―――ゴゴゴゴゴゴゴ……
「……ん? 何だろ、この音」
もうすっかり体調も戻り、食欲も出てきた私。
昼食に温かいドリアを作ってもらって食べていた時、何だか地響きみたいな低くて重い音が聞こえて来た。
いや、音だけじゃない。微妙に……揺れてる? え、地震?
「これは……スゥちゃん、ここから一歩も外に出ちゃいけないよ!」
「え、は、はい……まあ、出る予定も別にないですけど……何ですかコレ? 地震?」
「多分……雪崩だね。この大きさだと、この町まで届くかもしれない」
「え!?」
雪崩!? しかも、町まで届くって!? 大丈夫なんですかそれ!?
「この町……っていうより、この国の家は、こういう場合に備えて頑丈に作られてるから大丈夫だよ。まあ……終わった後の雪かきが死ぬほど大変なんだけどね」
女将さんがそんなことを言ってる間に、どんどん音は大きく……というより、近くなってくる。
そしてたちまち、宿から見て一方向からしか聞こえてこなかった音が、全方向から聞こえてくるようになって……こ、これってもしかして、雪崩がここまで来た!? もう!? 速っ!
割と山に近い位置にある町だからかな、こんなに早く雪崩がくるなんて……怖いな、冬島。
しばらく待っていると音が収まった。
女将さんも『終わったみたいだね』と息をついていた。
「よくあるんですか? こういうこと」
「いや、さすがにこんなことはめったにないさ。雪崩自体は山の中じゃどこかしらでしょっちゅう起こってるんだろうけど、人里まで届くくらいのものはそうそうないよ。山の中で何かあったのかねえ……?」
「何か、って?」
「それがわかりゃ苦労はないよ」
ごもっとも。
雪崩か……春になって暖かくなって、山の雪とか氷が解けて緩むと発生しやすくなる、って聞いたことがあるけど……暖かさの欠片もないけどな、この島、どこにも。
ただ単に大量に雪が積もって崩れて、偶然発生しただけかな?
……いや待て、なんか思い出したぞ。
そういえばワンピース原作では、ラパーンという名の肉食巨大ウサギ達が、集団で協力して雪崩を起こしていたような……そしてその雪崩、町にまで届くレベルででかかったような……。
ひょっとしてこの雪崩も? いや、でもだとしたら、ラパーン達は何か外敵を排除しようとしてコレを起こしたってことになるんだが……。あいつらこの島で一番凶暴な動物のはずだけど、山の中の野生動物相手にそんなことするかな?
それとも、何か外部から敵みたいなもが縄張りに入ってきた、とか……?
……まあ、考えても答え合わせのしようがないんだけどさ……
☆☆☆
「し、死ぬかと思った……」
「ら、ラパーンに見つかって追いかけられた上に、あいつら雪崩なんぞ引き起こすとは……災難でしたな……」
「ワポル様が雪を食べて脱出させてくれなければ、雪に埋もれて窒息か凍死していたかも……わ、ワポル様、ありがとうございました……」
「ま、まっはっは、なァに、礼には及ばんとも……このくらい……いや、そんなことより、ここはどこだ?」
「雪崩に飲み込まれて、随分山を滑り下りてしまったようですね……もう町の近くですよ」
「ラパーン達から逃れることができたのは、不幸中の幸いでしたな……このまま町に降りて、そこからどうにかして城に戻るのはいかがでしょうか?」
「ああ、そうしよう……うぅっ、寒くてかなわん。村に着いたら温かいスープか何か用意させるか」
☆☆☆
雪崩が通過した後、当然ながら町の中には大量の雪が残っていて……住民の皆さんは除雪作業に追われていた。
さすが雪国というか、そんな大変な作業にも手馴れたもので、人力だけでなく、家畜を働かせて効率的に雪の塊をどけて道を作っていた。
私も手伝った方がいいかそれとなく聞いたら、『病み上がりは引っ込んでな』だってさ。
お言葉に甘えて、ゆっくり室内で暖を取らせてもらってます。
正論だってのはわかってるけど、皆さんが働いてるそばで私だけ……なんか心苦しい。
まあでも、町の中の除雪に関しては、そんなに心配いらなそうではあるんだ。町の人達だけで普通に解決できそうな感じだし。それは普通によかったと思う。
……けど、どうも問題はそれとは別なところにもあるみたいでさ……むしろそっちの方が心配かもしれない。
さっき話してるのがちょっと聞こえてきたんだけど……どうも町はずれの方で、雪崩に人が巻き込まれたかもしれないらしくて……。
さっき、守備隊の人や自警団の人が様子見に行ってた。そして、まだ帰ってきてない。
ということはやっぱり、巻き込まれた人がいて救出作業とかしてるのかな? 心配だ。
と、まさにそんなことを思っていた時、窓の外に見覚えのある……というか、ここ最近見慣れたといっていい人が見えた。
(ドルトンさん……?)
