大文豪に私はなる!   作:破戒僧

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第294話 カカオ島近海の戦い(後編)

約半年前

 『女ヶ島』近海 ルスカイナ島

 

 ルフィの修行があらかた形になったことで、レイリーが島から去り……同時に、その後の修行相手として、ハンコック達が島への上陸を許可された後のこと。

 

「ルフィ、おぬしのその『ギア4』じゃが……やはりまだ、弱点とまでは言わんが……課題があるのう」

 

「課題? 何だ?」

 

「さっきのわらわとの模擬戦でもそうだったように……準備ないし予備動作が大きすぎて、発動前に潰されてしまうことじゃ。そこまで大きな隙ではないし、移動しながらならカバーもできる。そこらの相手なら問題なかろうが……真の強者との戦いでは、1秒、いや一瞬の隙が敗北や大打撃につながる。……それと、もう1つ」

 

「?」

 

「『バウンドマン』は威力、『スネイクマン』は速さ、『タンクマン』は耐久とカウンター……それぞれ得意分野があるのはわかるが、相手が強ければ強いほど、一芸特化でどうにかなる場合は少なくなる。強い攻撃も当たらなければ意味はないし、速い攻撃も効かなければ意味はない」

 

「『バウンドマン』の攻撃を、『スネイクマン』の速さで出さなきゃいけない敵が出てくるかもしれない、ってことか?」

 

「そうそう居らんとは思うがの。それでも、そなたが『海賊王』を目指すなら、そういったレベルの敵との戦いは避けて通れんじゃろう。わらわにも、ぱっと思いつくだけでも、そういうレベルの使い手は何人か心当たりがある。……まあ、どれもお主の邪魔をするようなことはないと思うが」

 

「ん~でも、体が大きいとどうしてもスピードは出ねえんだよな……。レイリーも言ってたけど、クーキテイコーがどうとか……。その時は、もっと鍛えて『バウンドマン』そのものの速さを底上げすれば、まあなんとかなるって言ってたけど……」

 

「じゃが、伸びしろが確かにある以上は、放っておく、ないし諦めるのはもったいないのう……さっきのもう1つの弱点と合わせて…………! そういえば……マーガレット!」

 

「はい、何でしょうか蛇姫様?」

 

「お主、女ヶ島に戻ったら、スゥが書いた本を持ってきてくれ。あの中に多分、今ルフィが直面している問題をなんとかするヒントがある」

 

「は、承知しました。……ですが、スゥ殿が書いた本、すごくいっぱいありますけど……どれを?」

 

「いや、わらわもタイトルまでは覚えてなくてな……だいぶ前にぱっと見ただけじゃし……じゃがリンドウならわかるじゃろ。ニョン婆共々、スゥ関連の蔵書の整理を任せておるからの。内容は、そう、たしか……」

 

 

 

「空飛ぶ船が3つ合体してロボットになって、そのロボットが3つの姿があって、すごい速さで変形してそれぞれの強みを生かして戦う感じの……あれじゃ」

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

「あ、あの野郎……なんてことを……!」

 

 愕然とするペロスペローが見る先で、ゾロは何事もなかったかのように、別なタルト船の甲板に適当に着地。

 

 衝撃的どころではない光景を目の当たりにしたビッグ・マム海賊団のクルーたちは、ショックで動けない精神状態の者がほとんどだったが……その中でもいち早く立ち直った者達が、怒号と共にゾロに襲い掛かる。

 その先頭に立っていたのは2人。……あるいは、11人。

 

「海賊狩り……貴様ぁああ!!」

 

「よくもママの船を~~~っ!!」

 

 左右からとびかかって襲い来る、巨大な人影。

 

 片方は、元・将星にして6億ベリーの賞金首……シャーロット・スナック。

 もう片方は、シャーロット・ニューシを中心に、彼と父親の同じ10つ子の兄弟姉妹たちが『ゴチャゴチャの実』の力で合体して誕生した巨人。

 

