Side.三人称
「やれやれ……わかってはいたことだが、『新世界』は楽ではないガネ」
はあ、とため息をつくのは……頭の上に『3』の文字を乗せたような髪型が特徴的な1人の男。
名前はギャルディーノ。
秘密犯罪結社『バロックワークス』の元エージェントであり……現在は『金獅子海賊団』の一員である。長く裏社会にいた経歴と、その頭の回転の速さを買われ、『楽園』と『新世界』の両方で様々な任務をこなす立場にあった。
それなりに大変ではあるが、それに見合った報酬は出るし、経験も積める。
戦いにせよ何にせよ、それらは確実に自分の血肉になり……今までよりも少しずつだが、上のステージに進んでいけていることを自覚できていた。
そんな彼の隣には、バロックワークス時代からのパートナーである、マリアンヌの姿もある。
お互いに勝手知ったる仲ということで、今の2人1組か、それ以外のメンバーも含めた数名で任務にあたることが多かった。
(何の因果か、またしても『王下七武海』の下で働くことになるとは……人生というのはわからんものだガネ。まあ、以前よりも気分的に楽だし、海軍などに対しての安全……不逮捕の恩赦も確約されているのはありがたいが……)
今は2人とも、前の任務を終えた後で、次の任務が言い渡されるまでの間の
『新世界』にある『金獅子海賊団』のナワバリである島の1つで、バカンスを楽しんでいた。規模は劣るが、『キューカ島』と同じように、色々とのんびり楽しめる施設が揃っている島だ。
好物であるアールグレイの紅茶を飲みながら、ふと新聞を見れば、自分と同じで『インペルダウン』を脱獄したバギーは、『王下七武海』になり、自分についてきた囚人達や、その名にあこがれてすり寄ってきた者達をまとめ上げて『バギーズデリバリー』なる傭兵会社を立ち上げたようだ。
海賊を傭兵として各地に派遣し、傭兵として戦うと同時に海賊としての略奪も行って荒稼ぎする……というシステム。そしてそれらの海賊行為は、バギーの『王下七武海』の肩書によって合法になり、咎められない、というもの。
一見すると上手く考えられているようだが……
(ノリと勢いの見切り発車にしか見えんが……本当にうまくやれているのカネ? 集団というのは規模が大きくなればなるほど、統率はもちろん、維持するだけでも難しいものだが……そもそも、開業資金などはどうやって調達したのだ……?)
「……まあ、今となっては関わりもないこと。考えても仕方ないか。ああそうだ、この間の連中についても報告しなくては」
「“金獅子”の傘下に入りたい、って言ってきた人達?」
「ああ。軽く素性を調べて裏を取ってみたが、問題はなさそうだガネ。末端としてなら、加えても差し支えはあるまい」
「最近多いわね」
「伝説の海賊『金獅子』に加え、頂上戦争で力を示した『海賊文豪』の2枚看板だ……そりゃ憧れる者も出て来ようものだガネ。お嬢の『七武海』加盟も、さほど影響はなかった……むしろ、政府や海軍に追われなくなる立場を求めて、余計に数が集まってすらいる。……玉石混交だが」
「『七武海』って、普通の海賊からは『政府の狗』ってバカにされてるものだと思ってたわ」
「普通ならばな……そう捉える連中は少なからずいる。だが……お嬢の場合は別だ」
「どうして? やっぱり『海賊文豪』だから? それとも『金獅子』の娘だから?」
「その2つもあるが、一番は……そもそもお嬢は『政府の狗』などと思われとらんのだガネ。まあこれは……お嬢というよりは、大親分が原因ではあるのだが」
そのギャルディーノの言葉に、首を傾げ、頭の上に疑問符を浮かべるマリアンヌ。
よくわかっていないようだと察したギャルディーノは、どう説明するかと少し考え、
