ホールケーキアイランド本島、西の海岸から先……『誘惑の森・
スムージーとレオナの戦いは、相性の面でレオナ有利とはいえ、一応、一進一退で『戦い』になっている形ではあった。
しかし、こちらはというと……あまりに無惨、あまりに一方的。
「ハァ……ハァ……ッ……ハァ……くそ……!」
「もう悪態のレパートリーも底をついたか? しかし何というか……わしの方が弱い者いじめしとる気分じゃな。いや、これはばあ様の『バイオウェポン』が強すぎるというか、えぐすぎるのか」
既に、ビッグ・マム海賊団側の兵士やホーミーズは全滅していた。
数時間前まで、楽し気ながら禍々しく、ホーミーズ達が跋扈していた森には……もう、何も残っていない。
凄まじい勢いで広がる『カビ』と『シロアリ』の波にのまれ、全て、本当に全て食らいつくされて……何ひとつ残っていないのだ。
川も滝も枯れ果てた。枯葉の一枚、ビスケットやキャンディのひとかけらも残っていない。
地面以外本当に全て、シロアリ達の腹に収まるか、カビに蝕まれて朽ちてしまった。
今広がっているのは、泥に覆われた地面に、草木の代わりにカビが繁茂し、シロアリとモールデッド達が蠢いている……地獄のような光景だけ。
そしてその中心に、四面楚歌どころではない孤立具合で、将星・クラッカーが満身創痍で立っていた。
(ふざけんな、何なんだコレは……!? まともに、まともに戦うことすらできなかっただと……!?)
彼のビスケット兵は、作った端から泥の地面に足を取られ、湿気で柔らかくなり……群がってくるシロアリに食い尽くされてしまう。
脚が崩れて立てなくなり、手を食われて動けなくなり、顔、体、そのまま欠片も残さず……巨大なシロアリ達に群がられて、1体作っても1分でこの世から姿を消した。
ビスケット兵が役に立たないならばと、崩れる前にそれらを足場に跳躍し、クラッカー自身が、この戦線の指揮官と思しきスズを狙うが……
「“
「“黒炭二刀流”……“咬蛇・沼鎖”!!」
覇気を乗せて、貫いて一撃で決めるつもりで放った突きは、軽くいなされて……いなされながら、蛇のように絡みついてくる太刀筋で、スズの刀が襲い来る。
それこそ、当たれば深手は確実……下手をすれば一撃で決められかねないほどの気迫に、咄嗟にクラッカーはビスケットの盾を生み出して防御する。
が、刀に泥水を纏わせた一撃ゆえ、一瞬で食い破られ……浅く切りつけ、二条の赤い傷が素肌を横断する。
飛びのこうとしたが足場はなく……そしてスズの方はもちろん、のこのこ出てきた大将首を逃す手もない。
一気に踏み込んで――スズ自身はむしろ沼地を自在に滑って加速までして――距離を詰め、二刀の乱舞を浴びせかける。
縦横無尽に襲い来る刀を受け続けるうちに、クラッカーはすぐに、スズが能力だよりの『お嬢様』ではないことに……むしろ、下手をすれば剣の腕をこそ重点的に研ぎ澄ませていると言える程だと気づく。
3倍近い時間を生きている自分でも、全く油断などできないレベル。
ましてや、言い訳がましくなるものの、クラッカーはまだルフィとの戦いのダメージから回復しきれていないうえ、泥の地面は彼にとっては機動力を著しく奪う敵地。
何から何までクラッカーに不利に働く中……しかし、ここで引くこともできない。
単純に逃げようとしても逃げきれまい、というのもあるが、それ以前に自分がここで敗れれば、このスズや……カビの怪物達、シロアリ達が一気に首都になだれ込む。
スムージーもカタクリも出撃済み、ペロスペローやダイフクやオーブンもいない今、そんなことになれば……首都は終わりだ。
(ああ、くそっ……痛いのは俺は嫌いだってのに……!!)