 それぞれが武器を手にゾロに襲い掛かり、さらにその後から、怒りのままにその部下達も続いていくが……

 

「“壊風”」

 

 突如として発生した無数のかまいたちが乱れ飛び、それらを薙ぎ払って一掃する。

 放ったのは、遅れて飛来してきた龍……ルゥである。回り込もうとしてきた艦隊をあらかた片づけたところで、こちらに飛んできたようだ。

 

「うぉっ!? 龍……あ、いや、お前か」

 

「久しぶり、ゾロ」

 

 メルヴィユの『修行島』で何度か顔を合わせていたがゆえに、ゾロもすぐにルゥのことには気づいたが……2人がさらに言葉を交わすよりも早く、新たな乱入者が現れる。

 オーブンが、高熱を纏って燃え上がる巨剣を振りかぶって、船から船へ飛び移ってきていた。

 

 それに気づいたルゥが、振り向きざまに火炎を吐き、それがオーブンに直撃するも、

 

「無駄だカイドウもどき! どんな手品か知らんが……俺に『火』や『熱』は効かん!」

 

 多少すすけた程度でダメージがあるようには見えない。炎の中から現れて、大上段に構えた剣で切りかかってくる。

 その剣はゾロが受け止めて弾いたが、ルゥは『ふぅん』と、特に気にした様子もなく、こぼすように口にしたかと思うと、

 

「じゃ、別ので行く」

 

「別の……?」

 

 いぶかしむオーブンの目の前で、信じられないことが起こる。龍の姿が掻き消えるようにいなくなり……その場には、褐色肌に白髪の、10歳くらいに見える小柄な少女が残った。

 

 それはまだいい。悪魔の実の能力なのだから、姿が変わる程度、驚くようなことではない。

 しいて言えば、予想以上に小さい少女が能力者だったことだが、事前の情報で、『海賊文豪』には子供にしか見えない小柄な護衛がついていることはわかっていたため、それも問題ではない。

 

 問題は、その後。

 少女の姿が再び……ただし、先ほどまでとは全く違う姿に変わっていく。

 

 あたまから長く伸びた耳、体毛に覆われた手足、軽やかに跳躍してみせそうな、それに適した足の形……人獣型ではあるが、それはどう見ても、龍ではなく……

 

「ウサギ、だと……!?」

 

 人とウサギが混じったような姿になったルゥは、次の瞬間、タルト船の甲板を蹴り砕く勢いで跳躍し、一瞬でオーブンとの距離をゼロにする。

 そして、慌てて防ごうとしたオーブンをあざ笑うかのように軌道を急に変え、横っ腹に蹴りを叩き込んだ。

 

 その衝撃に思わず体を『く』の字に折りかけるオーブンの脳天に、追撃のかかと落とし。タルト船の甲板にめり込んで、あわや自前の高熱で火災が起こりかねないまでになる。

 

(バカな……一体今のは何だ!? こいつ、『龍』の能力者では……!?)

 

 強引に抜け出して起き上がるが、そこに既にルゥの姿はなく……かとおもえば、背後から気配。

 しかし、振り向く前に背中にとんでもない衝撃が入り……蹴り飛ばされたのだと気づく。

 

 吹き飛んだ勢いで海に墜落しそうになったが、手にした剣を甲板に突きさして勢いを殺し、どうにか止まることに成功するオーブン。

 しかし、その目の前にはまたしても、目を疑う光景が。

 

「今度は……馬だと!?」

 

 振りぬかれたルゥの足。そこには……龍にもウサギにもついていない、蹄がついていて……その足腰のしなやかさや、背中にかけて生えている鬣は……どう見ても馬のもの。

 

 さらには、その姿がまたしても変わり始め……頭に湾曲した大きな角が生えてくる。

 脚を引っ込めて、今度は頭……その角を前に出し、クラウチングスタートのように前景で、手を地について構えたその姿は……牛。

 

