Dr.ヒルルクの押しかけ診療未遂……というかもうあれは襲撃だったと思うけど、それをどうにかやり過ごして、その後のこと。
無事に普通の、まともなお医者さんに診察してもらって……お薬も出してもらった。
それを飲んでゆっくり休んだら……次の日の朝起きた時には、熱も下がってすっかり気分もよくなっていた。
さすがは『医療大国』と言われるだけあるな……すごい腕で、すごい効き目だ。
……それだけに、原作どおりならこれから待ち受けているのであろう、この国の未来というものを考えるとな……
(こんな素晴らしい技術やお医者さん達が、バカの暴政でメチャクチャにされることになるとか、面白くないどころじゃない。国家的な損失以外の何物でもないと思うんだが……ハァ)
かといって、未来を知っているとはいえ、一市民の私に何ができるわけでもなし……あー畜生、せっかくよくなった気分がまた淀んでいく。
考えても仕方ないので、それについてはまず忘れることにする。
それと、女医さんからは今日も既に1度診察してもらってる。
すっかり回復したことは伝えたが、大事を取ってもう2~3日はゆっくり休め、と言われた。
治ったと思っても体はまだ弱ってるし、少し負担を掛ければ簡単にぶり返しちゃうからって。
それと、症状が消えて体調がよくなっても、既に出している薬は全部きちんと飲み切るように、とも言われた。
現代でもよくある話だ。自分の感覚だけで『よし治ったな、もういいだろ』って薬とかやめちゃいがちだけど、医者としてはきちんと飲み切るべき量を渡してるから、治ったと思っても最後まで飲み続けた方がいいんだよな、たしか。
というわけで、言われたとおりに昼食後のお薬を飲んだところで、部屋の戸がノックされた。
「? はーい、どなたですかー?」
「すまない、私だ。入ってもいいかな?」
「あ、ドルトンさんですか? どうぞどうぞ」
そう答えると、ドアを開けて1人の大柄な男性が入ってきた。
国の守備隊の制服に身を包んだ、四角っぽい顔が特徴的な人だ。
誰あろう、今言った通り……ドルトンさんである。これまた原作キャラだ。
「変わりはないかな? 見回った限りでは、今日はこのあたりは平和なようだったが」
「はい。おかげさまで……すいません、忙しいのに気にかけてもらって」
「気にすることはない、これも守備隊の仕事の内だ。国外からせっかく来ていただいた方に、この国で嫌な思いをしてもらいたくもないからな」
温和そうな笑みで優しいことを言ってくれるドルトンさん。
どうして彼がこんな風に、私を気遣うようなことを言ってくれているのかというと……ズバリ、昨日のヒルルク事件のせいである。
昨日の騒ぎ方からもわかるように、Dr.ヒルルクは今もうすでにこの国における問題人物として名を知られている存在だ。
窃盗や放火は当たり前、何かの拍子に麻酔銃とはいえためらいなく発砲、爆破、エトセトラ。
さらに、ろくに知識も経験もない無免許医でありながら、押し売り的に患者を診察し、治療という名の人体実験でさらに病状を悪化させる。
……並べるとホントにコレ、ただの犯罪者だな……
医療行為に関しては100%善意から来ているものだし、本質のところは義理堅くて善人なんだろうけど……いやでも善人って窃盗とか放火とか発砲とかしないんだよな……。
まあそんな感じで、きちんとこの国では犯罪者として認識されているDr.ヒルルク。
その被害者に昨日私がなりかけたということで、またそういうことが起こらないように、このあたりを重点的に見回ってくれたり、何か困ったことがないか気にかけてくれているのだ、ドルトンさんは。
いやあ、本当にありがたい。
「お医者さんからは、あと数日安静にしてきちんと回復させなさい、って言われてて」
「それがいいだろう。無理して早く動いてもいいことはないからな……それに、そうでなくとも、あと数日は大人しくしていた方がよさそうだ」
「? というと?」
「どうやら雲行きや風向きが少々怪しくてな、今夜あたりから天気が崩れそうなのだ。もし猛吹雪にでもなれば、町の中であっても外に出るのは危険だから、家の中でゆっくり疲れを取るといい」
