第166話、どうぞ。
「どけェ、お前らァ~~!!」
ルフィを先頭に、猛烈な勢いで進撃を続ける囚人達。
レベル4の牢を次々に開放し、囚人達を戦力として吸収して、襲い掛かる看守や獄卒達を蹴散らしていく。
ブルゴリや獄卒獣といった大戦力も投入されるが、先頭を進むルフィ、クロコダイル、ジンベエといった七武海クラスの面々の前では一蹴されてしまい、全く止まる気配がない。
「ぐずぐずしてちゃダメよ、麦わらボーイ! この騒動はもうおそらく、マゼランの耳にも届いてるはず……じきにこのフロアへやってキャブルわ。一分一秒を惜しんで上に向かうのよ!」
「リフトは向こうにあるから……来るとすれば、後ろから追われる形になる。足を止めていれば、追い込み漁のような形になってしまう……それこそ絶望的だな」
「わかった、イワちゃん! カニちゃん! ……で、レベル3への階段ってどっちだ?」
「その突き当りを右だ!」
「来たぞ、囚人達だ!」
「何としても止めろ……ここを抜けられたら、もうレベル3への階段は目前だ……ハンニャバル副署長がいるとはいえ、少しでも多く、長く足止めを……」
「悪ィけど、そこ通してもらうぜ……! おぉぉりゃぁあぁああっ!!」
そんな声が聞こえた直後、布陣している獄卒達に暗い影が差す。
はっとして見上げると、そこには……巨大な何かが降ってくる光景が、目の前に迫っていた。
「な、何だアレは……鉄の塊!?」
「あれは……拷問用の『血の池』用の鉄窯だ! 嘘だろ……投げ飛ばしたのか!?」
「に、逃げろ! 潰され……ぎゃぁあああぁああっ!?」
「うわぁああ!! 熱い、熱いぃぃいぃっ!?」
1本向こうの通路から、ビューティが投げ飛ばした拷問用の鉄窯。
囚人数人を沈める用の小さいサイズではあるが、それでも中身も合わせて数トンは確実にあるそれが、宙を舞って飛び、獄卒達のど真ん中に直撃。押しつぶされた者もいれば、着弾の際に中から飛び散った、血のように赤い灼熱の液体に襲われて灼かれた者もいた。
身を灼かれる苦しみに悶える獄卒達を見て、囚人達は機嫌よさそうにぎゃははは、と笑う。
「いいぞ姉ちゃん、もっとやっちまえ!」
「あの女すげえパワーだな! あのでかい鉄窯を投げ飛ばしてやがる!」
「いい気味だぜ獄卒共ォ! どうだよてめえらが普段使ってる『血の池』の味は!?」
「俺達はいつもそれを食らってるんだぜ! たまには自分が浸かってみやがれ!」
「おら次行くぜぇっ!」
「また来たぁ!?」
「退避、退避ぃっ! 固まるな、一網打尽にされ……ぐあぁ!?」
「向こうにばかり気を取られるな! もう囚人達の先頭が来て……う、うわぁああ!」
放物線を描いて次々飛んでくる鉄窯から逃れようと逃げ惑う獄卒達。
しかし、すぐにルフィ達先頭組がそこにたどり着いて、陣形も満足に組めていない獄卒達を各個撃破していく。パニック状態の獄卒達は、ニューカマー達や囚人達にも容易く狩られていった。
前に出れば囚人達が攻めてくる。後ろに下がれば鉄窯が降ってくる。
「え、援軍は……援軍はまだなのか!? もう限界だ!」
「こちらレベル4! まだ援軍は来ないのか!? 応答願う、頼む!」
☆☆☆
『こちらレベル4! まだ援軍は来ないのか!? 応答願う、頼む!』
「こ、こちらレベル3! そちらに向かっているところなんだが……す、すまない、今……み、道に迷ってしまったようで……」
『迷った!? 何を言ってるんだ、ここはインペルダウンだぞ!? いかに迷宮のような作りになっているとはいえ……自分達の職場だろうが! ふざけるな!』
『冗談はよしてくれ、もうこっちは限界なんだ! 一刻も早く……ぎゃぁああっ!!』
―――プツッ ツー、ツー、ツー……
「おい……おい!? くそ……『ふざけるな』はむしろ、こっちが言いたいんだっての……!」
途切れてしまった小電伝虫を懐にしまいながら、その看守は周囲を見回す。
目の前には……少し先の景色も見えないほどに濃い『霧』が立ち込めていた。
これのせいで周囲の状況がわからず、自分達がどこに向かって進んでいるのかもわからない。
「レベル3は砂漠並みの乾燥度合いだぞ!? 霧なんか出るわけが……一体何が起きてるんだ!?」
「おそらく、何かの……」
―――ドゥン!