 次の瞬間、先ほどの『ウサギ』の時よりもさらにすさまじい威力で、甲板を爆散させて急加速したルゥが、オーブン目掛けて突撃。

 甲板に差していた剣を抜き取り、盾にしたまではいいが……

 

「ぐぉ……おぉあぁぁあああっ!?」

 

 とてもその突進の勢いを受け止めきれず。

 猛牛と化したルゥの角から叩き込まれた衝撃は、オーブンの巨躯を軽々と吹き飛ばし……その先にあったいくつものタルト船を貫通する勢いで吹き飛ばした。

 

 

 

「何今の!? あのルゥって子……『龍』以外にも色んな姿に変身してたわよ?」

 

「チョニキと同じで、薬とか使ってるのかな?」

 

「わからない、けど……違うと思う。おれのはあくまで、悪魔の実の波長を狂わせて形態に差を生み出してるだけだし……全くモチーフの違う動物になれるわけじゃないよ」

 

「ああ、アレ初めて見るとびっくりするよな。アレさ、全部あいつの『能力』なんだよ」

 

 チョッパーのそれとは違う『変身のバリエーション』を前にして驚くナミ達だったが、事情を知るボニーが後ろからさらりと言う。

 

「全部が能力って……複数の動物に変身できる能力、ってこと? そんなのあるの?」

 

「ああ。確か……『エトエトの実』って言ったかな」

 

「「「えと……?」」」

 

 ナミ、チョッパー、キャロット、それにブルックが首をかしげる。4人とも、聞きなれない言葉であったらしい。

 が、ペドロが『ふむ……』と顎に手を当てて、何かに気づいたように、

 

「なるほど、干支(えと)か……それで、龍とウサギと馬と牛……」

 

「ペドロ、知ってるの?」

 

「ああ。確か、前にネコマムシの旦那に聞いたことがある。『ワノ国』に伝わる伝承というか、言い伝えに出てくる用語だ。1年おきにその年の象徴となる動物が定められていて、ネズミ、牛、虎、ウサギ、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪……この12種類を指していうらしい」

 

「つまりあの子……12種類の動物に変身できる能力者ってこと!? そんなの聞いたことない……」

 

(まあ、聞いたことなくて当然なんだよなあ……『エトエトの実』は確か、ソゥ博士が作った人造の悪魔の実で、最高傑作の一つだっていう話だし)

 

 そもそもルゥは人間ではなく、誕生日プレゼントにとイリス達が用意してスゥに贈った『ホーミーズ』だ。そしてその素体となったのは、これまたイリス達がソゥに頼んで本気を出して作ってもらった、最高最強の人間兵器。

 廃棄版の『セラフィム』から抽出した『ルナーリア族』の因子に加え、彼女が出来得る限りの強化措置を施し、当然のように『プラーガ』や『特異菌』も取り込ませて作られたそれは、ともすればセラフィムをはるかに凌駕する身体スペックや再生能力を持つ存在だった。

 

 それにイリスが『魂』を入れてホーミーズにし、さらにその上で『エトエトの実』を食べさせた結果……不朽の肉体と12種類の能力を併せ持った怪物が誕生した。それが、ルゥである。

 

 ちなみに蛇足として、ソゥが完成させた当初の姿形は、筋骨隆々で身長は3mを超える巨躯で、しかも兵器としての機能以外はほぼ全てオミットしたため、性別すらない、まさしく『人造人間』といった姿だったのだが……ホーミーズにした途端、美少女どころか美幼女化した。

 ……使った『(ソール)』が未来のアリスのものだったせいかもしれない。

 

「ていうか……あれ、ペドロもキャロットも元に戻ってる」

 

「今更か!? まぁ……あの姿は疲れるのでな」

 

「帽子やサングラスで月の光を隠せば戻れるんだよ。満月の光が私達の野生を呼び覚ますの」

 

「一晩で戦い疲れて死んじゃうって話だったもんな、それはよかったよ……でも、ペドロはあっちで敵と戦ってたんじゃ? 倒したのか?」

 

「いや……どうやら選手交代らしい。あいつらに任せて、下がらせてもらった」

 

