ずっと続いた拷問生活の影響で、私の体は多少なり衰弱していた。
レベル3に移ってからは特に、水も食料も十分あたえられず、満足に運動することもできなかったから……痩せちゃったのに加えて、体がかなり鈍ってしまってもいた。
これから先のことを考えると、その分きちんと取り返さなきゃな、と、前々から思ってはいた。
執筆の合間に、気分転換も兼ねてトレーニングとかするようにしてたしね。そうして徐々に、体を本調子に戻していくつもりだった。
……だったんだが……ここに来て、ついに『アレ』が来た。
―――ガツガツ……もぐもぐ……ごくごく……
「ふぅ……おかわり!」
「おま……まだ食うのかスゥ!? どんだけ腹減ってんだよお前……」
「し、食料はまだまだありますが……食べすぎは体に毒なのですよ?」
「ごめん、ビューティさん、何も言わずに出してあげて。お母さんなら大丈夫だから。過食症とかになってるわけじゃなくて、これむしろ正常な反応だから」
「これのどこが正常……ああもう、わかったよ。いくらでも作ってやる! 少し待ってろ!」
そう言って厨房に引っ込んだビューティ。
以前メルヴィユで経験した、あの『体が作り替えられる』感覚。それが、また私の体の中に現れて牙をむいているのだ。
やっぱり、拷問とかその他いろいろな経験が刺激になって、また私の『超人』の因子が刺激されたみたいだ……そして、どうしてかわからないけど、牢屋にいる時は大人しかったそれらが、ここに来て私の体をまた作り替え始めた。
おかげで、またすごい量の食事が必要になって……こうして食堂でメガ盛りメニューを大量に注文する羽目になった。
厨房をすっかり縄張りにしてるビューティから、呆れを通り越して心配されてます。そんなに食べて大丈夫なのかって。
大丈夫。むしろまだまだ足りない。そのくらいエネルギー食うんだ、私。今。
というか、これ多分今日だけじゃ終わらない気配がしててね……。
……この状態が今までこなかったのは……体が空気読んででもくれたのかな?
牢屋にいる時は、『今は栄養が確保できないから進化できない』って。何にせよありがたい話だ……もしあの時にこうなってたら、エネルギー不足で餓死一直線だった。
「ほら、追加。とろ~りチーズ乗せ牛丼超大盛。熱いから舌火傷しないようにな」
「ッしゃあ大好物きたコレ! サンキュービューティ!」
「あと、栄養偏るから野菜も食え。ほら」
って言いつつ、サラダボウルじゃなく、普通に調理用のボウルに盛り付けた生野菜サラダを出してくれたビューティ。さっぱりしててこれも美味しそう。
よーし、まだまだ食べるぞー!
☆☆☆
『ニューカマーランド』で消費される物資は、どうやって調達しているのかというと……各フロアにつながる様々な抜け道を利用して、インペルダウンの物資を盗んできているのである。
食料、雑貨、その他諸々。新聞も盗んでくるので、シャバの情報も普通に手に入るわけだ。
『凪の帯』にニュース・クーは来ない、来れないはずだ。
だから新聞は多分、その他の物資と一緒に、毎日海運で運ばれてるんだろうな。政府専用の『タライ海流』を使えば、『海軍本部』や『エニエス・ロビー』とは、数時間で行き来できるらしいから……そこまで大変でもないんだろう。
この監獄の過酷な現場で、囚人達を相手に危険な現場で働く職員達のために、海軍も政府も、物資その他の様々な面で最大限のサポートをしてる……というわけだな。
まあ、それをかっぱらって好き放題遊んでるんですけどね、私ら。
ちなみにこの物資盗み、ブルーメが能力で活躍しているというのは以前話したと思うが……最近は私もそこで活躍している。
私の能力ほら、色々なものを紙に変えてコンパクトにして持ち運べるじゃん? だから、普通なら人手がいるような運搬も、ささっと少人数で目立たずできちゃうんだよ。