「能りょ……うぐっ!?」
「おい!? くそっ、またか……」
「狙撃されてる……遠くから!」
「馬鹿言え、この霧の中で狙撃なんかできるか! 数m先もろくに見えないんだぞ、狙い撃つことなんかできない……近くにいるんだ! 探s……」
―――ドゥン!
「せっ……が……ぁ……ば、かな……!」
「畜生……何なんだ一体……!?」
「ふざけんなよ……姿を見せろ、この卑怯者ォ!」
―――ドゥン!
「ぅぎゃぁああっ!」
「何とでも言えばいいのですよ……わざわざ敵の目の前に出て行ってやる狙撃手はいないのです」
そこからかなり離れた、適当に撃っても流れ弾すら飛んでこないであろう位置に……ブルーメはいた。
銃身の長い狙撃用の銃――インペルダウンに収監された時に没収された、逮捕以前からの愛用の銃である――を手に、獄卒達1人1人に狙いをつけて撃つ。
1発1殺、1人1人確実に仕留めていく。
彼女自身にも、霧のせいで看守達の姿は見えていない。
しかし……狙撃するのには何の不都合もなかった。
彼女は
「この霧の中は私の領域。中に居る者も、中で起きたことも、完全に把握できているのです。見えなくたってなーんにも問題なんてないのですよ。狙撃なんて……」
―――ドゥン!
「ぎゃあぁああ!」
「お茶の子さいさいなのです。……今のでちょうど半分ですね」
レベル3から駆けつけるはずだった援軍の、実に半分をここですでに仕留め……ブルーメはふぅ、と息をついた。
見えないだけでなく、彼女の霧は……中に入った者の方向感覚に干渉し、狂わせる効果がある。
どの程度効くかは個人差があるが、大して力もなく、覇気も使えない雑兵程度であれば、霧で包むだけでも足止めには十分と言えるくらいの力だった。
ましてインペルダウンの構造は迷宮。視界が利かず方向感覚も狂ってしまっては、いかに獄卒や看守といえど、目的地にたどり着けずにぐるぐるとさまようことになる。
その間にブルーメは、着実に敵戦力を削るため、1人1人きちんと仕留めて数を減らしていた。
「スゥの予想通りでしたね。暴動を早期に終結させるために、レベル4に戦力を集中させるはず……フロア内は『麦わら』の子やイワさん達が何とでもするでしょうから、そこに合流しようとする戦力の方を削れば、後々楽になるし、向こうはじり貧……後詰めがいなくなれば……おっと?」
ふと、狙撃中にあるものを見つけたブルーメ。
「あれですか、スゥが言っていたのは……なら、ここは……通ってもらいましょうかね」
ブルーメは、周囲に立ち込めている霧を操作し……
霧の中で迷いそうになっていた
満足そうにそれを見届けたブルーメは、霧を元に戻し……残り半分となった、援軍『だったもの』達の処理を再開した。
―――ドゥン!