「?」

 

 

 

 そのペドロが先ほどまで戦っていた相手……ダイフクはというと。

 

「くそが……てめェら、よくも……!!」

 

 使役していた『魔人』共々ボロボロになり、戦艦の甲板で片膝を突き、肩で息をしていた。あちこちに傷ができ、出血して痛々しい様になっている。

 さらに彼の周囲には、無数の蹴散らされた兵隊たちが転がっている。

 

 そのダイフクが怨敵としてにらみつけるのは……今先程、この戦場に乱入してきた、『ジェルマ66』の戦士達。

 イチジ、ニジ、ヨンジ、レイジュ、そしてジャッジの5人。

 

 他、戦艦と兵士達が、ダイフクらが率いていた艦隊に横っ腹から奇襲をかけて総崩れにさせている。立て直そうにも、指揮官であるダイフクはこの有様で動けない。

 

 他の艦も惨憺たる有様。

 光線や電撃で貫かれ、怪力で砕かれ、毒に侵され……もはや残骸となって沈んでいく船、それと共に海中に消えていく戦闘員達、数多。

 

「いい様だな、シャーロット・ダイフク。俺達ジェルマを謀って利用しようとした愚か者には、お似合いのみじめな姿だ」

 

「お前ら……ヌストルテ達が壊滅させたはずじゃ……?」

 

「ぬす……ああ、よくわからねえけど、うるせえハエがやたらたかってきたんで、はたいて海に捨てておいたぞ? ハエのくせに電伝虫なんざもってやがったから少しからかってやったっけな……俺の声真似は似てたか?」

 

 冷徹に言い放つイチジと、あざ笑うように言うニジ。

 作戦本部のモンドール達を含めて、完全に騙され踊らされていたと知り、ダイフクは頭の血管が切れそうな怒りに襲われる。

 

「ふざけやがって……お前ら、こんなくだらねェトラブルさえなければ……今頃、俺達の養分になってるはずだった奴らが……! ビッグ・マム海賊団に利用されるだけの虫けら共が……よくも、よくもこれだけの大恥を……!」

 

 絞り出すように、という調子でダイフクの口から出た言葉に、イチジ達は一瞬。きょとんとして顔を見合わせたかと思うと……次の瞬間、腹を抱えて爆笑し始めた。

 ジャッジとレイジュはその爆笑、いや嘲笑には加わらなかったが……ジャッジは、つまらないものを見るようにふん、と鼻を鳴らし、レイジュは呆れたようにため息をつく。

 

「おいおいマジかよ! 天下の『ビッグ・マム海賊団』の幹部がよ……それでもこんなこと言うもんなんだな! ああくそ、ダメだ、笑いが止まらねえ!

 

「てめェら……何がおかしい……!?」

 

「何がって? いや逆にお前、今ので笑わねえ方が無理ってもんだろぉ!? ボロボロの姿で、本当ならこうだった、お前らのせいでどうなった……っはははは! ダメだ、思い出しちまう」

 

「全くだ……ふふっ、俺達にとっては実に『見慣れた』姿だよ」

 

「…………?」

 

「『戦争屋』なんてやっているとね……仕事が終わった後に、必ずと言っていいほど目にするのよ。お前達のせいで負けた。お前達のせいで仲間を、家族を失った。そんな風に未練がましく、恨みのこもった目でこちらを非難して来る敗残兵たちをね」

 

「誰が誰に何を言おうが、負けちまった事実は変わらねえ。むしろあーだこーだ言うほどに、当人がますます惨めになっていくだけだってのにな。恨むのなら何よりもまず、それだけの武力しか持つことができず、そして俺達『ジェルマ』を雇えなかった自分達のふがいなさをだろうによ」

 

「そういうこった。そんな敗残兵のたわごとを、『ビッグ・マム海賊団』の古参から聞くことになるとは思わなかった。いやいや、軽い憂さ晴らしとはいえこうして出てきた甲斐があったってもんだ……面白いもんが見れた。その上で、だ」

