「な、ナニモンだあの女!? あのマゼランと互角にやり合ってんぞ!?」
「知らないのかバギー!? あれは『海賊文豪』だガネ! 武力とはまた違う理由で有名な海賊だが……まさかこれほど強かったとは! というか、インペルダウンに入っていたのか……!?」
驚愕するバギーとMr.3、それに、彼らに付き従う囚人達。
その見ている前で、スゥとマゼランは……割り込むことの決して敵わない、すさまじい勢いでの戦いを繰り広げていた。
「“
「“
毒液でできた巨大な毒の龍。わずかでも触れてしまえば『終わり』のその攻撃を……飛び散る飛沫すら全て切り払う猛烈な連撃でスゥは防いでみせる。
スゥの刀が届く範囲が制空圏となり、それより先には一滴たりとも毒液は届いていかない。
だがそれでマゼランが戸惑ったり怯むこともなく、続けざまに口の中で、クチャクチャとガムを噛むような動きをして……口元に、毒の泡を膨らませる。
そしてスゥめがけて、プッ、と吐き出して飛ばした。
「“
勢いよく飛んでいくそれを、スゥはこれも切り払おうとし……しかし直前で何かを察したのか、剣を引っ込めて回避した。
結果、そのボールのような毒泡は、後ろの方で野次馬的に見ていた囚人達の方まで飛んでいき……
―――ボゥン!
「え、うわぁァア!?」
「何だコレ……毒か!? ちくしょ……は、ハクション!」
「な、涙が……催涙くしゃみガスだ!?」
致死毒ではなかったものの、感覚を刺激して戦闘能力を奪うガスが散布される。
さらにそれに加えて、マゼラン自身が吐き出す息が毒ガスとなり、その空間に充満していく。
「“
「まったく……毒人間だけあって害悪戦術が上手い。“
しかしスゥはそれが広がって自分のところに届く前に、背中に生やした紙の翼……それも、3対6枚ある大きなそれを、大きく羽ばたかせて、ゴウッ! と突風を起こす。
2、3回の羽ばたきで、通路全体に届くほどの風が巻き起こり……『毒雲』と『催涙くしゃみガス』の両方を全て一掃して吹き飛ばし、霧散させてしまった。
「あ、あれ……普通に息ができるぞ……」
「ウオォォオ! すげえ、助かったぜ姉ちゃん!」
「……戦いにくい相手だ」
自分の技に対して的確な反撃・対応をぶつけてくるスゥに対し、マゼランは顔をしかめつつ……帽子についている角を取り外して、両腕に装着する。
そして、再び出した毒竜の中を、潜水するように通って高速で移動し……翼を仕舞い終えたスゥに一気に接敵。拳を突き出すように、その角のグローブを突き出した。
それをスゥは刀ではじく。そこから飛び散った毒液が石の壁にかかり、じゅうじゅうと音を立てて溶けていくのを見て……囚人達は顔を青くした。
立て続けに二度、三度と繰り出される毒の突きをさばきつつ……スピードで勝るスゥは、懐に飛び込んで剣を振るい、斬りつけようとするが……その直前、マゼランの口がぷくっと膨らんだのを見て、即座に飛び退る。
が、マゼランはそのままスゥを追いかけて狙いを定め……毒液を吐き出した。
「“毒フグ”!」
その毒の塊は、スゥに直撃はしなかったが……小さい中に大量の毒が圧縮されていた。
床に落下した底から広範囲に毒が飛び散るも、どうにかそれを回避し、細かい飛沫も『壁紙』を間に展開して防ぎ……
しかし……
―――ド プ ン ッ!!
……その瞬間、避けようのないタイミングで真上から降ってきた『毒竜』に直撃し……その全身を毒液に覆われた。
「うぐ……ぅあぁあっ!?」
「あぁあっ!? そんな……」
「文豪の姐さんっ!!」
マゼランと互角に戦えていたスゥが、致死の毒をその身に浴び……紙の翼が毒液にまみれて羽ばたけなくなる光景を、多くの囚人達が絶望と共に見上げていた。
「やれやれ、手こずらせてくれた。だがこれで残るは……っ!?」
しかし……スゥはもうこれで片付いたと判断し、残る囚人達に狙いを定めて移そうとしたマゼランは……その瞬間、ぞくりとした悪寒に襲われ……はっとしてスゥの方を見る。
浮きあがる力を失ったスゥが、力なく落下していく姿がそこにはあったが……
「うああぁぁああぁ―――…………なんちゃって♪」
――ばりっ!