大きなブロック肉とか、野菜が入ってる大型コンテナ丸ごととか。
物資の調達がめちゃくちゃ楽になったって、すごく感謝された。
私としては、色々お世話になってるのに加えて、最近私個人の食料消費が増えてるのもあって……このくらいは全然、喜んで協力させてもらってる。
というか、こんなに一度に物資を持ち出したりして、ばれないのかな……って部分の方がむしろ心配だったんだが、割とそのへん、この監獄適当らしいので問題ないそうだ。
何せ、看守や獄卒等の職員だけでも数千人、囚人の数はそれ以上いるという規模の大監獄だ。
加えて、牢番のブルゴリや獄卒獣、レベル2の猛獣達、レベル5の軍隊ウルフといった連中にも餌は必要。
日々消費される食料の量は膨大であり、そんな細かいところまで気にして管理されていない。船で運ばれてくる物資だけでは到底賄いきれず、肉とかはブルゴリが海王類の肉その他を狩って毎日自前で調達してるそうだし。
なんなら、必要に応じて持ち出し用の帳簿(倉庫に置きっぱなし)に書き込んで出し入れの記録を偽装するので全然OK、ということだった。
よく考えられてるなあ。さすがは数十年間誰にもばれずに運営されてる『囚人の楽園』だ。
さて、ちょっと話が横道にそれてしまったけど……今日盗んできた新聞に、こんな記事が載っていた。
『海軍本部、白ひげ海賊団二番隊隊長『火拳のエース』の公開処刑を発表!』
『事実上の宣戦布告。伝説の大海賊『白ひげ』との全面戦争勃発か!?』
とうとう事態が大きく動き出すところまで来た。
この記事が出たってことは、同じタイミングでルフィ達が天竜人をぶっ飛ばし、大将黄猿に追われ、くまの能力で世界各地にバラバラに飛ばされる。
……いや、この新聞が既にゴミ箱に捨てられていたもので、昨日以前の『古新聞』だということを考えると……もうそうなってる可能性が高い。
そうなると……3日3晩かけて飛ばされるんだっけ? それに加えて、ルフィは『女ヶ島』に落ちてハンコックと出会い、その協力を得てここにやってくる。それにもさらに数日かかる。
そんでエースを救出しようとするも、失敗し投獄。しかしイワさんやボンちゃんに命を救われて……そしたらいよいよ集団脱獄だ。
というか、ボンちゃんどこかな……レベル3にいるはずなんだけど、見たことないんだよな。
私がいる牢屋からは離れたところにいたんだろう。この監獄無駄に広いし……あの歌も聞こえてこなかった。
……まあ、近くにいたらいたで……あの人優しいから、毎度毎度拷問で痛めつけられて、頬に涙の痕を作ってる私を見て、心を痛めたり、必死で励ましてくれたりしてたかもしれないが……それを考えると、むしろ良かったかもしれない。あんな姿を見せることにならなくて。
ニューカマーランドにいる映像電伝虫も、さすがに全ての牢屋を見れるわけじゃないので、結局未だに見つけられていない。
その時になったらまた会えるかな。
(何にせよ、もうほんの少しで事態は大きく動くだろうな……備えておかないと。ここでの生活も割と楽しくて気に入ってたんだけど、外に出られるに越したことはないしね)
もう何冊もこの獄中で、手作り冊子の本を出して、ニューカマーランドの皆に読んでもらって大絶賛してもらってるし。
狭いコミュニティの中だからこそ、読者の感想がダイレクトで聞けるってのも嬉しかったな。
あと、アリスが……オカマ、じゃなくてお仲間がいっぱいいる環境下ですごく楽しそうにはっちゃけてるし。……やっぱりあの子、生粋の『
そんな生活とも、もう数日でお別れだ。名残惜しいが……きちんと準備進めよう。
……ところでふと気になったんだが……この世界でもハンコック、ルフィに惚れるかな?
原作より割と性格穏やかで丸く、優しくなってるんだけどあの子。……ちゃんと協力して、ここにルフィを連れて来てくれる……かな?
