ウソップ、ロビンに加え、『グリーンビット』で出会った小人達こと『トンタッタ族』の小さな戦士達によって遂行された『SOP作戦』。
略さずに言うと『
海賊、海兵、政府の役人、加盟国の要人、市民、猛獣、旧ドレスローザ軍の兵士、そして今大会の参加者まで……シュガーによって玩具に変化させられていた者達が次々と元の姿に戻り……同時に、彼らに関する記憶が戻っていく。
ある者は今まで失っていた家族に関する記憶を取り戻し、涙を流して喜び、ある者はずっと騙されていたことを知り怒りに燃える。
10年間、たった1人で娘を守り、孤独に戦っていた『ブリキの兵隊』は……真のドレスローザを取り戻すため、自らの義父であり、真にこの国を憂う『王』の元へと駆け付ける。
そんな、ドレスローザ全土を包むパニックの中……
「どういうことだ貴様ァ……何を思ってこんなことをした!? 答えろ、シーザー!」
王宮のとある一室に、怒号が響いていた。
声の主であるピーカは、石と同化して巨大化した顔を怒りにゆがめながら腕を振り下ろし、目の前にいる男を……シーザーを殴り倒そうとする。
が、シーザーはガスになってそれを受け流す……のではなく、片手で受け止めた。
超重量の落石に等しいその拳を受けておきながら、驚くことにシーザーの指がそこに逆にめり込んでひび割れさせている。
殴ったピーカ自身が驚愕する前で、シーザーは懐から何かの『貝』を取り出し、そこから吹き出す『ガス』を体に取り込むと……
「“徹甲ガス弾”!!」
凝縮したガスが液体に、そして固体になり……勢い良く打ち出される。
それらは弾丸のように飛んでピーカの巨石の体に突き刺さり……次の瞬間、一瞬で気体に戻る。体積が何万倍にも膨張し……その体積変化に耐え切れずピーカの体が爆発し、大きくえぐれた。
ダメージこそないが、ピーカの困惑は大きい。
(バカな……ガスを用いた攻撃はともかくとして、今、俺の拳を受け止めたのは……間違いなく『武装色』の覇気! シーザーが覇気を使えるなど聞いたこともない、どういうことだ……!?)
体を再生させつつ、ピーカはシーザーと……彼が背負っている大きな袋に目を向けた。
あの中には……この城に保管されていた、裏取引に関する記録や、『SMILE』をはじめとしたさまざまな裏の研究開発に関する資料、その他、表に出すわけにはいかない『ヤバい書類』がこれでもかと詰め込まれている。
部屋に引きこもって震えていたはずのシーザーが、突如部屋を脱走し、城中の需要書類を強奪し始めたという連絡が入った時は何事かと思ったが、こうして真っ向から反抗して来る姿を見ては、この男が裏切ったのだと理解せざるを得ない。
(理由を聞き出すのは後だ……まずはこいつを捕らえてドフィの前に突き出し、指示を仰がなくては……殺してしまえれば話は早いが、『SAD』を作れるのがこいつだけである以上……)
……その時だった。
「―――“ROOM”!!」
間一髪、石の中を高速で移動し、自分の本体を狙った刃から逃れるピーカ。
ほぼ同時に、石の巨体がバラバラに切り刻まれる。
「っ、貴様……ロー!? なぜここに!?」
「なぜも何もねェよ……敵同士なんだ、殴りこんでくることに他にどんな理由が要る」
そう吐き捨てるように言い、すたすたとシーザーの方に近づいていくロー。
その肩に、人1人は入れそうな大きさの麻袋を担いでいた。もぞもぞと蠢いていることから、実際に誰か、あるいは何かが入っているようだ。
その奇妙な、あるいは異様な様子にピーカが重ねて困惑し、様子をうかがう前で……ローはその袋をやけに丁寧に床に置く。
そして、シーザーに目配せをし……互いにこくりとうなずいて見せると、能力を発動した。手のひらを上に向けて……くるりと回すように動かし、
「“シャンブルズ”!」
―――ドクン!
