『鳥カゴ』は、ドフラミンゴが使う技の中でも、最も残酷で無慈悲で、自分勝手な技の1つであると、ローは話す。
都市一つ、あるいは島一つを囲うほどの広範囲に糸を伸ばして飛ばし……まさに『鳥カゴ』の形になるようにして、その中にいる者達全てを閉じ込める。
糸によって閉ざされてしまうと、その内側と外側では、電伝虫の念波を含めた一切の連絡手段が遮断されてしまい、外に状況を伝えることが不可能になる。
さらにその糸は触れれば刃物のように斬れる上、『武装色』を用いても破壊不可能なほどの強度のため、脱出はほぼ不可能。
それだけでも凶悪だが……『鳥カゴ』は時間と共にその範囲を縮小して細くなっていく。当然、迫ってくる糸に触れた者は切り刻まれてしまう。
そうして収縮を続ける『鳥カゴ』が完全に閉じてしまえば、中にいる者達は皆殺しにされる。
つまりこの技は、中にいる者達のうち、ドフラミンゴが助けるであろう『ファミリー』の仲間達以外を、確実に、1人も逃さず皆殺しにする意図で繰り出される技なのだ。
「糸だけに」
「アリスお嬢、黙れ」
先程『一旦別行動する』といって別れたばかりの2人だが、アリスが速攻で用事をおわらせたので、その後また合流していた。
「ごめんごめん。でも、ということはだ……今なんかああして派手にドフラミンゴがくっちゃべってるのは、全部、国民達や海賊達を騙して、なるべく足の引っ張り合いをさせるためのミスリードってことでいいんだよね?」
「そういうことになるな。最初からあいつは、ここにいる連中を1人も外に出す気はない。国民も海賊も海兵も……俺達もな」
見上げればそこには、『鳥カゴ』に閉ざされた空に映し出される、ドフラミンゴの顔が大写しになって投影されている巨大な画面。
画面の中のドフラミンゴは、『この『罪人』達を全員捕らえる、あるいは殺すことができれば、『鳥カゴ』は解除するし報酬もくれてやる』とのたまっている。
この一件の中で、ドフラミンゴをイラつかせた者達が『賞金首』として投影されて並ぶ画面には、シュガーを気絶させた張本人である“ゴッド”ウソップを筆頭に、各勢力の主犯格達として、ルフィ、ロー、リク王、サボ、そしてアリスまでもが『三ツ星』として手配。
さらにその部下達もそれぞれ1~2億ベリーの賞金首として、計十数名の『罪人』達が手配されていた。
それに加えて、ドフラミンゴは『
泣きながら家族や友人を傷つけ、止めてくれ、殺してくれ、と悲鳴を上げる者達。
それをしかし、愛するがゆえに傷つけることができずに傷つけられる者達、嗚咽をこらえながら押さえつけてどうにか動きを封じる者達。
この混乱を早く終わらせるためには、ドフラミンゴを倒すか、『罪人』を全員捕まえるかの二択だが……前者を選ぶとすれば、最高幹部や幹部クラスを含む、2000人以上の『ドンキホーテファミリー』を相手にしなければならない。
しかもそのファミリー達は、ピーカが地形を作り変えて出来上がった高台に陣取っており、そこに行くだけでも容易ではない。
故に、『罪人』達を捕まえてこの騒動を終わらせるしかないと考える者達が大勢を占めた。
ある者は、殺す必要も傷つける必要もない。ただ、一時的に捕まえればいいだけだからと言い訳をして。またある者は、この状況下でなお、ドフラミンゴの提示した懸賞金に目がくらんで。
ルフィ達は、欲に目がくらんだ海賊はともかくとして、国民達を傷つけなくて済むように、『王の台地』に乗り込んでドフラミンゴを討つべく、一癖も二癖もある『同盟軍』を組んで走り出す。
海賊達を一蹴して王城を目指す彼らの前に立ちはだかったのは……最高幹部の1人、ピーカ。
周囲の地形から同化して動かし作った、町一つを踏みつぶせるほどに巨大な石像を体として……向かってくる『罪人』達をまとめて叩き潰そうと迫る。
ルフィやチンジャオがそれを砕いても、すぐさまよそから石を補填して拳を再生させ、次の手を繰り出してくるが……そこに、空中を走って近づいていく者が1人。
「え、あれって……ゾロか!? あいつ空飛べるようになったのか!」
「ぞ、ゾロぜん゛ばい゛ぃぃい!?」
「よう、ソプラノ野郎……また会ったな。さっきはいきなりいなくなりやがって……便所にでも行ってたのか?」
『ロロノア・ゾロ……! 目障りな小虫が……わざわざ俺の前に死にに来たか』
両手に刀を持ち、さらに3本目の刀を口にくわえながら空中を迫るゾロを、巨大な目玉をぎょろりと動かしてにらみつけるピーカ。
状況に加えて、コンプレックスである高い声を馬鹿にされた苛立ちそのままに、握りしめた巨大な石の拳を振り下ろそうとする。
しかし、それよりも早く空を蹴って……こう呼ぶのもおかしい話だが、石造のピーカの懐に飛び込んだゾロ。
その直後、ピーカは耳元(?)に来たゾロから……小さな、しかし不思議な音を聞いた。
―――ゴオオオオオオオオオ……!!
