしていたものの、すぐに引っ込んだ。……? 何だったんだ今の?
「そういうわけで、結果を言えば、お前に対する改造処置は失敗してんだ。だから、その体の潜在能力も……まあ、俺から引き継いだであろう、そもそものそれを除けば、きれいさっぱり失われているはずだ。ソゥ曰く……成功すれば、リンリン……『ビッグ・マム』レベルの身体能力、ないし潜在能力を持ったバケモンが生まれてくるはずだ……とか言ってたからな」
「どんな無茶苦茶な改造措置を施そうとしてたんだそれ……まあ、『ビッグ・マム』がどのくらいのレベルなのか知らないんで、何とも言えないですけど」
何せ『四皇』だし、滅茶苦茶強くて怖い、ってことくらいは知ってるけどさ。
懸賞金額、43億8800万ベリー……歴代女海賊最高額は、決して伊達や酔狂でつく額じゃないだろうし。
あと仮にも自分の子供をバケモン呼ばわりすなよ。
「リンリンは確か、昔聞いた話だと……5歳の頃すでに、巨人族の子供と同じくらいの体格だったって聞いたことあるな。本人に」
「……ビッグ・マム、って巨人族だったんですか、知りませんでした」
「いや、人間だが」
人間とは。
「そんで同じく5歳の頃、野生の熊をパンチ一撃で即死させたらしい」
「………………」
「同じく5歳の頃、癇癪を起こして暴れて巨人族の村を壊滅させたらしい」
「そんなモンスターになるところだったんか私は」
シキの話がマジなのかはわからないが……脚色入ったそれであってほしいぞむしろ。
そんな逸話がある、事実だとしたらナチュラルボーンデストロイヤー極まりない怪物を作り出そうとしていたのか、そのソゥって女は。
まあ私の産みの母親なわけだが。
「まあ正直俺はそこまでは信じちゃいない。俺はリンリンのレベルってもんをきちんと知ってるが……あんなもんを人為的に作れるとは、ソゥの才覚を認めた上でも思えねえしな。ソゥがリンリンの力を低く見積もってた、ないしは理解しきれていなかったと見てる。もっとも、そうだとしてもあいつが太鼓判を押すレベルだ、成功していれば、十分異常な化け物が出来上がってたんだろうさ」
「けど、結局は失敗したと」
「ああ、そう聞いてる。ソゥは結局そのまま俺の船を降りた。もはや無事に子供を産むことすらできるかもわからないが……もし生まれたら、妹に託すつもりだ、と言ってたな。そんで、その時に聞いた妹の名前が……『クゥ』だった」
「……私の母ですね。あなたの話が本当なら……『育ての』ですが」
……そういえば、思い出した。
昔……コレ、レイリーやシャッキーにも話したことあったと思うんだけど……お父さんの書斎のアルバムを勝手に見て怒られたことがあったんだっけ。
その中の写真に写っていたお母さんが、写真の日付と、私の生年月日から見比べてみると……臨月なのにお腹が全然大きくなってなかった。
それ聞いたら『お母さんはたまたまお腹が大きくならない体質だっただけ』って答えられたんだけど……そしてそれ私、普通にそのまま信じちゃったんだけど……あれってもしかして、そういう意味だったのか?
その後お父さんにしこたま怒られて……しかし、何で怒られたのかというか、お父さんが一体何に怒ってたのかがいまいちわからなかった。
普段のお父さん、部屋に黙って入っても別に怒ったりしないのに。
私が、お母さん達の実の娘じゃなくて……それを知られないためにアルバムを見せたくなかった……と考えると……つじつまが合う。
そんなことを私が考えていると、
「そんなわけで……俺らはそこで別れちまったこともあって、お前が無事にその後生まれて育っていた……ってことも知らなかったわけだ。こんなところに引きこもってると、世情にも疎くてな。だが、こうして生まれ落ち、生き延びていたと知った以上は……だ」
そう言ってシキは、私のことを真正面から見る。
「さっき言ったことの繰り返しになるが……お前は俺の実の娘であり、忠実な部下だったソゥの忘れ形見だ。本来いるべき場所に……この『金獅子海賊団』に迎え入れようと考えるのは、おかしなことじゃあるまい」
「立場や血縁を考えればそうですね。……でもお断りします」
「ほぅ……不満があるのか、この俺の提案に?」
「そっちに不満というよりはむしろ……私は今の現状に満足していますから。確かに、本来たどるべき道筋から見たら、大きく外れた場所で生まれて育ったのかもしれないですけど……私はそれを、おかしいこと、修正すべきことだとは思ってません」
もし、そのソゥ……実の母が予定通りに私を出産していたら、私はこの『金獅子海賊団』で育てられ……親子二代にわたってシキの部下として、彼に付き従っていたのかもしれない。
