まあ、そんなに長くはならないと思いますが……
第243話 変な夢
えーと……何だこの状況。
どこだここ。何で私こんなところにいるんだ。
私、さっきまで『グラン・テゾーロ』にいたはずなんだけど。
私が脚本を務めた舞台劇の試験講演を見せてもらった後、夕食を食べてからトゥルースイートの部屋に戻り、ふかふかのベッドで横になって、『さー寝るか』って目を閉じたところだった……はずなんだが……。
気が付けば、どこかの見覚えのない島に立っていて……
しかも奇妙なことに、その島、家というか町がきちんとあるのに、人っ子一人おらず、『見聞色』で探ってみても、
おまけに、私
鼻が長いピエロみたいな顔に、シルクハット。胸元に3つのドクロが浮いてて、腕が……ピアノの鍵盤?になっている。上半身だけしかない……怪物としか言いようがない『何か』。
その『何か』を前にして、私と……もう1人。
「う、そ……!? あいつ、は……!」
グラン・テゾーロNo.1の歌姫として知られる……けれど今は、OFFの日の普段着でそこに立っている、ウタちゃん。
わけもわからないままに立ち尽くして……と思いきや、なんか、彼女何か知ってる風だな? あの巨大ピエロモンスター見て、ショック受けてるような……よく見ると体が小刻みに震えてる。
まるで、何か悪い思い出、ないしトラウマの類が蘇ったみたいな反応だ。
……ここ数日、彼女が調子が悪くてステージに立っていないっていう話と、何か関係があるんだろうか、あのモンスター。
(……あっ、やばい。攻撃くる)
ウタちゃんが『恐怖』をあらわにして反応したのと、ほぼ同時だった。
鍵盤になっている腕を振り上げて、そのまま私達めがけて振り下ろし―――
☆☆☆
時は少し遡り……
私は今日、私が脚本を務めた舞台劇の試験講演を見せてもらった後、今こうして夕食を食べながら、グラン・テゾーロ名物のショーを見せてもらっているところだ。
いつ見ても、何度見ても見事なもんだなあ……なんて思いながら見ていたんだけど、その終盤、1つ気になったことがあった。
「ねえハニー。予定だと今日って確か、ウタちゃんが大トリの日じゃなかったっけ?」
手元にあるプログラム表を見ながらそう尋ねる。
事前に聞いていた話だと、今言った通り、今日の大トリはウタちゃんだったと思ったんだけど……そこに載っているのは、別なアーティストの名前。
この人もすごく実力がある人だし、すごくいい声で歌うから私もけっこう好きだ。
なので、別に不満とかは全然ないんだけど……ただ単に気になったので聞いてみた。体調を崩して休んでるとかじゃないといいな、と思いながら。
「ああ……ウタちゃんなら、ちょっと急に体調を崩して、少し休んでるって聞いてるわ」
え、ごめん何かフラグだった?
「えーと……風邪でも引いたの?」
「それが、詳しくは聞かされてないのよね。3日前くらいから調子が悪くて、大事を取って休んでるとは聞いてるんだけど……具体的には何も。オーナー達も知らないみたいよ?」
え、何それ、原因不明ってこと?
テゾーロにも話してないのか……なんか、別の意味で心配になってきたんだけど。
「医者とかにはかかった? ここ、専属のドクターが何人も常時スタンバイしてるよね?」
「いえ……診察も受けてないみたいなの。お医者様に見てもらうようなことじゃないとかで……それから、ゴードンさんが『今はそっとしておいてあげてほしい』とか言ってたわ」
……ウタちゃんは、基本的にはすごくしっかりしてる子だから――某幼馴染に似て、ちょっと勢いに乗って暴走しがちなところがなくもないけど――体調管理の大切さとか、そういうのもきちんと理解している。
日々のトレーニングに精を出しつつも、翌日以降に疲れが残らないようにするとか、具合が悪くなったら無理せず休むとか、必要に応じてお医者さんを受診して、治すものはキッチリ治すとか、そのへんもしっかり心がけてたはずだ。
そのウタちゃんが、休んでいるのにお医者さんにもかからず、そしてゴードンさんは『そっとしておいて』という言い方をしたってことは……心の問題系か?
何か、嫌なこと……ショックを受けるようなことでもあって、落ち込んでるとかかな?
不用意に触れない方がいい系の可能性大か……でも気になるというか、心配だな……
「ねえハニー、お見舞いとかはできる?」
「ダメ。さっき言った通り、ゴードンさんがシャットアウトしてるわ。面会謝絶」
だよねー……聞く限り。
「まあ、元々あの子、働きすぎだって周りがちょっと気にかけてたから、多少の休暇くらいは全然問題ないと思うんだけどね。歌が大好きだとは言え、もうちょっと休めってしょっちゅう言われてたくらいだし。あ、ゴードンさんに頼めば、お見舞いの品やメッセージを届けるくらいはしてもらえると思うけど……どうする?」
「……頼もうかな。今日はもう遅いし……明日にでも」
「了解。手配しておくわね」
ハニーにお願いしつつ、もしかしたら明日には復活しちゃってて、無駄足になっちゃうかもしれないな……ともふと思ったけど、その時はその時だし、むしろそれなら喜ばしいというものだ。お見舞いの必要がなくなるわけだしね。
さて、そうと決まれば……今日は今日のステージをきちんと楽しまないとね。
そう思い直して、私はステージに視線を戻す。
通算3人目のパフォーマーが退場して、4人目にバトンタッチするところだった。
そして、その後私は部屋に戻って……
シャワーで汗を流した後、バスローブのままベッドに横になって……電気を消したらすぐに瞼が重くなり始めて……
で、今に至る。
☆☆☆
―――ドッゴォォオオォン!!