いつもこのあたりを見回って、何かと気にかけてくれる彼が……なぜか、ものすごく怒ってるような顔をして、肩をいからせて歩いていた。
……なんだか嫌な予感がしたので、ちょっと呼び止めて話を聞いてみた。
外は寒いので、宿の中に入ってもらって。
仕事中(だと思われる)なのに声をかけちゃっていいもんかな、と思いつつだったけど……なんだかドルトンさんの方も、誰かに話を聞いてもらいたい気分だったみたい。珍しいな。
そして、彼の口から聞かされたのは……とんでもない話だった。
☆☆☆
Side.三人称
遡ること数分前。
「何を言っているのですか!? 今がどういう状況かわかっているのですか、ワポル様!」
「おいドルトン貴様! 王子である俺様に向かって何だその口の利き方は、このカバ野郎めが!」
町はずれの一角にて、ドルトンは怒りそのままにワポルに食って掛かっていた。
彼の『王子』という身分など、全く関係ないとでも言わんばかりの剣幕で。
しかし、詰め寄られているワポルの方も、無駄に胆力があるのか、それとも自分に手を出せるわけがないと高をくくっているのか、怯む様子もなく傲慢不遜な態度を崩さない。
その両隣には、側近もとい取り巻きの2人、チェスとクロマーリモもいる。
当然ながら、ドルトンは何も理由なくワポルに詰め寄っているわけではない。
聞けば誰もが納得する理由がそこにはあった。真面目なドルトンが、一時的にとはいえ身分というものを忘れ去ってしまうほどのそれが。
一体何があったのかというと、だ。
遡ることさらに数分前。ドルトンたち守備隊は、町の自警団らと協力して、雪崩に巻き込まれた者達の捜索にあたっていた。
雪崩に飲み込まれた場合、窒息や外傷、低体温などによる命の危険があり、そしてそれは救助に時間がかかればかかるほどリスクは大きくなってしまう。
一説には、雪崩に巻き込まれた後、15分以内に救出できれば、生存率は90%以上。
しかし、時間が経つと急激にその数字が下がっていき、救出まで35分以上かかると、生存率は40%以下にまで下がってしまう……と言われている。
それを理解しているがゆえに、ドルトン達は必死でその捜索を行っていた。
不運にも開けた場所で雪崩に巻き込まれたため、そのまま雪の勢いに乗って少し流されてしまった可能性がある。捜索範囲を徐々に広げつつ、犠牲者達を探していた。
必ず見つける。絶対に助けてみせる。そんな風に心に誓って懸命に探していたドルトン達は……まさか、その決死の救助活動を邪魔されることになるなどとは、思ってもいなかった。
捜索活動が始まって間もなくのこと。
突然、その現場にワポル達が現れたのである。しかもなぜか、全身雪まみれで、山の中から降りてきたような様子で。
当然守備隊達は驚いて、王子であるワポル……と、その取り巻き2名を保護したのだが、この時ワポルがなんと、その場にいる守備隊達全員に、ここから引き揚げて自分を護衛するようにと言ってきたのである。
今行っている、行方不明者の捜索を、事実上打ち切って。
ドルトンをはじめとする守備隊員たちはこれに驚き、今人命救助のための作業の真っ最中だということを説明したのだが、ワポルは全く耳を貸さず、『ラパーンが襲ってくるかもしれない』などと言って頑として兵たちを手放そうとしなかった。
ラパーンなど、自分達の縄張りから出てくることはめったになく、人々が町の周辺などの生活圏にいるうちはまず安全であるにも関わらず。
仮にもこの国の王子であるワポルが、その程度のことを知らないはずもないのに。
……まるで、気が立っているラパーンに襲われる心当たりがあるかのように、ワポル達はびくびくと怯えている……ように見えた。
「っ……百歩譲って護衛の兵を出すのは良しとしましょう。しかし一度に全員連れていく必要はないでしょう! 今我々は、雪崩に巻き込まれた被害者の捜索の最中なのです! 急いで探し当てないと、こうしている間にも生存率が……」
「そんなものは平民共に任せておきゃーいいだろうが! 王子である俺様の身の安全が最優先だとなぜわからない?」
「人の命がかかっているのです!」
「俺様の命と平民ごときの命どっちが大事だと思っているんだ、このカバめ!」
「まあまあ、落ち着きましょうワポル様……ドルトン、お前の言いたいことはわかる。だが、この場合もっと落ち着いて行動することも大事だと思うぞ?」
