「“地獄の”……」
「遅い! 一刀流……“
毒の巨人が腕を振り上げるより早く、私が放った横なぎの一撃がマゼランの脇腹に入る。
苦痛に顔をゆがめながらも、両側から毒の腕で挟み込もうとしてくるが……動きも格段に遅くなり、精彩も欠いているそれでは私は捉えられない。
すぐさま上へ飛び上がって回避。
さっきまでならここで、上から別な毒でもなんでも伸ばしてきて逃げ道をふさがれてたところだけど……もうそうする力も残っていないらしい。
というか、常人ならとっくに動けなくなっててもいい症状に襲われてるはずなのに、まだこれだけ……しかも、能力を使いながら動けるってのは、本当に尋常じゃないタフネスだな。
「ハァ……ハァ……! 逃しは、せん……!」
その目には、未だ力強い意志の炎が宿っている。周りにいる囚人達を、眼光だけでビビらせることができるほどのそれだ。
ハンニャバル副署長も然り……やっぱりここに勤める人たちは、絶対に悪人を許さず、外に出さないことで罪なき市民を守る……っていう鉄の意思のもとで戦っているんだと理解させられる。
……一部、自分の趣味というか性癖のために戦ってるサディストもいた気がするが、まあいい。
それでも、あんた達のそれに付き合って、自分の人生を捨てる選択肢は……私達には、ない。
きちんと決着つけて、脱獄させてもらう。
「“
「う……うぐおぉぉおおぉっ!?」
数億枚の刃が一斉に襲い掛かり、全方位からマゼランを切り刻む。
毒の膜で防ぎはするものの、力も密度もなくした毒では半分も防ぐことはできず、竜巻のように十重二十重に襲い掛かる怒涛の紙吹雪に飲み込まれ……マゼランの姿は見えなくなる。
その場にいる……ギャラリーの囚人達も含めて、誰もが戦いの終わりを悟った……その瞬間、
「“
紙吹雪の竜巻の、ただ一点に集中して、マゼランの毒が内側から叩きつけられ……その包囲を食い破って、外に飛び出した。
『毒の巨兵』の深紅の毒で作られた、首一つの『毒竜』が、一直線に私めがけて飛んでくる。
「なっ……!?」
「うぉおぉおおぉっ!!」
「ま、マゼラン!? 飛び出してきた……」
「姐さん!? 危ねぇ!」
恐らく、最後に残った全身全霊をつぎ込んだのであろう、マゼランの毒の竜を……私は、急上昇して間一髪でかわすことに成功。
赤い毒の飛沫が羽に少しかかってしまったけど、即座に切り離す。これで大丈夫……と思った、その時。
―――ドスッッッ!!
「あっ、が……!!」
「捕らえたぞ……“海賊文豪”!」
毒の龍の頭から、その中を高速で通ってきたマゼランが飛び出し……その手にはめていた、毒にまみれた角グローブで……私の腹を貫いていた。
瞬く間に私の体に……その全体に、感染するように毒が回り、力が入らなくなっていく。
「姐さぁん!」
「そ、そんなぁあぁ!」
ギャラリーの囚人達の悲鳴が響き渡る中……全身を赤黒い毒に染められた私は、マゼランの毒手に貫かれたまま、がくりと力なく脱力して動かなくなり……
……そのまま、くしゃりとただの紙になって、ほどけて崩れた。
「!?!? ……何……だと……!?」
「―――“
仕留めたと思った? 残念、偽物でした!
こんなこともあろうかと、今の“
というわけで、『千本桜景厳』の紙の刃の中を移動し……飛翔してマゼランの真上に回り込んでいた私が、ばっと天高く手を掲げる。
すると、無数の紙吹雪が収束し、何百本もの日本刀みたいな形になった。
その光景を見上げて、次の瞬間何が起こるか悟ったマゼラン。
たぶん大正解。じゃ、答え合わせいこうか。
「“
―――ドドドドドドドドド……!!