振り下ろされた怪物の腕は、一瞬前まで私とウタちゃんがいた場所に直撃し、そこの地面を盛大に陥没させてクレーターに変えた。
あっぶな! 見た目通りの威力だな……ホントに一体何なんだあの怪物?
そして……何かさっきからウタちゃんがおかしい。
心ここにあらずというか、目が死んでるというか……さっきも、そのままじゃ殺されそうな状況だったってのに、突っ立ったまま動かないし。
今も、私がわきに抱えて飛んで逃げたわけだけど……まだ全然動かないし。茫然自失、って感じ。
あの怪物を見てからこうなっちゃったので、何か関係あることは確実。ウタちゃんがこんな風になっちゃうほどの、トラウマか何か……?
それが聞ければいいんだけど、声かけても反応が返ってこないんだよなあ。
(というか、ここもしかして現実じゃなくて、夢の中……『ウタワールド』なんじゃ……?)
さらに追撃しようとしてくる怪物から逃げながら、私はそんなことを考えていた。
さっき頭によぎった通り、私は部屋で寝ていたはずで……
例えばそこから、グラン・テゾーロの警備と、私の『見聞色』の危機察知能力をかいくぐって、私を誘拐するなんてことは、いくらなんでも不可能……だと思う。
だから多分、知らない間にさらわれてここに連れてこられたわけじゃない。いきなりここに来させられたんだと思う。……精神だけで。
それが可能になる能力を、ウタちゃんは持っている……けど……
(それだって、何かの形でウタちゃんの歌を聞かせないと発動しないはずなのに……というか、ウタちゃん自身も予想外というか、驚いて混乱してる感じだし……彼女がやったわけじゃない? でもだとしたら、一体誰がどうやって……)
夢を操ったり、幻を見せたり、瞬間移動させる系の力を持つ悪魔の実は、どれもいくつか存在するけど、どれも今の状況にはピンとこないというか……仮にそこが明らかになったとして、だからあの怪物一体何なんだって話で……あっ、やばい。
怪物が薙ぎ払った腕が、そのへんに建っていた家とかをぶっ壊し……その破片というか、瓦礫が無数にこっちに飛んできた。まるでショットガンの弾みたいに、面制圧する勢いで。
私だけならともかく、ウタちゃんを抱えている状態であれをよけきるのは無理だ。
まあ、だったら防げばいいってだけの話なんだが。
「なんか久しぶりに使う気がするな……『壁紙』!」
私とウタちゃんをすっぽり覆い隠して余りある大きさの紙を出し、飛んでくる瓦礫を全てそれでガードする。
薄っぺらい紙でも、私が能力で強化すればこのくらいは簡単に可能だ。『頂上戦争』の時よりさらに強度は増しているので、今なら多分、黄猿のレーザーも多少は防げると思う。
しかし、防いだはいいけどこの後どうするか……。
私達が今いるこの島、あんまり大きくないみたいで、逃げ隠れする場所がないんだよなあ。それに加えてあの怪物がデカすぎるから、すぐに追いつかれるというか、追い詰められるというか。
ふと試してみると、体内から『七星剣』は取り出せた。
最悪はこれで立ち向かうつもりだけど、これもウタちゃん抱えてる状態だとなあ……とか私が考えていた時だった。
「ごめん、なさい……!」
「……? ウタちゃん?」
消え入りそうなか細い声で、ウタちゃんがつぶやいたのが聞こえた。
……え、今のどういう意味? 何で謝罪?
