時刻はもう、午前10時を回ろうとしている。
いつもなら私は、どれだけ疲れていても、遅くとも朝8時には起きて行動を開始するようにしている。
それが拠点にしてる島じゃなく、『冒険』とかで訪れている島なら、なおさらのこと。時間を無駄にしたり、時間が限られていて朝しかできない『経験』を絶対に逃がしたくないから。
しかし今、まだ私はベッドの上から動けずにいた。
「……うぅ……っ……」
苦しい。
頭がぼーっとする。
なんか嫌な汗が出る。
喉が痛い。
体が熱い。
なのに寒気がして震える。
これは……間違いない……
(……風邪、ひいたな……)
泊まっている宿のご主人がご厚意で貸してくれた体温計を見る。
平熱が36.5度の私が、今は38.8度……中々に重症じゃないか。
寒暖差が激しい冒険しちゃったからかな? こんなことになるとは。
しかしまあ……
「う゛ぁー……よりによって
アホな独り言をつぶやいていると、宿の部屋の扉が開いて、宿屋の女将さんが入ってきた。
「お嬢ちゃん、具合はどうだい?」
「あー、入っちゃだめです……感染ったら……」
「はっはっは、大丈夫大丈夫、そんなに柔じゃないよ。こちとらこの冬島で50年やってんだ」
全く気にせず病人(私)のそばまできて、手に持っていた体温計を受け取って見て……そこから読み取れた数字に『うわあ』という顔になった。
「あらあら、こりゃ結構ひどいな。しばらく安静にしてゆっくり休んだ方がいいね」
でも、と続ける女将さん。
「心配しなくていいからね、お医者さん呼んで診てもらえば、このくらいすぐによくなるさ。なんたってこの国は―――
―――『医療大国』なんて呼ばれるくらいだからね!」
そう。
私が今いる……冒険に来ている国の名は……『ドラム王国』。
またの名を『医療大国ドラム』として知られる、『偉大なる航路』でも屈指のレベルに発展した医療技術を誇る国なのである。
そんな国の観光中に病気にかかるなんて……ほんと、タイミングいいんだか悪いんだか。
☆☆☆
前回の『シッケアール王国』から帰った後、執筆とか賞金稼ぎとかまあ色々あって……そろそろ次の冒険に行こうかな、って思っていた時のこと。
何の気なしに町を歩いていた私は、なじみの雑貨屋の『お値打ち品入荷。早い者勝ち!』というのぼりを見て、何の気なしに店に入り……そこで、いくつかの『
その中の一つが、『ドラム王国』だったのである。
原作にも出てきた冒険の舞台であり、まだ行ったことがない『冬島』でもある。
しかし、今いるココからだと微妙に遠くて、私のつたない航海術でたどり着けるかちょっと微妙だなーと思って、行きたいけど我慢してた場所。
ブレない目印があるのなら、航海の難易度は大きく下がる。
これは大チャンスだと思って、迷わず買った。
そして準備をして……もちろん防寒具も色々揃えた上で、いざ出発。
途中、航海中の海風まで予想以上に冷たくなって辟易させられたりしたものの、どうにかこの国にたどり着くことに成功。
あちこち見て回ったり、童心に帰って雪遊びしたり(町の人に生暖かい目で見られた)、雪国ならではのグルメに舌鼓を打ったり……。
特に、チーズフォンデュが絶品だった…。一口サイズのパンや肉、野菜に、とろっとろであっつあつのチーズを着けて、舌が火傷しないように注意しつつぱくっと…口に広がる肉の旨味や野菜の甘味、濃厚なチーズの味がもうたまんなくて、体も中からじんわり温まって汗かくくらいで…
さすがに冬山登山まではしなくていいかと思って、やめといたけど。雪崩とか遭難とか怖いし。
島の中央にある大きな山……『ドラムロック』とやらは、遠くから眺めるだけにしておいた。
そんな風に、目一杯楽しんだわけだが…今思うと、そんな風に遊んだ上で、汗の始末が十分じゃなかったとかの理由かもな……こうして風邪ひいたのは。
ここ数日の私のはしゃぎっぷりもよく知っている宿の女将さんは、苦笑しながら寝ている私を見下ろしている。
「宿泊、治るまで延長お願いします……」
「はいはい、ゆっくりお休みよ。今お医者さんも呼んであげるからね」
「すいません、ご迷惑を……」
「いいってことさ。実を言うとね、割とよくあることだから慣れてるんだよ。外の人がこの島に来ると、あんまりに寒いもんだから風邪ひいちゃうことが多いみたいでね」
あー、そうなんだ……どうりで全然驚いた様子も、困った様子もないと思った。
確かに、この島ホントに寒いからなあ。別な気候の島からここに来ただけで、気温の急激な変化で体を壊しちゃっても全然不思議じゃない。
「女の子だし、呼ぶなら女医さんがいいだろうね。あー、一応確認しとくけど、お金は……困ってなさそうだし、払えるよね?」
「はい、大丈夫で……」
その時だった。
「心配ご無用! 俺に任せな!」
―――ズドォン!!
