『彼女』は、いつの頃かもわからない、はるか遠い昔に生まれた。
その時『彼女』は、確かに祝福されて生まれたはずだった。
世界一美しいと、この世の至宝だと、島々の守り神だとたたえられ、多くの人々がその誕生を、その存在を喜んだ。
『彼女』自身も、それを嬉しく思った。
自分の力によって、人々を災いから守り、幸せにできるのであれば……それは『彼女』自身にとっても幸せなことであったし、そのためならば、どんな苦難にも立ち向かうつもりでいた。
しかしある時、その運命は変わってしまう。
その時代、3人の勇敢で強い戦士と、1人の美しい少女が、その島にいた。
4人はとても仲がよかったが……いつの頃からか、3人の男は、その少女をめぐって争うようになった。
争いは、単なる口喧嘩から始まり……やがて殺し合いになった。
その3人だけにとどまらず、その仲間達を、はてはその周辺の島々すらも巻き込んで、目を覆いたくなるような、凄惨な戦争にまで発展した。
彼ら3人は、その戦いに勝つために、『彼女』を求めた。
その力をもってすれば、この世に敵はなくなるとまで言われた至宝。それさえこの手にあれば、邪魔な他の2人を滅ぼし、愛しく思う少女を手に入れることができる。そう考えた。
少女をめぐる戦いは、そのまま『彼女』をめぐる戦いにもなった。
『彼女』にはどうすることもできない。
『彼女』は……ただただ『力』であり続けた。手にした者を勝たせるために力を振るった。
多くの血が流れた。
多くの命が消えた。
人々は嘆き悲しみ、苦しみ、絶望し……怒り、憎んだ。
敵を憎み、戦いを憎み、3人の戦士を憎み、そして……『彼女』を憎んだ。
……悲しみ、そして苦しんだのは、『彼女』も同じだった。
自分には、力を振るうことしかできない。そのせいで、多くの人が苦しんでいる。自分が守ってきたはずの、守りたかったはずの人々が。
いつしか『彼女』は心を閉ざし、ただただ勝利と力を求め、与えることだけをするようになった。
誰が何のために『彼女』の力を振るおうとも関係なく……ただただ、その者の力となり、意思を強め、力を求めさせ、戦いに勝利させる。それだけを続けた。
このまま戦いが続けば、多くの島々を巻き込んで全てが滅びる。自分をめぐって始まった戦いのせいで。
そう悟った少女は、自ら命を手放した。
戦いは終わった。
3人の戦士は自らの愚かしさを深く悔い、二度と争いを起こさぬことを誓った。
しかし『彼女』は、それから始まった新しい時代に……置き去りにされた。
戦いの中で心を閉ざし、手にしたものに力と渇望を与える……そんな存在となってしまった『彼女』を、自身も苦しみ嘆いていたはずの『彼女』を……人々は、堕ちた、呪われた、と忌み嫌い、遠ざけ……ついには封印した。
二度とその禁じられた、邪悪な力を、誰も手にすることがないように、と。誰もいない暗くて冷たい石の棺の中に。
何年も、何十年も、何百年も……もしかしたら、もっともっとずっと長く。
『彼女』の心は、あの凄惨な戦いの中に置き去りにされたまま、そんな擦り切れそうな長い時間を……孤独にさまようことになった。
……もう、どのくらい時間が経ったのかもわからない頃。
ふと、閉ざされたままの『彼女』が、その意識を浮上させかけたことがあった。
誰かが、自分を手に取った。
それだけならば、何も驚くようなことではなかった。
長い時の間に、そういうことは何度かあった。何度かあって……そのたびに、何も考えず愚直に『彼女』の力は振るわれ、また多くの悲劇を生んだ。
しかし、その時『彼女』に触れた誰かは……『彼女』の力を受け付けず、弾いてみせた。
そのままその誰かは、『彼女』を連れ出した。
連れていかれた先は、元居た暗い棺の中でもなく、血と死の飛び交う戦場でもない。
『彼女』が久しく忘れていた……希望と幸せ、笑顔がある場所だった。
その誰かは、時折『彼女』を手に取り、いたわるようにその身を整えてくれたりした。
それだけでなく……その誰かは、なんとなく……というよりも、ほぼほぼ想像の程度を出ないくらいではあろうが、『彼女』の過去や、心の内を察しているようにも見えた。
