Side.三人称
「よろしかったんですか、親分。あんな約束して」
「あ、何がだ?」
私室に戻ったシキは、晩酌に突き合わせている腹心の部下、Dr.インディゴに尋ねられて、そう返した。
「お嬢の扱いですよ。民間への略奪はしないとか、広告塔として協力もさせないとか……随分、当初の予定と違うように思えましたが」
「俺にしては甘やかしすぎだ……とでも思ったか? ジハハハハ……確かにそうかもな。普段ならそんな意見聞くはずもねえし、そんな度胸もねえ奴なんざ蹴っ飛ばしてるところだ」
「今の親分に蹴飛ばされたら、飛ばずにグサッと刺さりますけどね」
「だが……それでも問題ねえ。むしろ、今はそれでいい」
「と、言いますと?」
つまみをぱくつきながら上等な酒をあおって飲むシキは、Dr.インディゴの疑問に、にやりと悪い笑みを浮かべながら答えた。
「さっきスゥにも話したことだが、これからまたしばらくは雌伏の時間になる。そして、当初予定していたプランから、大幅に内容の変更が必要になった。比較的軽微とはいえ、島の設備や動物達にも被害が出ちまったし……海軍に俺の健在を知られちまったからな。『大将』まで撃退しちまった今……センゴクやガープが警戒を緩めることは当分ない」
「具体的に何をするつもりかはわからないにしても、その2名が目を光らせているとなると、確かに厳しいものがありますね……当初は計画発動は20年後を予定していました。今から数えると、あと7年ほどですが……当初の計画は白紙に?」
「いや、それはそれで続行する。動物共も『S.I.Q』も、戦力として有用なのは間違いない。武力はいくらあっても困ることはねェからな。お前は今まで通り研究を進めろ」
「承知しました。して、変更する計画というのは、具体的にはどのように?」
「さっき言ったように、センゴクらが目を光らせて警戒している期間が当分続く。あいつらは俺の執念深さを知ってるからな……ともすれば、計画発動の『20年目』を迎えてもその警戒を解くことはないかもしれん。だから……」
「だから?」
「警戒したところでどうしようもねェ方法で攻めることにする」
そう言って、またにやりと笑うシキ。
「幸い今回、その手の作戦にはうってつけの大駒が手に入ったからな」
「お嬢のことですよね?」
「ああ……戦闘力、頭脳、能力、知名度、そして将来性……どれをとっても一級品と言っていいレベルだ。特に、『パサパサの実』の能力に関しちゃ、マジでできることが多い。あらゆる場面で力を発揮する……言ってみりゃ汎用性のバケモンだぜありゃ」
「ですが、お嬢はあまりシキの親分の本来の方針に対していい印象はない様子で……それに、知名度を利用するような協力の仕方はしない、と先ほど約束していらっしゃいましたが?」
「問題ねえさ。約束を破るつもりはないからな」
Dr.インディゴに注がせた酒をぐいっと飲み、ぷはぁ、と息をついて続けるシキ。
「要するにだ。あいつの嫌がるようなやり方を使わずに、あいつのやりたいようにやらせて束縛もせず、あいつを俺に気持ちよく協力させ、その力を俺の目的に十全に役に立たせればいいわけだ」
「……そんなことできるんですか?」
「そのへんは俺の謀略家としての腕の見せ所だな。まあ、じっくり考えるとするさ……時間はたっぷりあることだしな。……それに、そんなにハードルが高いもんじゃねえと思うぜ? あいつは……俺の娘だからな」
「血縁を理由に、過剰に肩入れして協力してくれるような気配はないように見えましたが」
「そうじゃねえよ。Dr.インディゴ、お前にはあいつがどう見えた? 上品で優しくて甘っちょろい……戦闘力以外は、その辺にいる普通の小娘に見えたか?」
そう聞かれて、Dr.インディゴはスゥの姿を思い出し……上品かどうかはともかくだが、その他の部分は割とシキの言っている通りのように思った。
『海賊文豪』などと呼ばれているスゥだが、本人に『海賊』の自覚はほぼ、いや全くと言っていいほどない。
他者に対しての略奪やら何やら、海賊らしい蛮行に及んだこともなく、見ず知らずの他人を気まぐれで気遣ったりする様子すら見せていた。シキの支配下にある島の村民達のような、少し関わっただけの他人をだ。
優しく、甘い、普通の小娘。そのイメージは、そのものとは言わずとも、大きく外れていないように思えた。
が、どうやらシキはそうではないようで、押し殺したような笑い声と共に語る。
「そいつは違うぜ……あの女が『普通』なのは、ガワだけ……いや正確には、あくまであの女の一面がそうであるにすぎねえ。アイツの中には……俺と同じ『海賊』の素質がきちんと眠ってるよ。そして同時に……あの女と同じ狂人の素質もな」