次の瞬間、毒にまみれて脱力している……ように見えたスゥの体が、真ん中から真っ二つに裂けて、中から無傷のスゥが飛び出て現れる。
「「「はぁっ!?」」」
「……っ……!」
「隙あり! 一刀流…… “
目にもとまらぬ速さで、弾丸のように飛び出したスゥが狙う先は……マゼランの顔面……眼球。
毒による防御すら間に合わないとさとったマゼランは、とっさに腕を突き出してかばおうとするも……スゥはそれを超がつくほどの急カーブで回避し、さらに突貫。
結果、眼球を刺し貫くことこそかなわなかったものの……その頬にかなり大きく深い、抉るような傷痕を作って、マゼランの背後に突き抜けていった。
これまで傷らしい傷を負うところも見たことのなかったマゼランが流血し。『ぐゥ……!』と苦悶の声を漏らす姿。
しかも、やられたと思われた瞬間からの逆転劇に、周囲の囚人達のボルテージはどんどん上がっていく。
マゼランはというと、ダメージ的には大したことはないものの……囚人達を調子づかせてしまっていることはもちろん、スゥの予想以上の実力を前に、警戒感をまた一段と引き上げていた。
「まるで脱皮だな……そんな方法で毒を無効化されるとは思わなかった。毒ガスを散らされてしまうことといい、俺の能力はどうもお前に対して相性が微妙に悪いらしい」
「みたいだね。私もぶっちゃけ予想外だったけど……でも、だからって諦めてくれる雰囲気でもないみたいだけど」
「当然だ……囚人を、それも反抗的な者達を野放しにしておくほど、俺は職務に怠慢じゃあない……当然、お前も例外ではないぞ」
自分が出している毒液ごと、頬の血をぬぐい……マゼランは再び構える。
しかし、すぐにはしかけて来ずに……
「……正直に言えば、今俺は非常に残念に思っている。“海賊文豪”……お前は穏健派で平和を好むと聞いていた。市民に被害をもたらすこともなく……むしろ、なぜ海賊なのかという点を疑問に思う海兵も少なくない数いる、とな」
(そりゃそーだよ……私、自分で海賊になったわけじゃないんだもん。あれはだから政府が……まあ言っても仕方ないけどね)
「その話が事実であるのなら、こちらの“提案”にも前向きな返事が受け取れるのではないかと思っていた……それに、政府と海軍からは、調べることができた限りのお前の過去についても聞いている。……元海軍大将・黒腕のゼファー氏に救われた経歴についてもな……」
「……へえ、よくご存じで。どっちかな? 30年前? それとも15年前?」
「両方だ。……そして後者では……何があったのか詳細までは知らないが、ゼファー氏や海軍に対しても、好意的かつ協力的に接していたと聞いている」
「…………」
「戦っている最中の囚人に対して、こんなことを言うのも妙な話だが……あえて言わせてもらう。命を救われ……その後、はっきりと自分で尊敬しているとまで言ったゼファー氏に対して、そして彼が守り貫いている正義に対して……貴様は申し訳ないとは思わんのか!? 彼が守った命を、悪の道に使うような真似をすることが……! ……それとも……その時に言った感謝の言葉は、その場限りの口から出まかせだったのか!?」
周囲からは、囚人達の様々な声が聞こえてくる。
いきなりマゼランが色々と語り始めた、よくわからない話に困惑している者もいれば、『おじけづいたのかマゼラン!?』『何だ今更泣き落としか!?』とヤジを飛ばす者もいる。現役の『三大将』ほどではないが、知れたビッグネームが聞こえてきたことに戸惑う者もいた。
しかし、マゼランも……そして、それを言われているスゥも、特にそれらのヤジは気にする様子は見せず……しばしの間を置いて、スゥは口を開いた。
「まさか。あの時言ったことはまぎれもない本心ですし……なんだったら、今だってゼファーさんのことは尊敬してますし、感謝もしてますよ」
ただ、と続ける。