「考えてもみたまえ。『金獅子』と言えば、海賊王ゴールド・ロジャーの時代から生きる伝説の海賊にして、海賊艦隊を統べる大親分だガネ。その実力は今なお健在で、裏社会では恐れられている」
「うんうん」
「そんな超大物が、引退して1人娘に家督を譲り、その実質の部下になって穏やかにのんびり余生を送り、また『王下七武海』の傘下として市民を守る生き方をすることを選択した……さて、ここまで聞いてどう思うカネ?」
「信じられない」
「だろう? 『見損なった』も『がっかりした』も通り越して、『信じられない』『絶対何かある』……海賊達はそう思っているのだガネ。ましてや『金獅子』は、非常に周到で狡猾な策略家として知られた海賊であり、現役時代にはこの海の覇権を『海賊王』や他の大海賊達と争っていた存在……そんな存在がのんびり隠居など絶対にありえんと誰だって思うガネ」
ゆえに、海賊達はこう解釈しているのだ。
自身の引退も、“海賊文豪”の『七武海』就任及び二代目提督就任も、全ては“金獅子”の計略のうちに過ぎない。本当に牙が抜けて腑抜けてしまったわけじゃない。
娘すら利用して何かを企んで、今は静かにその準備をしている。
近いうちに動き出し、またとんでもないことをしでかすはずだ。
スゥの『王下七武海』就任の際に取材を許されたマスコミ達が報道した、その場の様子もそれに拍車をかけた。
『世界経済新聞社』をはじめとした取材陣の前で、スゥが『シキの引退』と『自分の提督就任』について、聞いていないような様子を見せたことで、この人事がシキの独断であることが強く印象付けられた。何かを企んで、娘にすら明かさなかったのだろうと。
そして、それをスゥが拒否しなかったことで……やはり手綱を握っているのは『金獅子』なのだと海賊達は理解した。
だからこそ、スゥが『王下七武海』に就任しても、『政府の狗』になってしまったなどと失望することもなく……むしろこの先何が起こるのかと期待しているくらいなのだ。
それにより、傘下に入りたいと思う海賊達は自分からどんどん増えている。
「でもそれ、海軍は気づいていないの?」
「もちろん気づいているだろう。だが……気づいていてもどうしようもないのだガネ」
「どういうこと?」
「『白ひげ』の死により、そのナワバリが血に染まり、そこに住む者達が海賊の被害にさらされそうになった……しかし、その大部分を抑えているのが『金獅子』なのだガネ。政府も海軍もそこまで手が回らん。仮に『金獅子』もろとも『海賊文豪』を排斥してしまえば、今度こそそこを守る力がなくなってしまう」
「でも、頂上戦争の時にはそれも承知で海軍や政府は戦争を起こしたのよね?」
「ああ、多くの血が流れることも覚悟の上でな。だが、結果的にそうはならなかった。その点は、そこに暮らす人達にとって幸運だった。……しかし、また今度海軍や政府が自分達を危険にさらすようなことをすれば……彼らの絶望や怒りはより大きくなるだろう。……昨今賑やかな『革命』の流れに乗ってしまいかねないくらいにな」
「政府や海軍は、それらの国や地域が『滅ぶ』のは構わないけど、『敵になる』のは避けたいのね」
「その通り。そして、その気になればそれができてしまうのが、この世界において『扇動者』として最高峰の力を持つ『海賊文豪』……お嬢だ。彼女を敵に回すことは、『金獅子』のナワバリ全てを敵に回すに等しい」
「でも、スゥはそういうことしないわ。ただ小説を書きたいように書くだけだもの」
「ああ、だが政府はそういう判断ができないのだガネ。あの組織は、今もう既に敵が多すぎるだけでなく、それでもなお、敵を作るようなことばかりやっていて、挙句の果てに敵ができることや、それを暴力で滅ぼすこと自体に慣れすぎてしまっているのだガネ」
ギャルディーノだけでなく、聞いていたマリアンヌも――無事に理解できたようで――呆れた表情になっていると、
