大文豪に私はなる!   作:破戒僧

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第12話 スゥ、遭難する

 

 

 今私は、遭難している。海の上で。1人で。

 

 乗っているのは一隻の小舟。人2~3人くらいしか乗れない程度の大きさしかなく、少しの大きな波で簡単に転覆してしまいそうな、頼りない船だ。

 帆どころかオールもない。イコール、自力で動くことができず、波に運ばれるままである。

 

 ここがどこかもわからない。どこにいけばいいのかもわからない。わかったとしても船を動かせないので、どっち道どうしようもない。

 

「はぁ……どうしてこんなことに……」

 

 溜息と一緒に、つい、そんな呟きが口を突いて出た。

 

 

 

 遡ること半日ほど前。

 私はご主人様達に同行して、今回の取引の現場に向かっていた。

 

 しかし、途中でとんでもない規模の大嵐に遭遇。

 なんでこんないきなり、って思いはしたものの……よく考えなくてもこんなもん『偉大なる航路』じゃ日常茶飯事である。

 

 むしろ『サイクロン』とかじゃなかっただけ助かったと思わなきゃだろう。

 いや、全然助かってはいないんだけども。

 

 それでも、大嵐だけならまだ何とかなったかもしれないんだが……船が転覆しないように耐えていた最中、突如現れた氷山が船底に激突して損傷。

 嘘は言っていない。本当に突如現れたのだ、氷山が、向こうから。一瞬前まで確かにそこには何もなかったはずなのに。そんで向こうからぶつかってきたのだ。マジで何なのこの海。

 

 船のあちこちから悪態と怒号と悲鳴とその他諸々が聞こえてくる中で、私はこのままじゃ確実に死ぬと直感して、生き残るためにやるべきことをやった。

 沈没がほぼ確定の大パニックの中である。もう既に持ち場を離れたくらいで何か言われるような状況じゃなくなっていたので、思い切って動いた。

 

 倉庫の扉を蹴破り、食料と、他にも使えそうなものをかき集めて防水の袋に入れて持ち出した。

 そして、浮き具を掴んで海へ飛び込んだ。

 

 その数分後、船が真っ二つになって沈んでいくのが見えた。

 

 その後しばらく、必死で浮き具にしがみつきながら波にもまれていた私だったが、運よく脱出用の小舟――嵐の中でロープが切れて船から脱落していたっぽい――を発見し、それに乗り移った。

 

 それから嵐が収まるまで、小舟が転覆せずにいられたのは、正直奇跡だったと思う。

 雲の隙間から青い空が見えた頃になって……どうにか助かった、と私は胸をなでおろした。

 

 ……まあ、状況的にはまだまだ全然『助かった』なんて口が裂けても言えないんだけどさ。

 

 

 

 さて、私が遭難する羽目になったのはこんな感じの経緯である。

 

 ご主人様や他の奴隷、用心棒の人達がどうなったのかはわからない。知りようがない。

 あの嵐の中、救命ボートもなしに助かることができるかどうかって言うと……普通に絶望的だとは思うが。

 そもそも船から脱出できてなかったら、そのまま一緒に海の底に引きずり込まれただろうし。

 

 そして、私の状況も中々に絶望的である。

 

 さっきも言ったように私は今、遭難中だ。

 このだだっ広い海で、ここがどこかもわからない状態で。

 

 一応、海図とコンパスは持ちだしたけど、今どこにいるのかもわからないのに役に立つもんでもないし、そもそも『偉大なる航路』ではコンパスは役に立たないんだった。何で積んでたんだ?

 記録指針(ログポース)があればよかったんだけど、あれは船の航海士が持ってたからなあ。

 

 食料と水は少ししか持ち出せなかった。節約しても果たして何日持つか……

 原作のサンジ幼少期みたいな状況……いや、陸地じゃなくて船の上、雨水溜まりもないからアレより過酷かも……。

 

 とりあえず、食料は小分けにしておこう。少しでも長くもたせないと。

 なるべく動かないようにして、エネルギーの消費も抑えて……

 

 後はもう、運だな。海軍の船か何かが通りがかってくれればよし、どこかの島に流れ着くことができればそれでもよし。

 けど、その前に嵐に遭ったり、海獣や海王類に襲われたりしたら、詰むな。一応武器はあるけど、別に剣豪でも何でもない私が、刀1本でそんなヤバいものに太刀打ちできるはずもない。

 

 モリとかあればよかったんだけどな……魚取れるかもだし。まあ、刀でもできなくはない……かも? いざとなったら頑張ってみようか。いやでも、体力消耗しない程度にだな。

 

 ……あと、私がいつも使ってるのは『剣』で、今手元にあるのは『刀』だ。

 『叩き斬る』じゃなくて、摩擦で『引いて斬る』タイプの奴。後者を使ったことないわけじゃないけど、微妙に使用感が違うのは注意しないとかも。

 

 

 ☆☆☆

 