“将星”として、ここで何もできずに倒れることだけはあってはならない。
せめて、差し違えてでもこの小娘だけは仕留めなければならない……そんな風に、クラッカーは覚悟を決めて、名剣『プレッツェル』を握り直した。
しかし、彼は気づいていない。気づけない。
気付きたくないだけ……かもしれない。
もう、そんな悲壮な決意すら、許されない……実行できないのだということを。
「……先に謝っておく。すまんな……特段許さんでよいぞ」
「? いきなり何を……っ!?」
スズが発した、突然の謝罪にクラッカーがいぶかしんだ直後……泥沼と化した地面全体がうごめき始める。
クラッカーの足の裏にあった、柔らかいながらも確かに『地面』だった感触が消失し、『沼』になった。そのままズブズブと足を取られ、沈んでいく。
まずい、と感じたクラッカーは、強引にそこから抜け出そうとするが、まるでがしっとつかまれているかのように動かない。脚が抜けない。
(……!? 違う……“ような”じゃねェ、本当に泥の中で『手』が俺の足を掴んでやがる!?)
透明度がほぼゼロゆえに、視認できたわけではないが……5本の指が絡みつき、握りしめ、自分の足を固定している感触を、クラッカーは確かに感じ取っていた。
すぐさまその、泥でできた『手』を切り払おうとするが……今度は泥沼から何本もの『手』が外に飛び出て、クラッカーの右腕をからめとり、動きを封じる。
そしてその直後、スズが放った飛ぶ斬撃が、その腕に直撃した。
咄嗟に覇気を込めて防御したがゆえに、切断されるようなことこそなかったが……斬撃は右腕に食い込んで、それなりに深く、大きな傷になった。
そしてその衝撃で『プレッツェル』を取り落としてしまい……さらにそれを、泥の手がつかんで遠くになげとばす。
あっという間に丸腰になってしまったクラッカーは、恨みがましい視線になってしまうのをこらえきれないまま……スズをにらむ。
そんな視線を予想していたのだろう、スズは少し悲しそう、あるいはやるせなさそうにしつつも……ため息とともに、こう口にした。
「母上の著作の中に出てくる、印象深いセリフの1つなんじゃがの……『戦争というのは、最も非効率的な外交の手段』なんだそうじゃ。何とも身もふたもない言葉じゃと思うが……なかなかどうして、これが真理じゃとわしはどうしても思うんじゃよなあ」
「戦うことで高め合い、研ぎ澄まし、高みを目指す……そういう『熱』があるのを否定はせんよ。そういう中で生まれる絆ってものもあるじゃろうしな。……しかし一方で、戦えば怪我もするし、死者も出る。そういうのを乗り越えるのも大事なことじゃとは思うが……でもそういうの、無ければ無い方がよかろ? ……やっぱ人の死なんて、見たくもないし慣れもせんもんじゃて」
「この戦争も同じじゃ。『戦士の誇り』とかそういうのを気にして考えるなら、大将首同士の戦い……小細工も何も抜きにして、真っ向勝負ってのが王道なんじゃろうが……わし正直、こんなことで怪我とかしたくないし、仲間に犠牲も出したくないんじゃよ。だから、多少悪いとは思うが……一方的に決めさせてもらうぞ、シャーロット・クラッカー」
「文句はあろうが、卑怯などとは言うまいな? これも受け売りじゃが、『海賊の戦いは常に生き残りを賭けた戦い。卑怯などという言葉は存在しない』そうじゃからな……“土遁・雲泥酷縛手”」
その瞬間、スズの合図で、沼地と化した周囲から巨大な泥の手が一斉に立ち上り……上空からクラッカー目掛けて、手のひらや拳で押しつぶすように殺到してきた。
「う、うおぉぉおおおぉぉおっ!?」
咄嗟にビスケットで『プレッツェル』を複製し、覇気を込めて切り払おうとするも……1本目の泥の手を斬ったところでビスケットがふやけ、使い物にならなくなり……不意打ち気味に低空で飛んできた泥の拳が突き刺さって、剣が砕けるとともに、どてっぱらにめり込んで体を『く』の字に折ってしまう。
そして、そうなってはもう……殺到する泥の手を防ぐこともできず……クラッカーは、泥沼の底に沈んでいった。
(俺が……ビッグ・マム海賊団の『将星』が、こんな、負け方を……!!)
