今私は……すこぶる機嫌が悪い。
間違いなくここ数年で1回もないくらい……というかそれこそ、この転生後34年間の人生でも指折りレベルで機嫌が悪い。
その辺にいた連中を八つ当たりでぶちのめして切り刻んで血の海に沈めてしまい、それでもなお気が晴れないくらいに……まだまだ現在進行形で機嫌が悪い。
あ、もちろん無関係の罪もない一般人とかを手にかけたわけじゃないから安心してね。
ぶちのめしたのはあくまで、私を狙ってきた人攫い兼賞金稼ぎの集団です。狩ろうと思って獲物に返り討ちにされたってだけなので、自業自得だ。
そもそもクズなわけなので、心も痛まない。
そこら中から『うぅ……』『痛ぇ……』『話が違う……!』なんてうめき声が聞こえてくるが、それすらも私の気分を害してくる。
「……チッ!」
あー……腹の虫がおさまらない。
このままここにいると、死体蹴りばりにその辺の奴蹴っ飛ばしたりしちゃいそうだな。さっさと移動しよう。
☆☆☆
どうしてこんなことになってるのか、簡単に言えば……まあ、『騙された』からだ。
順序だてて具体的に説明しよう。
私が『海賊文豪』としての仕事の依頼を受ける窓口は。いくつかある。
私個人で構えている部分はもちろんだが、モルガンズの『世界経済新聞社』経由で話が来たり、『グラン・テゾーロ』にいるテゾーロを経由して持ち込まれたりする。
ただ、そういう依頼の中には……私を罠にはめて捕まえようとして、偽の依頼を紛れ込ませる連中が時々混じっている。
打ち合わせのつもりで指定された場所にいたら、賞金稼ぎが罠を張って待ち構えてました……みたいな感じにするために。
そういうのを防止するため、私自身、もちろん気を付けるようにしているのに加え……テゾーロやモルガンズも、そういう怪しい依頼は取り次がないようにシャットアウトしてくれている。適当に理由をつけて断ったりね。
しかし……今回はどうやらそれを防げなかったみたいなのだ。
『ごめんなさい、スゥ! まさか罠だったなんて……こっちも大至急確認してるわ。テゾーロも怒って、絶対に尻尾を掴むって息巻いてる』
「あーうん、大丈夫だよステラ。全然大したことない連中だったし……もうぶっ飛ばしたから」
今回のこれは、『グラン・テゾーロ』のルート経由で持ち込まれた依頼だった。
詳細な打ち合わせをするってことで、指定された島に来たんだけど……そこに待ち構えていたのは、さっき言った通りの集団。
前にも何度か言ったと思うが、私は自分の『作家』という職業に……自分で言うが、誇りもやりがいも持っている。ライフワークだとすら思っている。
短い言葉では言い尽くせないくらいに情熱も傾けている。
だからこそ、その『作家』としての私の一面を利用し、こうして罠にはめてくれやがったことに……なんというか、どうしようもないくらいにイラついている。
海賊が狙われるのは当然、見ぬけなかった私が悪い、という点を差し引いたとしても、だ。
まったく……この忙しい時に無駄足踏ませやがって……。
こっちは今書いてるor構想練ってる最中の新作の執筆を後回しにして、どうにか時間作ってきたところだったってのにさ。
もっとも、電伝虫の受話器の向こうですごく申し訳なさそうな声音で謝ってくるステラに対して怒りたいわけではないので……どうにか落ち着いて声を出すようにしてるけども。
今回のことは、きちんと教訓にして胸に刻むことにしよう。
……しかし、それとは別に……
「ところでさ……ステラ、私ちょっと気になってることがあるんだけど」
『……スゥも、やっぱり気になる? 実は私も……それに、テゾーロもだったわ。一体この罠を、誰が仕組んだのか……でしょ?』
「うん。何か……変だよね、今回のこの件」
テゾーロが私に依頼を取り次ぐ際は、今言った通り、罠とかを警戒してきちんと色々チェックを間に挟んで、安全を確認した上で回してくれている。
しかし、今回の連中は……その、いわばセキュリティ的な奴を潜り抜けて、テゾーロも私も騙してみせた。
ぶっちゃけコレ、そこらの賞金稼ぎができるような真似じゃないと思う。
相応に厳重に行われているはずのチェックをかいくぐるには、どれだけの規模、どれだけの精密さの偽装工作が必要になるか……。やってのけた奴は、間違いなく只者じゃない。
……にも関わらず、待ち伏せていたのはいたって普通の賞金稼ぎ集団。
人数こそ揃っていたものの、覇気使いどころか能力者すら1人もいなかった。雰囲気も……人攫いや奴隷商人とかによくある、ゴロツキ集団って感じ。
およそ周到さや冷静さと呼べるようなものも感じられず……ただただ馬鹿笑いして数で押して捕まえようとしてきただけだった。
何より、私が能力を使って全体を一気に切り刻み始めた際に見せた、あの慌てよう……能力者だってことすら知らなかったみたいだ。情報収集が全然甘い。
……そんな奴らが……『グラン・テゾーロ』のチェックをかいくぐって私達を騙すような真似、できるのか?
いや、断言していいだろう。……そんなことは無理だ。
テゾーロ達を騙したのは……あいつらじゃない。
でも、たまたまここに来てたって感じでもなかった。きちんと、私こと『海賊文豪』がここに来るのはわかっていて、ここで待ち構えていた。
だとすると……奴らも利用された側、か?