けど、結局そうはならなかった。
そして私は、『金獅子海賊団』とは何一つ関わり合いにならないまま育ち……すでに、私の人生を歩んでいる。
『本来はそうではなかった』ともそもそも思わないし、仮にそうだったとしても、それを今更になって軌道修正しようとは思わない。
私は今の……レイリーやシャッキー、エディちゃんやモルガンズ、ハンコックやテゾーロやステラと仲良く楽しく過ごせている、この人生に満足している。
……まあ、賞金首になっちゃったりとか、不本意なこと、嫌なことも色々あったけど……それも含めて、間違いなく私の人生なんだと受け止めているし、自信持ってそうだと言える。
だから今更、『ここが本来お前がいるべき場所だ』と言われても、そんな風には思えない。
きちんと言葉を尽くしてそう伝えはしたんだけど……最初と同じだ。
どう見てもシキは、私の返答に満足ないし納得していない。
「そういうロマンチスト気味な部分は、母親に似てねえな……。自分の意見を持ってるのも、自分の人生に迷いを持ってねえのも結構ではあるが……そう言われてはいそうですか、って俺が引き下がるとでも思うか?」
「ぶっちゃけ思ってないですけど、引き下がってほしいなとは思ってます」
「ジハハハハ……無理言いやがる。血縁や立場を抜きにしても、お前っていう人材の価値がどれだけのもんか、さっきの手合わせやら何やらの中で理解しておいて……海賊としてそういう選択肢はとれねえなあ……。できればお前の方にこそ、俺が穏やかに交渉のテーブルについているうちに、うなずいてほしいと思ってるんだが」
さっきまでは一応、思い出話も含めた、わりとソフトな空気だったのが……だんだんと剣呑な雰囲気になってくるのがわかる。
まあ……最終的にはこうなるんじゃないか、とは最初から思ってたけどね。
私がシキの要求を呑む気がなくて、シキが私を諦める気がない以上は。
「悪い話じゃねえとは思うんだがな……最初に言った通り、俺はお前が望むもの、お前に必要なものを全て与えてやることができる。金も、強さも、知識も……お前という存在を、あらゆる意味で一段どころか五段も六段も上のステージに連れていくことができる。そう言ってんだ」
それでも、私だってできれば穏便にことを済ませたいと思って―――
「それに、お前に今ある力ってもんの活かし方もな。『海賊文豪』なんて呼ばれて世間じゃ名前が通ってるらしいが……俺ならお前が作家として得たその名声や立場を、存分に生かした立ち回り方ってのをゼロからレクチャーできる。今まで思いもしなかったことかも知れねえが、その気になりゃそんなちまちま小説なんぞ書くようなことをしなくたって……」
「おい」
―――自分でも、びっくりするほど低い声が出た。
いきなり話を遮られて、シキが驚きつつも不機嫌になったように見える。
「その先は……慎重に言葉を選べ」
「……あ?」
けど……今の話は、今の話だけはそのまま聞き逃せん。
「悪いけど『金獅子のシキ』……あんたが私の実の親だろうと伝説の大海賊だろうと、その部分には口を出してほしくない。今話してるのは、私が金獅子海賊団に入る入らないの問題であって……私がやっている作家稼業がどうこうってもんじゃない。だからそこには触れるな」
「いきなりどうしたお前……随分と何やら強気になって話しかけてくるじゃねえかよ。というか、だからよ……そのお前の生き方についても俺は、うちに来ればもっといいもんにしてやるって言ってんだ。お前が今まで築き上げた立場ってやつの使い方をな? ちまちま本なんか書かなくなって、金も名声も俺が……」
「このベネルディ・トート・スゥが金やちやほやされるために本を書いていると思っているのか貴様はァ―――ッ!!」
いきなり立ち上がって叫び出した私に、怒りとか不快感を通り越しているのか、驚いてきょとんとするシキとDr.インディゴ。
しかし、ぶっちゃけそう言うのも含めてどうでもよくなるくらいに、一瞬でヒートアップしてしまった私は、構わず続ける。
「富? 名声? ああ確かにいるだろうね世の中にはそういうのを求めている作家も! そして別に私はそういう人達を否定するわけじゃない。創作活動に、そしてその先に何を求めるかなんて人それぞれだ。各々モチベーションを高く保てるスタンスを貫けばいい。けど! 私は違う!」
「私にとって必要なのは……小説を読んでもらうこと! 私は、小説を誰かに読んでもらうために書いている! ただそれだけの単純なものだけどこれが私にとっては一番大事なことだ!」