瞬間、シーザーと……布袋の中の『誰か』が、同時にびくん、と震える。
すると、
「ち、畜生……やっと戻ったァ~~! 俺の体ぁぁあ~~!! ってぁあぁああい痛だだだ! あ、あちこち痛てェじゃねえかよ何だこりゃあ!? 俺の体で何か無茶やりやがったなこのガキィ!」
突如としてシーザーが、顔面からどばっと涙や鼻水を流して情けない表情になりながら、悲鳴やら悪態やらを慣れ流し始めていた。
そして同時に……布袋が内側からびりびりと引き裂かれて、その中から……
「あー! やっぱ自分の体が一番いいね! というわけでボク、復・活! ご苦労様、ロー!」
「そっちこそ潜入お疲れさんだ、アリスお嬢。首尾は上々だったみたいだな」
「もち! やばい書類てんこ盛りで手に入ったよ……大・大・大収穫で、作戦大成功だね!」
布袋の中から出てきたのは……予想だにしない人物だった。
「何だと……貴様、『万色』……なぜここにいる!? 一体どういうことだ!」
短めの金髪に、細身で引き締まりながらもよく鍛えられた体を持った美少女。
『金獅子海賊団』所属、新提督直下『ひな壇』の最高幹部『三人官女』の一角……万色のアリス。
一見すると線が細くてか弱そうに見えるかもしれない……が、実際のその実力は、『新世界』の海で暴れまわる海賊達ですら、相手にならないであろうレベルの『要注意人物』。
ドンキホーテファミリーの内部でも、一応は『同盟者』でこそあるものの、警戒対象として認識されている存在である。
ローにとっては……直属の上司である『海賊文豪』スゥの娘であることから、同系列の指揮系統でこそないものの、立場上は一応、上官にもあたる人物だった。
そのアリスが、なぜか今、ローに運ばれていた袋から出て来て……しかも、まるで今の話し方だと……
「まさか、ロー……貴様の能力で、そいつとシーザーを!?」
「ご明察。さっきまでお前が話して戦ってたシーザーは、シーザーじゃない。正確に言えば、体はシーザーだが……」
「中身はボクでした。いやあ、ガス人間の体、結構面白かったな~」
「面白かったな~、じゃねえよこのクソガキ! よくも俺の体で好き勝手やってくれやがって……指とか腕とかめっちゃ痛ェんだけど何したんだよ畜生!」
数時間前、『グリーンビット』にて。
ローとドフラミンゴの『取引』が、ドフラミンゴの策により失敗したあの時……すでに作戦は始まっていた。
あの時、ドフラミンゴたちが回収したシーザーは、既に精神を交換したアリスだった。
シーザーの振りをして、あたかも『ドフラミンゴの作戦が成功して救出された』かのように見せかけて王宮に入りこむことに成功。
そして、警戒が手薄になったのを見計らってこっそりと抜け出し、ガスの体を最大限活用して城中を家探しした。
ほんの僅かな隙間からあらゆる場所に入り込んで探し、窒息で兵士を気絶させ、書類やら何やらを根こそぎ奪い取り……ついでに書類以外も、役に立ちそうなものは奪ったり
そして今、ローと合流し、本来の体に戻ったところである。
「要するに、策にはまってたのはお前らの方だったわけだ。最初から俺達は、シーザーの『体』と『能力』を利用してお前らの懐を探るつもりだった。『グリーンビット』での取引も、失敗前提で色々考えていたさ……元とはいえ天竜人の権力だ、やりようはいくらでもある」
「元々知っていたというのか!? ドフィの『出自』を……なぜだ!? それを知る者でドフィを裏切る者など、コラソン亡き今、誰も……」
「ある人に聞かされてな……。伊達に十数年単位で世界中を好き勝手取材してたわけじゃねえってことか。時々とんでもねえ情報さらっと持ってくるんだ、あの人はよ」
「そうそう。ホントどっからそんな超ド級の裏情報拾ってくるんだろうね」
感心しつつも呆れたような様子で、同時に脳裏に、同じ人物を思い浮かべるローとアリス。
「で、本当ならガスの能力で、シュガーを気絶させるところまでやるつもりだったんだけど……なんかそっちは別口で誰かさんが成功させちゃったみたい。手間が省けてよかったよ」
さらに言えば……ローが自分の復讐に『金獅子海賊団』を利用しており、スゥ達にも黙って行動している……という部分がそもそも嘘だった。
むしろローは、正真正銘最初からアリスやスゥ達と協力関係だったのである。対ドフラミンゴを想定した作戦において、だ。
ドフラミンゴ周辺に関する情報、ドフラミンゴの過去に関する情報、その他諸々の一切をローはスゥ達と共有していた。『パンクハザード』でシーザーに接触していたことも、独断行動ではなく、スゥ達も把握し、なんなら適宜支援した上での作戦行動だった。
スゥ達だけではない、ドフラミンゴが自慢げに『つながっている』と言って味方扱いしていた、シキ達『金獅子』陣営とも、スゥを介してだがつながっており、まさしく当初のローの作戦通り、闇市場その他の利権を目的に、ドンキホーテファミリーを潰すためにローに協力していた。