まるで、勢いよく炎が燃えているような音。
それが聞こえてくるのは、ゾロの口元から……すなわち、呼吸音。
同時に、ゾロの持つ3本の刀が、炎を纏って燃え上がった。
「えぇ!? ゾロどうしたそれ!? 刀燃えてんぞ!?」
「燃える刀……そんなギミックでも仕込んでいたのかい?」
「そうなの、ウソップ?」
「い、いや、そんなもん作った覚えは……フランキー、お前はどうだ!?」
「俺もねェよ。そもそも、その手の小細工は嫌いだろ、あいつは」
首を振るウソップとフランキー。
なお、フランキーは既に『工場』をめぐって、この先『兄弟分』と呼ぶことになる男、セニョール・ピンクとの戦いを終えたばかりであり、ボロボロで手当を受けているところだった。
「……実際に燃えてるわけじゃない。呼吸音もだ。あれは……そういう技だから、そう『見える』だけだ」
「トラ男! よかった、おめー無事だったんか!」
「……あの技について何か知ってるの、トラ男君?」
「まあな。あれは……」
『そんな曲芸で俺に勝てると思ったか!? リク王然り貴様ら然り、このドフィの国で好き勝手なことをする害虫どもめ……ひと思いに潰れろ!』
「曲芸かどうかは……その身で確かめな……!!」
両腕を上げ、手のひらを向かい合わせて……まるで飛ぶ蚊を叩いて潰すような構えをとるピーカ。
両側から、絶望的な大きさの手が迫りくる。
ゾロを心配する味方の声が、悲鳴が響く中……挟まれ潰されるその刹那、ゾロの刀が閃く。
「“三刀流”……」
「“炎陽・大竜巻”!!」
吹き上がる炎と共に、放たれた斬撃が、ゾロの周囲をさながら竜巻のように蹂躙し……ピーカの手を切り刻んだ。
絶体絶命の状況を見事に打開したゾロに歓声があがるが……さらにその直後、異変は起きた。
『っっ……ぐおぉぉあぁああ!?』
石の両腕が切り刻まれて崩れ落ちたピーカが、突如として苦しそうな声を上げ……その巨岩でできた顔に、苦悶の表情を浮かべて大きくゆがめた。
『て、手が熱い……燃える……何だ、これはぁ!?』
「ぴ、ピーカ様!? 何で、苦しそうに……」
「石の体への攻撃は、ピーカ様自身へは何のダメージもないはずじゃ……」
同化した体であっても、ピーカ自身の体とは別物であるがゆえに、たとえ砕かれても斬られても、ピーカ自身に苦痛は起こらない。
そのはずなのに、今、その手に確かに走っている、焼き斬られたような痛みに、ピーカ自身が誰よりも大きく困惑していた。
『“海賊狩り”……貴様、何を……どんな手品を使った……!?』
「さぁな……てめェの鍛え方が足りてねえせいじゃねえのか?」
不敵に笑い、そう挑発するように言うゾロだが……実は、今言った内容で合っている。
肉体的なものはともかくとして、ピーカが今、実際には斬れても焼けてもいないはずの手に苦痛を感じているのは……『覇気』と『気迫』でゾロに負けているからだった。
2年間の修行の最中、ある時、スズの勧めでゾロは、スゥの著作の1つに触れた。
小説原文ではなく『絵物語』になっていたそのとある物語は、確かに所詮は空想の話ではあるものの……剣士としてできる戦い方の1つの参考、ないしアイデアの元にはなるものだった。
その出会いが、2年間の修行を経て……ゾロの手元に、いくつもの新たな手札として結実していた。空想の世界から拾い上げ、ゾロが自分なりに己の剣技として盗んで形にした武器として。
今、ゾロの刀は本当に燃えているわけでもないし、呼吸音が本当に燃焼音のようになっているわけでもない。
ただ、そう見せるほどのゾロ自身の気迫と、剣技の完成度が……その光景を見る者達に、リアルな炎を纏った姿を見せている。
そしてそれは、見た目のみならず……斬られた相手への『苦痛』にも表れていた。
今言った通り、本当に刀が燃えているわけではない。
それどころか、ピーカは今、自分の本体を斬られたわけでもなく……あくまで斬られたのは、いくら攻撃しても意味がないはずの、石の体。
にもかかわらず、ピーカはその手を直接、燃える刀で焼き斬られたかのような苦痛を両手に覚えており……さらには、石を流動させて、石像の両手を再生しようとするが、それすら上手くいかない。
まるで、能力のコントロールが上手くできていないかのように……手を再生させても、今斬られた部分が脆くなり、ビキビキとひびが入って崩れてしまう。少しでも手を動かせば、その脆さゆえに自重だけで砕けてしまう有様だった。
