この世界すごい。
体を鍛え始めてから数か月。目に見えてその成果が出始めたのを実感して……私は、純粋にそう思って驚いていた。
さすがはフィジカルぶっ壊れ世界……実感できるくらいの結果がこうもはっきり出てくれるとは。
あるいは、もしかしたら私にそういう才能が元々あったのかもしれないけど……まあどっちでもいい。重要なのは、きちんと力がついているというこの一点だけだ。
とはいえ、こちとらまだ5歳。肉体的に限界はある。
さすがに『子供にしては』って頭につくくらいの強さにとどまってるけどね……それでも、以前に比べてかなり動けるようになってきたのを実感している。
戦うのは厳しくても、襲われても走って逃げるくらいならできる……かもしれない。
それに、10歳とかそれ以下の年齢で大人より強い子供だってけっこういたはずだし。まだまだこれからだこれから。地道に続けて、力をつけて行こう。
「おじさん! 荷物運び終わった!」
「お、相変わらず仕事が早いねえスゥちゃん、助かるよ! じゃあ、今日はもうあがって大丈夫だ」
「え? でも、まだ昼前ですけど……」
「商品を入荷してくれる商船が海賊に襲われて来れなくなっちまったみたいでな……だから仕入れと整理の作業は延期ってわけだ。だからほら、今日の分のお小遣いな」
5歳にしては割と背が高めで、鍛えてるから力もそこそこある私は、普段は村の様々な雑用をこなしてお駄賃、ないしお小遣いをもらっている。
まだまだ村には労働力が足りないからね、手伝えるところは手伝っていかないといけない。村人全体で助け合ってるわけだ。まだ小さい私も含めて。
本とか酒瓶とか、割と重いものを運ぶような仕事を進んで引き受けているので、人助けだけじゃなくトレーニングにもなって一石二鳥、いや一石三鳥か。お金ももらってるからね。
けど今日は早めに仕事が終わっちゃったので、お駄賃をもらって店を後にする。
その途中、ふと、店のショーウインドーになってる窓に映った自分の姿を見た。
さっきも言った通り、5歳にしては背が高くて、体も割としっかり形ができているように思う。小学校高学年くらいに見えなくもない。肉体労働的に考えれば、恵まれた体格、と言っていいんじゃないかな、と思う。
髪の毛は、純白に近いプラチナブロンド。母親譲りの、自慢の奇麗な髪だ。
……もっとも、ワンピース世界において、身長なんてのはただのフレーバーテキストだ。
この世界、純粋な人間でも3mとか4mの身長を持ってる人がゴロゴロいるから、この体格ないし成長度合いでも『大柄』と呼べるかどうかは微妙である。
見た目は整ってる方だと思う。
まだ子供だからここからどうなるかとかはわからないけど……足も長いし肌は白いし。
体つきもここから変わっていくのかな。女の子らしく。
前世の記憶は思い出したけど……思い出したのは主に『知識』とか『常識』までで、個人的な記憶とかは一切思い出せないんだよね。どこの誰だったかとか、何歳で、どんな仕事をしてたとか。
もちろん、前世が男だったか女だったかもわからない。ま、別にそれで困ることはないけど。
むしろ、前世男で今女、とかだったら……精神的に色々きつい部分があったかもしれないから、かえってよかったかもしれない、記憶なくて。
さて、それじゃあまあ、仕事も終わって暇になったことだし、空いた時間何しようかな?
やっぱ訓練しようか? それとも家に帰って勉強したり……本でも読もうかな?