「それでも……私は私で、私らしく生きるために絶対に譲れない一線ってものがある……そして、それを考えると、あなた達の『提案』は、到底飲めるものじゃなかった。それが例え、恩人であるゼファーさんの助けになることだとしても、私にとっては絶対に、何があっても譲れない部分だから……首を縦に振るわけにはいかないんですよ」
きっぱりと、そう言い切って拒絶した。
それを聞き届けたマゼランは、『そうか』と短く言って……説得を諦め、戦いに戻ろうとし……
「……ああ、でもね」
話が終わったと思っていたスゥが、ふと思い出したように口を開く。
そのまま、続けてマゼランに語り掛け始める。
「蛇足かもですけど、一応これも気になったんで聞かせてもらえます? マゼラン署長。そもそもあんた……なんで今、私のこと説得しようとしたんですか?」
「……何?」
突如飛んできた質問の意図がわからず聞き返すマゼランに、スゥは続けて、
「戦ってる最中とかそのへんは置いといて……ゼファーさんのこと持ち出せば、私がもしかしたら罪悪感から戦いをやめると思ってました? 反省して武器を収めて、きちんとこちらの言うことを聞くようになる……とでも?」
「……そうだな、そう期待した。もっとも、残念ながらかなわなかったが……」
「……理由については、今言った通りです。けど……それとは別にもう1個、言わなきゃいけないことができました」
「?」
「…………あんた、どこまで私のことバカにしてんの?」
「……? どういう意味だ?」
先程の言葉に続けて意味が分からないマゼラン。
しかし、その眼前に立っているスゥは……いかにも機嫌が悪い、とでも言いたそうな目をしていて……特に中身のない揺さぶりをかけているわけではなく、本気で何かしらに苛立っている、怒っている様子だというのを感じ取れた。
「……言われなきゃわかんないか……職務への忠実さや冷徹さはともかく、きちんと真面目で、人の気持ちがわかる人だと思ってたんだけどな」
はぁ、とため息をついて、スゥは話し始める。
「要するにあんたはこう言いたかったわけでしょ? 強情張って『悪』の道を歩むような真似はやめて、あんたらの『提案』を受けて、人々のためになる道を歩め、って。今の説得はもちろん、日々の拷問もそのための手段……そうすればそれが、私のためにもなるからって」
「…………」
「そしてそれを受け入れれば、それから先は決して、私にとっても悪いようにはならない……このまま犯罪者であり続けるより、ずっといい結末になるからって」
「……その通りだ。それがどうかしたのか? その提案に……何か問題でも?」
そう聞いたスゥは、剣を持っていない方の手で頭をガシガシと、苛立つようにかきながら、
「……あー、どう言ったもんかな……結構的確に言い表すの難しいわ。いいや、率直に言おう……つまりマゼラン署長、まとめちゃうと、あんたこう言ってるわけだ」
「政府の都合で指名手配されて」
「15年も犯罪者扱いで追い回されて命狙われて」
「死にかけるような思いさせられて捕まって」
「自分のポリシーに反するようなことを強要されそうになって」
「断ったらひどい拷問を受けて、痛くて苦しくて恥ずかしい目にあって」
「『うん』って言わなきゃもっとひどくなるぞって何度も脅されて、実際ひどくなって」
「最終的に、自由に見えて自由なんてない立場に追い落とされそうになって」
「それを受け入れて……今までのことも含めて何も文句言わず、助かったと、幸せだと思えと」
「……いやいやいや……こんなん、『バカにしてんのか!?』ってキレるしかないじゃん!」
☆☆☆
Side.スゥ
いやホントに。人のこと何だと思ってんだ……ってキレちらかしたいんだけど今、私。
まあ、マゼランは政府の言うことを聞いてるだけなんだろうし、そもそももしかしたら……私が冤罪で賞金首にされた、っていう部分も知らないのかもしれないけどさあ。
それでも、この場でこんな要求を突き付けられて、しかもそれを受けるのが普通、ないし当然みたいなこと言われたら……こっちとしても怒らざるを得ません!