必死に息を止めながら意識を繋ぎとめるクラッカーだが、ほぼ流体の泥の中では、『能力者』ゆえのペナルティが発動し、力が入らない。
それだけでも致命的だというのに……次の瞬間、クラッカーは、かろうじて発動できていた『見聞色』で……信じられないものを捕らえた。
前方数百m。泥の中。
そこを……高速で、何かがやってくる。
(まさか……あのガキ……!?)
「わしは『泥人間』。泥の中なら、カナヅチも何も関係ない……むしろ加速すらして自在に動けるんじゃよ」
泥の中。
スズは、泳ぐのではなく、足も動かさずにまるで『飛ぶ』ように動き……どんどん加速する。
その手に、覇気を纏わせた二刀……『
「そのまま泥の中で窒息でもよいのじゃろうが、そういう希望的観測で油断して致命的な失敗をする可能性は残さん。“ふらぐ”はすべからく、間違いなく折っておくべし、じゃ……御免」
「っ……っっ……!!」
「“黒炭二刀流・奥義”……“呑蛇・
―――ザンッッ……!!
誰にも見えない、泥の中で。
静かに、確実に……その戦いの決着はついた。
ホールケーキアイランド本島、誘惑の森・跡地の戦い
“三人官女”スズVS“将星”クラッカー
勝者……スズ
クラッカー率いる防衛の軍団……壊滅。誘惑の森……消滅。
☆☆☆
そして、最後に残った戦線でも……今まさに、事態が大きく動き始めたところだった。
当たれば一撃で致命傷間違いなしのカタクリの槍を、一歩も引かずにアリスは薙刀で受け、さばききり、隙を見つけて反撃をねじ込む。
時折繰り出される蹴りや、モチによる遠距離攻撃や不意打ちも、余裕をもって回避あるいは防御してみせ、隙を見せない。
軽薄な言動や仕草とは裏腹に、戦闘に置いて全くと言っていいほど付け入る隙がなく……さらには得意の『見聞色』による『未来視』すらもなぜか通じない。
“麦わら”よりも、パルフェよりも……間違いなく、これまでで一番の難敵。
それを早い段階で認識し、油断の一切を捨てて討ち取りにかかるカタクリだったが……一進一退の攻防は、全く進展を見せないままに今まで続いていた。
互いに特段大きな傷もなく、スタミナも問題ない。これはもしかすると、長期戦にもつれ込み、覇気を含めた消耗を気にしなければならないかもしれない……そんな風に思い始めたカタクリだった。
……が、同時に……
(何だ……さっきから何かおかしい……?)
