「ハ~ハハマママママ! 待ち遠しいねえ、今回の『お茶会』も! ウエディングケーキの味はもちろん、長年欲しかった『ジェルマ』の科学力がようやく手に入る!」
『
その首都、スイートシティにそびえたつ、巨大な『ホールケーキ
四皇“ビッグ・マム”こと、シャーロット・リンリン。
懸賞金額、43億8800万ベリー。女海賊史上最高額の、世界にその名を知らぬものなき大海賊。
今ちょうど、おやつを食べているところだった彼女の周りには、その息子や娘達のうちの幾人かがともに食卓を囲んで美味しいひと時を過ごしていた。
数日後に開催される『お茶会』。
メインイベントは結婚式。ビッグ・マムの『シャーロット家』と、科学戦闘部隊『ジェルマ66』を繋ぐ政略結婚のためのイベントである。それが成れば、ビッグ・マム自身が機嫌よく今言っていた通り、クローン技術や人体改造をはじめとした、ジェルマの誇る科学技術が手に入る。
実際は、その結婚そのものにもう1つ、裏というか、大きな黒い思惑が隠されているのだが……それを知る者は、ビッグ・マム海賊団の関係者たちのみである。
ビッグ・マム達は、その裏の思惑も含めて『楽しみだ』と笑いながら、おやつの時間の小さな宴を楽しんでいた。
そんな中、ふと思いついたように、長男・ペロスペローが口にする。
「そうだママ、今回のお茶会自体に関わることじゃないが……『海賊文豪』の方も、そろそろ時期が来てるんだよな? 手紙を送って呼び出したみたいだし、ぼちぼち摘み取るのか?」
「ああ、そうだったねえ。途中色々と予想外なことがあって間が開いちまったけど、ようやくあの時取り逃がしたものを手に入れられそうだよ。待たされた分、たっぷり利子をつけてねえ!」
変わらず機嫌よく笑いながら、ビッグ・マムは数年前のことを思い返していた。
数年前、当時初めて『お茶会』に招待した『海賊文豪』ことスゥを、政略結婚の相手に誘った時……彼女の『金獅子のシキの実の娘』という予想外のバックグラウンドが明らかになったため、その時は結婚の打診を
しかし、欲しいものを妥協するなど、海賊にとってはあるまじきこと。
ましてや、元々抱いていた魅力よりもはるかに価値のあるものが付随していることが明らかになったのだから、あの場では断りを了承しつつも、内心では『後で準備を整えて、絶対に手に入れる』とむしろ心に誓っていた。
『海賊文豪』本人の力や、その影響力だけではない。
彼女がシキから受け継いだ、『金獅子海賊団』の全てを自分達『ビッグ・マム海賊団』のものとして吸収して奪い取るべく、準備を進めてきた。
その準備はいくつもあり、上手くいったこともいかなかったこともあるが……ようやくそれらが実を結ぼうという段階に来ているのだ。
「時間はかかったが……『金獅子』もようやくくたばってくれそうじゃないか。ばれないように少しずつとはいえ、積もり積もった毒にはさすがの大海賊も勝てなかったか」
「その大海賊が、身内に潜んだスパイに気づかず、何年もかけて小刻みに力を奪われ続けたのかと思うとおかしくもあるがな」
おやつの場に同席している、ダイフクとモンドールの2人がおかしそうに笑う。
作戦は、何年も前から始まっていた。
ビッグ・マム海賊団から金獅子海賊団に――スゥに代替わりして『二代目金獅子海賊団』になる前から――スパイを送り込み、時間をかけてその中枢に入ることができるまでに信用させた。
そして、側近として重用……とは言わないまでも、シキの近くで務めることができるようになるまでの地位になった後、牙をむく。隙を見計らってシキの食事に毒を入れ、少しずつ、少しずつ、時間をかけて体に毒を蓄積させて弱らせる。
飲ませるのは特殊な毒。毒というよりは、『副作用の毒性が強すぎる薬』と言えるものであるため、通常の手段では体内から毒を検出しづらい。