言ってしまえば、ピーカがゾロに気迫で負けてしまっているから。
ピーカの体が恐怖し、幻の傷を本物の痛みとしてとらえてしまうほどに、今の一撃が強く、意識に刻み込まれてしまったから。
ピーカは、己の心の中にしか存在しない、認識できない傷のせいで苦しんでいた。
『調子に……乗るな!』
痛みと屈辱で苛立ちを押し隠せないピーカは、肩から動かして腕を大きくふるい、ラリアットのように薙ぎ払う。
しかもその腕には無数の岩石のとげが生えていて、当たれば串刺しになってしまう作りだった。
が、そんな凶器を前にしても、ゾロの頬にはひや汗一つ流れない。
「雑な技で適当に戦って今まで勝ってきたのが透けて見えるぜ……ある意味気の毒なこった」
再び三刀を構えるゾロ。燃え上がる炎。
それを見て一瞬怯みそうになるピーカだが、より腕を、とげを大きく鋭くすることで余計な感情を振り払い、殺意そのままに振り抜いて……
「“三刀流”……“烈日・虎狩り”」
斬撃の軌跡が紅く浮き上がって見えるほどの一撃、いや三撃がピーカを襲い……腕を肩口から斬り飛ばした。
さらにその余波で顔の一部にまで斬撃が飛び、深々と亀裂のような傷が入る。
そして、それらの傷が……一拍遅れて熱を放ちだす。
『ぐああぁぁあああぁああ!! ロ……ロロノアぁああ!!』
斬り落とされた肩口や顔をかばうように抑えようとするも、抑える手も崩れてしまっているので押さえられず、もう片方の腕の残骸でどうにか抑えて悶えるピーカ。
石造の巨体でもだえ苦しむせいで、よろけただけで足元の地面がドスンドスンと踏み荒らされ、あたり一帯に地震が起こる始末。
幸い、地形変動が原因で足元には誰もいないが、その大きな揺れだけで十分に市民達にとっては恐怖だった。離れた位置に移されてしまった中心街にいる市民達が、悲鳴を上げて逃げまどう。
「やっておいて何だが、大の男がありもしねえ傷でぎゃあぎゃあとみっともねえ。てめえんとこのチンピラの王様といい、お前ら本当に他人に迷惑しかかけられねえ連中の集まりだな」
『黙れ……黙れぇええ!! ドフィの……俺達の国を荒らす虫けら共が……! この国は、もう俺達の……』
「なら……いや、もういい。これ以上話したところで、得られるものなんざ何もねえ」
苦し紛れに振り回される岩石の巨腕を、空中でひらりとかわすゾロ。
その際、その勢いだけで砕け崩れて飛び散ってしまった瓦礫を、市街地に落ちないように『飛ぶ斬撃』で撃ち落としつつ、ピーカに向き直る。
空を蹴って上空高くまで……それこそ、ピーカの背丈を超える高さにまで飛ぶ。
「怒りで『声』が駄々漏れだ……そこだな……!」
そこから、ピーカの顔面よりも少し下、うなじのあたりの……ピーカの『本体』が存在する場所めがけて急降下する。
ピーカはそれに気づくも、見上げた瞬間……ゾロが背負っていた太陽の光に一瞬目がくらんで怯んでしまう。
……そして、その一瞬が致命的だった。
「“
これまでで一番大きく、勢い良く燃え上がる三本の刀。
生み出された炎は、ゾロの体全体を渦のように包み込むような勢いで……それに照らされたピーカの幻の傷口の痛みが、さらにその動きを鈍くした。
ピーカが石像の目を通して最後に見たのは、太陽を背負い、なおも陰らず揺るがず燃え盛る炎……その中から降りぬかれた刃が、自分めがけて迫りくる光景だった。
「"
瞬間、石像のピーカの顔面……どころか、股下までが両断され……全身がバラバラになって崩れ落ちる。
その『傷口』からは、間欠泉のような勢いで幻の炎が吹き上がるのが、その瞬間を目にした者達の目には見えていた。
その瓦礫の中……ゾロの刃は、石の中に隠れていたピーカ本人を捕らえ、切り裂いていた。
両手、肩、顔、そして今受けた斬撃で全身を焼き斬られる幻の痛みと、直接斬られたことによる現実の痛みの両方に襲われたピーカは、血を噴出しながら……耐え切れず、意識を手放した。
そしてそのまま動くことなく、降り注ぐ大量の瓦礫に混じって、はるか下の地面めがけて落ちて行った。
ドフラミンゴの語る『ゲーム』……その最序盤。
いきなり『最高幹部』のリタイアとなった波乱の幕開けに、市民達がいる中心街からは大歓声が上がり、ファミリーが集結している『王の台地』には悲鳴が響いていた。