ちょっと不安になってきたけど……まあ、何とかなるだろ。多分。きっと。
ルフィ主人公だし。何かしら運命を味方につけるだろう。……器の大きさその他はそのまんまだから……ハンコックにとっても、悪印象を抱くような相手じゃないはずだ。少なくとも。
☆☆☆
一方、女ヶ島。
スゥがそんな懸念を抱いてから……時間的には数日後。
「そなたの頼みなら……私、どこへでも行きます!」
「蛇姫様が……中枢に行くことを決意した!?」
「どういうことなのニョン婆!?」
「東の海にはこんな諺があるという……! “恋はいつでもハリケーン!!” 」
スゥの心配をよそに……ルフィは無事にハンコックに惚れられ、エース救出のためにその協力を取り付けることができたのだった。
かくして史実通り、ルフィとハンコックは本部中将モモンガの乗る軍艦に乗り、大監獄インペルダウンを目指す。
表向きは、『“火拳のエース”を一目見たい』というハンコックのわがままを聞くために。
本来は『七武海』だろうと近づくことは許されない大監獄だが、今は戦争が間近に迫っていて、色々な意味で余裕がない。
悩んでいる時間も惜しいこともあり、それで政府嫌いの『海賊女帝』の協力を得られるならと、特例で許可を出していた。
ただ、大きな流れは史実通りでも、微妙に違う要素がその中に混じっていたりもする。
「ところで中将殿。道中、もう1つ済ませたい用事があるのじゃが」
「何? ……インペルダウンに寄っていくだけでも時間はギリギリだ、この上どこかに立ち寄れというのはさすがに……」
「いや、その必要はない。その用事もインペルダウンでのものじゃからな。……風の噂で聞いたのじゃが……今、インペルダウンに『海賊文豪』が入れられているそうじゃな? 『火拳のエース』に加えて、そやつも一目、見ておきたいのじゃが」
「!? ……よく知っているな。私も報告を聞いた限りでしかないが……『海賊文豪』と知り合いなのか?」
「知り合いというか……因縁じゃな」
スゥの逮捕は、一般には公開されていない情報である。
それゆえに、周囲で作業をしていた海兵の何人かは、それを聞いてぎょっとしていた。
『“海賊文豪”が逮捕!?』『知らなかった……』『え、じゃあアレの続編もう読めないのか!?』『おい、中将殿の前だぞ!』……色々な声も聞こえてくる。
努めて気にしないようにしつつ、モモンガ中将はこめかみを抑えて少し考え……
「……追加で問い合わせる。しばし待て」
回答を待つ間、ハンコックはルフィの待つ部屋に戻り……同じことを話す。
ただしこちらには、ぼかした言い方でではなく……自分の親友だということも、隠すこともなく正直に。
「そっか……ハンコックってスゥと友達だったのか」
「そなたこそ、スゥと知り合いじゃったのか……」
(ま、まさかとは思うが、スゥもルフィに恋をしたりは……いやー、無いな。あ奴、少し前までのわらわ以上に男とか色恋に興味ゼロじゃし……むしろ仕事が恋人とかいう勢いじゃしの)
「『空島』に行った時に助けてくれたんだ。……でも、エースだけじゃなくて、スゥも捕まっちまってるのか?」
スゥが逮捕されたのは、エースと同時期だ。
その時ちょうどルフィ達は、『スリラーバーク』にて、王下七武海の1人ゲッコー・モリアと戦っていた。
その為、一時的に外部との交流が、ニュース・クーの新聞を含めて遮断されており……それらの情報を知る機会がなかった。
……もっとも、エースや『黒ひげ』の情報はともかく、スゥ逮捕の情報は政府によって秘匿されていたため、どちらにしろ新聞から知ることはできなかっただろうが。
「そう聞いておる。割と最近の話ではあるが……手紙が届いての、それを知った。無事だというのはわかっておるのじゃが……さすがに心配でな」
言いながら、ハンコックは懐から1枚の紙を取り出す。
ルフィにとっても見覚えのあるそれは、まぎれもなく『ビブルカード』だった。ハンコックがかつて託された、スゥのカードだ。
しかしそれは、くすんだ部分も特になく、ほとんど真っ白なままになっている。
「エースのやつみたいに縮んでねえな……監獄にいるのに元気なのか?」
「そのようじゃな。連絡を取るすべがないゆえ、どういう状況なのかはわからぬが……」
「そっか……じゃあ、エースと一緒にスゥも探してみるよ」
「そうしてもらえるとありがたいが……無理はしないでくれ。コレを見れば、少なくとも現在の状況がそこまで悪いものではないというのはわかるし……あ奴のことじゃ、案外自力で何とかしてしまうかもしれん。ルフィ、そなたはあくまで兄の救出に専念するのじゃ。おそらく、そちらの方がはるかに難易度は高い……片手間でできるようなものではないぞ」
「ああ、わかってる。でも、スゥは俺にとっても友達だ……放っとけないから、探すだけ探してみるよ」
(はぁ……ルフィ、なんと優しい……!)
