「被害状況はどうだ?」
「甚大と言えば甚大ですが……十分にリカバリーは可能な範囲です。幸い、攻撃がほとんど遠距離からの砲撃だけでしたので、人的被害は軽微なものにとどまっています」
「現在、傘下にある技術者達を総動員して調査及び修復の手配を行っていますが、やはり数週間は見た方がよろしいかと……」
「……まあ、それはいい。大将を動員されてこの程度で済んだのであれば十分許容範囲内だ。急かすことはしないから、確実にやれ」
「「はっ!」」
大将“青キジ”率いる海軍艦隊によって、シキの本拠地である『メルヴィユ』が襲撃を受けた、その翌日。
シキはいつもの玉座で、部下達から被害状況などの報告を受け取りつつ、細かく様々な指示を出して動かしていた。
部下も報告していた通り、今回の襲撃による被害は決して小さくはないが、それでも十分に補填は可能な範囲である。
もともと海賊は荒事が本領であり、破壊することもあればされることもある。そこからの立て直しについても、シキやその部下達は十分なノウハウを持っている。
立て直しができないほどの甚大なダメージであるならばともかく、どうにかなるというのであればさして大きな問題ととらえることはなかった。
「ひとまずこの島は近々大きく位置を動かす。ここに来た方法については予想はつくが……また別な方法でまた兵を送り込んで来ねえとも限らん。しばらくはほとぼりを冷ますことにする」
「了解しました」
シキとスゥ(と、Dr.インディゴ)の合体技によって青キジを退けた後は、戦闘全体の決着もすぐについた。
というより、そのままシキが手を下してつけたのだが。
総大将がリタイアして恐怖と混乱の最中にあった海兵達の元に舞い降りたシキ。
軍艦はどれも、青キジが海を凍らせたことによって固定されていたが、それらの軍艦を、蹴りで放った飛ぶ斬撃で氷ごとバラバラにした。
そして、その部分だけ『フワフワの実』の能力を解除。
そんなことをすれば、どうなるかなど自明の理。
切り刻まれた軍艦や、周囲のかなり巨大な氷塊もろとも、眼下に広がる大海原めがけて、全てがあっけなく落ちていった。
そうして海軍を一掃して見せたシキは、拠点に戻って大まかな指示を出した後、さすがに疲労が大きかったため、その日はすぐに休んだ。
そして翌日、こうして今回の一件への本格的な対処のための報告と指示を行っている……というのが現状である。
「裏切り者はもう捕まえたんだったな?」
「はい。襲撃の混乱に乗じて逃げようとしていた者を何人か。ただ、事実確認等はまだでして……怪しい者は片っ端から全員捕まえました。現時点では全員その事実を否認していますが……」
「全員じゃねえかもしれねえが、本物もその中にいる可能性が高いだろう。後で尋問なり家探しなりして何としても見つけ出せ」
「はっ!」
「……それと、Dr.インディゴ」
「はい?」
「あいつはどうしてる?」
「……ああ、お嬢ですね。今は確か……」
☆☆☆
「おかわり!」
「は、はい、かしこまりました!」
「い、今作っておりますのでしばしお待ちを!」
「あーうんゆっくりでいいよ、別に急かさないから」
「おいおい、お前フードファイターか何かかよ?」
「ん? あ、ども、ご馳走になってます」
アジトの食堂で朝ごはんを食べさせてもらっていたところに、シキがやってきた。
私の食事風景を見て……なんだか驚きと呆れが一緒くたになったような表情になっている。
シキの視線の先には、私のついているテーブルの上……そこに並んでいる、空になった無数の皿がある。
丼やパーティサイズの大皿も含めて、何十人分もの食事が入れられていたものだけど、今言った通り全て空だ。入っていたものは全部、私が食べきってしまった。
フードファイターもびっくりの量である。
そりゃ、こんな光景を見れば驚きもするだろう。
というか、食べてる私も驚いてるよ。
どうなってるんだかコレ……私今まで、こんな滅茶苦茶な食欲出たことなんてなかったよ?