黒幕は、別にいる。
そいつが、用意周到に策を張り巡らし、偽装工作をいくつも重ねてテゾーロを騙し、私をここに呼び寄せて……しかし、それで仕掛けてくるのがあの程度の連中なわけがない。
あれはただの捨て石、あるいは……時間稼ぎ?
(……嫌な予感がしてきた)
まだまだわからないことだらけだけど、とにかく動こう。
「ごめんステラ、私さっさと行くよ。ここにいても何もいいことない……というか、よくないことが起こりそうだし」
少なくとも、私をここに呼び出すまではその『黒幕』の計画だったはず。
だとしたら……まだ何かある、まだ続くと考えた方がいい。さっさとこの島、出た方がいい。
歩きながら話していたので、ちょうど島の外縁のビーチに着いたところだ。
体内に収納していた船を取り出し、海の上に出す。
ばっしゃん、と大きな音を立てて水面に浮かび……ゆらゆらとしばらく揺れてから止まった。
『気を付けてね、スゥ。誰の仕業かわからないけれど……これだけで終わりとは思えないの。こんなこと、今まで一度もなかったのに……すごく嫌な予感がするわ』
「わかってるって。嫌な予感は私もだよ。じゃ、一旦切るね。一息ついたら、またテ―――」
―――ぞくり
「……っっ!?」
その瞬間、人生最大レベルの、超特大の悪寒を感じた私は……とっさにその場から飛びのいた。
それとほぼ同時に……今まで私が立っていた地面が爆発した。
轟音とともに吹き上がったとんでもない熱気に、肌を焼かれそうになる。
「熱っつ……!? 何だいった……い……」
目の前の光景に、私は絶句させられた。
「……は……!?」
轟々と燃え盛る炎。
吹き上がる黒煙。
さっきまで私が立っていた場所は、地面ごと抉れたように吹き飛んでいて……すぐそばにあった船も、燃え上がって大破してしまっていた。今の、たった一発の爆発で。
もう船じゃないな、船の形をした木炭か何かだ。
船体内部に紙粘土と『風貝』が仕込まれていて、私の能力で自在に空を飛べる特別製の逸品。
『覇王色』の制御をものにした時に、記念にパパにもらった奴だったのに……。
色々なところを旅して、娘達と一緒に寝泊まりとかして、思い入れもあった奴なのに……ちくしょう。
けど、悔しがっている場合じゃない。
今はとにかく、間近に迫っているこの危機を何とかしないといけない。
……もっとも、何とかできるかどうかは……微妙を通り越して絶望的としか言えないが……。
目の前に広がる炎の海。
そして、それ以上に広い範囲にどんどん広がっていく……『マグマ』の海を眺めながら、私は……そんな風に考えざるを得なかった。
(ちょっと待ってよ……嘘でしょ……!? よりによって!?)
……ついさっき、ちらりと頭にはよぎったんだ。
こんなレベルの裏工作ができるのは、それこそ……よっぽどの規模の闇の組織か、あるいは……海軍や政府くらいじゃないか、と。
だから、ここにそれらの追っ手……海兵や、サイファーポールが派遣されてくるんじゃないか、とも思っていた。
その時に、一応頭に浮かんできた中の候補の1人に……『その男』も、いた。
もっとも、私みたいな小物の相手をするために、そいつは出てこないだろうとすぐに思ったし……そもそも、政府や海軍がこんな裏工作するかとも思った。
やっぱ別な人攫い組織とかの仕業かな、と。
…………なのに、これだ。
「島のどこにも船が泊っとらんと報告があって不思議に思うとったが、そういうわけじゃったか……随分と便利な能力を持っとるようじゃのォ、小娘……」
響き渡る低い声。
今ここで、絶対に聞きたくなかった声だ。ちくしょう、ルフィの時以上に……誰の声だかよくわかる。わかってしまう。
わからないはずがない。聞き間違えるはずがない。
……できればそうであってほしかったけど、
だって、この声の主は……私が、このワンピース世界において……絶対に出くわしてはいけない相手なんだから。
炎と黒煙、そしてマグマをかき分けるようにして、1人の男が姿を現した。
3mほどもあろう長身。
真紅のスーツと、その上からでも分かる強靭な肉体。
そこらの海賊以上に強面な、見た目一発堅気じゃないように見える顔。
深くかぶった帽子と、羽織っている『正義』の文字のコート。それらが現すのは、その男の海兵としての身分。
そして何より、体そのものが赤熱してボコボコと泡立っているかのように見え……周囲に殺人的な熱気をまき散らす、マグマの能力。
ここまで説明して……今私の目の前にいる男が誰か、ワンピース世界を知る者で、わからない人はいないだろう。
『徹底的な正義』を振りかざし、必要ならば一般市民や同じ海兵すら容赦なく手にかける、正義の狂犬。
『頂上戦争』の後、引退したセンゴク元帥の後を引き継いで海軍の頂点に立った男。
そして何より、原作において、主人公ルフィの義兄にして、作中屈指の人気キャラクターだったエースの命を奪った張本人。
「逃亡や抵抗なんぞ考えるな、大人しゅう縛につけ、小娘……でないと……火傷じゃすまんことになるけぇのォ……!」
海軍本部大将 サカズキ
通称 “赤犬”
この世界において……『紙人間』の私にとって、あらゆる意味でこれ以上ないほどに最悪の相手だ。