「それは……何を根拠に?」
「あいつはきちんと、自分の、自分だけの『欲』って奴を持ってる。他の誰に迷惑をかけても、何を差し置いても優先すると決めてる『欲』をな。ただ俺と違って、それが必ずしも他者への迷惑にならないようなものであるってだけさ。だが……」
そこで一拍置いて、
「いつか来る、それが明確に誰かに侵害されそうになった時、アレがどんな反応を見せるか、だ。俺としてはその時が楽しみで仕方ねえ……その時こそ、スゥは本当の意味で産声を上げるのさ……この『金獅子のシキ』の娘としてな」
「来ますかね、そんな時が」
「来るさ、必ず。というより……もう来ている、と言ってすらいい」
「?」
「いずれわかる……お前も、そしてスゥ自身も……自分が本当に牙をむくべき相手が。本当に自分が『不自由』を脱して『自由』になるために、何をするべきなのかが……な。そのきたるべき時のために、『パパ』は色々準備をするとしよう」
「その呼び方、割と気に入りました?」
「意外とな。もしかしたら、案外と俺にも、あいつに対する肉親の情ってやつがあるのかもしれねえぜ? ジハハハハ……さて、晩酌はこのくらいにしとくか。明日からまた忙しくなる。今後とも頼むぞ、Dr.インディゴ」
「ええ、お任せを。ご期待には応えてみせます」
「おう。ジハハ……気分がよくて少し飲みすぎたかな。これじゃ多分、顔も赤く……あれ、あんなところに鶏が」
「おめェだよっ!!」
鏡を覗き込んで素っ頓狂なことを言うシキに、スパァン! とキレのいいツッコミを入れるインディゴ。
未来を見据えて悪だくみをしながらも、2人はいつも通りで、そして実に楽しそうだった。
「「ハイッ!!」」 ← 決めポーズ
☆☆☆
ところ変わって、こちらは……“偉大なる航路”のちょうど中間地点のすぐ近くにある……『海軍本部』。
その一室にて、元帥・仏のセンゴクが、電伝虫を使って話していた。
通話の相手は、つい先日大きな仕事を任せ……しかし、残念なことに失敗に終わってしまった男だった。
「諜報部に確認を取らせたが……潜り込ませた人員は1人も帰ってこなかったそうだ。連絡もぱったりと途切れた……どうやったのかはわからんが、全員感付かれて消されたと見ていい」
『そいつはまた……残念なことで。そうなると、こっちで内通していた相手もでしょうね』
「ああ……手詰まりだ。これ以上奴を追うのは難しかろう……ひとまず作戦は終了だ、傷が癒え次第お前も本部に戻れ、“青キジ”」
『了解しました。……つってまあ、傷らしい傷は別にないんスけどね』
シキとの戦いの最後、最後にはシキが放った炎の獅子に食らいつかれ、島の外へはじき出されてしまった青キジは……そのまま、海に落ちた。
普通の能力者であれば、その時点で一巻の終わりである。悪魔の実の能力者は、皆例外なくカナヅチで、海に落ちれば力が抜けて沈んでいき……溺死する最後が待つのみ。
しかし、青キジは『ヒエヒエの実』を食べた『氷結人間』。一瞬で海を広範囲にわたって凍結させる力を持つこの男であれば、例外的に海は弱点にならない。
着水する前、あるいはしたと同時に冷気を放って凍らせてしまえば、沈むことはない。
そのようにしてどうにか助かった青キジだったが、一旦海に落ちてしまえば……飛行能力があるわけではない彼は、再び『空島』に行くことはできない。
ふと上を見上げれば……数十秒ほどの間隔を置いて、軍艦、あるいは軍艦『だったもの』が、巨大な氷塊と共に落下して来るところだった。
その光景を見て青キジは、動員した艦隊の全滅と、作戦の失敗を悟る。
そしてそれと同時に、体にずきずきと走る痛みや、肌の違和感から……自分もまた無傷ではなかったことを悟った。
戦闘中にも予想した通りではあるが、シキが使った『炎の獅子』は、緑色の特異な炎をまとっていた。それは、可燃性の薬品によるものであり……だからこそ、青キジの冷気でも簡単には消火することができなかったのである。
そしてそれは、どうやら人体に対して有害な性質も持っていたのだと、青キジは体のあちこちに走る痛みからそれを悟ったのだった。
大事を取って軍医にかかったところ、特に深刻な毒性などは確認できず、数日様子を見て異常がなければ職場復帰でよい、ということになった。
「大事ないならば結構だ。……シキは執念深い男だ、何かを企んでいたとして……今回のことでそれを諦めるとは思えん、しばらくは警戒を続けることにする。だが……同時に酷く用心深い男でもある。おそらく、少なくともあと数か月……あるいは数年は尻尾を出すまい。……だからといって警戒を解くわけにはいかんがな」