―――ぷるぷるぷる……ぷるぷるぷる……
電伝虫が鳴った。それも、任務用の秘匿回線だ。
「もしもし……こちらギャルディーノ」
『あ、よかった繋がった。……私だよ、スゥ』
「! これはお嬢……どういったご用件ですカネ?」
通話の相手が今まさに話していた上司だったことに驚きつつも、ギャルディーノはそう問いかける。次の仕事の連絡だろうかと。
しかし、返ってきたのは、少々予想とは異なる……というか、よくわからない話だった。
『要件っていうか……ちょっと報告が遅くないかなー、と思ってさ。急かすようで悪いんだけど、今の進捗だけでも先に教えてもらっていい?』
「はい? 報告? 進捗? 何のことですカネ?」
『いや、何のって……こないだ頼んだ仕事だけど。もう1週間になるし、そろそろ何かしらわかった……よね?』
「仕事……どういうことですカネ? 私は何も聞いてなど……」
そこまで言って、ギャルディーノは何かに気づく。
そういえば、数日前から自分のパートナー……マリアンヌが、何か紙切れのようなものをじっと眺めているな……と。
そして、何か前にもこんなことあったなー……と。
「……マリアンヌ。君、ここ数日ずっとその紙切れを眺めていたようだが……今私すごく嫌な予感がしているのだが……それ、何カネ?」
するとマリアンヌは、手に持っていたバインダーからその『紙切れ』を取り外してぴらっとこちらに見せ……
「スゥから仕事の連絡」
「早よ言わんかァッ!!」
『……あー、うん、把握した。そういうことね……』
「申し訳ありませんお嬢、大至急取り掛かりますガネ……それと、次以降はなるべく仕事の指令は私宛に……」
『うん、わかった。まあ、急ぎの案件ってわけでもないんだけど……よろしくねギャルディーノ』
☆☆☆
「そういうわけで、すまないが君達の力を貸してほしいガネ……」
「……久しぶりだな、こういうの」
「なんか『頂上戦争』も終わったからか、元のぽややんな女の子に戻りかけてるわね……」
「相変わらず裏社会だってのにのんびりな気質は変わらないのね、マリアンヌ……」
ギャルディーノの呼びかけで急遽集まった3人。
彼らと同様、元バロックワークスの仲間であり、『金獅子海賊団』の一員として共に行動する機会も多い面々……ジェム、ミキータ、ザラの3人が揃っていた。
なお、ベープとドロフィー、それにラッスーは別な任務に出ていて、残念ながら捕まらなかったようだ。
「まあ、いいけどよ……それでギャルディーノ、その仕事ってのはどんな内容なんだ?」
「そう難しいものでもないのだガネ。最近ナワバリの近くで、傘下外の海賊団の船が頻繁に目撃されているらしい。実害が出ているわけではないが、ひいきにしている商船が通るルートなども近くを通っているため、念のためその原因などを調べるというものだ」
「そのくらいなら……手間はかからなそうね。とりあえず、手近な島から調べてみましょう」
そして調査を始めた一行だったが……実際、さほど苦労することもなく、数日で調査は終了した。
ただ単に、近くの島でとある海賊達が抗争を起こしていて、その余波が及ぶのを恐れたほかの海賊達が、通常使用されるルートを避けて大きく迂回した結果、たまたまナワバリの近くを通ることになってしまった……というだけの話だった。
その原因になった『抗争』についても、すでに終息済みだった。
どうやら、『頂上戦争』後に新世界に入ってきた『超新星』のうちの1人が暴れていたのが発端であるらしい。
しかし、特にこちらの……『金獅子』のナワバリを争うという意図はなさそうである。
ただ単に敵対した海賊を倒して退け、それが援軍や同盟相手を引き連れてきたのでまた戦って……という形で規模がやや大きくなったということのようだ。
結果はその『超新星』側の勝利。