要するに、ローが取り囲まれて四面楚歌になっている……とドフラミンゴが思っていた者達が、自分達以外は全て最初から味方であり、『哀れな無知』も『勘違い』も、全て自分に返ってくるような状況だったのだ。
ただ、しいて言うなら1点だけ……ローが行動を起こしたタイミングだけは、スゥ達にとっても予想外のものだった。
先日ローは、パンクハザードでルフィ達に会った際、スゥ以外でも戦力になる、共闘できる相手だと考え……こうして接触出来たこの機会を逃すべきではないとして、行動に移したのだ。
それを事前に聞いていなかったアリス達が『いきなり何してんのあいつ!?』と驚いて――しかもその時、ちょうどスゥはタイミング悪く、『七武海』としてクザンの指示で動いており不在だった――慌ててアリスがその真意を確かめるために動いた。
そして、即座にパンクハザードに到着した後、モネの回収などのアレコレの用事をついでに片付け……ローがルフィ達と出港したところで、さも『今到着しました』という感じで姿を見せた。
なおその時、ローはアリスが味方だとはわかっていたため、粛清による命の危険などは特に心配してはいなかった。
が、アリスは来ること自体はローには伝えていなかったし、『独断行動だよねぇ?』と多少本気でイラついていたため、ローは演技でなく割とマジで『やばいかも』と冷や汗をかいていたり。
「今までのシーザーが……“万色”、貴様だっただと!? ありえん……他人の体で、ああも能力を使いこなせるはずがない! ただでさえコントロールの難しい『
「それができちゃうんだよねえ! ボク、割と多方面に天才だから!」
戦闘分野における、他の追随を許さない『才能』。それもまた、アリスの武器。
しかしそれ以上に……アリスは言葉にはしなかったが、時々アリスがやっている、ある『遊び』がそのスキルを育てていた。
『金獅子海賊団』には、『オペオペの実』の能力者がもう1人いる。
提督スゥの実母であり、アリスにとっては義理の祖母にあたる天才科学者・ソゥ。彼女の協力で、アリスは割と普段から様々な相手と精神を交換して遊んでいた。
能力について知られても問題ない部下(主にアリス直属。様々な能力者含む)。
ソゥが開発し、強化改造を施した
敵船から捕虜として回収した、『お楽しみ』用の奴隷。
果ては人間ではなく、娘であるイリスが作ったホーミーズまで。
特にホーミーズの中には、イフィジャールやプネーマ、リュプチェといった、体が炎や水などに変化し原形をとどめない、『自然系』と同じような力を使える者も存在する。
ゆえに、たとえ他人の体、他人の能力であっても、ある程度使いこなせるだけのスキルをアリスが体得していた。
さすがに能力者本人であるシーザーと同レベルで使いこなすのはとても無理だが、体をガスに変えて飛んだり、他の『自然系』と似たような力の使い方をするくらいなら造作もないことだった。
そこにさらに、アリス自身の『意思』の力である覇気が加わり、短時間ではあるがピーカの攻撃を耐え凌ぐくらいは可能になっていたのだった。
ニヤニヤと笑うアリスを前にいらだつピーカだったが……それ以上何も言わず、さらに攻撃すらすることもなく、石壁の向こうに引っ込んで姿を消した。
唐突な撤退に『あり?』と首をかしげるアリス。
「……おそらく、ドフラミンゴの方に行ったんだろう。『ホビホビの実』の能力解除による混乱は、既にドレスローザ全域に及んでいる。そっちに対処する方が重要だと考えたんだろうな」
「ふーん、そっか……かといってこっちを自由にしてくれるとも思えないんだけどね……。ここで起こってたことが外部に漏れたら、まず間違いなくドフラミンゴは『七武海』として失脚だろうし……ロー、ドフラミンゴってそういう展開を受け入れて、耐え忍んで再起を図る覚悟ある系?」
「ありえない。表面上は自分のミスや見通しの甘さを認めて反省したり、力及ばなかった部下を許すくらいはやるかもしれんが……結局それを何とかするための責任や負担は他人に押し付けるだろうよ。自分の利権を守るためなら、その他大勢は平気で切り捨てる」
「話に聞いた『10年前のドレスローザ』の一件がそんな感じだもんねえ……そりゃそうか。でも、今のこの状況でそれをやろうとしたら、国民全員皆殺しにするくらいのことが必要になると思うんだけど……」
「……それができそうな手に心当たりがある。ああ、そうだな……言われてみれば、奴ならやりかねないだろう。ここで起こったことを外に漏らさないために……皆殺しにするだろうさ、このドレスローザにいる奴ら全員、な」
「お前ら俺のことを無視してんじゃねえよ! とりあえずロー! お前俺の心臓さっさと返しやがれ! 取引に意味がねえってんならもう用済みだろうがなあ! 返してくださいお願いします!」