チェスが口論をヒートアップさせる2人の間に入り、なだめるようにワポルを抑えた後、ドルトンに向き直って淡々と話していく。
「今回の雪崩、どうして起きたのかはわかりもしないが……かなり規模が大きく、巻き込まれたという人達はそれなりに離れたところに流されてしまった可能性も大きいだろう」
「そうだとも、だからこそ急いで……」
「急がば回れ、という諺があるだろう。雪崩の被害は町の外の街道付近のみならず、一部は山の中にまで及んでいるようだ。焦って無計画に捜索範囲を広げたりしてしまえば、二次遭難を起こしてしまうかもしれない。計画はきちんと立ててから行うべきだ」
一理あるチェスの説得の内容に、ドルトンも何も考えずにはねのけるわけにはいかず口をつぐんでしまう。
しかし、その時間で被害者の生存率が下がるのだということを思い返し、どうにか言葉を探して口を開いた。
「雪崩の流れの方向から、大体の位置は把握できる。その範囲を離れないように厳命した上で行えば……」
「それでも事故が起きてしまう確率はバカにできない。現にこうして、何の前触れもなく、雪崩が起こっているんだからな。それにこの雪崩の規模なら、山の中の獣が縄張りを荒らされて荒れているかもしれない。街道付近ならともかく、山に入るにはやはり慎重になるべきだ」
「そうだぞドルトン! そうだ、なんでしたらワポル様、ワポル様が兵達を指揮して救出の現場を取り仕切ればいいのではないでしょうか? そうすれば兵達はワポル様を守りつつ、救出作業を行うこともできて一石二鳥です」
「おぉ、名案だクロマーリモ! よし、それではこの救出作業の現場は俺様が指揮を執ることにする! 文句はないな、ドルトン? なァに、心配せず俺様に任せておけ。まーっはっはっは!」
☆☆☆
「それで……救出作業って上手く再開できたんですか?」
「いや、『どのように作業を進めるか会議して決める』などと言って、ワポル……様は、取り巻き達と家の中へ……しかも、私は邪魔だから町に戻って見回りでもしていろ、と言われ……」
あらら、追い出されちゃったわけだ。
「去り際に、私の気のせいでなければ……いやむしろ、気のせいであってほしいのだが……ワポル様が、『もっとギリギリになってから助けた方がカッコイイ』などと言っていたようにも……」
「えぇ……」
ひっどいなおい……何がひどいって、全てがひどいよ。
さっきここに来た時にもう思ったことではあるけど、ホントに今からもう未来の暗君感丸出しのバカじゃん。救いようがないよ。
全力で人命救助しようとしてる人たちの邪魔をして、求めるものが自分の名声やら自己満足だし……そりゃドルトンさんもキレるわ。
誰かに聞いて欲しくてこうして私の誘いに乗ってくれたのも納得だ。
しかしコレ、冗談抜きでまずいよ……さっさとあのちび暴君を排除して救出作業を全力で再開しないと、雪崩に巻き込まれた人達の命が……
「今朝の件と同じように、王様に相談してワポル……様を叱ってもらうのはどうですか? それで指揮権を現場に戻してもらえば……」
「この雪崩で、この付近にある城へのロープウェイが全て壊れてしまったのだ。修繕には数時間はかかる……別の場所のロープウェイを使うにしても、到底間に合わないだろう」
「じゃあ、電伝虫とか……」
「スゥ君……この国ではな、気候が合わないせいで、電伝虫が使えないんだ。上陸した時に聞かされなかったか?」
あ、そういえばそうだった。
電伝虫や小電伝虫は、だいたい世界のどこにでもいる生き物だけど……生き物であるがゆえに、あまり極端な環境では生息できなかったり、生きていても通信能力を発揮できない場合がある。
極寒の環境というのもその条件の1つだ。
冬島みたいな寒冷地では、電伝虫はそもそも生きられないから、基本的に生息していない。
島の外から持ち込んでも、環境に適応できず、冬眠してしまったり、通信機能を(一時的に)失ったり、最悪死んでしまうこともある。
私の電伝虫は、この島に来て以降、保温機能付きの飼育籠の中で冬眠している。
そのため、この島では電伝虫を使う文化がない……というか、使える環境にない。
なので、そもそも一般家庭だろうと町の寄り合い所だろうと、どこにも電伝虫がいない。
例外的に、城になら、外部と連絡を取るためのそれが1つあるらしい――常に快適な温度に保っていられる場所なんて王城くらいだそうで――が、そこに連絡する電伝虫がないんじゃ意味がない。