私の家、本屋だから、本はいくらでもあるんだよね。店の在庫の本とか、好きに読んでいいって父さん(店長)に許可貰ってるから、暇つぶしには事欠かないんだ。
前世から本読むのは好きだった(気がする)し、うん、本読んで過ごそう。
もうお昼も近いし、訓練は予定通り、昼ごはん食べてからってことで。
それからしばらくの間、私は主に修行(我流)、勉強、仕事の手伝い、そして趣味の読書の4つを繰り返す日々を過ごしていた。
その他の空いた時間に、家族で過ごしたり、友達と遊んだりとかもちゃんとしてたけど。
体格はやはり子供の中では大きめで、同年代の男の子達に負けないくらいの身長や馬力があったし、体を動かして遊ぶのも好きだったから、男の子たちに交じって遊んでた。
3つも4つも年上で、がっしりした体格のガキ大将と喧嘩して容赦なく勝ったりしてたから、いつの間にか私がガキ大将的な立ち位置になってたりもした。両親からは呆れられた。
そんな感じで楽しく、騒がしくも穏やかに、充実した日々を送れていた。
……しかし、そんな日々は、突如終わりを迎えることになった。
前回の海賊の襲撃から、ちょうど1年くらい経った頃のことだった。
村も復興を終えて、元通りとはいかないまでも、活気のある生活を取り戻した頃になって……また海賊が襲ってきたのである。
今度は海軍への救援要請も到底間に合わなかった。
あっという間に村は蹂躙され、略奪にさらされた。気心の知れた村人達は、次々に凶刃や凶弾にかかって殺されていった。あるいは、海賊船に連れ去られていった。
よく仕事を手伝っていた酒屋のおじさんも殺された。
子供をかばおうとした雑貨屋のおばさんも殺された。
一緒に遊んだ元ガキ大将や子供達も、『泣き声がうるさい』という理由で全員殺された。
そして、お父さんとお母さんも。
剣を手に家族を守ろうとしたお父さんは、全くかなわずに切り捨てられて、お母さんは私をかばって抱きかかえたまま銃弾を撃ち込まれて、そのまま死んだ。
お母さんが守ってくれたからか……抱きかかえられていた私には、銃弾は当たらなかった。
海賊達は下品な笑い声を挙げながら、外に倒れていたお父さんの亡骸を店の中に投げこむと、店に火をつけて歩き去っていった。多分、私ももう死んだと思ったんだろうな。
私はその時、悲しくて悔しくて、その他にも怒りやら絶望やらで頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
けど、余計なことを考える余裕がなくなったことがかえって幸いしてか、そのすぐ後、私は自分でも驚くほど冷静に行動できた。
お父さんとお母さんはもう助からないとわかってた。亡骸を運び出すのも、私一人では無理。
だから、2人の指から結婚指輪と、お母さんが耳に着けていたイヤリングを取り外してもらっていくことにした。せめて、これだけでも持っていきたいと思って。形見として。
そして、店の中の隠し金庫を開けてありったけのお金や貴金属を取り出して、鞄に詰めて……火の手が回りつつある家から、裏口を通って逃げ出した。
幸い、裏手には海賊はいなかったから……私は、そのまま逃げだした。
村を出て、街道沿いにひたすら歩いた。
これまた幸いなことに、海賊達は村の外まで探したり調べたりはしないようだったので、村から出てしまえば割と安全に移動することができた。
時刻がすでに夜で、暗くなっていたことも幸いしたと思う。月が出てるから、どうにか道は見える程度には明るいし。
けど、体力はある方だとは言え、子供の足で踏破するにはきつい距離だ。
それに、
(失敗した……お金とか貴金属は持ち出したけど、食料とか持ってきてなかった……)
ホントに、我ながら詰めが甘いというか、バカというか……
まあ、食料なんてかさばるものを、あの燃え盛る家の中で保管庫からどれだけ持ち出せたかっていう話でもあるけど……それでも、1~2食分くらいはなんとか持ち出せただろうに。
腹が膨れればとにかくいいわけだから、パンとかハムとかだけでも……。
もう半日くらい、何も食べずに歩き続けている。
たかだか半日と思うかもだけど、私はまだ5歳……育ち盛りどころか、まだ体も満足に出来上がってない子供である。幼稚園児の年齢だ。
帰る場所はなく、行く当てもなく、空腹で喉も乾いて、頼れる両親ももういない。
身体的にも精神的にもきつい状態で、飲まず食わずでの半日っていうのは、長い。体力ががりがり削られていくのがわかる。
いざとなったら、そのへんにある木の実とかキノコとか食べるのも手だけど……5歳児の消化器官でそれらをお腹壊さずに消化できるかどうか……川の水とかも怖いな。
それでも、飢え死にしそうになったらイチかバチか口に入れるしかないんだろうけど……。
……というか、もうその『限界』も近そうだな。
何かさっきから、目がかすんできた。
手の感覚が今一なくなってきた気もする。
……あれ、何の音だ今の? 『どさっ』って……。
ああ、手に持ってた鞄を落とした音か。握力ももうなくなったみたいだな。
……あ、ダメだコレ。その『イチかバチか』を試す体力ももうないぞ。動けない。
『喉が渇く前に水分補給はしろ』っていうおばあちゃんの知恵袋が頭をよぎる。くそ、こんな時に……手遅れだよ。
とっくに空腹とか体力の限界とか通り越して、感じ取れないレベルになってたのか……。
地面が近づいてくる。倒れてる。倒れた。
衝撃はあった……けど、痛くない。マジか。
頭だけ働いてる。体はもう動かない。変な感じ。
目の前が暗くなってきた。耳も聞こえなくなってきた。
やばい。
これ、
ホントに、
死……
―――! ねえ、ちょっと見てコレ?
―――何かあったん……あらまあ、こんなところに子供の死体?
―――まだ小さいのに、かわいそうね。
―――向こうに、海賊に襲われたっぽい村があったわよね。そこから逃げてきたのかしら?
―――結構な距離を歩いて……子供にしては大したものね。まだ小さいのに。
―――……待って、この子まだ生きてるみたい。
―――え? ……ホントだ、わずかにだけど呼吸してるわね。
―――どうする? 助ける?
―――……一応、船長に確認してみましょうか。ひょっとしたら、話を聞けるかも。