 

 口々に言ってダイフクの現状をこき下ろしつつ……ふとニジが思いついたように、膝をつくダイフクを見下ろし、いや見下しつつ口にしていく。

 

「2日間も無駄にした」

 

「さっさと次の仕事に行かなきゃならない」

 

「お前の家族にはもう興味はない」

 

「お前らのプライドも知ったことじゃない」

 

 一言一言、言われていくたびに、ダイフクは今、自分達が……もう気に掛けることもない、ただの『敗者』として見られているのだと突き付けられ、怒りと憎しみ、悔しさと惨めさが心の中に広がっていった。

 そして同時に、今まで自分達が虐げて来た者達と同じ側に回ってしまったのだと、今まで自分達がしてきたように、興味もなく気にされない『敗者』になってしまったのだと思い知らされた。

 

 そして、締めくくるようにジャッジが、

 

「『茶会』ではとんだ無様をさらしてしまった身だが……それでもあえて言わせてもらおう。下らん負け惜しみで勝者の邪魔をするな、哀れな負け犬共」

 

「ジャッジ……てめェ!!」

 

 ダイフクは、とどめとばかりに突きつけられたその言葉に、怒りのままに、魔人をけしかけて……しかし。

 

「―――やれ」

 

 そんな短い号令と共に、光が、電撃が殺到し、ダイフクと『魔人』の全身を貫き、切り刻む。

 さらに毒がその身を侵して自由を奪い……動けなくなったその体が掴まれ、振り回される。周囲の船にたたきつけられ、いくつもの船を粉砕し……武器にされたダイフク自身もボロボロに。

 

 ダメージが限界を超えたのか、『魔人』はすでに消えている。ダイフクはなにも抵抗できないままに、捨てるように空中に放り出され……

 その眼前に、科学の力で舞い上がった、『怪鳥(ガルーダ)』と呼ばれた男が迫る。

 

「ジャッ……」

 

「“電磁”ッッ……“スティングレイ”!!」

 

 高電圧を纏った槍を、ブースターの勢いを乗せて突き立て、体を内部から焼き焦がし……その勢いそのままに、海の中に叩き落した。

 

 

 

「ダイフク……! くそ、ジェルマ共……め?」

 

 ルゥに吹き飛ばされた先で……どうにか海に落ちずに、別なタルト船にめり込んで止まっていたオーブン。

 傷だらけで力なく海に沈んでいく、三つ子の2番目の兄を見て、怒りで頭に血が上りそうになるが……その瞬間、彼の体を、はるか遠くから『延びて来た』刃が貫いた。

 痛みは、ない。ただ、体を貫かれている感触があり、幻影では決してないとわかる。

 

「俺を無視していくんじゃねえよ、熱苦しいの…………“衝撃波動(ショックヴィレ)”!!」

 

 瞬間、体の中が爆発したような衝撃に襲われたオーブンは、たまらずその場に崩れ落ち……うつぶせにどう、と倒れ伏した。

 

 その眼前に、能力で瞬間移動してきたローが現れる。

 すぐさま立ち上がって構えようとするオーブンだったが……体が動かない。起き上がれない。

 

 それどころか……『熱』が売りであるはずの自分の体から、どんどん熱が奪われ……冷えていくような感触を覚えていた。

 今までに感じたことのない、体の芯から冷えていくような、不気味な肌寒さ。まるで、命が流れ落ちていくかのような喪失感。

 

(何が、起きてる……今の衝撃はとんでもなかったが、それでも動けなくなるほどじゃあ……まさか、毒か何か……)

 

「もう力が入らねえだろう……血を流しすぎたからな」

 

「血……だと? そんな大傷は、俺は……っ!?」

 

 そこで初めて、オーブンはあることに気づいた。

 

 今、膝をついてうずくまってしまっている、自分の足元。

 そこに……かなり大きな血だまりができて、自分の靴や、ズボンの膝を濡らしていることに。

 