 

○遭難1日目

 

 さっきからお腹の音が鳴りっぱなしである。

 これはもう仕方ない。食べ物を極限まで減らしてるんだから当たり前だ……この先ずっとこうだろうし、気にしても仕方ない。

 

 海が穏やかなのはありがたい。近くに『春島』でもあるんだろうか。

 

 魚の群れが船の近くを通ったから、刀で取れないかと思って試してみたんだけど、流石に無理だった。北海道のヒグマみたいな漁の仕方は人間には厳しいか……。

 

 むしろ、大きく動いて船がぐらりと揺れて落ちそうになったので、慌ててやめた。

 

 もうちょっと動きの鈍い……ウミガメとかが来てくれれば取れるかもしれないけど……。

 

 

 

○遭難3日目

 

 暇で暇でしょうがない。

 しかし、今回ばかりは暇つぶしに筋トレするわけにもいかない。体力の無駄な消耗になるから言語道断である。空想して頭の中だけで遊ぶか、空でも眺めて時間をつぶすしかない。

 

 ……そもそも、栄養不足で体力もなくなってくるだろうから、数日後には筋トレする体力もないかもしれないが。

 

 相変わらず、船も島も影も形も見えない。

 

 

 

○遭難5日目

 

 空腹だけじゃなく、体のあちこちにガタが来始めたのがわかる。

 栄養失調だな、多分。足りない分の栄養を補うために、筋肉や骨が分解されるんだっけ?

 

 食料はもう半分以上食べてしまった。

 

 今日も船も島もなし。……ひょっとして、通常航行に使用されるルートから大きく外れてしまったんだろうか? ……ありうるな、闇取引のために移動してたんだし、そういうルートをあえて避けて進んでいた可能性もある。

 

 だとしたら、ただでさえ低いであろう、救助される確率は、余計に絶望的かもだな……。

 

 

 

○遭難7日目

 

 嵐に遭った。

 死ぬほど揺れた。

 落ちても泳ぐ元気なんてない。死を覚悟した。

 

 幸い、転覆する前に収まってくれた。

 いるかどうかもわかんないけど、神様に感謝した。

 

 

 

○遭難10日目

 

 船の近くをウミガメが泳いでいた。

 運よくそれを、刀で刺して獲ることができた。

 

 すぐにさばいて食べた。血まで全部飲んで喉も潤した。

 火なんて使えないから、全部生のままだけど。

 寄生虫とかいるのかな? 構うもんか、いたらその時はその時だ。

 

 

 

○遭難14日目

 

 以前、何かの本で、こんなことが言われていたのをふと思い出した。

 

 飯がなくても尊厳があれば人は耐えられる。

 尊厳がなくても飯があれば人は生きられる。

 が、両方なくなると最早どうでもよくなる。何にでも頼る。

 

 今私、まさにそんな気分だ。

 昨日でとうとう、食料が尽きたから。

 

 この際だ、助けてくれるなら海賊船でも何でもいい。

 奴隷にだってなるし、体くらいなら別に好きにしていいから、拾ってもらえないかな。

 

 ……だめかな、こんな、肉が落ちてやせ細った体じゃ。

 

 ……一応、まだ『食べるもの』が残されてないわけじゃないんだけど……

 

 あ、自分の足とか食べるわけじゃないよ。私にそんな度胸はないし……私の体力でそんなことしたら、腹が膨れても失血死するもん。確実に。

 

 食べるもの、ってのは……持ち出した袋の中に、最後に残っているコレのことだ。

 

 それは、子供の頭くらいの大きさのある、木の実だった。

 しかし、明らかにただの木の実じゃないと、見た目からしてわかる。

 何せ、見た目はメロンみたいな感じなんだが……表面に、何とも形容しがたい複雑な模様が走っていて……1億ベリーくらいで売れそうな見た目をしているのである。

 

 どう見ても『悪魔の実』です本当にありがとうございました。

 

 適当に袋に突っ込んできた中に混じってたみたいなんだよね。

 ご主人様……ひょっとして、大きな取引ってコレのことだったのか……? いやでも、私が漁ったのは食糧庫だし……たまたまでこんなもん紛れ込むか?

 

 まさか、食糧庫の中にあった普通の果物が、突然『悪魔の実』に変化したなんてことないだろうし……。

 

 原作で描写されていた感じだと、死ぬほどまずいらしいが、食えないことはないようだし、腹は膨れるだろう。……栄養価とかどうなってるのかは知らんけど。

 

 しかも、食べれば何かしらの摩訶不思議な能力も手に入る。

 

 が……コレを食べると泳げなくなる。

 海の上で漂流中の私には、ちょっと致命的過ぎるデメリットだ。船から落ちたら、すぐさま力が入らなくなって沈むだけ。ジ・エンドである。

 

 けど、ほぼほぼ体力が残ってない今の状態じゃ、どっちみち泳ぐ元気もないから、一緒と考えられなくもない気が……。

 

 それに、何の能力が手に入るかにもよるけど、もしかしたら一発逆転、この状況を打開できるような能力が手に入る可能性もある。

 動物(ゾオン)系の『トリトリの実』で飛行能力とか、『ドルドルの実』みたいなモノづくり系の能力でもいいな。

 

 逆に、『メラメラの実』とかだったら、船に引火しちゃいそうで怖いが……ギャンブルだなあ。

 

 考えた末に、私は……

 

 

 

 

 何日目かも、もうわかんなくなった。

 

 『悪魔の実』、結局食べた。

 けど、何の能力も手に入らなかった。少なくとも、何かが変わった感じはしないんだ。

 

 偽物だったのかな?