『そのままいなくなってくれりゃいいんですがね……病気か何かでぽっくり逝かねーかな』
「ガープの奴も同じようなことを言っていた。大人しく伝説にでもなっていろ、とな」
『違いない。まあ……失敗した言い訳じゃないですが、今回それなりに暴れて壊してきましたんで、傷も大きいとは思います。その意味でも当分は動けないでしょう』
そう言いながら、ふとその戦いの最中のことを思い出した青キジは、少しふざけたような調子で付け足して言う。
『最後の方で使ってきたライオンの頭なんか、色々なもん混ざってましたからね……そこら中から引っ張ってきたせいかもしれませんが、瓦礫とか、ガラスの破片とか、庭木みたいなのも……色々巻き込まれてごっちゃごちゃになってましたよ。アジトかどっかふっとばしちまったのかね』
「ははは……向こうも必死だったようだな。だが、ガラス片を混ぜ込んだ獅子か……お前だからよかったが、普通の海兵が受ければ脅威でしかないな。殺傷力に直結する」
『ああ、そりゃ確かにそうだ。……そういや、一緒に海に落ちた最後のアレも色々巻き込まれてたっけな……海と一緒に凍らせたんですが、なんかやたらたくさん紙がそこら中に一緒に凍ってて……ああ、薬品しみこませて燃やすのに使ってたんすかね?』
「……ふむ、そうか。まあ、海賊の被害が甚大なのは、我々にとって景気のいい話だ。すまんが青キジ、そろそろ会議だ、切るぞ。続きは……戻ってきてから直接聞こう」
『了解です。そんじゃ、お疲れ様っした』
通話を終え、電伝虫の受話器を置くセンゴク。
そして、言った通り会議に出席するために、手元に筆記用具と資料その他をまとめながら……
「……紙、か……」
何かがその脳裏に引っかかったように、そうつぶやいていた。
☆☆☆
Side.スゥ(現在)
さて、と。
そんじゃあひとまず、回想はここまで……ってことにしよう。
あ、でも一応、その後私がシキのところでどんなふうに過ごすことになったか……くらいはざっくり話しておこうか。
一応、聞かされていた予定どおりではあるんだが……私はその後、仮団員というか、暫定メンバー的な感じで、『金獅子海賊団』に入ることとなった。
といっても、シキの指示を受けてどこか襲いに行ったりするようなことはない。今回みたいに『ヘブンズ・ドアー』を使って尋問とかに協力したり、気象予報の手伝いしたりとか、その程度の『できる時にできる範囲で手を貸す』的な仕事だけである。
あと、時々Dr.インディゴの研究を手伝ったりもするけど。
自画自賛になっちゃうんだが、シキが言っていた通り、私の頭は結構なスペックを持っていたらしく……『ママ』の部屋の本を片っ端から読んでいくだけで、すらすらそれらの知識を吸収して自分のものにすることができたから。
というか、何か自分の中の知識がどんどん増えてくのがそれはそれで面白くて、なんかもう自分から『もっとだ、もっと!』って感じで読みふけってました。
しかし、知識量だけ膨大になったからと言っても、すぐさま優秀な研究者とかになれるわけじゃない。その知識の『使い方』『生かし方』っていうのは、どうしてもそれに関係した『経験』が伴っていないとできあがらないものだからね。
だからせいぜい、Dr.インディゴの助手みたいな感じで色々意見を言ったりするくらいだ。私にできることといったら。
……むしろ、あちこち出掛けて現地に赴き、色々な研究素材を持ち帰るとかそのへんの仕事の方が得意かもしれない。
実際、旅の途中でそういう素材に出くわすことって結構多くて……そういうのを研究室に持ち込んだ時は、割といつも喜んでくれたしね、Dr.インディゴも。
……その分仕事が増えるからって、嬉しいような苦しいような微妙な喜び方だったけど。
でも、その価値はあるだけの素材も何度も持ち込んでると思うので。
『東の海』で採れた、不老不死の妙薬……ではないけどいい栄養剤の原料になる『竜骨』もその1つだ。
最初は偶然手に入った少量だけ持ち込んだんだけど、本格的に使えそうな素材だってことで、魚人3人娘連れて採掘に行ったっけ。
他には、『偉大なる航路』にある『王冠島』でとれた素材も、それに並ぶくらいの収穫の1つだって大喜びされたっけな。
その島のヌシ的な『キリンライアン』とかいう、羽が生えて黄金の角を生やしたライオンの怪物が襲ってきて……それを倒した時に手に入ったやつだ。
まあ、倒したっていっても気絶させただけだから死んでないし、そもそも襲われたんだから正当防衛……あーでも、縄張りに入っちゃったのはこっち……なのかな?