不思議な違和感があった。
戦っている最中に、ふと、気持ちの悪い何かが自分の脳裏をよぎる。
しかし、具体的に『何がおかしい』とわかるわけではなく……今のところ、特に何か戦いに支障が出ているわけでもないため、カタクリはそれを雑念の類だと割り切って考えないようにし、一刻も早くアリスを仕留めさえすればいいと、戦闘に集中していた。
「“モチ刃弾”!!」
カタクリの指先から、武装硬化させたモチの弾丸が連続して放たれ、アリスに迫る。
アリスはそれを薙刀で全て切り払って防御すると、一気に距離を詰め、突進の勢いを乗せた突きを繰り出す。
「“押し車”!!」
カタクリの心臓目掛けて突貫するアリスだが、カタクリは一歩横に飛びのいてそれを交わし……技が空振ったアリスの隙を突く形で槍を振るう。
「“モチ突”!!」
「“御所車”!!」
しかし、隙をさらすかと思われたアリスは、すぐさま空中で……慣性はどこに行ったのかと思うほどの急制動で止まり――『リバリバの実』の能力による運動ベクトルの逆転である――勢いそのままにカタクリの方に飛来する。
そして、突きをひらりとかわして懐に飛び込み、横向きに大きく回転しながら連続で薙ぎ払ってきた。
カタクリがそれをどうにか屈んで回避するも、またしても慣性を無視して方向転換し、追ってくる。
「“流鏑馬”!! からの……“乱れ牡丹”!!」
下向きに刃を突き出してカタクリを串刺しにしようとし、それもよけられても、続けざまに乱舞を放って追い詰め、体勢を立て直すことを許さない。
「か、カタクリ様が押されてる……!?」
「そんなバカな、シャーロット家の最高傑作だぞ!」
「あんな、20にもなってないガキに、どうして……!?」
目に見えて押され始めたカタクリに、周囲を囲む部下達が騒然となる中……カタクリは、
(何だこの違和感は!? やはり、何かがおかしい……さっきから体が、上手く動かん!?)
槍でアリスの猛攻をさばきながら、内心で困惑していた。
先程から感じ取れていた、正体不明の『違和感』。最初は気にするほどでもなかったが……だんだんとそれは大きくなってきた上、目に見えて体に不調が現れ始めた。
跳んで逃れたつもりが、逃れられていない。
防いだつもりが、間に合わなず攻撃を食らいかける。
攻撃が遅れる。踏み込みが遅れる。反応が遅れる。様々なタイミングが遅れる。思い通りに体が動かず、何時も通りの戦いができなくなってきた。
さらには……
「“モチ突”!! ……何っ……!?」
無理やり攻撃のタイミングを作り出して放った、必殺の一突き。
それは、しかし……アリスのすぐ横、1センチを素通りして……『外れた』。
かわされたのではない、『外れた』。
アリスは、その攻撃に対し……今、一歩も動いていない。
この異常事態に……カタクリは、愕然とする。
そして反対に……アリスは、
(ようやく効いてきたね……というか、もうここまでずれてきちゃったら、もう手遅れなんだけどね)
思い通りの結果に、にやりと笑う。
それを見て、カタクリは、アリスに『何かされた』ことを確信したが……そのからくりまではわからない。ゆえに、対策のしようがない。
せいぜい、外れないように集中して攻撃をし、かわしきれる、防ぎきれるように1テンポでも2テンポでも速く動くくらいか。
そうしてしのいでいる間に、謎を解くか、突破口を見つけるか、あるいはアリスを仕留めるか……
……その、『しのぐ』ことすらもう許されなかったのだということを、3分後、カタクリは思い知らされていた。
全身に刻まれつつある、無数の傷跡や痣の痛みと共に。
(こちらの攻撃が、当たらん……!! 向こうの攻撃は、かわせず、防げず……何だ一体これは!?)
槍で突いても、モチを打ち出しても、伸ばしても流しても落としても……1発もアリスに当たらなくなった。
避けられるのではなく……カタクリの狙いがそもそも明後日の方向にずれてしまい、アリスが動く必要すらなく『外れる』のだ。
それに対して、アリスの攻撃は……それをいくら早く察知しても予想しても、こちらの防御も、回避も、カウンターも……1つ2つどころではなくテンポが遅れ、1つ1つが痛打になって傷を刻まれてしまう。
「“無双・モチ刃弾”!!」
腕を武装硬化させて、さらにガトリング銃のような形状に変え、『モチ刃弾』を乱射する。
……1発もアリス本人には当たらなかった。
「“柳モチ”!!」
足をモチに変え、さらに何本にも増やした状態で上空からかかと落としの乱れ打ちを放つ。
全て外れるか、足と足がぶつかって潰れたり反れたりする始末。
「“流れモチ”!!」
『覚醒』によって大量のモチを地面から生み出し、津波のようにアリスめがけて殺到させる。
……少しもアリス本人には当たらず、当たる前に止まったり、明後日の方向に流れて行った。
「“雨垂れモチ”!!」
同じく『覚醒』技。幾筋ものモチの触手、ないし槍を生み出し、上空から降り注がせる。
……全て外れた。
狙っているのに当てられない。
わかっているのに、見えているのに、防げないしかわせない。
(こんなことは初めてだ……まるで、俺の体ではないかのような……。俺の体が、俺の言うことを聞か…………っ!?)