加えて、無味無臭である上、1回に使う毒の量はごく少なく抑えた。ゆえに発覚することはなく……しかし、排出されずに体内に蓄積していくための毒だったため、徐々にシキは弱っていく。
数年かけて力を奪い……やがていつか、自然な……寿命か病気にしか見えない形で死ぬ、という計画だった。
既にそのスパイによる報告で、シキは、対外的に隠してはいるものの、最近では人前に出て昔のようにふるまうのも難しいほど弱っていること。頻繁にせき込んで吐血したりして、はた目から見ても容体が芳しくないばかりか、シキ自身のメンタルもだいぶ弱まってきていることがわかっている。
このままいけば……いやそれどころか、もうここまで毒による浸食が進んだ以上は、そう遠くない未来、金獅子のシキはこの世を去ることになるだろう。
もう、誰にも止められない。体そのものが弱まってしまった以上、解毒剤を飲ませても、削れてしまった命は戻らない。
シキが死ねば、お飾りの総督であるスゥに、本当の意味で表裏の『金獅子海賊団』をまとめていくことなどできはしない。早晩見限られ、空中分解するだろうが……そこに自分達『ビッグ・マム海賊団』が手を差し伸べるのだ。
同じ海賊として、シキと同じ時代を生きた旧友として。父から受け継いだ海賊団を精一杯まとめ上げようとする健気な1人娘に、善意で協力する。
ビッグ・マム海賊団の組織力や統率ノウハウをもってすれば、わけはないだろう。
そして、その繋がりをより強固なものにするためと銘打って、あの時断られた『政略結婚』の話を再び持ち掛けるのだ。
「しかし、今回の場合、結婚するのは『海賊文豪』本人じゃない方がいいかもしれんなママ……奴自身のネームバリューのみならず、戦闘能力やフットワークの軽さも回収すべき魅力の1つとして見た場合、少なくともしばらくは奴自身がフリーで動けるようにしておいた方がいい」
と、カタクリが自分の意見を述べると、ビッグ・マムはふむ、と考えて。
「確かに……あの時はそれでもいいと思ったけど、あの小娘自身も女だ……結婚した後、子供でもできれば動けなくなっちまうだろうし、『金獅子海賊団』を十全に機能させるなら、政略結婚はその娘達のいずれかがいいかもねえ」
「でもいいのかママ、あいつの娘達ってのは確か、3人とも血は繋がってないはずだが」
「海賊団そのものの幹部って立場に変わりはないんだ、構いやしないよ。『濁流』『鉄獅子』『万色』……3人いるうちの誰でもいいが、一番将来有望なのは『万色』らしいねえ。しかも、能力のおかげで男にも女にもなれるとか。それが本当なら、こっちから出すのも男でも女でもどっちでもいいってことになるねえ」
「いい……のか?」
「一応向こうは、ベースは女らしいが……いやでも、男にもなれるならガキを作ることについては別に不都合はねェわけか……」
「その辺は好みとか、本人たちの気持ち……いや、そのあたりは『政略結婚』であれこれ言うだけ無駄ってもんだな」
ややセンシティブというか、LGBTQ的な問題が提起された気がしたが、もともとビッグ・マムが行う『政略結婚』において、個人の気持ちや相性などは重要視されないため、すぐにその話も『気にしても仕方ないか』という結論で絞められた。
……とはいえそれぞれ、もし本当に相手が『万色』で、こちらから出すのが女だった場合、少しは結婚する当人達が気の毒かもしれない、とは思っていたが。
「まあ、そのへんの細かいことはおいおい決めて行けばいい。どのみちシキの奴の容態が報告通りなら、もうすでに引き返せないところまで来てんだからね、何も支障はないさ。向こうは海賊団のとりまとめが無事にできるようになって助かる。おれ達はその見返りに『海賊文豪』をはじめとした金獅子海賊団の力が手に入って助かる、みんながハッピーになれる選択肢だ」