私が手を振り下ろすの同時に、数百本の刃が……一斉にマゼランに降り注ぎ、その体を貫いた。
マゼランはその中何割かは、渾身の『毒竜』で防いだり、角グローブで薙ぎ払ったようだったけど……大半は防ぎきれず、その全身に突き刺さっていく。
10秒としないうちに、その刃の集中豪雨は止み……終わった頃には、全身血まみれでハリネズミ状態になって倒れ伏すマゼランの姿がそこにあった。
やった後に気づいたというか、思い至ったんだけど、マゼランってすごい大柄で、縦にも横にも前後にも大きいから、私が持ってちょうどいいサイズの剣で全身突き刺してやると……まんまハリネズミ、って感じに見えるんだよね。
あるいは、お裁縫するときの針置き場とか、そんな感じの見た目になってる。今。
処刑というより拷問に見えるかも……数減らして1本1本を大きくした方がよかったかな?
……まあ、今でも十分致命傷だからいいか。
とどめとばかりに、今の刃全部に残りの塩混ぜ込んで注入してやったし。
このまま何も処置とかしないと……割と真面目に死ぬと思う。
そして、今日イチの大歓声。
飛び上がって、抱き合って、舞い踊って、泣いて笑って喜ぶ囚人達。
口々に私を称える声が聞こえてくる……地上にいたら胴上げされてたんじゃないかってくらいの勢いだ。
「す……すげぇえぇえ! ホントにやりやがった!」
「ウオォォオ~~!! 地獄の親玉を……マゼランを討ち取ったァ~~!!」
「やったぁああ! もうこれでマジで怖いもんねぇぞ!」
「こんな日が来るなんて……あんたすごいよ、大先生!」
「あたし達の救世主! 一生ついていかせてくれ~~!」
ホール中を歓喜が包み、達成困難なものだったはずの『脱獄』が十分に現実みを帯びて見えて来て、嫌が応にもテンションは上がり続けて……
……しかし、
「まだ、だ……!」
「! マジか……」
「「「えェ!?」」」
血まみれでハリネズミになって、ついでに脱水症状で、なのに流血してるからさらに大変なことになってる……もはや満身創痍ってレベルじゃない凄惨な状態。しかも見た目以上に中身が深刻。
なのに、歯を着食いしばって立ち上がるマゼラン。
全身から毒を分泌し……しかし、もう首1つの竜すら作れない。
ただ単に、全身に毒をまとうくらいしかできなくなっている。その毒も……深紅じゃなくて、普通の『毒竜』の、紫色の毒だ。
もちろん、毒自体の性質が変わっていない以上は、それでも触れれば致命的なものであることに変わりはないけど……。
「あの野郎……まだ立ち上がるのか!」
「でも、満身創痍だ……あのザマなら、俺達でも勝てるんじゃねえか! 倉庫から武器とか奪ってきてよ」
「ああ、そうだ……大先生に任せっぱなしじゃ申し訳ねえ、最後くらい俺達で!」
「お礼参りしてやろうぜ、今までお世話になりましたってな!」
「ははっ、いいねえ! でも念のため、銃やボウガンで殺った方がよさそうじゃない?」
「『監獄弾』とかあったら持って来ましょうよ! いつも私ら囚人に食らわせてるんだから、たまには自分で体験してもらわなきゃ!」
マゼランが弱っている様子を見て、強気になった囚人達が色々言ってるけど……油断してると今のマゼランでもやばそうだなあ。
油断しなければ、私なら大丈夫だけど……目の光が消えてない。あれなら……気力というか死力を振りしぼって『毒竜』を繰り出すくらいはやってもおかしくない。
ここはやっぱり、私が……と、剣を握り直した……その時。
『見聞色』に引っかかった気配に、私はばっと後ろを振り向いた。
同時に……私の背後に目を向けて、マゼランが驚愕の表情になっているのが見えた。
そこには……
「んん……何だ何だ、どうにも面白ェことやってんじゃねェか? ゼハハハハハハハ!」
「ほぉ……こりゃ予想外だ。随分なザマになっちまったな……マゼラン」
「シリュウ……なぜ……!? それに、貴様ら……“黒ひげ”か!?」
現れたのは、黒ひげ海賊団。
船長にして『王下七武海』の1人、マーシャル・D・ティーチ以下……海賊団5人。そして……インペルダウン看守長、『雨のシリュウ』。