「……まさか……!!」
そこでようやく、カタクリは気づいた。
この違和感の正体に……自分の体を蝕む、呪いのような、悪夢のような『何か』の正体に、ようやく思い至った。
アリスが何かしているのは確かだし、それは『能力』によるものだろうとあたりを突けてもいた。
しかし、具体的に何をされているのかがわからなかったが……もし、思い至った通りなら……
(『万色』……こいつは、俺の体に……俺を裏切らせている……! 俺の意思と、体の動きを『逆転』させているのか!?)
(……気づいた、かな? まあ……気づいたところでもう手遅れだけど)
“マイノリティ・ワールド”
それが、アリスが今使っている技の名前であり……『覚醒』に至った『リバリバの実』の能力が可能とした、凶悪極まりない力
アリスが発する『リバリバの実』の力が周囲に作用し……まるで呪いのように、少しずつ周囲の敵の体を蝕んでいく。
その呪いを受けると……自分の体が自分を裏切るという『逆転』が起こる。
最初は、特に何か目に見えた不調が異常が起こるわけではない。ただ、わずかに体の動きや反応に違和感が出てくる程度だろう。……それとて、相当に鋭い者でなければ気づくことはできない。
しかし、徐々に違和感は大きくなり、体が思うように動かなくなる。
そして……気づいた時には、えてしてもう、手遅れである。
当てようと思って攻撃しても、アリスに攻撃は当たらなくなる。敵本人の意思に反して、攻撃という攻撃は、勝手に明後日の方向に外れていく。
反対に、アリスが放つ攻撃は、防げず、かわせず……むしろ自分から当たりに行きすらする。
回避や防御のタイミングは遅れ、こらえようとしても力が入らず……なんでもない攻撃が大ダメージに繋がりすらする。
カタクリの体は、もう、カタクリを勝たせようと動いてはくれない。
アリスに攻撃を決して当てず、アリスの攻撃を喜んで受け止め、アリスを勝たせるため、カタクリを殺すため、全力で協力していく。
「強力だし便利なんだけど……いかんせんこの技、相手がかわいそうなくらい何もできなくなっちゃうから、絵面がちょっとアレなんだよね……」
「もう勝った気か……? ちょっとばかり、気が早いんじゃないのか……!?」
しかし、それを悟ってもなお、カタクリの目から光は消えない。
「理解できたのなら、もう怖くはない……『能力』によるものなら……『覇気』で振り切れる!」
そう言ってカタクリは、全身に過剰なまでの覇気を迸らせる。
『能力』による干渉を退け、防御を破る意志の力が、呪いを打ち消していく。
軽くシャドーをし、ステップを踏み、体の制御が戻ってきたことを確認した。
その上で、カタクリは槍を捨てた、少しでも思い通りに攻撃を繰り出すために、己の肉体で直接アリスを殴り、仕留めることにした。
(過剰な覇気の充填は消耗を速める……時間はかけられん、一気に決める!)