「その時は、また盛大に結婚式を挙げてやらねえとな、ママ。ジェルマを手に入れる今度の『お茶会』の、次の回か、あるいはそのさらに次あたりでやれるんじゃないか?」
「ああ、その時はまた、今回のとは違うウエディングケーキを食うとしよう。ああ、今から楽しみだねえ……待ちきれないねえ……! ハ~ハハマママママ!!」
昔馴染みであることには変わりない、間違いないはずのシキの死をトリガーとして成就することになるその甘い未来に思いをはせて、今おやつを食べたばかりだというのに、もうよだれがとまらなくなるビッグ・マムだった。
☆☆☆
一方その頃、『万国』の入り口付近……『カカオ島』。
そこで……招かれざる客達が、偶然にも今回の『お茶会』の主賓と遭遇していた。
「じゃあ、サンジと結婚するビッグ・マムの娘って、お前なのかプリン!?」
「しかもプリンって……魚人島でルフィが戦った、あのパルフェの双子の妹なの!?」
一度に発覚したいくつもの重要な情報に困惑するルフィ達。
サンジ奪還のために『万国』に潜入するつもりが、早々に騒ぎを起こしてしまったところを助けられた彼らは、その恩人であるプリンとの雑談の中でそれらの事実を知った。
驚いているのはプリンも同じだったが、『なぜこんなところに来たの? ママに知られたら殺されてしまう!』と、ルフィ達を心配し気遣う様子を見せる。
助けられたことも相まって、ルフィ達からの印象は変わらずいいままだった。
それに加えて、サンジがプリンに対して『君とは結婚できない』と告げたことも聞かされ……やはりサンジはまだまだ自分達と冒険がしたいのだと確信し、奪還への決意を新たにする。
そんなルフィ達に対し、プリンもまた協力すると申し出て、見つからずに本島へ行くことができる行き方について、地図に描き込んで教えるのだった。
ここは『四皇』の御膝元。騒ぎになれば相手にしなければならないのは、この『万国』に常駐する四皇の全軍である。とても勝ち目はなく、それゆえに『潜入』してこっそり奪還するという形にしなければならないのだ。
そんなルフィ達にとって、プリンの情報はこの上なくありがたいものだった。
地図を手に取って『ありがとう』と礼を言うルフィ達に対し、プリンはにっこりと笑いつつも、また真面目な表情になって続ける。
「『麦わらのルフィ』……話は聞いてるわ。世間の噂はもちろん……パルフェからも直接ね」
「そっか。……んーでも、双子なのにあんまり似てねえな、プリンとパルフェって」
「そう? 確かに髪型とか髪色は全然違うけど、背丈も近いし目元とかは……言われてみればよく似てると思うわよ?」
そう言いつつも、『まあ確かに言われないとわからないかもだけど』という本音については、ナミはどうにか言わずに飲み込んでいた。
そんなことを思われているとは知らないであろうプリンは、真面目な表情のまま、
「最初からそのつもりみたいだから安心したけど、絶対に騒ぎを起こしちゃダメよ。パルフェに勝てなかったのならなおさら……」
「大丈夫だ、次やったら負けねえ、今度こそ勝つ!」
「ちょっとルフィ、プリンのお姉さんなのよ? 言い方ってもんを……」
「いいの、それは別に。……でもね、姉は確かに『将星』……海賊団の大幹部だから、すごく強いけど、その姉より強い幹部もここにはいるんだから」
「あいつより強えーのがいるのか!?」
「それは……『ビッグ・マム』ご本人とは別に、ですか?」
「ええ、上の兄に1人ね。その他にも……直接的な戦闘力じゃなく、用兵や作戦、トラップなんかの面で優れた兄弟姉妹が何人もいるわ。ここにいる6人であなた方の仲間が全員なら、正面きって戦おうなんて絶対に考えちゃダメ」
「それはもちろんそのつもりだけど……」
「油断できない旅になるのはわかっていたことだ。問題ない」
ペドロの言葉を最後に、プリンを客人が訪ねてきたことで、その場の語らいはお開きになった。
ルフィ達は裏口から脱出し、食料の調達を済ませたうえで、プリンに教えてもらったルートにそって、一路『万国』の中心部、『ホールケーキアイランド』を目指す。
……その、ルフィ達が去った数分後のプリンの自宅。
ルフィ達がかじっていってしまったテーブルの代わりに、新しいおかしのテーブルが運び込まれてきたそこで、プリンは……訪ねてきた客を迎え入れていた。
「我が妹ながら、なんというか……相変わらず見てて面白いですわね。あなたのその猫かぶり」
「うるさいわね……放っときなさいよ。わざわざ嫌味言いに来たわけ?」
先程までとは打って変わって、ガラの悪い態度でそう返すプリン。
その視線の先にいるのは、今さっき話題に上ったばかりの双子の姉、パルフェだった。
「そもそもパルフェがアレを魚人島できちんと始末なりなんなりしておいてくれれば、こんな小芝居打たなくてもよかったんじゃない」
「その時はまだ結婚云々の話にもなっていなかったでしょう。結婚前で緊張してるんじゃないかと思って顔を見に来ましたけど、その様子ならどうやら大丈夫そうですわね」
「何言ってんのよパルフェ。ホントに結婚するわけでもあるまいし……緊張も何もないわ。するとしたら、上手いこと私の夫(笑)になるチンピラを殺せるかってところくらいよ。あーもう、ママの念願の『ジェルマ』の技術を奪うためとはいえ、お茶会を舞台にお芝居しなきゃいけない身にもなってよね。色々面倒ったらありゃしないんだから」
兄弟姉妹の間で、通称『悪プリン』と呼ばれる、プリンの黒い本性をあらわにした喋り方に、パルフェは、はぁ、とため息をつく。
「その喋り方、いつか本当に結婚する相手ができるまでになるだけどうにかしたほうがいいと思いますわよ。ぶっちゃけ身内でも『アレどうなの』って思ってる人多いですから」
「いや、喋り方云々であんたに言われたくないんだけど。まーいいや、そろそろ準備しなきゃいけないから行くわね。当日は手伝いよろしく」
「はいはい。まあでも私の場合……その前に一仕事ありそうな気もしますわね」
プリンが着替えなどの準備のために別室に行った後、パルフェはふいに、港の方を……ルフィ達が出て行った方角を見て、しかしすぐに視線を戻した。
「プリンが教えたルートを使ったとして、『ホールケーキアイランド』到着は恐らく明朝。そこまで行ってまだリタイアしていなかったら……兄弟姉妹の誰かが派遣されるでしょうね。相手が相手ですし、私か、あるいはクラッカー兄さまあたりかしら?」
(にしてもかわいそうな話。最初からすでに間違っているというか、嵌められているというか……自分達が望むゴールに続く道が用意すらされていないことも知らずに……まあそれでも、予告通り乗り込んできた点は評価しますけれど、果たして生きて帰れますかしらね……?)
口には出さず……すぐに考えるのをやめたパルフェ。
プリンの支度が済むのを待っている間、ちょうどいい温度になった紅茶でのどを潤しながら、出発できるようになるのを待っているのだった。
「まあ、緊張している様子も、落ち込んでいる様子もないですし、無用な心配でしたか……結婚に関しては、最初からあきらめているってことかもしれませんが」
ほっとしたように言いつつ、空になった紅茶のカップをソーサーに置く。
そして、おかしそうに笑って呟いた。
「にしても、口調か……ふふっ。まあたしかに、わたくしも人のことは言えませんわね。でも……」
そのまま何か言いかけて……しかし、また止める。
ちらりとプリンが支度をしている部屋を一瞥し……パルフェはそのまま、口から出かけた言葉を飲み込んで……そのまま口にすることはないままに、プリンを待ち続けた。