そりゃ女にしては割と大柄だから、結構食べる方だったけど……こんな、原作ルフィみたいな量を一度に食べたことは、これまで一度もない。
しかもまだまだ足りないと来てる。どれだけ食べてもお腹いっぱいにならない。
体がまだまだ食べ物を、栄養を欲している。
満腹中枢がバカになってるだけで、胃袋はすでに限界……というわけでもなさそうだ。
全然お腹痛くならないし、なんならたいしてお腹が膨らんでる様子すらない。片っ端から消化してエネルギーに変えてるかのようだ。
給仕の子がツナギに持ってきてくれた果物をさらに食べる私を見て、シキとDr.インディゴは、珍獣でも見るような目つきになっていた。
「まあ、備蓄はまだまだあるからいくらでも食やいいがよ……『覚醒』は体力を使うから使った後は疲れるし腹が減るのは俺も知ってるが、ここまでのことになるもんか?」
「……もしかしたら、という程度ですが、理由の予想はつきます、親分」
「! ほぉ、そいつは何だ、Dr.インディゴ?」
「あーっと……少々アレな内容なので、後にさせてください。人の目がある場所ではなく、別室で……できれば食べ終わった後にお嬢にも同席いただいた方がいいかと」
「ん?」
「そうか……おい、聞いてたな?」
「え? ああ、はい、聞いてた聞いてた。やっぱポテトサラダにリンゴは邪道ですよね」
「あぁ? 何言ってんだお前、ねっとりした中にあのシャリシャリ感が混じってるのがいいんだろうが。キュウリやピクルスだって入ってることあるだろ、あれと同じだ」
「えー、でもキュウリやピクルスは食感や塩味がアクセントになるけど、リンゴは果物の甘さが一緒に来るからちょっと違和感出てきません?」
「バカお前、それがかえって爽やかな……って違げえよ! そんな話はしてねえだろうが! お前聞いてなかったんならそう正直に言え、何だポテトサラダっていきなり!」
「おめェも何で1回ノったんだよ!?」
私とシキのおバカなやり取りに、スパァン、と遠慮なくシキの頭をひっぱたいてツッコミを入れるDr.インディゴ。
キレのある見事な一撃だった……こやつ、やり慣れておるな。
なお、このあともうしばらく私の食事は続き……
で、別室。
というか、初日に私がシキから色々聞かされたあの部屋。
「さて、お嬢の異常な食欲の理由についてですが……推測でしかありませんが、お嬢の潜在能力が覚醒しつつあるのではないかと」
Dr.インディゴは、そんな感じで話を始めた。
「ソゥが妊娠中、お腹の子供……すなわちお嬢を、外部から改造を進めて『超人』として育てていたことはもうお話ししましたね? 最もそれ自体は、先日の話の通り、病によって失敗に終わった……と思われていたのですが」
「実際は成功していた、と?」
「より正確に言えば、処置自体は完了し成功していた……が、お嬢自身の体内でそれが実を結ぶ前に病の影響で妨害され、『完成』はしていなかった、という状態だったのかと」
そこからDr.インディゴが話してくれた内容をまとめると、こんな感じになる。
ソゥによる、私が『超人』になるための処置は、ほぼ全て終了していた。
彼女の胎内にいる私の中に、すでに『超人』になるための材料というか要素は全て取り込まれ、用意は整っていたのだ。
あとは、こまごまとした処置を除けば、私が胎内できちんと育って、生まれるのを待つばかり。
そのまま育てば、体内にそろっていた材料を使って体を作り、生まれてくる頃には私は『超人』になっているはずだった。
しかし、その途中で件の、胎児に影響がある病にかかってしまったため……その最後の『体づくり』の段階がストップしてしまった。
普通の子供として育つことはできたけど、『超人』にはなれなかった。
けど、さっき言った通り、私の中にはすでに『超人』になるための材料はそろっていて……肉体を構成する材料として生かされることはなかったものの、消えることも排出されることもなく、死蔵され眠っているような状態になっていた。
それは、普通の子供として生まれ、普通の人間として育ち、大人になってからも……体の中でじっと眠り続けていた。
その『超人の材料』が、先日のシキとの戦いの中でついに目覚め、私の体に取り込まれ……本来の仕事をし始めたんじゃないか、というのが、Dr.インディゴの仮説である。
『覇気』が生死のかかった戦いの中でこそ花開き、大きく成長するように……肉体もまた、何かのきっかけでタガが外れて大きく成長することがある。
シキとの戦いで私は、訓練でも模擬戦でもない本物の戦いの中で……剣も、能力も、覇気も、そして『覚醒』すら使って……あらゆる意味で全力を出して戦った。
今思えば、そんな風に戦ったのって初めてかも……なんだかんだで今まで、余裕で勝てる戦いがほとんどだったし、レイリーとか勝てない相手への戦いは、全力ではあったけど、所詮は訓練の中のことだったと思えば……精神の部分の必死さ、真剣さが足りなかったとも言える。
それ以外に何度かあった、『億越え』の海賊とかとの戦いを含めても、一番『全力で』戦ったのはいつか、と聞かれれば……うん、間違いなくこの間だな。
あの時は、ホント自分でもこんなに私力出せるんだ、ってくらいに、実力もそうだし、集中力もピークの状態が最後の最後まで続いたのを覚えてる。