(血、だと!? 誰の……俺の!? バカな、こんな出血するような大傷は……)

 

 オーブンは、気づかない。

 先程まで戦っていた、その最中に……ローによって、1本の短剣が背中に突き刺され、心臓にまで達していたことに。

 

 しかし、その短剣そのものによる痛みやダメージはない。

 あるのはわずかな違和感程度だが、オーブンはそんなわずかな違和感よりも、戦闘による激しい動きやダメージに気を取られてしまっていた。ゆえに、気づけない。

 

 そして、その刺さっている短剣からは……痛みも一切ないままに、注射器で吸い出されるように血液が流れ出て、奪われていた。戦っている間中、ずっとそうだった。

 今もう既に、大量の血液が、オーブンの体の中から失われてしまっていた。

 

「“カテーテル”」

 

 短く呟くと、刺さっていた短剣がローの手元に戻る。

 それで出血も止まったが……最早オーブンは、足元もおぼつかないくらいに、力が入らなくなっていた。頭痛が酷く、足元もふらつく。

 心なしか呼吸も苦しい。深く吸って吐いても、楽にならない。

 

「苦しいだろう? 血が足りないと、体中に栄養や酸素がいきわたらない。戦うどころか、普通に動くことすら無理だ……無理するな」

 

「黙れ……! 俺は……こんな、ところ、で……お前ら、なんぞに……!!」

 

「……もの悲しいことを言うんじゃねえよ、シャーロット・オーブン……誰がどこでどう死ぬかなんて、誰にわかることでも、まして決められることでもねえ。たいていの“死”や“終わり”は、その当人にとって不本意なもんだ……『弱い奴は、死に方も選べねェ』……!」

 

「…………っ!!」

 

 言い返す暇もなく。

 振り下ろされたローの刀が、タルト船ごと、オーブンを切り裂き……海の藻屑にした。

 

 

 

(なぜだ……なぜ、こんなことに……どうして、どこで間違った!?)

 

 ペロスペローの問いかけに応えてくれる者は……当然、いない。

 

 ダイフクが、オーブンが、

 スナックが、10つ子が、レザンが、ブラウニーが、ジョコンドが、

 マスカルポーネが、ジョスカルポーネが、ババロアが……

 皆、次々に敗れ、倒れ、散った。

 

 本当なら今日の午後、皆でジェルマの処刑後に、ウエディングケーキを食べてお茶していたはずだったのに。

 そうでなくとも、反逆者などさっさと片付けていたはずなのに。

 

 今や、残っているのは自分1人。

 そして、その自分も……食らいついてくるルーキーに、追い詰められつつある。

 

「っ……“キャンディ・ウォ…”……ぐあぁっ!?」

 

「追え、“大蛇(パイソン)”!!」

 

 “ギア4”に変身したルフィの巨大な拳が迫る。

 それを防ごうとキャンディの壁を張ったが、急カーブでそれをかいくぐって、真横から拳が飛んでくる。防いだつもりが殴り飛ばされ、『武装色』で防御してもやすやすと貫いてくる威力。

 

 殴り飛ばされて転がり、危うく海に落ちそうになり……キャンディでどうにかそれを防ぐが、既に目の前には、空中を弾むように高速移動したルフィが迫っていた。

 

「っ……“キャンディ・メイデン”!!」

 

「もうそれは……効かねえ!」

 

 ならばと、拘束と攻撃を兼ねて、無数のとげを持つアイアンメイデンで、鉄粉も混ぜ込んで耐熱処理をしたそれで、ルフィを捕らえにかかるが……ルフィは小細工なし、真正面からパワーでそれを粉砕してさらに迫る。

 

 しかも驚いたことに、ペロスペローがそれを回避しつつ、同時にキャンディで剣や槍を作り出して放……つ前にそれを回避され、さらにペロスペローが逃げた先には既にルフィの拳が飛んできていた。まるで、罠のように。

 

「ゴムゴムの……“猿王銃(コングガン)”!!」

 

 目を疑いつつも、ペロスペローには体をキャンディで覆うくらいしかできることはなく……当然のようにそれも砕かれ、分厚いキャンディの壁をも粉砕する巨大な拳を直撃で受けることになる。

 

 タルト艦を破壊・貫通して吹き飛ぶペロスペロー。

 自分の体が空中できりもみ回転するのを感じながら、それを悟る。

 

(ただ速いだけじゃねえ……こいつ、カタクリと同じで……ごくわずかだが、未来を……!)