☆☆☆
その頃、また別な場所。
「ん~~~!! そこをどきなさい、囚人風情が! 興奮の檄“赤魔鞭”!!」
ビュオン! と空を切って。獄卒長であるサディちゃんが放つ、鞭の一撃が……床の石畳や石壁に当たって、粉々に砕く。
拷問用とは違う、戦闘用の鞭。全力で振るわれるそれに当たれば、人間の骨も容易く砕けてしまいそうなその威力を前に……囚人達は戦慄する。
しかしそんな中で1人、全く臆することなく……むしろ逆にサディちゃんを挑発するように、ひょいひょいと軌道を完璧に見切ってかわし続ける者がいた。
コンマ数秒の差で鞭が直撃しかねない位置を軽やかに跳び回り……素早くサディちゃんとの距離を詰めて、右手に持ったサーベルで薙ぎ払う。
それを飛びのいてよけようとしたサディちゃんの動きをさらに読み、左手に持ったもう1本のサーベルで横から薙ぎ払う。
(……っ……疾いし、動きが正確! ん~~~、戦いづらい!)
多少無理な姿勢になりながらも、それも何とか回避。
そしてお返しにと鞭を振るえば、石柱を遮蔽物にしてかわされ……あろうことか砕けたそれらを足場にしてぴょんぴょんと跳び、攻撃範囲から離脱する。
そして、いつの間にか持ち替えていた左手の銃をサディちゃんに向け、宙返りしながら発砲。
どうにかそれもかわしはしたが、距離が開いて追撃ができなくなった。
銃はともかく、剣と鞭ではリーチで自分が勝っているはず。なのに一向に仕留めきれず……むしろ弄ばれているような気分になり、サディちゃんの苛立ちは募っていく。
彼女自身『攻めなきゃ生きている意味がない』とまで言うほどの性格なだけに、余計に今の『攻めきれない』状況はストレスなようだ。
(というか……この囚人、誰? こんな小娘いたかしら……? これだけかわいくて、しかも強い子なら、ん~~~! 私の記憶ないし印象に残っててもよさそうなものなのに……)
「にひひひ……さすがインペルダウンの『獄卒長』。すばしっこいししぶといね……でも……」
レベル5から大挙して登ってきた『変態』達と同じような、奇抜な服装。およそ何と例えていいものかわからないそれを着込んだ、まだ若い少女のような囚人は、サディちゃんを前に、ニヤニヤと恐怖の欠片も見せずに笑う。
「おねーさんくらいなら……ボク程度でもどうにかできそうだ♪」
なお、その少女……アリスが着こんでいる服を、出発前に目にしたスゥは、
『あんたマジでそれ着て行くの!? あのさ……親として言うけど、もうちょっと恥じらいとか……女の子なんだから、肌を見せることに抵抗とかさぁ……防御力とか考えてもさぁ……いやそりゃ、確かにレオタードは体操競技とかでも着られてるれっきとしたスポーツウェアだけど、その股間の角度が完全にギリギリで……あといろいろ浮き出てるからせめて下着(略)』
こんな風に言っていたことを添えておく。
なお自分は『童貞を殺す服』である。
「っっ……調子に乗るんじゃないわよ小娘! サディちゃんは、攻めるのも責めるのも大好きだけど……守るのは大嫌い! そして、バカにされたり侮られるのはもっと嫌い!」
言いながらサディちゃんは突進し、縦横無尽に鞭を振るう。
長い鞭がしなって通路を埋め尽くし、物理的に逃げるスペースがないほどの暴威となって襲い掛かる。
しかし、それを前にしてもアリスは何ら焦った様子を見せず……
「“重力『逆転』”」
その場で飛び上がり……重力を無視して真上にスーッと飛ぶ。
そのまま鞭の攻撃範囲の真上をすり抜けて、ぎょっとした表情のサディちゃんの真上にまで到達すると……能力を解除し、自由落下でサディちゃんに迫る。
しかし、それをむしろ好機ととらえたサディちゃんは、素早く鞭を引き戻し、手首をしならせて全体をうねらせ……アリスの真正面から思い切りたたきつける。
今のように飛び上がったとしても、絶対に避けられない必殺のタイミング。
今自分が持っているのは、拷問用とは違う、戦闘用の強力な鞭。
技術を持つ者が振るえば、先端部の速度は音速を超え、岩をも砕く威力を発揮する立派な凶器だ。先ほども、その一撃で石づくりの通路を、囚人たちもろとも粉砕してみせた。
1秒後には、目の前の女囚は、全身のいたるところが衝撃で裂けて血を噴出し、骨も砕けて力なく墜落……その際に、素敵な断末魔の悲鳴を響かせる……はずだったが……
「“
―――バッチィィイィン!!