しかし同時に……その力を振るうことも、求めることも、一度もなかった。
何もせず、何にも使わず、ただ共にあり、『彼女』を連れ回していた。
長い時を暗黒の中で生きてきた『彼女』からすれば、ほんの短い時間だったかもしれない。
それでも、『彼女』は……その穏やかな、何もない平穏な時間に、少しずつ救われていった。
ただ、そばにいてくれる人がいる。それだけでこんなに暖かいものか。
平和な暮らし、幸せそうな人々、その顔を見るのがこれだけ心地よいものか。
閉じていた眼を開け、ふさいでいた耳を開き、いつしか『彼女』は、その誰かが見せてくれる世界を……まどろみのようなふんわりとした意識の中でこそあるが、ともに眺め、ともに楽しむようになっていた。
残念ながら、平和で楽しいことばかりではなかった。
その誰かが、あるはその誰かの親しい者が、戦いの場に臨むこともあった。
そこで傷つくこともあった。涙を流すこともあった。
そんな時、何もできず見ているだけの自分が悔しかった。
自分の力を使ってほしい。あなたを助けさせてほしい。
あなた自身に、そんなつもりも自覚もないだろうけど。
自分に心を取り戻させてくれたあなたに、今度は自分が力になってあげたい。
そんな彼女の声は届かず……今の彼女にとっては、それが何よりももどかしく、つらかった。
けれど、彼女はあきらめない。
必ずその時は来る。きっと来る。なんとなくだが、彼女にはわかった。
……もちろん、そんな時は来ないのが一番いいと言えばそうなのだろう。
その誰かが『彼女』の力を求めるというのは、それだけの危機に、苦境に立たされた時だ、
『彼女』にとっても、そんな時が来てほしいわけではない。
自分の恩人や、その周りの人々には、いつまでも幸せでいてほしいと思う。
3人の『娘』に囲まれて、しあわせそうに眠る姿を見ながら、『彼女』はそう思う。
しかし、もしいつか、その時が来たら。
どうしようもない苦境に立たされ、『彼女』に助けを求める時が来たら。
その時は、この身に宿る全ての力を持って、その助けになろう。
世界を制する力となる、とまで言われた……この身に輝くアスカ七星の神々の力、その敵を撃ち滅ぼすために全力で振るってみせよう。
『彼女』は、静かにそう決意し……今はひとまず、眠りについた。
☆☆☆
「……何だ、今の?」
目が覚めると、まあいつも通り……アリスとスズに囲まれてベッドで寝ていた。
レオナは……今日はベッドから落ちていた。最近半々だな。どうにかとどまってることもあるけど……やっぱ寝相悪いわ。
しかし……まだ暗い時間なのに、なんか目が覚めちゃったな。
何でかって言うと、
(なんか、変な夢見ちゃったな……)
……誰かが夢枕に立つ、という奴を味わった。
こういうのは初めてじゃない。
故郷の村が焼かれて、両親(育ての方)と死別した時……『九蛇』の船の中で、何度も両親の夢を見た。
翌朝の枕は涙で濡れていた。
2つめの故郷が滅ぼされてさらわれた時も、牢屋の中で何度も、仲良くしていた島の人達の夢を見た。
けど、今回のは……
「……見覚えがないな」
夢に出てきたのは、小さな少女だった。
明るい緑色のロングヘアーを持つ……大人しそうな雰囲気の、かわいい女の子。民族衣装っぽい服を身にまとって、どこかはかなげな雰囲気を醸し出していた。
けど、思い出してみても、やっぱ会った覚えがないんだよなあ……。
何というか、不思議な……神秘的な気配の漂う少女で、印象は割と強かった。夢の中のことだって言うのに、かなり鮮明に記憶に残っているくらいだし。
……だったら、一度会ったらそれなりに記憶に残ってそうなもんなのに……いや、そもそも思い出せない人が夢に出てくるって何? ちょっと怖い。
……まあでも、何か悪い気配とかはしなかったし、むしろなんか……こっちに好意的な感情まで伝わってきた気がした。
悪いものじゃないだろう。たぶん、きっと。
……まあいいや、そのうち思い出すでしょ。
さ、寝よ。