インペルダウン レベル5.5番地 ニューカマーランド。
ここにきて早くも数日。
囚人達の楽園……ってのは、看板に偽りなしなんだな……と、そう思う。
私とブルーメとビューティは、ここに到着後は、まずはしばらくゆっくり休むことに専念した。
それまでの過酷な拷問生活で溜まりに溜まった疲労やダメージを回復させるために。
他ならぬイワさんからも、簡単な説明を受けた後、そう薦められたし。
食料も飲み物もいくらでもあるからって、静かな個室も案内してもらって。
そこで、久しぶりにお腹いっぱいご飯を食べて飲んで……硬い床じゃなくて柔らかいベッドで寝て……恐怖やストレスとは切り離された夜を過ごすことができた。
そのまましばし、そんな感じで過ごした。
その間、ずっと私にアリスがついててくれて……看病とかしてくれてたのは、すごく嬉しかったし……安心できた。
私を助けるためにインペルダウンに潜入してきたって聞いた時は、びっくりして怒っちゃったけど……なんだかんだ救われちゃってるし、甘えちゃってるなあ。
そうして、到着後数日が経つ頃には、私達3人共、すっかり元気になっていた。
傷も癒えたし、疲れも取れた。拷問とかでついた傷跡も、すっかり消えてなくなった。背中とかは見えないので、アリスに見てもらって確かめたけど。
それ以降は……皆、思い思いにこの『秘密の花園』での生活を楽しんでいる。
ビューティは、自分が飲み食いするのもそうだけど……厨房に立って皆に出す料理を作ったり、忙しそうに働いていた。
元々彼女、『冬空の料理人』って名前がつくくらいだから、料理が好きらしくて……仕事とも思ってないし全然楽しいからって、次々に美味しい食事を作ってここの住人達に提供している。
彼女の料理は皆にも好評で、『あの新入りすげえ美味い料理作るってよ!』『マジかよ食べに行こう!』『食材ならいくらでも調達してくるぜ!』って感じでめっちゃ気に入られている。
キッチンに立って僅か数日で、この『ニューカマーランド』の名物コックの1人に数えられるほどになっていた。
しかも、料理を作っている様子そのものも、見ていて楽しくてパフォーマンスみたいだ……って評判である。
私も何度かそれ見に行ったんだけど……巨大な魚の解体ショーを見事に披露したり、20人前くらいあるチャーハンを一気に、巨大な中華鍋で米を宙に舞わせて作ったり、ものすごい大きな火柱と共に肉を焼き上げて極上の焼き加減のステーキに仕上げたり……本当に料理がエンターテイメントだった。
一方、ブルーメの方はというと……そのビューティとかが料理をするために必要な『食材』や、その他様々な物資を運んで……というか、盗んでくることに一役買っている。
彼女は『キリキリの実』の能力者で、『霧人間』だ。体を霧に変えて色々なところに潜り込んだりできる上に、霧を立ち込めさせて人を迷わせたり、色々なものを隠してしまったりできる。
それを生かして、物資を盗むメンバーが看守その他の職員に見つからないようにカモフラージュして支援しているらしい。
監獄の中に突然霧なんて立ち込めたら、『何だコレ!?』って余計に怪しまれそうじゃないかと思うんだけど……彼女が使う霧には、見る者の認識を阻害する的な効果もあるそうで。
ほんの薄く、霧が出てるかどうかもわからないくらいに張っただけでも、そこで異常な出来事が起こっているとか、こそこそ誰かが移動していることに気付けなくすることができる。
軍隊ウルフに襲われた時も、コレやってもらって逃げ延びたんだよね私達。
薄暗い通路であればそれで十分効果は発揮されるので、夜の間に食糧庫の中に薄く『霧』を張って食料を盗んで運び出し……その最中、万が一物音がして見張りが来ても、『何だ!? ……いや誰もいないな、気のせいだ』ってさっさと帰っていくんだとか。すごい便利だし頼もしい。
どちらも、牢屋の中で拷問に耐えているだけだったときには見られなかった一面を見ることができて……より楽しく、よりお互いに仲が深まったように感じた。
もちろん、私もこの『ニューカマーランド』で、楽しく過ごさせてもらってるよ。