私の船に行ってそこの電伝虫を使おうにも、時間がかかるのは同じだ。
だから、電伝虫でチクる……もとい連絡するってことができないのだ。
こうなると、八方ふさがりかと思えるわけで……実際ドルトンさんも、そう思って怒りと落胆の中にいるわけだが……
(……一応、まだ手はあるか。力技だけど……)
「ドルトンさん……要するに、どんな形であれ、王様に今の状況を伝えて指示をもらえればいいんですよね? 例えば……手紙とか」
「? その通りだが……しかし、手紙などそれこそどうやって……。人力や馬匹などで届けるとしても、結局数時間ではきかないぞ?」
「大丈夫。上手くいけばですけど……数分で届ける方法があります」
「何……? それは、本当か?」
お、食いついてきたな。
その方法を手早く説明すると、ドルトンさん、やや半信半疑っぽい感じだったけど……もう時間もないってことで、イチかバチかその方法を試すことになった。
まず、ドルトンさんに直筆で、王様あての手紙を素早くしたためてもらう。
使う紙は、どこにでもある普通の便せんでOK。
書きあがったそれを、ドルトンさんから私が受け取って……手のひらの上に乗せる。そして、
「よし……『
すると……私の体から『悪魔の実』の力が紙面に伝わり……手のひらの上に置いてあった便箋が、独りでに動いて、折れ曲がっていく。
あれよあれよという間に、1羽の鳥の形になって……羽ばたいて飛びあがる。まるで、本物の鳥のように。
窓を開けると、風を切って勢いよく飛び……まっすぐ、外に見える『ドラムロック』の頂上にある王城めざして飛んでいった。
とまあ、ご覧の通り……これが、私の提示させてもらった『連絡方法』だ。
『パサパサの実』の能力でできることの1つ、『折神』。
その名の通り、1枚の紙から折り紙でできた動物を作り出し、かりそめの命を与えて、その動物そのもののように動かすことができる能力。
そこまで馬力があるわけじゃないから、用途は限られるけど……それでもかなり汎用性が高い能力だ。使い方次第で、戦闘にもそれ以外にも相当使える。
今回みたいに、手紙そのものを鳥にして飛ばすことで、数分程度で目的地に手紙を届けるとかね。
「悪魔の実、か……様々なことができるものなのだな」
感心したように言うドルトンさん。もうすでに見えなくなった、鳥(便箋)が飛んでいった方角を見つめながら。
上手くいけばこれで、王様に今の状況が伝わる。そうすれば、何かしらの対策を取ってくれるはず。あと私達にできるのは、それを待つことだけだ。
☆☆☆
その後のことを簡単に説明すると、だ。
ドルトンさんの手紙は、無事に王城に届き、王様の目に入った。
状況を把握した王様は、急ピッチで対策を進め、城から超特急で人を派遣して救出作業の現場のヘルプに充てた。
加えて、王様からの返事の手紙(王様のハンコ付き)を『折神』に持たせて返してくれた。兵士を動かして救出作業を行うことを許可する手紙と、ワポルに『余計なことをするなバカ者』って感じのお叱りの内容が込められた奴だった。
それを使い、こっちはこっちで素早く救出作業を再開しつつ、ワポルを排除することに成功。
なお、ワポルは当然面白くなさそうにしてはいたものの、王様に逆らうわけにはいかず、やむなく帰還。帰ったらお説教だとまで書かれていたらしい。
『カバにしやがってぇぇえ!』と叫んで……というか捨て台詞を残しつつ帰っていった。
その後急いで被害者達を探し出して助け出し……奮闘の甲斐あって、その船のことは全員分助けることに成功したそうだ。
ちょっと低体温気味の人はいたものの、全員生還。後遺症なんかもなし。
よかったよかった。
そして、そのさらに2日後。
私もすっかり風邪が治り、診てくれたお医者さんのお墨付きも出たので、晴れて退院となった。
入院っていうかずっと宿泊まりだったけどね。
そして、そのさらに翌日には無事に出国。
予定よりも1週間近く長く滞在することとなったドラム王国を後にした。
その時、宿の女将さんやドルトンさん、小説のファンの人達や、間接的に救助に協力したことになる、雪崩の被害者の人達が見送りに来てくれた。
別れを惜しまれたり、感謝されたり、ちょっとこっちが恐縮してしまうくらいだった。
いやあ、良くも悪くも……色々と得難い経験をさせてもらった国だった。うん。