その船ももうこの近くにはいないようだ。抗争は制したものの、彼らも無傷というわけにはいかなかったらしく、体勢を立て直すために一旦どこかに退却したと見られている。
仮に対処するにしても、今の自分達ではさすがに『億越え』の海賊の相手は分が悪いと言わざるを得ないため、『金獅子海賊団』の中のそういった部門に任せることになるだろう。
そう判断し、ギャルディーノ達はその場所を後にしようとした。
しかし、その途中……立ち寄ったとある島で、彼らはある小さなトラブルに巻き込まれることになる。
その島に来たのは、特に何か用事があって、というわけではなかった。
ただ単に、海上で夜を明かすのを避けるため、接岸して一夜を明かす……それだけのために船を寄せただけだった。
しかし、その夜。
「…………ん……?」
寝ずの番をしていたミキータが……何か妙な気配を感じた。
姿は見えない。しかし確かに……誰か、あるいは、何かがいる。
気のせいかと思ってより集中して探って……『気のせいではない』ということが余計に確信を持ててしまった。
僅かだが、衣擦れの音や呼吸の音も聞こえる。
侵入者か、と身構えつつ、その気配がする方にゆっくりと歩いていくと……突然物陰から小さな影が飛び出し、とびかかってきた。
驚きつつも身をひるがえしてそれをかわし、カウンターに蹴りを叩き込もうとしたが……それは小さくかがんでかわされる。
「……!? 子供!?」
その影は、夜の闇でよく見えなかったが……仲間のマリアンヌよりもさらに小さい姿で、それに驚いて一瞬ミキータは動きを止めてしまう。
しかし次の瞬間、その小さかった子供が……突然その体が大きく変わり、普通の成人女性と変わらないくらいの体格にまで一瞬で成長した。
そして、ぎょっとしたミキータの懐に飛び込み……その掌を叩きつけた。
衝撃が体を貫いたと思った瞬間……ミキータの体がしゅるしゅると縮み、子供になってしまう。
「っ!? 何よコレ、悪魔の……むぐっ!?」
「殺しゃしねえ、ちょっと大人しくしててもらうぜ……!」
小さくなってしまったミキータの上に馬乗りになったのは、さっきの子供が成長したらこうなるのではないか、というような見た目の美女だった。
暗くて髪の色などはわかりにくいが、スタイルはよく、年齢は……見た目通りなら、20歳前後だろうと予想できた。
「……! あなた、一体……」
「悪いな、寝て…………ふあぁあ……」
そのまま頸動脈をしめようと、その謎の女が手を伸ばした瞬間、びくっとその体が震えたかと思うと……力が抜けたように、横にこてん、と倒れてしまった。
そのまま、手足を折り曲げてうずくまるような姿勢になり……
「……眠い……夜だし……寝る……」
「…………?」
いきなり目の前で寝息を立て始めた女を見て困惑するミキータだったが、その背中に見覚えのあるマークが絵具で書かれていたのを見つけて、その理由を察した。
そして、それを成した犯人が……すぐそこに立っているのも、すぐに見つけた。
「『カラーズトラップ』……“眠りの藍色”。大丈夫、ミキータ?」
「マリアンヌ……ありがとう、助かった」
少し経つと、ミキータの体も元に戻った。
その頃には、ミキータ達に知らされて、船の中にいた面々も起きて……ひとまず、その女については、ギャルディーノの『ろう』で手錠を作って拘束していた。
その際、明るいところで顔をよく見たことで、その正体に気づき……さすがに全員、驚くことになった。
「この女……『超新星』の1人よね?」
「ああ……懸賞金額1億4000万ベリー……“大喰らい”ジュエリー・ボニー」
後に『最悪の世代』と呼ばれることになる1人と、彼らは出くわしていた。
そして、この出会いが……彼らにとってはもちろん、彼女……ボニー自身にとっても、大きな運命の転換点になるということを……今はまだ、誰も知らない。