私の場合、まずイワさんに『うちの娘がお世話になってます』って挨拶してからだけど……聞けばアリス、なんかイワさんに気に入られてるらしくて、弟子みたいな扱いをしてもらってるんだとか。
もともと『どっちもいける』趣味嗜好だった上に、自前の『リバリバの実』の能力で性転換する力を持っていて、男になるにも女になるにも抵抗のなかったアリスである。ここに来た時点で既に『
本人もこの『ニューカマーランド』のノリとかにも全然ついていけるノリのよさを持ってるし、しょっちゅうノリノリでステージで踊ったりしてるし、頻繁に性転換して女になったり男になったりしてるし、気分次第でイワさんの『ホルモン』や自分の『逆転』で体型やら何やら変えて遊んでるし、それに合わせてバニーガールやらレースクイーンやらマイクロビキニやらブーメランパンツやらスリングショットやらボンテージやらコスチュームも色々と……楽しみ過ぎじゃなかろか。
『みんなを盛り上げてくれる素晴らしい『
あの、キサックとして姿を消した時から数えて、日数的に……まだそんなに長いことここにいるわけではないと思うんだが、それが問題にならないくらい、波長が合ったんだろうな……アリスとこの『ニューカマーランド』は。イワさんに『新人類』って断言されてたし。
……楽しそうなのは結構だけど、ちょっとだけうちの娘を遠くに感じてしまった。
今もああして、ステージの上で逆バニーコスチュームでノリノリで踊ってるところとか見てると、特に。
……いや、いいけどね。君がそれが楽しいのなら。
それに続けて……こちらは少し真面目な話になるんだけど、イワさんから『革命軍』に勧誘されたりもした。
彼(彼女?)の罪状が革命軍への参加だってことは知られているので、特に隠すこともなくそう告げられ……その上で『できるならあなたにも加わってほしい』と。
彼女の部下であり、同じく革命家のイナズマ(男モード)も一緒になって。
その際、『不快に思うかもしれないけど』と事前に断って謝った上で、私のネームバリューなら、世の中に革命を広く、大きく呼びかける力になるから、とも。
世界政府が私を捕らえてここに収監し、拷問で心を折って屈服させようとしていた理由が、そのネームバリューを利用しようとしてのことだ、というのも、2人は把握していた。
結論から言えば、これについてはお断りさせてもらった。
理由はまあ、いつも言っている通り、私は私の『作家』としての名声や立場を、それ以外のことに使うつもりはないからだ。
それが例え、私にとっての敵である政府や海軍を相手取る……『革命』のためであっても。
私の、作家としての絶対のポリシーとして、それは許されない。
それに、私はあくまで『作家』でいたいのであって……冒険や海賊退治といった何やらの活動も、全てはそのための取材その他の手段として集約される。
望んで『革命家』になりたいとは、悪いけど思っていない。
そう説明すると、『無粋なことを言ってしまったようね』ってすぐに引き下がってくれた。
これに関しては……私も別に怒ることはなかった。
最初にきちんと前置きしてくれたのに加えて……事情を話したら、しつこくせずにすぐに引っ込んでくれたし……そもそも私の信条だって詳細には知らなかったようだし。
そういうの全部知った上で、力ずくで取り込もうとしてくる連中とは、器の大きさが違うね。
……ただ、その後すぐに、『シリアスナブルになっちゃったから気を取り直してフィーバーしていッキャブルわよォ!』って、自らステージに立って踊り出してた。
たちまちパーティルームは乱痴気騒ぎになり、ミラーボール全てフル稼働のダンスパーティーに変貌。
イナズマも気分転換にと、イワさんのホルモンで女性に性転換して踊り出した。
今さら何も言わんけどさ……気分転換で気軽に女になるのね、この人……。
男の時はすっごく真面目な雰囲気なのに。これが『
そして、ここでの私の生活で何より大切なもの。
それはもちろん……
―――ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ……!!
もちろん……執筆である。
何週間にもわたる拷問の日々……その合間に隔日で訪れる休息の時間。
前の拷問の残るダメージや、次の拷問への恐怖を紛らわすためというのもかねて、頭の中で考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えまくっていた新作のアイデアが大渋滞を起こしているもので、今、全力でアウトプットしております!
―――ガリガリガリガリギャリギャリギャリギャリギャリ(シュボッ)ギャリギャリ……!!
あっ、やべ。
「はい原稿書き上がりました!」
「あざっす先生! さあ野郎ども次の仕事だァ! 全員総出で全力で打ち込んで印刷して製本してニューカマーランドの住民達に届けるぞ! 『海賊文豪』先生の新作ラッシュだぁ!」
「「「ヒーハー!!」」」
有志のスタッフがこうして印刷所というか出版社みたいに手伝ってくれてる。主に私のファンの人達で、この監獄の中で新作が読めるって知って喜んで立ち上がってくれた。
私が書いた原稿を、今言った手順で簡単な手作り冊子の本に仕上げてくれてるのだ。
「タイトルは……『少女戦記』! おぉ、結構コミカルながらも重厚なストーリーの戦記モノっすね……面白そう!」
「よろしくね。あ、それとごめん、259ページの原稿、速く書きすぎてちょっと発火して焦げちゃったから少し読みにくいかも。注意して」
「うっす、わかりま……発火!? え、ペンの筆圧と速さで発火!?」
「んなこと起こるのかよ……聞いたことねえぞ!?」
「どんなペン速でモノ書いてんだ!? というか、仮にそれだけ早く手が動くんだとして……それってつまり、それ以上の速さで頭の中でストーリーが組み上がっていってるってことだよな?」
「やべえな……これが『海賊文豪』か……」
「あ、今日中にもう1コ仕上げるかもしれないからよろしく! まあそうなっても急がなくていいから。順番にゆっくり無理しないで」
「「「マジで言ってます!?」」」
「製本作業が追いつかない執筆速度って何なの……」
「いやこれ下手すると読者が読むのも追いつかねえんじゃ……」
「普通は読者って、1冊読み終わっちゃった後、何度も読み返しながら一日千秋の思いで続きを待つものよね。……読者が読み終わるより早く次が追加されるとか……あ、新しい……」
「前に行った国で出てきた郷土料理で『わんこそば』ってあるんだけどさ、それ思い出したわ」
「世界って広いんだな……こんなことできる人いんのか」
「こりゃ政府も欲しがるわけだぜ……」
なんか色々言われてるけど気にせず執筆執筆ゥ!
あーかつてないくらい筆が進むよ! 今なら何十時間だってぶっ飛ばして書き続けられそうだ!
『少女戦記』は書いたから、次は……ええと、『半分の月が登る夜』『科学班の女』『おくるひと』『Dr.Rock』『鋼鉄のアルケミスト』『海のずぼら飯』『スパイ×ホーム』『メイドインサブマリン』……あージャンルも何もかもバラバラ。何から書こう?