「何でいきなり低姿勢だお前……返したくてもここにはない。沖合に出ているはずの麦わら屋一味の船に乗ってるからそこまで自分で取りに行け」
「ふっざけんな畜生ォ! この海賊海兵賞金稼ぎその他諸々あちこちで大暴れしてやがる地獄みてえな状況突っ切っていけってのかァ!? てめェの血は何色だ!?」
「他に方法ねェだろう。心配しなくても今更てめェなんぞ誰も気にしやしねえよ。皆ドフラミンゴを叩き潰すために動き出して、ドフラミンゴはそれをはねのけて目撃者を全員消すために動くだろうからな……さっさと行け。お前なら『鳥カゴ』も突破できるだろう」
泣きべそをかきながら恨み言たらたらで、しぶしぶその場から飛び去って行くシーザーを見送り……さて、と気を取り直す。
「それで、今後のことなんだが……アリスお嬢?」
「じゃあロー、しばらくボク、ちょっと別行動するよ」
「……ああ、わかった」
特に反論もせず、理由も聞かず、ローは頷いた。
そのまま、すたすたと歩いて離れていくアリスを見送る……かと思われたが、
「アリスお嬢。わかってると思うが……
「ん~……保証はしかねる」
それを聞いて、はぁ、とため息をついて頭を抱えるロー。
「予想しないじゃなかったからな、そうなるのは別に構わないし何も止めやしない。ただ……加減だけは本当にしてくれ。あんたが怒りのままに暴れたりしたら……『鳥カゴ』よりやべぇ大量虐殺が起こっちまうだろうが……ドレスローザを亡国にする気か」
「…………あのさあ、ロー」
ローの方を振り向くことなく、平坦な口調で話すアリス。
「ボク……っていうか、お母さんやおじいちゃんがドフラミンゴやそのファミリーを危険視して、ローの『作戦』を全面的に支援することに決めた、その理由……覚えてるでしょ?」
「ああ。闇市場の利権の獲得と、同業者ってことで裏からうちや『グラン・テゾーロ』に対して行われていた妨害工作の排除。そして……シュガーによる部下の消失」
「そう。『ホビホビの実』の呪いは、記憶ごと消されるからこちらがそれを把握するのは難しいけど……ボクらは普段から、部下達の配置やら何やらについて逐一文書に残して保管してる。……その中にここ最近、何人も……記憶にない名前が記録されてたのに、ボクもお母さんも気付いてた」
「つまり……その、文書に名前が残ってるのに記憶にない奴は、何らかの理由でシュガーの能力でおもちゃにされ、記憶から抹消された部下だ……と推測できた」
「そういうこと……お母さんやボクの中では、シュガーはもちろん、その親玉のドフラミンゴも、仮想敵どころじゃない、絶対に息の根を止めるくらいの対象に既になってた。その部下達に対する記憶はなくなってても……そんなことをして僕らの記憶までいじったなんて、普通に絶許だしね。……で、記憶が戻る前でもそうだったわけだけどさ……さっき、記憶が戻ってみるとね……」
そこで、くるりと首を回して振り向くアリス。
その表情は、笑顔であるにもかかわらず……味方であるローですら怖気がするほどの気迫と殺意がにじみ出たものになっていた。
目からはハイライトが消え、深淵のような深い闇がそこにあった。途方もない怒りと憎しみ……これでもかと言うほどの黒く、冷たく、それでいて爆発的な感情が見て取れる。
「……記憶消されてた子の中にさあ……ボクのお気に入りだった女の子も男の子もいたんだよね。ボクのことすごく慕ってくれて、一緒にいて楽しくて……タンタルやルププも仲良くしててさ……すごく楽しい時間を一緒に過ごした、大切な友達とか仲間がね。……そんな彼ら彼女らが、今まで奪われてたんだと思うとさ」
―――キレるしかないでしょ、そんなん。
「……せめて殺るなら敵だけにしてくれ。無駄に面倒ごとが増えれば、お嬢の立場的にもよくない」
「それはわかってるよ。……その分、敵に対して遠慮は何一つしないけどね。シュガーの方はもうルププに指示を出してるから、ぼちぼち回収完了した頃かな」
「いつもと同じように、持ち帰ってコレクションにでも加えるのか?」
「いやぁ……今回ばかりはボクも食指が動かないし、そもそも生かしておくつもりもないよ」
「女でありながら、あんたにそこまで言われるなんてのも珍しいな……シュガーの奴も気の毒に。まあ、今まで散々好き勝手やってきたんだ、何されても文句は言えねえだろう」
「……そろそろ行こうかな。ぼちぼち外が騒がしくなってきたみたいだし」
アリスはそう言ってすたすたと歩き去っていく。
ローはそれを見送った後、自分も、今日という日に、13年前の事件に決着をつけるために……刀を握りしめて、動き出した。
ホビホビの実の呪いから解放され、パニックに陥ったドレスローザ。
いかなる形でかはわからないが、その終焉の時は……刻一刻と近づいてきていた。