直後、カタクリは……自らも『覚醒』能力を使い、地面をモチに変えて底に沈み……同化し……急加速。
回転しながら、巨大化させてとげを生やした巨腕を……ラリアットの要領で、アリスめがけて一気に叩きつけた。
『斬・切・餅!!』
―――叩きつけた……と、思った。
「……は……?」
「どこを狙ってんの? ボクはここだよ?」
カタクリの腕は、アリスから3メートル以上離れた場所に叩き込まれ、その地面を砕き割っていた、
当然ながら、アリスへのダメージは一切ない。
それどころか、カタクリの腕には、やたらと大きな反動が残って感じられている。
愕然とするカタクリ。
今、何が起こったのか……理解してしまった。理解できてしまった。
全身に過剰なまでの覇気を迸らせた……
『能力』による干渉を退け、防御を破る意志の力が、呪いを打ち消した
軽くシャドーをし、ステップを踏み、体の制御が戻ってきたことを確認した
しかし、それら全てが……
(体に覇気が通らない……俺の覇気を、俺の体が受け付けない!? しかも、体を動かした『感覚』すらも、俺が認識できたものと、実際の状態が違う……!? まさか、ここまで……)
もうすでに、自分の感覚すら信じられなくなっていた。
それを理解して、カタクリは……自分に勝ちの目が残されていないこともまた、理解できてしまった。
なにせ、自分の体が敵なのだ。そして、それを振り払うことすら、もうできないのだ。
本当の本当に、カタクリの味方が、もう、いない。
「お得意の『見聞色』は、教えてくれてないの? 見えないだろ? ボクに勝てる未来なんて」
「……未来、か……」
普段であれば、自分の方が、挑んでくる敵に対して同じようなことを言っただろう。カタクリはそう思った。
俺に勝つ? そんな未来は用意していない。
こんなところで死ぬ気はない? その未来からは逃れられない。
今まで常に自分の味方だった……自分が望む形で訪れていた『未来』。
それが今、自分に牙をむこうとしている。
「お前は……」
「……?」
「この戦いの先に、お前は……どんな未来を見ている?」
なぜそんなことを聞いたのか、カタクリ自身わからなかった。
ただ、自分には見えないし、これから見ることもできない……かもしれない未来に、アリスは何を望み、何を欲し、何を思っているのか。聞かずにはいられなかった。
「どんな、って言われてもね……そりゃ色々あるよ、欲しいものも、やりたいことも。ボク、姉妹の中でも特に欲深だからね」
アリスからすれば、特に答える必要のない問いだっただろう。
しかし、ただの気まぐれか、散りゆく者への哀れみか……アリスは刃を止めて思考を巡らせ、その口で語った。
「美味しいものいっぱい食べたい、財宝とかいっぱい欲しい。自分だけの島が欲しいし、それが手に入ったら好きなように開拓・開発してみたい。かわいい女の子と仲良くなりたいし、かわいい男の子とも仲良くなりたい。気に入った女の子には子供を産んでほしいし、今はまだいないけど、気にいった男の子供を産みたい……って思う日も来るかもね。お母さんやパルフェとももっともっと仲良く(意味深)なって、それに……」
よくもまあ思いつくものだと言えそうなラインナップに、カタクリは、自分で聞いたことだとは理解しつつも、呆れてため息をついて……
「ああ、それから―――」
「“海賊王”になる」
最後に、思い出したように付け足された『それ』を聞いて……唖然とした。
「お前が……か?」
「うん」
「祖父である『金獅子』でもなく……母である『海賊文豪』でもなく……お前が、自分がなる、と……その2人を押しのけ、蹴落として、自分が頂点に立つ、というつもりか?」
聞く者が聞けば、盛大な謀反宣言と言えなくもないその発言に、思わずといった調子でカタクリは聞き返していた。
ここに至るまでの軽口の中でではあるが、その2人を本気で慕っていたように思えたアリス。
しかしそれは、まさか、偽りだったのかと。