文字通りの『全身全霊』を注ぎ込んだ戦い……それが、肉体の中に眠っていた『超人』が目覚めるきっかけになった可能性が高い、と。
「仮にこの仮説が合っているとしまして……お嬢の体に今後どのような変化が起こるのかは、正直予想がつきません。ただ、肉体を『超人』とまで呼べるようなそれへと変化させるのであれば……大量のエネルギーが必要なはず。さっきの異常なまでの食欲は、お嬢の体がそのためのエネルギーを欲したから、と予想できますね」
「すると、これからこいつはさらに強く変化していく、ってことか?」
「そこは申し上げました通り、実際にどうにかなってみないと何とも。ソゥの研究資料は見ましたが……まだまとめている途中だったのか、どうにも記述がふわっとしていまして」
「その『どうにか』なろうとしてる側からしたら、そんな気軽に構えてられないんですけど……」
たしか……『ビッグ・マム』級の怪物になるとか何とか……
その『ビッグ・マム』がどんな感じの人なのかまでは私、そこまで詳しく知らないんだけど……こないだシキが話してた内容だと、ホントにもうなんか、人間とは名ばかりのバケモンって感じなんだが……そんなのになりたくないぞ私。
「しかし、人体が急激に変化するにしても限度というものはありますし……『ビッグ・マム』のように、8m超えの身長とか、巨人族を瞬殺できる腕力とか、砲弾も刃も効かない肉体とかをいきなり手に入れるわけではないと思いますよ」
「だからそれ間違いなく人間じゃないってそれ……」
「俺も何度そう思ったか知れねえけどよ、アレ人間なんだよ種族的にはマジで」
「まあ、四捨五入したら間違いなく巨人族とかになりそうな『ビッグ・マム』の話はひとまず置いておいて……ソゥの研究資料から推測できる感じですと、主にお嬢の体で変化していくのは肉体……フィジカルの部分だと思われます。そこに関係ある血統因子を重点的にいじっていたような記述が多かったですから」
「身体能力が超人的なそれになる、と?」
「ひとことで『超人』といっても、受け取り方によって色々ありますからね……世の中には、体に機械を埋め込んだり兵器を搭載したりすることで強大な戦闘能力を得る『超人』もいれば、同じく『血統因子』の操作によって、人間にはない身体機能等を発現させた『超人』もいると聞きます。ソゥのやろうとしたことは恐らく、どちらかといえば後者……しかし、よりシンプルにフィジカルのみを追求した強化だったように見受けられました」
「身体能力がすごいってだけで、できることの種類自体は普通の人間と変わらないと?」
「ええ、見た目の派手さ・奇抜さはありませんが、その分シンプルゆえに鍛える方向性がはっきりしていて扱いやすく、それでいて弱点も少ない。生まれながらにそれを極めていた存在が『ビッグ・マム』であるということを考えれば……」
「なるほど……そりゃ確かに十分驚異的な戦力だ」
『ビッグ・マム』という存在を昔から知っているらしいシキが納得したようにうなずく。
……なんかシキって、単に同じ時代を生きた海賊だっていう以上に、『白ひげ』とか『ビッグ・マム』について深く知ってるような印象なんだけど……他に何か繋がりでもあったのかな? 今度聞いてみようか。
「ちなみにその技術……再現できそうなのか、Dr.インディゴ?」
「無理ですね。内容が複雑すぎる上、不確定要素が多すぎてどう考えても実現不可能な技術です。お嬢のコレは、あらゆる分野に精通しているソゥが、問診も検査も必要ない『自分を実験体にする』という鬼札を切って、そこにさらに奇跡が5、6回起きた結果の成功、とでも言うべき事態ですよ。いや、成功かどうかは今もって不明ですが」
「なら、再現は考えるだけ無駄だな」
「お嬢、何か体に異変が生じたら隠さず我々に報告してください。検査を行ってしかるべき処置を行いますので」
「あ、うん。ありがと」
そんな感じで、私の体に起きた異変については説明(仮説だけど)が済んだ。
同時に私は、シキから、『覚醒』の連続使用で体にはそれ相応の疲労やら何やらが残ってるはずだから、しばらくここにいて好きに食っちゃ寝して休んでていい、と言われた。
あと、こないだ話になってた、シキの『金獅子海賊団』加盟を断る落とし前についても、今回の働きでチャラにしてやるってさ。気前いいな。
……何かそんな風に気前良くされると、私としてもされっぱなしはちょっとなー……みたいな感じに思えてきてしまうから不思議だ。
少し前までは、『こいつ絶対ぶちのめしてさっさと帰る』くらいに思ってたのに……一回共闘したからか? 今はそこまで嫌悪感はない。
それとも……やっぱり、何だかんだで肉親だから、なのか……。
最初にシキが……まあその時は煽りのために言ってただけなんだろうけど、確かに私にはもう『血のつながった肉親』といえばこの人1人しかいないってのも真実なんだよなあ。
これからしばらくの間、検査とか休息とかでお世話になることを考えると……
……うん、もうちょっと親孝行しても別に罰はあたらないかな?
「ところで親分さん?」
「あ、何だ?」
「今回の一件って、裏切り者だか密偵だかが内部にいたことが原因だったんですよね……よかったらその尋問、私手伝いましょうか?」
「? 尋問や拷問の心得でもあるのか、お前?」
「いや、そういうのは心得どころか経験もないですけど……私がやると、尋問いらないんで」