 

「見聞色を超鍛えると……未来が見えるんだろ!? 修業してる時に、レイリーが教えてくれた……ビッグ・マムから逃げてる時に、パルフェが実際に見せてくれた! まだまだ俺には、よくわかんねえけど……それでもちょっとずつ、わかってきた!」

 

 ぶつかった先のタルト艦……の残骸にしがみついて、どうにか海に落ちることは防いだペロスペロー。

 その眼前で、『弾む男(バウンドマン)』状態のルフィの姿に、異変が起こる。

 

 

「お前もやっぱり強ェ……ほんの一瞬でアメの壁ができるし、しかも硬くてちょっとやそっとじゃ割れねえ……!」

 

 『弾む男(バウンドマン)』の巨体が……圧縮したかのように、やや小さく縮む。

筋肉質なのは変わらないが、腕は細くなり、弾みも小さくなった。

 

「強いだけじゃ当たらねえ……かといって、速いだけじゃ効かねえ……そんな相手も今までいくらでもいた! でも、それなら!」

 

 

 ―――その2つ……『強い』と『速い』を……一瞬で切り換える!!

 

 

 その変化が……一瞬で(・・・)起こった。

 

 

「“瞬間気換(オープンゲット)”!!」

 

 

「“スネイクマン”!!」

 

 

 巨体が縮んだルフィの腕が、先ほどまでとはまるで違う速さで伸び、ペロスペローに迫る。

 それこそ、キャンディの壁の展開すら間に合わないほどの速さに、ほぼ反射で横にずれて……かすりはしたものの、どうにか直撃は避けることに成功。

 

 が、

 

「なっ!?」

 

 遠くにいたはずのルフィが……目の前にいた。

 一瞬目を放したとはいえ、この距離を一瞬で踏破するほどの速さなのかと、ペロスペローは驚愕する。超加速した拳と変わらない速さではないかと。

 

 しかし、その一瞬で今度は間に合わせた『キャンディウォール』を展開。

 今まさに殴ろうとしてくるルフィとの間に、分厚い飴の壁を作り上げるが……それをあざ笑うかのように、ルフィの拳は、その速さを変えずに幾度も曲がって伸びる。

 先程と同じように、壁を迂回してペロスペローに拳を届かせた。

 

 しかし、ペロスペローが驚愕したのはその、さらに直後だった。

 

「もう……俺からは、逃げられねえ!」

 

 自分を殴り飛ばした、伸びた黒い拳。

 それに引っ張られるように、ルフィの体の方が、その伸びた軌道で飛んできたのである。

 

(そうか、こいつ……跳んできたわけじゃなく、伸ばした腕に自分の体を引っ張らせて……いやいやおかしいだろ!? 曲がり方といい、何にも捕まらないで体の方を飛ばせることといい……ゴムの性質にあってねえぞ!?)

 

「“瞬間気換(オープンゲット)”!!」

 

 驚く暇も、ペロスペローにはない。

 目の前で、ルフィの体がまた一瞬で変わる。

 

 さっきよりも近い位置にいたからか、その“仕組み”がよくわかった。

 

 ルフィの口や喉、腹のあたりなど、何か所かが一瞬だけねじれて縮んだ。

 その直後、まるで真空パックが開封の瞬間に空気を吸い込むように……すさまじい勢いで空気が吸い込まれた。

 そして、これまた一瞬で体中にその空気を充填した。

 

「“タンクマン”!!」

 