わお……『冬島』であるこの国でさらに猛吹雪とか、そりゃ確かに怖いな。
お言葉に甘えて、宿の中でゆっくり休ませてもらおう。あと2日分は薬もあるし、それが飲み終わって何事もなければ完治、ってことでいいかな。
そのあと少しだけ雑談した後、ドルトンさんは仕事に戻るため宿を出ていった。
☆☆☆
そして聞いた通り、その日の夕方くらいから天気は崩れ始め……夜には、窓の外からえぐいくらいの風の音が聞こえるようになった。
ちらっと見てみると、風だけじゃなくて雪とかもガンガン舞ってるし……やばいな。ほんとに町の中で遭難できそうなレベルの吹雪だ。
これは確かに、中でゆっくりしてるに限る。昼だろうが夜だろうが、外出が自殺行為だ。
そういうわけで、その日から2日間くらいは宿から出ずにぬくぬくと過ごさせてもらった。
あったかくて快適なのはいいんだけど、退屈なのがちょっと不満ではあった。
宿においてある本はどれでも自由に読んでいいって女将さんに言われてたから、病人だった頃から、それらを読んで暇つぶししてたんだが……読むの早い方なので、もう全部読破しちゃってて。
しかし、その後思わぬ形で暇がつぶれる出来事が起こった。
宿屋に備え付けの本の中に、私が書いた本があったのだ。
そして、宿帳に書いた名前から、私がその作者本人だとばれてしまったのである。
けっこうファンだって人が多かったみたいで、そのまま何か握手会とかサイン会みたいな感じになっちゃって。
宿の中だけでも割とにぎやかなことになってたんだけど……吹雪が弱まったタイミングで他の家からも『作家の先生がいるんだって?』ってやってきて……。
いやまあ、人気が出てるって実感できるのはうれしいし、私の小説を楽しんで読んでくれた人がこんなにいっぱいいるんだって考えるとそりゃ励みになるけどさ。
突発的に始まったファンイベントにちょっとたじたじになってしまった。
それでも嬉しいのは本当だったし、サインとか握手くらいなら喜んで対応させてもらったよ。
……こんな機会があるとわかってたらサインの練習とかしておいたのに……。
その後、しばらくしてから宿屋の女将さんが助けてくれました。
『病み上がりの女の子に無理させてんじゃないよ、ほら帰った帰った!』って。
ちょうど疲れ始めてきたところだったので助かった。……いやもしかしたら、それを察して出て来てくれたのかも。
とまあ、そんな感じでちょっとしたイベントみたいな楽しい出来事があったわけなんだが……
それが原因で、別なトラブルを呼び込むことになろうとは、さすがに予想できなかった。
何が起きたかというと……
「まっはっは! お前が国の外から来たとかいう作家か!」
特徴的な笑い方をする、丸っこい体型の少年(?)が訪ねてきました。
うん、どう見てもワポルですね。ドラム編のボス。この国を不幸にする未来の暗君……今からその片鱗がもうにじみ出ています。雰囲気的に。
お供の2人も一緒だ。悪参謀のチェスと、悪代官クロマーリモ。
もっとも、どうやら今はまだ肩書は違くて……チェスは見習い士官軍人、クロマーリモは見習い役人らしい。これから出世していくところか。
出世前なのにもうワポルの取り巻き的な立ち位置にいるんだな……長い付き合いなのか。
そしてワポル自身も、『俺様はこの国の王子だ!』って自己紹介してきた。まだ前の王様がご存命なんだな。
遠巻きに見てる人たちが『うわぁ……』って感じの苦い顔になってる。この光景だけで、ワポル王子の評判がどんなもんなのかがわかるってもんだ。
そんなわがまま王子が、一体何の用で私なんかに会いに来たのかというと、『俺様を主人公にした超かっこいい英雄譚を書け!』とのこと。
どうやら噂で私が冒険小説とかを書いている作家だと聞いたらしい。そしてそれが、結構国内外で人気だということも合わせて。
そこから、『そんな人気作家に自分をモデルにした小説を書かせれば、モデルになった自分の人気も上がるはずだ』と考えたらしい。あさはか。
当然断った。
私はいつも、書きたいものを書きたいように書いている。他人に指示されて書きたくもないものを書くのなんて御免こうむる。