しかしアリスは、『うーん?』と首をひねって、
「いや、別にボクそういうつもりで言ったんじゃないよ? 押しのけるとか蹴落とすとか、そんな必要ないし」
「……?」
「だって2人とも、全然興味ないからね、“海賊王”。おじーちゃんは『ロジャーの後追いみたく言われるのなんざごめんだ』って言ってたし……お母さんに至っては、そもそも“海賊”にこだわりとかそういうの全くないもん。もしも、どっちかがなりたいって言ってたら、きっとボク、それを応援してたけど……2人とも要らないなら、ボクがもらっちゃってもいいでしょ」
それに、と続ける。
「
(……
疑問に思ったカタクリだったが……目の前でアリスが、改めて薙刀を構えなおしたことで……その先の答えを聞くことを諦めた。
代わりに、というわけではないが……1つ、わかった、ないし、悟ったこともあった。
「……あの時、パルフェが言っていたことの意味がようやく分かった。あいつが望んだ、ビッグ・マム海賊団にいては絶対に手に入らないもの……それはてっきり、俺は、お前との未来かと思っていたが……正確には違った……」
一拍、
「あいつが言っていたのは……お前が“海賊王”になる未来、だったわけか」
「わぉ、パルフェってば、そんなこと言ってくれてたんだ。嬉しいなあ、今から昂って来ちゃうよ……期待に応えられるように、頑張らないとね♪」
心から嬉しそうににこにこと笑うアリス。
「まあ残念だけど、その時を……僕が“海賊王”になる瞬間を、あんたが目にすることは、多分、もうないけどね。こうやってくっちゃべってた間にも、ボクの能力の侵食は進んでただろうし」
「……! ふっ、そういう狙いか……抜け目のないことだ」
「卑怯なんて言わないよね? 海賊の戦いに、そんな甘っちょろい考え方はない」
「ああ……全く違いない。好奇心に負け、浸食を振り払う力もなかった俺が悪い。だが……」
「?」
「それで、俺が諦めるかどうかは……全くの別問題だ」
それでも、カタクリは……戦いを諦めることはなかった。
「生憎と、こんなところで死ぬつもりはない……俺の屍を見たわけでもなく……勝手に勝った気になるな……! “無双ドーナツ”!」
最早、自分の体ながら、自分の味方とは言えなくなってしまった体に鞭打って動かし、立ち上がり……『覚醒』でモチに変えた地面から、ドーナツ状の、モチのリングを出現させる。
そこから『角モチ』の腕が出現する。
体が言うことを聞かないのなら……肉体ではなく、『能力』そのものなら。
そう考え、カタクリはモチの拳にありったけの覇気を込める。
それを前にしてかどうかはわからないが、アリスは手に持った薙刀『踊茅纏』に、こちらも膨大な覇気を纏わせていく。
バリバリと稲妻のようなエネルギーが幻視できるほどの密度。振るわれればすさまじい破壊がもたらされるであろうことが確実な、絶死級の刃。
もう、これ以上は続かない。
この一撃で、決まる。
そう悟り、カタクリは覚悟を決め……全身全霊で、拳を、突き出した。
「“
―――ゴキィ!!
拳は、
アリスではなく……カタクリ自身に向けて、思い切り振りぬかれた。
全身全霊で繰り出したその一撃は、これ以上ないほどきれいにカタクリにクリーンヒットし……その意識をほとんど吹き飛ばし、最後に残った力すらも奪った。
それでも、ごくわずかに残った……虚ろな意識の中、カタクリは……目の前で、大上段に薙刀を振りかぶるアリスの姿を、最後に見た。
(こんな“未来”は……見えるどころか、想像も、できなかった、な……)
「“奥義”……“松葉崩し”!!」
間合いの外から振り下ろされた、“触れない一撃”が……全てを決着させた。
ホールケーキアイランド本島、北の海岸の戦い。
“三人官女”アリスVS“将星”カタクリ
勝者……アリス
カタクリ率いる防衛の軍団……アリス勝利後瓦解。ほどなくして壊滅、敗走。
ビッグ・マム海賊団大幹部『スイート