「きゃあぁぁああぁあ!?」
アリスの肌に触れた瞬間、『リバリバの実』の能力で、威力そのままに鞭がサディちゃんの方に戻ってきて……無防備だった彼女に直撃した。
図らずも、アリスが『そうなる』と思っていたダメージを、ほとんどそのまま自分が食らうことになってしまっていた。
痛恨の一撃を食らって倒れこむサディちゃんの首を掴み、もう片方の手で彼女が取り落とした鞭をキャッチするアリス。
そのまま、首を掴んでぐいっと彼女の体を持ち上げる。……身長差で、地面から放すことはできていないが。
「さて……獄卒長のサディちゃん。このまま適当にそのへんに捨てて行ってもいいんだけど……君にはうちのお母さんがお世話になったみたいだね。色々見てたし、聞かされもしたし……ずっと、お礼したいと思ってたんだ~♪」
「お、母……!? 何を、言って……」
自らが全力で振るった鞭のダメージが想像以上に深刻で、息も絶え絶えになり……しかもそこで首を絞められていて、声もろくに出ないサディちゃん。しかしアリスは、特に返答か何かを期待しているわけでもないようで、淡々と自分が言いたいことだけ言っていく。
その顔には笑みが浮かんでいるが……常に楽しそうに笑っている、お調子者ともムードメーカーとも言える彼女には珍しく……目が笑っていなかった。
代わりに、そこに浮かんでいるのは……怒りと憎しみ。
自分にとって何より大事な人を傷つけた怨敵に対する、黒い感情。
首根っこを掴んだまま、ずるずると引きずっていく。
「ボク、スズやレオナと違って……おじーちゃんに気に入られるレベルの『悪い子』だからさあ。本当ならじっくり時間かけて色々してあげたいところなんだけど……あいにく今急いでるからね。ほどほどで、サクッと済ませてあげるよ。……よかったね、長く苦しまずに済んで……さ」
―――バシィィイィッ!
―――ガスッ!
―――グサッ! ザクッ!
―――ボキィッ!
―――メキッ、ミシッ……ゴキッ!
―――ブチブチッ!
―――グチャッ!
―――ビシャッ……ビシャビシャッ
―――ズルッ……ズルズル……
―――…………ボトッ
数分後。
やるべきことを済ませたアリスは、先ほどサディちゃんから奪った鞭を、試すようにビュビュン! とうならせる。
そして、行く先をふさいでいた獄卒達に向けて一閃させ、まとめて吹き飛ばした。
「うん……やっぱり、ちょっと重いけど、威力もあるし使いやすいな。多少だけど
言いながら、手に持っていたサディちゃんの衣服をぽいっと通路の下に放り捨てる。
それはズタズタになっていた上に、おびただしい量の血がついていて、明らかに元の持ち主に何かあったことを示していたが……燃え盛る業火の中に落ちて、すぐに灰も残さず燃え尽きてしまった。
そしてそのままアリスは、少し遅れてしまったペースを取り戻すべく、駆け足で先頭集団を追いかけて行った。
……その後、サディちゃんの姿を見た者はいない。