そんでまあ、その戦いの時に何本かバキっと行って折れた角を、戦利品として持ち帰らせてもらったんだけど……色々未知なる成分が含まれてたとかでね。
その他にも色々持ち込んで、場合によってはその研究に協力して……って感じでやってました。
あと、私の立場、というか存在については……シキもいってた通り、一部の信頼できる幹部にだけ、という範囲で話した。
私がシキの、血のつながった実の娘である、という点も含めて。
その際、『シキ様の言うことなら従います』って言う人もいれば、『本当に娘なんですか?』『いくらなんでもそんないきなり……』って難色を示す人もいた。
何人かは、私がシキの愛人か何かだと思ってたらしいし。
あーまあ、そう見えちゃうか……私達の年齢差だと。
それに対してシキが言ったことと言えば、『文句があるなら力で示せ』というもの。
海賊らしい強引かつシンプルな説得(物理)である。
しかも、その示す先が私だったんだよなあ……
こいつを迎え入れることに不満があるなら、こいつの実力を確かめてから言え、的な感じで、矢面に立たされて……部下達の中からの挑戦者の相手をさせられた。
しかも、『勝てたらコイツのこと好きにしていい』なんて言って煽るもんだから、そういう意味でやる気出してかかってくる人もいて……
けどまあ、全員まとめて相手してぶっとばしたら、無事に認めてもらえたんでよかったけど。
何人か結構手強いのもいたけど、シキとの戦いでレベルアップしてたのが役に立った感じかも。
そうしてきちんと『力』という資格を示したからか、生意気なことを言ったり、不満げな視線を向けられることもなくなった。海賊だけあって、そのへんきちんと縦社会というか、手順を踏めばしっかりとした扱いをされるらしい。
……肉体言語が『手順』として通用してる自体、ツッコミどころと言えるのかもしれないけども……まあいいか。
そんな感じで『メルヴィユ』のシキのアジトに居場所ができた私は、Dr.インディゴ曰く『超人』として覚醒しつつある……かもしれない体の様子見も兼ねて、しばらくここに滞在する。
その間、さっき言ったように適宜シキの手伝いをしたりする他……時々だけど、シキに稽古つけてもらったりもする。
単純な戦闘能力もそうだけど……『能力者』の先輩として、能力の制御とか鍛え方についてのアドバイスや……あとは、何と言っても『覇気』だな。
こないだの戦いで、私に『覇王色』の素質があることもわかったので、そのへんの扱い方も含めて習うことになった。
レイリーから学んでいたことに加えて、同じ時代を生き、『海賊王』と渡り合った大海賊からまたしても学べるというのは……ちょっとどころじゃなく私にとってプラスだと思うし、正直楽しみですらある。
もちろん私自身も全力で取り組むつもりだ。さて、どこまで強くなれるかな。
なお、この訓練は、今回の戦いで『思っていたより鈍っている』ことを痛感したシキが、昔の勘を取り戻すためのリハビリ的な意味も込めているらしい。よし、パパ、一緒に頑張ろ。
……とはいっても、この関係、この生活がいつまで続くかはわからないわけで。
何度も言っている通り、私はあくまで『仮に』入団しているような状態。
さすがにそのへんは、幹部たちへの説明の際にはぼかしてあってはっきりとは言っていないけど……それでも、この海賊団が肌に合わないとなったら、それははっきり言ってお暇させてもらうつもりである。そこに変わりはない。
合わない場所に無理して居続ける気はない。たとえ血縁があっても。
私がこの先、どのくらいの期間ここにいるか。
どのくらいここになじむのか。
それはまだ……誰にも、わからない。
……という感じで、私の『シキの娘』としての生活は始まったわけだが、その後、結局どんな感じになったかというと……だ。
現在。
「よーっす! パパ、ただいまー」
「おーお帰り。何だよお前、帰ってくるなら事前に電伝虫の1つも入れろよ、飯用意してねーぞ」
「いーよいーよ食べてきたから。それよかさ、ちょっとお願いがあってね……またちょっとよさそうな人材拾ってきたから面倒見てくんない? 使えそうならでいいから」
「お前なあ……そんな犬猫みてえにポンポン拾ってくるなって……。まあ、今んとこ、お前に紹介された人材はあたりが多いからいいけどよ」
「ごめんねー。あ、それと今日もお土産持ってきたから、Dr.インディゴに渡しとくね」
「おー、そっちはまあ、いつもありがとよ」
「いいってことよー」
……うん、まあ、こんな感じです。