 いやでも、味は評判通り死ぬほどまずかったけど……それでも我慢して、果汁まで一滴残らず完食したけど。

 

 もう体を動かす元気もないに等しいし、ただただ空を見上げて空想にふけるばかりの日々だ。

 他にやることがないので、ひたすら頭の中で、物語を創作したり、今までの出来事を振り返ったりして遊んでいる。

 

 そんな中で1つ、気付いたことがある。

 

 ここ数年……私はどうも、普通の人よりも大分ドライな性格なんじゃないか、と、自分でも感じることが多々あった。

 

 生まれ故郷の村が海賊に襲われて滅ぼされた後、結構早くそれを振り切って前向きに生きることができるようになった。

 それくらいなら、『九蛇』の皆との交流に救われたから、という風に取れなくもない。

 

 けどその後、2つ目の故郷が滅んだ後……その犯人であり、私をさらって売り飛ばそうとしている海賊の人達と、あんなふうに和気あいあいと話すことができたのは?

 いくら何でも割り切りよすぎないか? って、私自身思っていた。

 

 さらにその後、売られた先の闇商人の『ご主人様』のところの生活でも、大体似たような感じだった、ネガティブな考え方は特に出てこなくて、むしろ貴重な経験ができたと、そこでの生活や仕事を楽しんでいた気すらした。

 

 ……そう、『経験』だ。

 多分私のこの、辛いことや苦しいことをすぐに忘れて、あるいは抑え込んで、異様に前向きに物事を受け止めていられるこの性格は……その場その場で得られる『経験』がキーになってるんだ、と、さっき気付いた。

 

 2つ目の故郷で下宿していたおばあちゃんに、『スゥちゃんは勉強が好きなんだね』って言われたことがあった。

 あれって多分、学業とかそういう意味での『勉強』じゃなく、単純に『知識を得る』という意味での『勉強』だったんだと思う。私は読書家で、色々な本を読んで、新しい知識を得たり、自分にとっての『未知』を『既知』にしていくのを楽しんでたから。

 

 あの言葉通り、私は多分、自分が知らないことを知るのが大好きなんだ。

 そしてそれは多分、読書だけじゃなく、『経験』においても同じ。

 

 海賊に対する、略奪やら何やらを含めた生の冒険譚なんて、普通に生きてたらまず聞く機会なんてない。

 海賊に捕まって牢屋に入れられて、捕虜として扱われる経験も、普通できない。

 売り飛ばされて奴隷にされて、エリート奴隷候補として色々裏家業のイロハを教えられたり、実際に裏取引を行ったり、その他色々についても同様。

 

 あの時私は、海賊たちの話を聞いて、『なんて酷いことをする人達なんだ』と、確かに思ってた。

 けどそれと同時に、『海賊の略奪ってそんなことするんだ』『攫われて売られる人ってそんな感じになるんだ』『海賊と海賊の戦いってそうなんだ』と、まだ見ぬ知識への好奇心と、それを得ることができた喜びの方が勝ってしまっていた。

 結果、恐れも嫌悪もせず、嬉々としてそういう話に聞き入ってたんだ。

 

 私は、得難い『知識』や『経験』を前にすると、私の中で倫理観とかそういうののフィルターやブレーキがぶっ壊れるのかもしれない。

 

 それこそ、この遭難ですら、最初の方は『遭難ってこんな感じなんだな』って思ってた気がするし。

 

 なるほど……今になって理解できた。私はそういう人間だったのか。

 

 ……そういえばいつだったか、小説のコンテストに応募したことがあったっけ。

 そんで、その時貰った講評に……こんなことが書いてあったな。

 

『もっと色々な知識を得て、もっと色々な経験をして、人生を豊かなものにしていけば、それだけ表現や物語に厚みが出てくると思いますよ』

 

 ……って。

 

 今だったら私、相当得難い経験いくつも積んでるし……いい物語をかけそうな気がする。

 なんか、そんなこと考えてたら久しぶりに書きたくなってきた。

 もし生きて帰れたら、小説家にでもなろうかな。

 

 …………あれ?

 

 なんか遠くに、船みたいなのが見える気が……幻覚か? それとも蜃気楼? それとも……

 

 

 

 

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