こっちが何も聞く前から、ご丁寧にも説明してくれたんだが……どうやらシリュウは、『“黒ひげ”の相手をしろ』って言われたのに、その“黒ひげ”に寝返っちゃったらしい。
そっちの方が面白そうだし、ここにいても自分の未来はたかが知れてる、とかで。
苦肉の策で解放したはずの巨大戦力……しかも自分と互角の男がそっくりそのまま敵になっちゃいましたとか、笑い話にもならない。
おまけにそのシリュウ、モニター室を破壊して映像受信用の巨大電伝虫や、その他、外部に連絡を取るためのツールを全て破壊してしまった。ついでとばかりに看守達も全滅させた。
そのせいで、このインペルダウンで起こったことを、政府機関や海軍本部に報告することができなくなっており……今、この大監獄は、あらゆる意味で『孤立』しているそうだ。
元々インペルダウンの職員、それも要職についていただけある。何をすればインペルダウン側が一番困ることになるか、きちんと分かった上で、的確にそれらを殺しに行ったようだ。
想像をはるかに超えるやばい事態になっていたということを聞かされ、顔を青くするマゼランだが……ならばと全身に力を込める。
ハリネズミになったまま、渾身の力を振り絞って『毒竜』を出して飛ばしてくる。私やシリュウ、黒ひげ達を全員一網打尽にする軌道で。
が、反射的に私……とシリュウが抜刀。
意図せずして協力し、連撃で切り払って防いでしまった。
「ほう……いい腕だな、女」
「……どうも」
「あん? ……あァ、今のもしかして毒か?」
「そうだ……何を油断してやがる“船長”。お前ら全員、今、俺とこの女がいなかったら死ぬところだったぞ」
「おォ、そうなのか……そりゃありがてえな、ゼハハハハ! 感謝するぜシリュウ! それに……“海賊文豪”」
こっちを見て、歯抜けのある口を大きく開けて笑う“黒ひげ”。
「お前がマゼランをああまで追い詰めたのか? ゼハハハハ……こりゃすげえな、聞いてたよりずいぶんとやるようじゃねえか。どうだ、お前……俺の船に乗らねえか? 今ちょうど、仲間を集めてるところでよ」
「一身上の都合でお断りします。そういうのは一律で断ってるから」
「即答かよ!? つれねえな……ゼハハハハ。まあいい、気が変わったらいつでも言いな。強ェ奴も、華がある奴も、どちらも大歓迎だからよ!」
そう言いつつも、特に気にした様子もない黒ひげは、笑いながら私を背中にかばうように前に出た。
そして、その足元から『闇』を伸ばし……マゼランの足元を覆うと、まるで沼のようにマゼランの両足と、床についていた左手が沈み込んで囚われた。
「っ……“黒ひげ”……それにシリュウ、貴様っ……!」
「悪いなマゼラン……本日いっぱいで退職させてもらう。せめてもの情けだ……ここで引導を渡して行ってやる」
動けなくなった彼の周囲に、ニヤニヤと笑いながら、シリュウを含む6人が広がって取り囲む。
「毒を防いでくれた礼だ、こいつは俺達が始末しとくぜ。何やら向こうの階段を気にしてるようだし……行くなら行きな。ま、俺も用があるから、すぐに下へ降りていくがな……ゼハハハハ!」
「……あっそう。じゃあ……よろしく」
「っ……! 待て……貴様は、逃が―――」
―――ドゥンドスッザクッガンドゴズバッパァンズドゴシャッドォンドォンドォン―――!
……ファンだって言ってくれたし、別に、命は助けてあげてもよかった。
『殲景』の後、生きてるのは『見聞色』で感じ取って知ってたけど……あのまま倒れて動かなければ、追撃もしないで放っとくつもりだったし。
けど、それは……ほかならぬマゼランにとって、『譲れない部分』だったんだろう。私にとっての……『書きたいものを書く』と同じように。
だったら、そこに変に情けをかけたり、かばって命をつなぐようなことをしてやるのは……彼の『信念』と『覚悟』への侮辱だ。
だから私は何も言わず……助けもしなかった。
最後の最後まで、彼が自分の思うままに生きられるようにだけ、してやった。
「―――ご愛読、ありがとうございました」
誰にも聞こえない音量でそう言って、私は……レベル3へ続く階段へと飛んでいった。
さあ……最大の障害は取り除いた。
ルフィやボンちゃん、イワさんや、アリス達と合流して……この監獄を出よう。