「「……!?」」
突然、部屋の外……ロビーの方から、何かが勢いよく落下したようなすごい音がした。
続けて、悲鳴とか怒号。え、何? 何が起こってんの?
『え、煙突から入ってきたぞ!?』
『この犯罪者! 何しに来たのよ!?』
『逃げろォ、守備隊を呼べぇ!』
―――パァン!
!? 銃声!?
『余計なことすんじゃねえ!』
『いやあぁぁあ! あなたぁぁあ!』
『無茶苦茶だこのヤブ医者ァ!』
「……! まさか……」
女将さんが何かに気づいたような顔をして、その表情を険しいものに変えたその直後、部屋のドアがノックもなく勢いよくバタァン! と開いた。
その向こうから姿を現したのは……なんか全身すすだらけで、シルクハットみたいな高い帽子をかぶった……初老の男だった。
あれ……あれ!?
記憶にある顔よりもうちょっと若そうに見えるけど、まさかこの人……
「ヒルルク!? やっぱりあんたかい!」
「患者がいると聞いてやってきた! さあ見せてもらおうか!」
やっぱりDr.ヒルルクか! うわぁ、原作キャラ! チョッパー編の超キーキャラクター来た! 生で見れて何気に感激!
けど正直、今だけは会いたくなかった!
この人確か、患者を見つけると……
「そうか、その女の子が患者だな!? よしよし、安心しろお嬢ちゃん……俺がすぐ治してやるからな! ちょうど昨日、どんな高熱もたちまち下げちまう薬を開発したところだ、お前は運がいい」
ヤメロォ!
そんな怪しい薬を人体実験同然に私に使おうとするな無免許医! どうせあれだろ、トカゲとかカエルとかが主成分だろ!
マンガとして見てる分にはまだネタとして笑ってられたけど、実際に自分がその被害に遭いそうになると全く笑えない! 善意と熱意だけで腕が伴ってない医者とか怖すぎる!
「バカなことを言ってんじゃないよ! あんたに診せたりしたら治るもんも治らないどころか悪化しちまうじゃないか!」
「何を言ってる、俺はいつだって患者が第一だ。苦しんでるじゃないか、ほら早く見せろ……何、心配するな、俺は患者から金は取らねえよ」
そういう問題じゃない。
というか、金の代わりに命を取られそうなんで遠慮したい。マジで。心から。
「いいから早く出ていきな! この子はうちの客だ、あんたみたいなロクデナシの被害者になんかさせやしないよ!」
私をかばってベッドの前に立ちはだかってくれる女将さんの頼もしさに泣きそう。
しかし、女将さんが頑としてどかないのを見て、イライラし始めたDr.ヒルルクが懐から銃を取り出した。
この人の中で医者ってどういう存在なんだと小一時間問い詰めたい。
「いいからさっさと治療させろ! そこをどけ!」
「誰がどくもんかい! 撃てるもんなら撃ってみな!」
いかん、多分麻酔銃だろうけど、だからって女将さんを傷つけさせるわけには……
どうにかDr.ヒルルクを追い返す、ないし追い払わないと……多少無理してでも、悪魔の実の力でも何でも使って……
と、考えていた私だったが、ドアの向こうのロビーの方が、また騒がしくなり始めた。
『何事だ!? 今銃声が聞こえたぞ!』
「! ちっ、守備隊か……」
それに気づくとDr.ヒルルクは、部屋の窓をガシャアン! とぶち破って外に逃げていった。
よ、よかった……変な薬の実験台にならずに済んだし、女将さんも傷つかずに済んだ。
けど……窓に大穴が開いて外気が、っていうか雪と風が勢いよく流れ込んでくる……
「寒い……」
「あのヤブ医者! メチャクチャやるだけやってとんずらこきやがって……」
ホントだよ……うぅ、寒い、疲れた、頭痛い。
なお、その後部屋を変えてもらった上で、事前の予定通り女医さんを呼んでもらい、診察して、お薬を処方してもらいました。
奇抜でも何でもない、1日3回(毎食後)の飲み薬。
そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので。