ホールケーキアイランド本島、西側の戦場。
敵の進軍を食い止め続けている『誘惑の森』の中で……異変が起こり始める。
『誘惑の森』には、そこら中に金獅子海賊団の兵士の死体が転がっているが……その全ては、普通の兵士に見えるように偽装された、クローン兵やゾンビであった。
それらは、時間稼ぎの消耗戦を前提とした、倒れても惜しくない兵力であると同時に……ゾンビ兵には、ある仕込みが行われていた。
それが今、シキの合図で……とうとう花開く時が来ていた。
「な、なんだこりゃぁぁああっ!?」
「て、敵兵の死体から何かが伸びて、あふれ出て来てるぞ!? これは……何だ? 泥!?」
「いや、違う、これは……“カビ”だ!! とんでもなくデカくて大量のカビだ!!」
「い、いきなり雨が降って来たぞ!? どういうことだ!?」
「か、カビが……雨の湿気で余計に早く、大きく……とんでもない勢いで広がって……うわぁあああ!!」
ゾンビ兵の中に仕込まれていた……ソゥが作った凶悪な殺人カビ『特異菌』の胞子。
それが、放置された死体の中からあふれ出し、ばらまかれ……森中に降り注いで息づいていた。
それらが今……シキの命令を受けて、能力者であるソゥが『号令』を出したことで一斉に発芽。すさまじい勢いで増え始め、『誘惑の森』に広がっていく。
黒く、泥のようにグズグズな見た目で、湿った質感の光沢を放つカビは、ゾンビ兵の体からあふれ出すや否や、その周囲にある全てを食い散らかし始める。
道も、木々も、花も、橋も……そこらにあるお菓子も、ジュースの川も。
それがただの『もの』であるか、あるいは『ホーミーズ』であるかも関係なく……さらには、人間である兵士さえも巻き込んで。
全てを侵食し、食い散らかして養分にして増えていく。
「ぎゃあぁぁあああ~~~!?」
「カビに、カビに食われる~~~!?」
「取ってくれ、取ってくれコレとって……あああああぁ~~!!」
ビッグ・マムやその子供達の命令に従い、相手が何者だろうとひるまず立ち向かって追い込むホーミーズ達だが、さすがに『戦う』という行為がそもそも成立せず、足元から侵食して自分を食い散らかしていく『カビ』が相手では、なすすべもない。
もがき苦しんでいく間に、体はカビに食われて崩れていき、バラバラになり……『擬人化』した生き物としても死を迎え、ばたばたと倒れていく。
そしてその『死体』を養分に、カビはさらに増えていく。
ホーミーズでない人間の兵士はまだ、カビに侵食されつつも動くことはできるが、徐々に肉体に食い込んで食い散らかされていく苦痛と恐怖は尋常ではなく、今までのような組織だった行動はできないに等しいところまで追い込まれていた。
そして……そのカビを生み出したゾンビ兵や、クローン兵の死体にも異変が起こっていた。
ホーミーズ達と同じく、分解されてカビの養分になる……かと思いきや、その全身を内から外からカビが覆いつくしたかと思うと、死んだはずのそれらが、ゆっくりと起き上がる。
二足歩行に腕が2本という大まかな形以外、元が人間だったとは思えない異形となって。
黒いカビが繊維状になって全身を覆いつくし、鋭く長い不揃いの牙が口元に生え、くぼんで光のない穴のような目を持ち、うめき声のような声を上げて襲い掛かる怪物。
銃弾を当てた程度ではほとんど怯まず、剣やこん棒による物理攻撃も、ダメージが入っているのかわからないほどきれいに無視して襲い掛かってくる。
金獅子海賊団の研究部門が『モールデッド』と呼ぶこの怪物は、生きた人間、あるいは死体にカビを感染させて誕生させる兵士であり、倒した敵兵や、ゾンビやクローン兵を再利用して戦力にすることが可能になる、優秀だが冒涜的な存在。
敵兵やクローン兵であれば2回目、ゾンビ兵であれば、生前も含めて3回目の再利用が可能となるわけだ。
知能は『ガナード』以上に低いため、作戦行動には向かないが、司令塔であるソゥが。『カビカビの実』の能力で命令を出すことで、恐怖心も何も一切抱かず敵を襲い続ける兵器と化す。
カビに体を侵されて身動きが満足に取れないビッグ・マムの兵士達が、次々とその毒牙にかかっていく。そして彼らが倒れた後、その体にもカビが感染し……しばらく後には『モールデッド』として復活するのだ。
それらの異常事態が、後方に控える将星・クラッカーの元に届くまで……さらに爆発的な勢いで、カビの侵食は進んでいくのだった。
そしてもう1つ。
その間、カビに加えて……『誘惑の森』の上空を、何羽もの鳥が飛んでおり……その足に括りつけられた籠のようなものの中から、何かを森全体にばらまき始めていた。
その正体が何かは……もう少し後に明らかになることになる。
一方こちらは、北側の戦場。
そこでは、昼間に東の海岸で行われたのと同じ戦いが、焼き直しのように……しかし、昼間よりも激しい勢いで繰り広げられていた。
「“角モチ”!!」
「“ハード
将星カタクリVS元・将星パルフェ。
ビッグ・マム海賊団において、ビッグ・マム本人を除けば2トップだった2人は、他の誰も割り込むことがかなわない激しい戦いを繰り広げていた。
周囲に衝撃波をまき散らすレベルの、互いに超威力の拳のぶつかり合い。
一瞬の拮抗の後、わずかにパルフェが押される形で後ずさるが、後ろに飛びのいてすぐに体勢を立て直し、手元にグミのスーパーボールを生み出して放つ。
あちこちに跳ねて、複雑な軌道をえがいて迫ってくるそれらを、カタクリは昼間同様完璧に見切ると、足を能力で何本にも増やして鞭のように振るい、全てを叩き落したりからめとる形で跳弾を無力化。
そのままかかと落としのようにパルフェめがけて降り注がせる。
パルフェは、その瞬間、縦ロールの髪から空気を噴射して急加速すると、ジェットエンジンのごとき勢いで大きく回り込んで、カタクリの背後を取る。
それも読んでいたカタクリは、振り向きざまに……
「“無双ドーナツ”……“力餅”!!」
「“
両サイドに発生させた2つのリング状のモチから腕を出す。
対応するように、パルフェは縦ロールからグミの腕を生やす。
それらの拳が思い切り振るわれて激突し、さらに大きな衝撃波をまき散らす。
その威力たるや、普通の兵士など、余波に巻き込まれただけで戦闘不能になり、そこらに転がってしまうだろう。
それを恐れて、また邪魔にならないように、カタクリとパルフェの戦いの場には、ビッグ・マム側も金獅子側も、兵士は近づいてこず、ぽっかりとした空間が出来上がっている。
そのおかげで見通しはいいのだが……その見通しのいい景色は、カタクリにとってあまり歓迎できるものではなかった。
(くそ……『金獅子』め、やはりカードを隠していたか。しかし……何だあれらは? とてもまともな兵士には見えん……ホーミーズとも違う、どちらかと言えば、ジェルマのクローン兵に近い気がするが……?)
カタクリがパルフェとの戦いの合間に見る先では、先ほどから投入されている新手達が、こちらの兵士達を……ホーミーズか生身の人間かを問わず、一方的に蹴散らしていた。
全員が同じような装束に身を包んでおり、肌の露出はほとんどない。顔も、覆面と仮面を組み合わせたようなものを身に着けて隠している。
まるで、地獄の悪魔をそのまま形にしたかのような、まがまがしい仮面。
それらは、こちらの兵の攻撃が全く効いていなかった。
剣も、槍も、銃弾も、分厚い装甲にあたって阻まれているかのように、力なく弾かれる。
それらは、腕の一振りでこちらの兵士をなぎはらう。盾や鎧で防御しようとしても、お構いなしにそれごと破壊して、なにもいないかのように蹴散らしていく。
それらは、手のひらからレーザーを放って大勢を吹き飛ばし、仮面の口元から炎を吐き、電撃が迸る足で敵を蹴り払い、指先から長く鋭い爪を出し入れして敵を切り裂いた。
明らかにまともな人間、いや生き物ではない。強い人間に装束と仮面をかぶせただけの怪しい連中、ではありえない。
頂上戦争で猛威を振るった『パシフィスタ』のように、生身の人間を改造された『兵器』だと、カタクリは結論付けていた。
一方で、それらをちらちら見ているのはパルフェも同じだが……こちらは『金獅子陣営』ゆえに、カタクリよりも当然知っていることは多い。
一応、対外的には存在そのものが機密扱いされている『兵器』ないし『機関』であるため、彼女も決して知っていることそのものは多くないが……
(あれが『ディアボロ』……大親分子飼いの『人間兵器部隊』ですか。ソゥ博士が作り上げた、クローン兵士を強化改造して作り上げた『義体』に精神を移した……金獅子海賊団の過去の豪傑達。怪我や老いで現役を退かざるを得なかった忠臣達の、新たな体での返り咲き……!)
いつか、ソゥとシキが話していた、『傷痍退役とは無縁な精鋭部隊』。
それを実現したのが、『悪魔』の名を冠した特殊部隊……『ディアボロ』。
様々な理由で、戦いたくても戦えなくなった、暴れたくても暴れられなくなった者達のために、ソゥが強化された新しい肉体を作り上げ、そこに『オペオペの実』の能力で精神を移したもの。
強化された超人的な身体能力に加え、『ルナーリア族』の血統因子で強化された防御力、全身に仕込んだあらゆる武器、さらには『プラーガ』や『特異菌』による再生能力をも持ち、痛覚も鈍化させているため相手の攻撃を受けても怯まない。
最悪、体が壊れても死んでさえいなければ、精神を回収し、また新たな、同規格の体に移し替えるだけで即座に戦線に復帰できる、疑似的な不死性すらある。
『プラーガ』と『特異菌』の作用により、ちょっとやそっとの致命傷では死なない。下手をすれば死んでも一時的に休眠状態になるだけで、後から蘇生可能なほどの生命力がそれを容易にする。
そのくらいに、人間とはかけ離れた存在がこの『ディアボロ』なのだ。
そんな『悪魔』達が、ビッグ・マム海賊団の兵士を一方的に蹴散らしていくのを歯痒そうに見つつも、パルフェを放っておくわけにはいかない。
パルフェやカタクリに限らず、ビッグ・マムの子供達は、血筋ゆえにか『魂』の力がビッグ・マムのそれに……すなわち、全てのホーミーズの生みの親のそれに近い。
ゆえに、彼ら彼女らが、力を込めて周囲を威圧すると……ホーミーズ自体の強さや格によっては、それだけで恐怖で死んでしまう。そしてそれは、特に、個人の戦闘能力が高いほど顕著である。
数日前、『誘惑の森』で、ルフィと相対したクラッカーの気迫に押されて、木々のホーミーズ達が次々に枯れて死んでいったように。
そしてそれはパルフェも同じ。しかも、パルフェは『覇王色』持ちである。
彼女が少し力を込めて『覇王色』の覇気を解放して練り歩くだけで、有象無象のホーミーズや従兵達は崩れ落ち、命を、『魂』を手放してしまうだろう。
というか、十数分前まで、実際にそうなっていた。
カタクリが参戦して暴れるパルフェを抑え込むまでに、この前線は力で兵士が蹴散らされ、覇気でホーミーズが虐殺される、一方的な処刑の様相だった。
ゆえに、カタクリは拳を振るう。
幸い、この戦い自体は押しているのは自分の方だ。どちらも大小の傷を負っているが、戦闘続行に問題のあるようなものは1つもなく……しかし徐々に、年季と経験の差でパルフェが防戦気味になりつつある。
『未来予知』の精度がカタクリよりも悪く、防御や回避に体力を取られることも一因だろう。
「“焼モチ”!!」
突き出した腕がぷくーっと膨れて破裂し、ロケットパンチのように飛んで……しかも、パルフェが回避したと思った先に飛んで命中。
防御したものの、腕が爆発して追加のダメージが襲う。
そのお返しとばかりに、パルフェは……ルフィの『
そして鋭く踏み込んでカタクリとの距離を詰めると、拳から衝撃を放つ……と同時に、それに乗せるようにして、圧縮していた空気を全て爆発させた。
「“ハードオブハード”……“
一気に解放された空気はしかし、巨大な空気砲としてではなく、グミの弾力によって押しつぶされた無数の小さな、しかし鋭い爆発となって怒涛のようにカタクリを襲う。
単純に覇気を込めた腕でガードしようとしていたカタクリは、細かく広く襲ってくる衝撃の波濤に充てられて予想外のダメージを負った。空気や衝撃など、見えないものを予知するのは難しい。
だがそれでも、このペースでいけば……カタクリがそう思い始めた、その時だった。
パルフェが身に着けていた、『貝』を加工して作った小さなインカムに……声が届いた。
―――作戦本部より各位へ。カタクリ、スムージー、クラッカーの『将星』全員の所在を戦場にて確認。これより作戦を第3ステージへ移行する。繰り返す―――
「…………♪」
「…………?」
その瞬間、にやりとした笑みがパルフェの顔にうかび……一瞬隙かと勘繰ったものの、何やら嫌な予感を感じ取ったカタクリがいぶかしむ。
何かあったか、とカタクリが訪ねる前に、パルフェの方から口を開いた。
「カタクリお兄様……残念ですがここまでのようです」
「何?」
「時間切れです。おそらくは最後になるであろう師弟の語らい、まだまだ存分に楽しみたかったのですが……どうやらこちらの準備が整ってしまったようでして。私の……『時間稼ぎ』の役割は、これにて終了のようですわ」
「時間稼ぎ……だと?」
「ええ。ここからは……」
……直後、
―――ズドォン!!
突然、上空から何かが勢いよく落下してきて……カタクリとパルフェのちょうど中間の位置に着地した。
土埃が巻き上がり、あまりの衝撃に地面に蜘蛛の巣状のひびが入っている。
その中心で、細身に金髪の人影が、すっくと立ちあがった。
カタクリが驚き、パルフェは目を輝かせて見る先で、
「そういうわけで選手交代! ここからは……ボクが相手だよ!」
スゥの娘の1人にして『三女』……ひな壇所属『三人官女』の1人、アリス。
戦装束に身を包んだ彼女が、笑ってカタクリに向かい合っていた。
☆☆☆
同時刻、ホールケーキアイランド本島、西の海岸。
「おーおー、すでに地獄絵図じゃなコレは……ばあ様のカビと白アリか」
うっそうと茂る木々(ホーミーズ)達により、迷い込んだ者を逃さない迷宮だったはずの『誘惑の森』は今、ほとんどはげ山、あるいは荒れ地に近い状態になりつつあった。
木々という木々が食い荒らされてなくなってしまい、迷宮でも森でもなんでもないとしか言えないほどに見通しがいい。広さ以外に迷う要素がどこにもない。
木々の代わりにカビが生え、それらのうちのいくつかは、カビに不釣り合いな大きさにまで育って巨木のようになっているため、全く森らしく見えないわけではないかもしれないが。
カビだけでも十分、ビッグ・マム海賊団にとっては地獄なのだが……ここにさらに、先ほど鳥たちがばらまいた『白アリの卵』が悲劇を乗算して引き起こしていた。
当然のごとく、ソゥによって『能力』を掛け合わせて作られたものであるそれらの卵は、同じくソゥの能力でできたカビの菌床に触れることで、カビから養分を受け取って急激に成長。シロアリの大軍を誕生させた。
しかもそのシロアリ、サイズが様々で……小さいものでこぶし大、大きいもので人の体躯よりも大きい個体までいる。
そして、シロアリ達はカビを食らい、生き残りの兵士やホーミーズをも食らい、全てを腹に収めていく。
兵士達も必死に抵抗するので、シロアリが討ち取られることも多々ある。
しかし、シロアリが死ぬと、その死体を養分にして今度はカビが増殖し、あふれ出す。シロアリはカビを食べて大きくなったので、その体内には大量の『特異菌』が潜伏しており、宿主であるシロアリの死に合わせて猛威を振るい始める。
シロアリの死体からだけではない。倒すときに武器に血がついていたり、返り血を浴びたりしていれば、そこからも……
さらには、死ぬことなく十分に餌を食べたシロアリは、産卵して自分と同じクローンのシロアリを産み落とし、さらに増える。
そのシロアリもまた、全てを食らって大きくなり、増えて……あるいは、死んでカビをまき散らす爆弾として散る。
倒せても倒せなくても地獄絵図が出来上がる、最悪のバイオハザードに、『誘惑の森』は飲み込まれ、食いつぶされていった。
そして、シロアリの大軍とモールデッドの軍勢が押し寄せる中、その大軍を止めるべく、将星・クラッカーが戦場に出て、その戦闘能力とビスケットの兵隊たちによる『軍勢』によって事態打開を図るのだが……その姿が確認できてしまった時点で、金獅子海賊団側も特記戦力を投入してきた。
世界に2本とない名剣……を、ビスケットで増やした『プレッツェル』を振るい、ビスケット兵達にシロアリとモールデッド達を蹴散らさせていたクラッカー。
その眼前に……突如として、大量の泥水が大津波のように押し寄せ……モールデッド達もろとも、ビスケット兵を覆いつくすように襲った。
「っ……何だ、今のは!? まずい、ビスケットがふやけて……!」
ルフィとの戦いでそうなったように……水にぬれたビスケット兵は、容易く破壊可能なほどに弱体化してしまう。
今出している兵士達も同じだ。突然発生した
そして、そこに狙ったかのように襲い掛かるシロアリの軍勢。
これが破壊されるだけなら元に戻せるが、『食べられて』しまうとそうはいかない。シロアリ達の腹に収まり、次々と倒れて崩れていくビスケット兵。
そして、おいしいビスケットを養分に変え、さらに増えるシロアリ達。
もちろん、ビスケット兵はまだまだいくらでも生み出せるのだが……クラッカーは今見た光景から、あることを悟っていた。
正直、この不思議どころではないカビやシロアリも気にはなるが、それ以上に今の泥水だ。
あれを能力として行使することができる存在は……金獅子海賊団の中に、いる。
「どこにいる……出てこい! “濁流”!!」
「そう怒鳴らんでも、別に隠れるつもりはないわい」
そんな、呆れたような言葉と共に……カビの巨木の上に、しゅたっと降り立つ影。
和装に身を包み、時代劇の役人を思わせるたすきで袖を縛って動きやすくまとめ……手に2本の刀を携えて、黒紫色の髪の美少女がそこにいた。
金獅子海賊団提督親衛隊『ひな壇』所属『三人官女』……“濁流”のスズ。
自然系『ドロドロの実』の能力者。
体を泥に変え、水分を多く含んだ泥による『濁流』を起こすことができる……ビスケットを操るクラッカーとは、最悪の相性の相手が、そこにいた。
☆☆☆
さらに同時刻。
「急げ! 金獅子の船団を合流させてはならん! 我々の総力をもって粉砕するのだ!」
将星・スムージー率いる艦隊が、ホールケーキアイランド本島……ではなく、その外縁部の海に向かっていた。
理由は、ここにきて金獅子海賊団がさらに大量の船を援軍として動かし、本島へと向かわせているからだった。
最終防衛ラインに張っていたスムージー達。どうにか、正面から順番にラインを食い破って攻めてきた敵を抑え込むことはできていた。
しかし、それとは別に現れた艦隊が、戦線を迂回するように本島に向かっていると聞き、膠着状態にある戦線を他の兄弟姉妹達に任せて、スムージーはその艦隊の迎撃に動いた。
「このタイミングでやってくる艦隊だ、単なる増援とは考えにくい……何らかの特記戦力級の輩が乗っている可能性が高いだろう」
「航空戦力も確認できたとの報告を受けてるわ。もしかすると、『金獅子』が乗っている本隊かも」
「だとしたら、いよいよ敵も勝負をかけて来たってこと……でも、それならそれを討ち取ってしまえれば!」
「ああ、一転してこちらにとってのチャンスになる。ここが正念場だ……皆、心せよ!」
スムージー本人に加え、三つ子の姉妹であるシトロンやシナモン、その他、元将星のスナックや他の兄弟姉妹たちも引き連れて、ともすれば決戦の舞台になりかねない戦場を目指す。
皆、覚悟を決めて金獅子の大艦隊とぶつかるつもりで、全速力で船を走らせていた。
……だからこそ彼女達は、思いもしていなかった。
自分達が、その戦場にたどり着くこともできないなどと。
「……あら……? なんか、天気が……」
ふと空を見上げたシナモンが、ぽつりとつぶやく。
今日は満月で、夜でも明るかったのが……急に空全体に雲が出て来たのか、暗くなってきたように思えた。
しかも、ただの雲にしては、分厚い……あるいは、『黒い』ようにも……
(雷雲? まさか、ママがゼウスを……いや、そんな報告は受けていないし、そもそもゼウスの姿が見えない。それに……いくらゼウスでもこんな広範囲の天候を一気に変えるなんて難しいはず。だとすると、これはただの偶然……)
気にはなったが、別にこれが人為的なものでないのなら、気にしても仕方がないし、自分達に何かができるわけでもない。
―――ゴロゴロ……ゴロゴロゴロ……!
「!? 何だ……雷雲か?」
「さっきまで天気が良かったはずなのに……嫌な感じね。雲に月光がさえぎられて暗いし、注意して動いた方がよさそうね。手元が狂って砲弾を落としたとかになったら笑えないわ」
「なら、兵士達にきちんと……」
その、次の瞬間。
「“
スムージー達には、何が起こったのかわからなかった。
遠くの空で雷の音が聞こえたかと思った次の瞬間……見渡す限りに広がった雷雲から、一斉に雷が降り注いてできた。
それらは、スムージー達が率いていた艦隊を……
これからホールケーキアイランド本島にかけつけて、侵略者から国土を守るはずだった戦士達を……無慈悲に打ち据え、貫き、焼き焦がし、滅ぼした。
「……な、に、が……!?」
幾千幾万の落雷に襲われた船団は、今、スムージーの目の前で『船団
どの船も、割れて、砕けて、焼け焦げて、今なお燃え続けて……惨憺たる有様。
ある船はマストが縦に裂け、甲板を半縦断して船首を潰して砕いていた。
ある船はマストが燃え尽きて、そこからさらに火の手が広がっていった。
ある船は操る者がいなくなった結果、海流に流され隣の船とぶつかって、双方転覆した。
(いったい、何が起こって、こんな……これは……『金獅子海賊団』の攻撃なのか!?)
甲板には、倒れ伏して動かない船員達。全身黒焦げだったり、びくんびくんと危ない痙攣の仕方をしている者も。
積んでいた砲弾やら火薬に引火して誘爆したのか、ドカァン、ボゥン、なんて破滅的な音があちこちからひっきりなしに聞こえてくる。
各地のタルトから合流してきた船達も加えた、掛け値なしにビッグ・マム海賊団の主力艦隊と言っていい船団である。旗艦である『クイーン・ママ・シャンテ号』こそ別行動とはいえ、その力は窮地に陥っているホールケーキアイランドを救うはずの、救えるはずの戦力だった。
それが……
「こんな、ことが……あって、いいのか……!? いったい、何があったのか、わからないままに……こんな……!」
「随分と甘っちょろいことを言うじゃないか。『将星』……大幹部と聞いていたが、この状況で弱音が出てきてしまうあたり、底が知れるととればいいのか?」
突然聞こえてきた声。
はっとして振り向けば、そこに立っていたのは……見覚えのない長身の男。
ゴムのような布のような帽子と、異様に長い耳たぶ、そして裸の上半身……に羽織った半纏のような装束が特徴的だ。
どこか気だるそうな、緊張感に欠けているような目つきでこちらを見返してくるその男が誰なのかは、スムージーにはわからなかったが、ひとまず敵であろうことは予想できた。
スムージーは咄嗟に剣を構えようとするが……剣に手を伸ばすより先に、一瞬で男は目の前から消えてしまった。一瞬たりとも目を放してはいなかったし、まばたきすらしていなかったはずであるにも関わらず、だ。
……かと思えば、
―――バチッ!!
そんな、はじけるような音がすぐ近くから聞こえたかと思えば……
「っ……!? シナモン!? シトロン!?」
三つ子の姉妹のうち2人が、体中を黒焦げにして、白目をむいて倒れ伏すところだった。
その体には、まだ残留した火花が散っていて……肉が焼けたようなにおいがスムージーの鼻に届き、強烈な不快感をあおる。
そして見れば、さっきと同じ位置に男は立っていた。
「これは……貴様がやったのか?」
「これ、とは? そこの2人か? それともこの『元・船団』か? まあ……どっちも私だが」
それが聞こえた途端、スムージーは腰に差していた剣を抜き放ち、怒りのままに斬りつける。
刃は黒く染まり、高密度の『武装色』が込められていることが一目でわかった。これで斬られれば、仮に相手が『自然系』であってもただでは済まないだろう。
そんなスムージーの剣を、その男……エネルは、同じく『武装色』を纏わせた、どこからか取り出した棍のような長い棒で、あっさりと受け止めた。
全霊で振り抜くはずだった、振り抜いたはずだったスムージーの剣は、ガキン、と耳障りな金属音と共に、あっさりと止められてしまった。
「……な、っ……!?」
「ふむ……剣技自体は悪くはないが、まあ……70点といったところか。だが、あの手ぬぐいの小僧の方がよほど鋭く、命に届く剣を見せるぞ」
よくわからないことを言って、上から目線で酷評するエネル。
次の瞬間、受け止められた剣を通して……電流が流れ込んできて、スムージーの体を貫いた。
「がああああぁぁああっ!?」
察知する間もなく放たれた、突然の衝撃。体の中から焼かれるような熱さ。
ふらついて剣を棒から放してしまったことが幸いし、それ以上の電撃はスムージーを襲うことはなかった。
「おっとしまった、お前はレオナお嬢の獲物だというのに。ついさっさと狩ってしまうところだった……まあ、ひとえに貴様が弱すぎるせいだが」
「何、を……貴様……!」
「ふむ、気力は一応、一丁前のようだが……ああ、やっと来たか」
―――ドッ……ゴォン!!
スムージーの背後から聞こえた轟音。
今度は何だと思って振り向けば、船室への入り口がある屋根付きの部分が、大砲でも飛んできたかのように無惨に破壊されていた。
先程の落雷でそうなったわけではない。今さっきまで、無事だったはずだ。
そして、そこに飛んできたのは大砲の玉などではなく、さらに飛んできたのはたった今だった。
突っ込んでしまった結果できた瓦礫の山を、爆発させたかのような勢いで吹き飛ばしてどかし……中から、1人の少女が姿を現す。
「お前エネル、1人で行くなよー! あたしお前と違って移動そんな早くできないんだから! 危うく迷子になるところだったぞ!?」
「あの腹巻小僧でもあるまいし、こんな短距離で迷ってどうする。まあ、確かに似たような船がいくつもあって紛らわしかっただろうが……他のは全部沈めておけばよかったか?」
「それだと物資回収できないからダメってじーちゃんが……ああもういいや。よし、じゃここからはあたしがやるから、エネルは外の仕事さっさと済ませてくれ」
「承知した、レオナお嬢。まあ、大丈夫だとは思うが、武運を祈っておく」
そう言い残して、エネルは一瞬で消えた。
後に残ったのは、気絶した船員達やシトロン、シナモンを除けば……スムージーと、今やってきた、民族衣装風の少女……レオナのみ。
遠くの方の他の船から、悲鳴や戦闘音が聞こえ始めたのを気にしつつも、スムージーは、今まさに拳を構えているこの少女……“鉄獅子”ことレオナが自分の相手だと理解し、痺れる体に鞭打って立ち上がった。
☆☆☆
カカオ島周辺の海域。
「ウエディング……ケ~~~キ~~~!!」
咆哮と共に、ビッグ・マムが……サニー号からどんどん遠ざかっていく。
つい今しがたまで、合流したゼウスとプロメテウスと共に、昼間よりもさらに勢いを増して追いかけて来ていたビッグ・マムだが……ふいに、何かに気づいたように振り返り、サニー号など眼中になくなってしまった。
ルフィやロー達もそちらに目をやると、まだかなり遠くではあるが……完成した『ウエディングケーキ』を甲板に乗せた、ベッジ達の船『ノストラ・カステロ号』がそこに。
次の瞬間、Uターンしてどこかへ去って行ったそれを追いかけて、ビッグ・マム達は行ってしまった。
なお、ビッグ・マムはプロメテウスに乗って行ったが、ゼウスはその前の戦いで、ルフィの拳とナミの雷雲で放電しつくしてしまい。もう力もなくなったところを捕まり……ある意味『原作通り』に離脱となっている。
そして、飛んでいったビッグ・マムと半ば入れ違いになるような形で、プリンに連れられて飛んできたサンジが合流。
これでクルーも全員そろい、脅威は去ったか、と問われれば……残念ながら、決してそうではなかった。
「ここまで長ェことお疲れさまだ、『麦わらの一味』……いつの間にか『黒足』も合流してやがるな? くくくく……探す手間が省けていいぜ」
マムは去ったが、それと一緒に来ていたペロスペローと、随伴していたタルトの艦隊。
さらに、元々カカオ島周辺で、ケーキの捜索や護衛等に対応するために準備していた、ダイフクやユーエン達の率いる新たな艦隊が、挟み撃ちにする形ですぐそこまで迫っていた。
カカオ島でパルフェにリタイアさせられた、オーブンもその船に乗っている。海に落ちたところを救助されたのだろう。
さらには、その艦隊は元々、ビッグ・マムを迎えに行くためのものだったからだろう。ビッグ・マム海賊団の旗艦、クイーン・ママ・シャンテ号をも有していた。
「ビッグ・マムはいなくなったけど……」
「ピンチはまだ終わってねェ~~~! あの『歌う船』や、なんか幹部っぽいのもいっぱい来た~~~!!」
「ケーキができてママの心配がなくなった以上は、裏切者であるわしらを見逃す理由もない。ここで処刑するつもりか」
「よし! ずっと逃げてばっかりで退屈だったし、コレもう戦っていいんだよな?」
「やる気になってるぞ、お前んとこの船長」
「ヨホホホホ、まあルフィさんですからいつものことでしょう。それに実際、あれらをどうにかしなければここを出ることはできませんし……まあまあ絶望的ですが、覚悟を決めた方がいいのは確かです」
「……ペドロ」
「ああ、わかっている。今日は満月……戦うなら、俺達が先陣を切るべきだ」
「ロー、大親分からの連絡は?」
「もう入っている。他の戦線でもケリをつけに動く頃だ、タイミングとしては悪くない。もう少し……力を借りるぞ、ルゥ」
「了解。……正直、そろそろ母上の膝枕が恋しいです。さっさと終わらせて甘えに行きます」
「総員、攻撃開始! 『麦わら』とその仲間達を処刑して、ママを迎えに行くぞ!」
「いくぞおめェら! あいつらぶっ飛ばして、みんなで『
“三人官女”万色のアリスVS“将星”カタクリ
“三人官女”濁流のスズVS“将星”千手のクラッカー
“三人官女”鉄獅子のレオナVS“将星”スムージー
麦わら・金獅子他連合軍VSペロスペロー他率いる艦隊
この戦争の佳境と呼べるであろう4つの戦いが、ほぼ同時にその火ぶたを切って落とされた。
都合により、明日の更新はお休みします。
今後ともよろしくです。