 今度の姿は、元々の『弾む男(バウンドマン)』よりも大きく、丸い、巨体。

 その姿でペロスペローにぶつかっていき、激突……その瞬間に、雑巾を絞るようにその巨体を大きくねじる。

 その『ねじれ』に服や腕を巻き込まれて、ペロスペローは動けなくなり固定される。

 

「このっ……放せ麦わら!!」

 

「今放してやるよ! ゴムゴムの……」

 

 嫌な予感がしたペロスペローは、自分もろともルフィの巨体をキャンディで固めて動きを封じようとするが……

 

「“回転破砕機(シュレッダー)!!”」

 

 “武装硬化”した巨体が大きく、力任せにねじれて戻る勢いは、一瞬で固まったそのキャンディの拘束を、巨体のねじれが元に戻る勢いが、いともたやすく粉砕してしまった。

 そしてそれに巻き込まれたペロスペローの全身も、ボロボロのズタズタにして弾き飛ばす。

 

 近くにあったタルトにまたしても突っ込むこととなり……しかし今回は、もう起き上がるだけの力が残されていない。

 

 もうすでに飛びかけている意識の中。

 ペロスペローは、自分の真上に……月の光を遮る何かが飛んできているのに気づいた。

 それが何、否、誰であるかもわかってしまった。

 

 

「“瞬間気換(オープンゲット)”!! 弾む男(バウンドマン)”!!」

 

 

 腹部ないし胴体に集中していた空気が、一瞬で腕にも、さらに圧縮されて装填され、元の金剛力士のような強化形態に変化する。

 そしてルフィは、大きく腕を後ろに振りかぶると同時に、拳を腕自体の中に引っ込める。その際に弾力が反発を、そして威力を産む。……ここまでは通常の弾む男(バウンドマン)と同じ。

 

 しかし今度は、その拳は……完全に腕の『中』に引っ込んでしまった上、その腕の……肘の付近の部分が、さらに大きく膨らんでいた。

 

「フランキーに聞いた! すげえ量の空気が一気に圧縮されると、『プラズマ』って奴になるんだろ!? エースの技はもうあるから、今度は……っ!! 」

 

 そこには、ドフラミンゴを沈めた『大猿王銃(キングコングガン)』を撃つにしても過剰なまでの、大量どころではない空気が圧縮されていた。

 

 まずい一撃が来る。

 これを防がなければ、自分は終わる。

 

 ペロスペローはそれを悟ったが……しかしもう体は動かない。

 できることと言えば、キャンディで防御することのみ。

 

「っっ……“キャンディ”……“シェルター”……!!」

 

「ゴムゴムの……!!」

 

 次の瞬間、すさまじい勢いで突き出された拳と共に、肘のあたりに蓄えられていた空気が解放され……超高速・超威力の拳の勢いに押される形で、圧縮されながらペロスペローを襲う。

 その瞬間、空気がプラズマ化し……ルフィの拳は、それを纏った光り輝く一撃となった。

 

 

 

「“煌爪銃(スパークマグナム)”!!」

 

 

 

 溶けて砕ける、キャンディの装甲。

 直撃する拳。打ちのめされ、さらに焼ける体。

 その余波で抉れる海面、蒸発する海水。

 衝撃が体を貫き、痛みを感じるより早く……感覚で『終わり』を思い知らされた。

 

(ようやくわかった……カタクリ……。お前が言っていたこと……この、小僧が……どこにでもいる口だけのルーキーとしか、思っていなかった小僧が……いずれ、ママの、障害になり得る、存在に……なる、と……)

 

 

 自らを守っていたキャンディの残骸と共に……ペロスペローの体は、そして意識は、海の中に叩き込まれ……沈んでいった。

 

 

 

 

 

 カカオ島近海の戦い。

 麦わら・金獅子・ミンク・ハート・その他同盟 VS ビッグ・マム海賊団 ケーキ確保及びビッグ・マム回収艦隊

 

 勝者……海賊同盟。

 ビッグ・マム海賊団の艦隊……壊滅。幹部格を含め、全滅。

 

 

 

 

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