「スゥさん……私のことは置いていって。私は……私なんか、助けなくていいから、スゥさんだけで逃げて……」
「いやいやいや、何言ってんのウタちゃん。そんなことできるわけないでしょ。別に私、苦戦して困ってるとかそういうアレじゃないから、変な心配ならいらないよ? これでも『王下七武海』だしさ、このくらい楽勝楽勝」
気弱になっている?と思しきウタちゃんを安心させるために、そんな風に言ってみるが……その表情は変わらず。
抜け落ちたような無表情の中に、絶望とか失意とか、色々なものがうっすら浮かんでいる……といった感じの印象を受ける。
コレ、相当きつい心の傷の類じゃないのか? あんなに明るくて元気な彼女が、こんな表情をするなんて……。ますます何なんだ、あのピエロ怪獣。
「ウタちゃん? あの怪物って……」
「私は……私なんか……! 私のせいで……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「おーい、ウタちゃーん。もしもーし? ……あーっと、コレは……」
……作家脳発動。
・ウタちゃんは間違いなくあの怪物について何か知ってる。
・けどこっちが何か聞いても答えてくれる気配はない。
・というかこっちの声が多分届いてない。自分の心の傷的なアレでいっぱいいっぱい。
・となると、独り言的に何かしら思わせぶりなことは言うけどそれ以外は言ってくれない。
・こういうのは一旦落ち着いてからじゃないとイベント……もとい話が進まない。
……よし、一旦放っといてこの場を切り抜けることだけに集中しよう。
とはいえ、そうなるとそれはそれで、この後どうするかの見通しが立っていない……っていう点に戻って来ちゃうわけなんだが……と、その時。
「…………ほぇ?」
思わず変な声が出た。
走って逃げてる途中の私の目の前に、なんだかよくわからない、不可思議なものが現れたのである。
それは……
「……ナニコレ? ど〇でもドア?」
町の真ん中を走る大通り。
そのど真ん中に……ドアがあった。
建物についているドアというわけじゃない。ドア単体でそこに置いてあった。
その光景は、さながらあの青狸ロボが常用する代表格と言っていい、どこにでも行ける秘密道具である。
それだけでも十分インパクト大なんだけど、さらにその謎ドアを異様な見た目にしている要素があった。
幸いにして(?)ピンク色一色の見た目はしていなかったんだけど、そのドアの表面、模様が……いや、模様なのかコレ? まるで、というかまんまコレ……
「……楽譜?」
「……っ、ぁ……!!」
楽譜のような模様というか……楽譜がそのまま模様として刻まれているというか……
いや、むしろ紙の楽譜がそのままドアに使われている、ドアになってる、と言った方がいいんじゃないかという見た目なのだ。ぶっちゃけ酷い違和感である。
小学生の夏休みの宿題の自由工作で、家にあったチラシとか裏紙を適当に使って作った『どこ〇もドア』なんてものがあれば……こんな感じになるんだろうか。
しかも、その楽譜っぽいドア、妙に黄ばんでるというか……すっごい古い紙を使ってるような感じの見た目だし……
そして、この楽譜ドアを目にしてから、ウタちゃんの顔色がさらに悪くなった。おっと……トラウマスイッチですか? 何かやばいの? このドア。
でも不思議なことに、私の方は……私の直感的な何かは、この楽譜ドアに、特段危険は感じていない……というか、むしろここに入るべきだという、謎の直感が働いている。
後ろから追ってくるピエロモンスターと戦うより、やみくもに逃げまわるより……ここに入るべきだ、それがいい、と。
一瞬考えた末……私は、『七星剣』を体内に収納しなおした。
そして開いた右手をドアノブに伸ばし、そのまま開けて……飛び込んだ。
後ろの方から、怪物の巨大な手が迫ってくるのを音で察しつつ……間一髪、私とウタちゃんがドアに飛び込むのが間に合って……そして……
「…………?」
ベッドの上で、目が覚めた。
……え、何……夢?
むくりと起き上がって周囲を見てみると、そこは確かに、私の寝る前の記憶の最後にきちんとある、トゥルースイートの部屋。の、寝室だ。
服装は、ふわふわのバスローブ。これも記憶通り。……寝汗でちょっと気持ち悪いな。
となると、さっきの光景は……単なる夢オチか、それとも、『ウタワールド』か……
「確認するなら、ウタちゃんに聞くのが一番手っ取り早……いや、ダメだなさすがに」
時計に表示されている時刻を見て、ため息をつく。
思いっきり夜中だ、人の部屋に押しかけていい時間じゃない。それに……ウタちゃん、体調不良で休んでて面会謝絶なんだからなおさらだな。
さっさともう一眠りして、明日の朝だな。会えるかどうかはわかんないけど……ゴードンさんに伝えてもらおう。
……でもその前にもっかいシャワーだな。寝汗、気持ち悪い。
タオル地で吸水力が高いはずのバスローブを着てても不快感が完全には消えない。……よっぽどいっぱい出たと見た。
さっさとバスローブを脱いでしまう。下には何も着てないので、すぐさますっぽんぽんだ。
しっとり汗で湿った肌に、ひんやりとした夜の空気が気持ちいい。あ、でも髪の毛が湿った肌に張り付くのはちょっと気持ち悪い。
そのまま部屋を縦断してシャワー室を目指す。あ、でもその前に喉乾いたから、水差しから水をコップに一杯出して飲む。……ぷはぁ。
こんな格好で、傍から見たらはしたないのかもしれないけど、私以外誰もいない部屋だ。別に誰に見られるわけでもないし、気にする必要も…………
「…………?」
…………誰もいない……よね?
いや、そりゃいるはずがないんだけど……何も気配とか視線とか感じないし、『見聞色』にも何も引っかからないんだけど……
……何だろうこの違和感? 誰かがいるような、いないような……見られてるような、そうでもないような……?
もし誰かに見られてたりしたら、それはさすがに恥ずかしいけど……いや、やっぱそういう気配はないな。……私の気のせいか?
……考えすぎだと思うことにしよう。
さー、さっさとシャワー浴びてもう一眠りだ。