そんなことを考えながら、私は次の執筆のために、私が今押さえて使わせてもらってる個室へ歩いて戻る。
いつもそうではあるんだけど、私は基本、執筆する時は集中できるように、気が散らないように、自分の部屋とかに籠るか何かして書くようにしている。
コラムとか記事とか、短い文章ですぐ終わるものなら、カフェとかでささっと書くこともできるけど……長編とかはね。さすがにじっくり一人で書く。
今はちょうど、書き上がった原稿を、手伝ってくれてる皆に渡すために出てきていたのである。
が、その部屋に戻る途中……
「お母さん? 気合入れて執筆するのもいいけど、食事と睡眠はちゃんとしてね?」
と、横からひょいと顔を出したアリスにくぎを刺されてしまった。
手に軽食と飲み物の乗ったトレーを持ってるので、差し入れを兼ねて様子を見に来たっぽい。
ジト目でこっちを見てるけど……私のことを心配してくれてる目だ。アジトにいる時とか、執筆に夢中になりすぎて徹夜してフラフラになってる姿とか、よく見せちゃってたからな。
今はその時と同じくらいか、あるいはそれ以上のペースでぶっとばしてるから……また無茶しないか心配なんだろう。……鋭い。
そのままアリスは部屋までついてきて、テーブルにそれらを置いて並べてくれるけど……ジト目はそのままだ。
「わかってるわかってる、適度にちゃんととるってば」
「ホントに~?」
「ホントホント。キリのいいところまで書いたら睡眠も食事もとるよ」
キリのいいところ=完結かもしれないけどね。
ほら、わかったら出ていきな。執筆中は私、集中するからかまってやれないよ。
しかし、そんな私の思惑は……どうやらアリスには筒抜けだったみたい。
変わらずジト目を向けて見てくるアリスは、しばし黙って考えていた後、
「絶対だよ? 体壊しちゃ元も子もないんだから。……じゃあもし、無茶して気絶したり、眠気で倒れたりするようなことになったら……」
「……なったら?」
「……寝てる間に色々する……というか、もらうからね」
「………………」
……いかん、
やばいな……限界までぶっ続けで書いてその後倒れるように眠ればいいかとか考えてたんだけど……起きた時に何か大切なものを失ってる可能性が出てきた。
私の中ではそのくらいセーフなんだけど……アリスがそう判断してくれるとは限らん。
しかたない、プロットだけ先に起こして、本編の執筆は休み休み無理ないペースで……いやでもなあ……できれば熱があるうちに……うーん…………
「……最悪、そうなってもまあ、初めてがアリスなら別に……」
「え、産んでくれるのッ!?」
「待った待った待った待ったちょっと待ったアリス! 落ち着け、段階いくつ飛ばしてんんの!」
ちょっとぼそっと呟くように言ってしまった瞬間、アリスがものすごい勢いで食いついてきた。
こっちに身を乗り出して顔がすごい近くに、キスできそうな距離に……鼻息! 鼻息凄い! ていうかあんた今……体が男になってる!? 一瞬で性転換したのか!
しかも服装が逆バニーのままだから股間がヤバいことになってるよ! 詳細に説明したら確実に年齢制限かかる……ってか見えてる! 見えてるから! しまえ! いや性別を戻せ!!
その後、どうにかアリスを落ち着かせることに成功。
『ちぇー』なんて呟きながらも女に戻り……名残惜しそうに私を見ながら部屋を出て行った。
あ、あぶなかった……あのまま『うん』って言ってたら、マジで奪われてたぞ多分……個室だから多分助けも来ないし……。
いや、私の方が強いからその気になれば払いのけて組み伏せるくらいのことはできる……はずなんだけど、気迫がすごくて、気圧された……。
……ま、その方が健康には優しいのはホントだしね……大人しく言うこと聞いとくか。
とりあえず、アリスが持ってきてくれた……ドーナツとカフェオレか。美味しそうだ。
これ食べて、ゆっくり休むか。……娘に心配かけるわけにはいかないしね。
☆☆☆
そして、その翌日。
それは……唐突に訪れた。
「お母さーん? もう朝だよー、寝坊? だから徹夜上等で原稿はダメだって……お母さん?」
いつまでも起きてこない私を心配して、部屋まで迎えに来たアリス。
入ってきた彼女の目の前で、私は……ベッドから転げ落ちてうずくまっていた。
朝起きた時から、『これ』は始まっていて……そのまま、立つことすらできずに動けなくなってしまったのだ。
アリスが来てくれて、すごく助かったというか、安心したというか……
一瞬だけきょとんとした後、血相を変えて駆け寄ってくるアリス。
「っ……どうしたのお母さん!? どっか痛い!? 怪我!? 病気!?」
「っ、う……あ……アリス……助けて……」
「どうしたの!? 何があったの!?」
言葉を発するのもつらくて、とぎれとぎれになってしまう。
それでもどうにか力を振り絞って、抱き起して耳を近づけてくるアリスに……必死に、口を動かして……伝える。
「……っ、お……お……」
「お? ……何?」
「……お腹……すいた……!」
「…………はぃ?」