そんなところにも魅力を感じて頬を染めるハンコック。
この世界でも無事に『恋する乙女』と化していた彼女は、愛しいルフィの役に立つために、自らの名を隠れ蓑に、一路『インペルダウン』を目指すのだった。
☆☆☆
一方、 そのスゥはというと……『ニューカマーランド』にて、来るべき時に備えて、いくつもの『準備』を進めていた。
なまった体を鍛え直したり、どう動くかの計画を練るのももちろんだが……ちょうど今スゥがやっている『準備』は、一風変わったものだった。
スゥ本人はいたって真面目にやっているのだが、周囲からすると……『あれは何をやってるんだ?』と首をかしげざるを得ない光景だったからだ。
彼女が今いる場所は……原作でルフィが、『治癒ホルモン』を受けて毒と戦うために閉じ込められていた、あの石造りの牢屋のような小部屋だ。
そこにスゥは1人で入り……ただ座って、じっと目を閉じている。
「……スゥはあれ……何やってるのです?」
「瞑想か、精神統一みたいなアレじゃねーか? あるいは……新しい小説のアイデア出しとか」
「アイデア云々はまず違うと思う。お母さんは普通に暮らしてても頭の中でガンガン考えつく人だし、なんなら今はアイデア過多で執筆して形にする方が追いつかないって言ってたし。瞑想は……お母さんそんなことしてたことないと思うんだけど、でもどっちかっていうとそれに近い気もする……かも」
小窓から中を覗き込み、様子をうかがいながらひそひそと話す、ブルーメ、ビューティー、そしてアリスの3人。
そんな3人が、瞑想中(仮定)のスゥの様子を見て、一番気になっているところが……
「……あの剣、何なんだろうな?」
「すごくきれいな剣なのです……儀礼用の宝剣でしょうか?」
「いや、確かあれ、前にちらっとお母さんが言ってた……やばい呪いがかかってる危険な剣だった気が……なんでわざわざ膝の上に置いて胡坐かいてんだろ?」
胡坐……ないし、座禅とも見えるような姿で座るスゥ。
その膝の上には、腹の部分を下にして横向きに置かれている1本の剣があった。両手をその剣に添えるような形で、スゥはじっと動かずにいる。
まるで、剣と一緒に座禅をしているかのようにも見えるが……一切説明がないのでは、見ている3人にその姿が何を意味しているのかを理解するのはさすがに不可能だった。
そして同様に3人が意識を向けているのは、その剣自体が……ブルーメの言うように、儀礼用の剣かと思うほどに美しい見た目をしていたこと。
かなり長い刀身は、翡翠でできているかのように澄んだ緑色をしていて……等間隔に宝石か何かが埋め込まれているのか、星のように輝く七つの光が見える。
見ていると引き込まれそうな、しかしどこか危うげな輝きがその剣にはあった。
そんな剣と共に、静かに座っているスゥ。
傍から見れば精神集中の最中のように見えるその姿だが、その実、彼女は今……『対話』の真っ最中だった。
心の中に広がる、不思議な空間。
そこにはただ2人だけ。自分と、もう1人。
いつか見た、緑色の髪の毛に民族衣装のような服が特徴的な……何も言わずににっこりと笑う、1人の謎めいた少女が……今日もまた、スゥに微笑みかけてきていた。