「私にとって小説とは! 本っていうのは! 私の中の『面白い』と思う空想を、活字を通して多くの人に届けて共有すること! それを面白いと思ってもらうこと! それを共有して、笑って、泣いて、感動して、そして彼ら彼女らが明日を生きる希望とかモチベーションのほんのひとかけらにでもなればいい! 彼ら彼女らの人生におけるいい思い出のひとつになって、記憶の一ページのほんの端っこにでも刻まれればいい! 私が作家をやってる理由はそれだ、ただそれだけだ!」
「だからファンの数が増えればうれしい……私の作品をそれだけ多くの人が読んでくれて、多くの人が幸せな気持ちになったってことだから! 印税でお金が入るのだって、それだけの人が、お金を払ってでも読みたいって、そのくらい面白くて、読むと幸せだって私の作品を思ってくれてるってことだから! 名声も立場も、その根底にあるのが読者の皆との思い出の『共有』であり『幸せ』であり『希望』だからこそ私はそういうのが嬉しく、心地よく、光栄に感じている!」
「だがだからこそ! 私はそうしてつかんだものをそんなくだらないことのために使うという愚行を絶対に許さないし認めない! 海賊だのなんだの呼ばれようがもう割り切ってるし知りゃしないが……私はたとえ天地がひっくり返ろうが、書きたくないものは書かないし書けない! 作家として手にしたものをそれ以外のために使うなんてことは絶対にしない!」
「それが答えで、私の全てだ! わかったか『金獅子のシキ』!!」
自分でもびっくりするくらいに一気にそう言い切った私は、息を乱しながら……いまだに『きょとん』状態のシキをとDr.インディゴ見返す。
しかし、しばしして突如笑い始める。
「ジハハハハ……なるほどなあ。母親に似てねえと思ってたが……こりゃそうでもねえな。傍から見たら全然理解できねえ変なところに、異常なこだわりを見せるところなんかはそっくりだぜ」
「それはどうも、誉め言葉と受け取っておきます」
今の話は半ば勢いのままに口から出た感じではある。
が、決して嘘じゃない。むしろ……勢いそのままに言ってのけた分、私の本音まさにそのまんま……って感じである。
前世の知識の中にあるマンガの1つ。その中で……とあるキャラがこんなことを言っていた。
そのキャラは、14歳とかそこらでデビューまで行った天才漫画家とまで言われているキャラクターだったと思うんだが……
『自分にとってマンガを描くことは呼吸をすること。マンガを描かなければ死ぬ』
こんな感じのセリフだったと思う。一言一句合っているかはわからないが。
かなりぶっ飛んだ内容のセリフだとは思うんだが……ぶっちゃけ私は、このキャラの言っていることがすごくよくわかる。
私にとっても、最早『小説』という形でのアウトプットは、ほとんど生きることそのもの、人生そのものだ。
やらないと死ぬかどうかはわからないが、割とマジでストレスとかでどうにかなってしまいそうな気はする。
作家とは、執筆とは、私にとって人生だ。
だからこそ、そこに連なる全ての物事に対して、私は真剣になる。真剣にしかなれない。
「で、ご納得いただけましたか、親分さん?」
「そいつはもちろん……Noさ」
直後、シキは手のひらを部屋の窓に向けてかざすようにする。
それと同時に、窓全部がバタン! と音を立てていきおいよく開いた。
このアジトは『冬島』部分に建っているので、勢いよく冷気が流れ込んでくる。
「ここまで意見がぶつかっちまったら、これはもう言葉じゃどうにもならねえよ。だとしたら……もうやることは1つだ」
「……野蛮」
「だが、お前も何だかんだで好んで用いている方法だろう? これが一番手っ取り早い……それも否定はできねえはずだ」
言いながらシキは立ち上がり、私に目配せをして、窓のところに歩いていく。
私も、言いたいことを察して……別な窓に歩いていく。
「当り前っちゃそうなんだが……お前には親として何も教えてやれなかったからなあ。せっかくだ……今教えてやるよ。この海に生きる……海賊の流儀って奴をな」
「なるほど、シンプルで結構……じゃ、あんたに勝てば私は帰っていいってわけだ?」
「ジハハハハ……俺が勝ったらもらうぜ、お前の全て。力も、頭脳も……名声も、人生もな」
「約束はしないよ。私、そんなに潔くもないし、諦めも悪いし」
「結構、結構……生きのいいじゃじゃ馬は従えがいがあるってもんだし……な!」
次の瞬間、
大きく開いた窓から……私とシキは、同時に外に……空に飛び出した。