あんた知ってるだろ、私がインペルダウンに収監されてからこっち、どんだけの目に遭って来たのか。
猛獣フロアで命がけの『引っ越し』という名の鬼ごっこ。
飢餓フロアで水も食料も足りない状態で飢えと渇きの責め苦。
焦熱フロアで体の中から灼かれるような暑さと熱さ。
極寒フロアで手足が凍えて動かなくなりそうな凍てつきの中の労働。
鞭打ちの拷問で、激痛を叩き込まれて泣くまで何百回も背中とお尻を打たれた。
水責めの拷問で、何度も溺死寸前まで水の中に沈められて苦しい思いをした。
宙吊りの拷問で、縄で皮膚が破れて関節が壊れるんじゃないかって苦痛を味わった。
棒叩きの拷問で、骨がイカれて内臓がつぶれるんじゃないかってくらい滅多打ちにされた。
電気ショックの拷問で、頭が真っ白になるくらいの衝撃を何度も流し込まれた。
毒ガスや毒入りご飯の拷問で、体の中から防ぎようのない痛みと苦しみに延々襲われた。
さらし者の拷問で、見ず知らずの男性達の前で裸にされて辱められた。
インペルダウンに入ってからだけでも、こんな感じだよ私は。
私が『超人』の回復力をもってなければ、もっと重症になってたかもしれないな、痕が残っちゃってただろうな……って思うくらい激しい拷問もいくつもあったよ。
恥ずかしい思いも何度もさせられたよ。……今こうして周りにいるギャラリーの中にも、もしかしたら前に『さらし者』にされた時や、『獄内引き回し』されたりした時の私を見たことある人もいるかもしれないね。そう考えるとホントに恥ずかしいよ。
それ以外にも……外の世界で賞金首として生活していて、つらかったことはいくらだってある。
絶対値的・瞬間的なつらさは、そりゃここでの拷問の方が上かもだけど……それでも、それらは私が確かに経験した、消えることのないつらい記憶だ。
それらを全部忘れて水に流せって?
一生消えない心の傷ができてもおかしくないくらいにひどい目に遭わせたけど、政府の言うこと聞いて言いなりになれば諸々許してやるから、さっさと言うことを受け入れろだ?
それが正しいことだから、政府が望んだ正しい道だからってか?
そんな取ってつけたようなセリフの一言で済ませるくらい、済ませちゃえると思えるくらいに……あんたらの中で私ってちょろい存在なわけ?
頷く頷かないはともかくとして、一旦受け入れたら、それまでのこと全部なかったことになったかの如く扱って、過去のことに何も文句は言わせずただただ自分達に都合のいいように働かせることができると? それが当然だと?
そんな、自由に見えて自由も何もない、奴隷みたいな扱いを……喜んで受け入れろと!?
あっはっは……さすがは天竜人の狗だけあるわ。
無茶苦茶な、しかも自覚なしの発想や物言いがそっくりだよ。
「人の人生どんだけ安く軽く見積もって、都合よく使おうとしてんだあんたら!?」
冤罪で指名手配された上に、拷問やら何やらひどい目にあわされて!
挙句にその後の人生まで、いいように利用されようとしてる!
こんな状況でも『いい人』でいられるほど、私は人間出来てないんだよ!
そりゃ、犯罪者で囚人だからそう扱うのが当然だと思ってるのかもしれないけどさ! 何にしろ間違いなくあんたらは、私達をそういう扱いしてるんだ!
それは別に仕方ないとしても、不思議がるな! 理解できないって面をするな!
私達だって感情のある人間だ、書類の上で数字だけで扱われるような存在じゃない……そのことを忘れて、反発が起きること自体を不思議に思うな! どれだけおめでたい頭してるんだ!?
人間扱いされず、意思を曲げられ搾取されるばかりの日々……しかも政府はそれを『当然』と考え、感謝の1つもしないどころか『海賊が政府の役に立ててるんだから光栄に思え』とかふんぞり返って言ってくるのが目に見える! 最後には使い潰されて捨てられるところまで予想できる!
そんな家畜の人生を歩むことを『正しいこと』だなんて言われたら……自分の人生を、価値を、未来を……全部全部真っ向から否定されて、それが『正しい』と言われるのなら!
そりゃあんた『正しくなんて生きてられるか』ってなるだろうが!
私達は確かに犯罪者で、囚人だ! でも間違いなく人間だ!
あんたらがそれを忘れて、見失って、そう見るのをやめても……私達はずっとそれを捨てないし、忘れない!