100歩譲って、依頼されて仕事として書くならともかく……いやそれだって私が納得して、書いてもいいと思えるものを書きたい。
でないと気分が乗らなくて、そもそもいい作品にはならないだろうしね。絶対。
執筆そのものを仕事と割り切って、書きたいものも書きたくないものも書けるような人ならまた違うのかもしれないけど、私はそうじゃないですから。
とはいえ、こういうことをそのままバッサリ言って断ると角が立つので、どうにか穏やかに言いつくろって断って帰ってもらおうとしたんだけど……さすがはわがまま王子というか、全然こっちの話聞いてくれないのな。
お供の2人も、『そうだそうだ』『王子様の命令だぞー』(意訳)ってな感じで主人を煽ってくるし……
どうしたもんかなコレ、と困ってたところに、ドルトンさんが登場。
何やら手紙みたいなものを出して読み上げたのだが、なんとそれが、ワポルの父……すなわち、現ドラム王国国王様からの、命令書みたいなものだったのである。
『我が国の国民でない、国外からの観光客に迷惑をかけないように』『特に病み上がりで体が弱っている者に負担をかけるのは言語道断』的なことが書かれてあった。
それを聞かされたワポルは、ものすごく面白くなさそうにしつつも、諦めて帰っていった。
ドルトンさんにお礼を言いつつ話を聞くと、なんと彼、こういうことになりそうだから、と予想してあらかじめコレを手に入れていたんだそうだ。国王様に懸念事項として話して。
昨日の時点で、この町に『海外の有名な作家がいる』っていう話をワポルが聞いていたらしい。それで、何と城に呼び出そうとしていたんだとか。
けど、それはさすがに王様に止められたらしい。……危機一髪だったんだな私。
そしたら今日になって、今度はその作家がいる町にワポルが出かけたと聞いて、『あ、やらかす』と思ったドルトンさん。
王様に報告・相談したところ、『これ持ってけ』って感じでさっきの命令書を渡されたそうだ。
いやもう……ほんとにこの人には感謝しかない。どれだけ助けてもらうんだ私。
それに……さっきのワポルたちと同じように、ドルトンさんも今の時点ではまだ『守備隊長』じゃなくて、まだ平隊員かそれに近い立場のはずなのに……王様にそんな相談とか意見できるの?
もうすでに頭角現してるというか……相当将来有望視されてるんだな。
いやしかし、ドルトンさんのおかげで何事もなく無事に終わってよかったよ……
ワポルも大人しく城に帰っていったみたいだし、ひとまずこれで安心だな。
…………安心、だよね?
なんか自分でも、フラグみたく言っちゃったけど。
☆☆☆
「むがーっ! あのドルトンのカバ野郎め! もう少しであの作家に、俺様を主人公にした超かっこいい物語を書かせられるところだったのに!」
「まったくですなワポル様! ワポル様の人望が高まれば、それはこの国にとってもいいことだというのに、それを理解できないなど。ドルトンといい、あの女といい……」
「ですが、国王陛下のご指示では逆らうわけにもいきません、ひとまず今日は戻りましょう。給仕に美味しいおやつでも作らせて食べて忘れてしまうのがよろしいかと」
「そんなんでは気が済まんわ! ……だがしかし、おやつと言えばそれはそうだな……ちょっと俺様、小腹がすいたかもしれん。よし、食べに行くぞ」
「はっ! しかし……行く、とは? どこか店にでも入って用意させるのですか?」
「いや、せっかくここまで来たんだ……こないだ食べた、山のふもとの洞窟の氷で作ったかき氷がいい! よし、今から食べに行くぞ!」
「え!? し、しかしワポル様!? 洞窟って……あのあたりはラパーンの縄張りがあって、もし出くわしたりしたら危険ですよ!」
「そうですよ、それに、以前そこに行った時にすごく怒られて……そこにはもう近づいちゃいけないって、これも陛下に言われていたじゃありませんか!」
「うるさい! そんなん我慢してやれるかこのカバ共! ちょびっと行って氷をかじって戻ってくるだけだ、さっさと済ませれば見つからないだろ。さあ行くぞ!」