その自覚すらなくそれを否定し、未来を奪おうとするのなら……私は、私が私であり続けるために……全身全霊でそれに抗ってみせる!
それをせいぜい目に焼き付けろ! そして知れ! あるいは思い出せ!
これが私の……私達の生き様だ!
……どうやら、途中から口に出してたらしい。
言い切ったとたん……どっ、とすごい勢いで私の周囲で『ウオオォォオオォッ!!』と歓声が上がり……囚人達のボルテージが最高潮になっていた。
「すげえぜ文豪の姐さん! その通りだ!」
「ああ、よく言ってくれた! 俺達は、俺達の命は、未来は、獄卒共なんかにやるわけにはいかねえ! 俺達自身のものなんだ!」
「ああ……そうだよ、そうだったんだ! すっかり忘れてたそれを……思い出させてくれた!」
「こんな牢屋で一生を終えるなんて絶対にごめんだ! 俺達は絶対にシャバに出る!」
「野郎ども、今一度気合を入れろ! キャプテン・バギーと
「オラァ! ビビってる奴なんざいねえだろうなあ! 今更おじけづくんじゃねえぞ!」
「当たり前だ! こんなの聞かされて……これで燃えなきゃ男じゃねえぜ!」
「何言ってんだい、火がついてんのは女もだよ!」
「そうよ……こんなところで終わってたまるもんですか! ここで決めなきゃ女が廃る!」
「もっとキラキラした未来を……栄光を、幸せを、絶対つかんでみせるのよォ!」
「行こう姐さん! 私達……あなたについて行くわ!」
☆☆☆
Side.三人称
その光景を見ていたマゼランの顔には……冷や汗が伝っていた。
「……やはり、最も恐れていた事態になったか……」
最初から、マゼラン自身わかっていて……そして危惧していたことだった。
『海賊文豪』の最も恐ろしい武器は、剣でもなければ『パサパサの実』の能力でもない。
その口から発せられる、あるいはそのペンがつづる……言葉だと。
政府が最も危惧しているのは、彼女の……『影響力』。
何気ない言葉1つ、思い1つで国すら動かす、そのあまりに大きな、形のない力。
それを、マゼランは目の当たりにした。
たった数十秒ほどの、演説とも呼べそうな感情と信念の発信。それは、周囲に集まっていた野次馬同然の囚人達の心に火をつけ……士気をいきなり最高潮まで引き上げた。
こんなことが……およそ意図してやった様子もなしに可能なのかと、マゼランは思い知った。
(やはりだめだ……この女は、絶対に、野放しにするわけにはいかん……!)
マゼランは、何も言わずにまた毒液を滲み出させ……竜の形を作っていく。
しかし今度は、3つ首の龍ではなく……。
「な、なんだありゃ!? マゼランの『
その3倍……9つの頭を持つ龍だった。
「俺がそれだけしか作れんと言った覚えはない……。“海賊文豪”……やはりお前は危険だ。提案を飲めないのなら……ここで始末する! “
そして、マゼランはその頭上ではなく背後に、毒でできた頭が九つの異形の龍を生み出し……その首を一斉に殺到させてスゥを襲い……
……しかし次の瞬間、
「“紙剃吹雪”……“千本桜景厳”!!」
瞬間、発動させたスゥの『覚醒』技。
大量に吹き上がった紙吹雪の暴威に巻き込まれ……9つあった頭全てが切り払われ、そぎ落とされ、吹き飛ばされた。
それどころか、無数の紙の刃は、毒の龍を消し飛ばしてもなお余裕があり、止まらず……何枚、何十枚もマゼランに襲い掛かって、内けっして少なくない数が突き刺さり、食い込んだ。
見た目一発『毒竜』異常に凶悪な技をあっさり敗った上、マゼランにまた傷を負わせたスゥを……囚人達はまた呆気にとられた様子で見ていた。
マゼランは……それでも動揺せず、油断なく構える。
一歩も引かず、また9つの首の龍を毒液で作り出す。
(話すべきことはもうない……ここから先は、監獄署長としての責を全うするのみだ!)
心の中でだけ言った、そんなマゼランの言葉が聞こえたわけではないだろう。
しかし、確かに同じタイミングで、何も言わず……スゥもまた、数億枚の紙の刃を従えて、剣の切っ先をマゼランに向けて構えなおすのだった。