「てめェ……何で生きてやがる!? 俺の部下達はどうした!」
「全員まとめてぶちのめして、そのへんに転がしてあるよ。後で一緒の牢屋にでも入れてあげるから、何か話があるならその時にでもすれば?」
「何ィ……!」
死んだと聞かされていた……実際、海賊も死んだはずだと思っていたスゥが目の前に現れた。
そのことに皆……市民も、海賊も……そしてもちろん、危機を救われた少年とその母親も、驚きを隠せない。
しかし海賊の親玉は、それが収まるのを待つつもりはないようで、
「ちっ……あいつらしくじったのか。たかが小娘1人に情けない野郎どもだぜ……あとできちんとお仕置きしておかねえとな。だがその前に……おいお前ら!」
「「「へい!」」」
掛け声と同時に、海賊達――海兵の服に身を包んでいるままだが――が、剣や銃などの武器を手に、スゥを取り囲む。
スゥが生きていたことに希望を見出しかけた市民達も、この光景には再び顔を青ざめさせた。
彼女が強いことは知っているが、これは流石に数が多すぎる。さすがに数に押されて、やられてしまうのではないか、と。
加えて、こんな場所で戦いになりでもしたら……スゥのすぐ近くにいる『シュー坊』達はもちろん、自分達も巻き込まれてしまうかもしれない。
それはそのまま、海賊達が自分達の勝利を疑わない理由にもなっていた。
騙し討ちをしのいで生きていたらしいことに、最初こそ驚きはしたものの、この状況で自分達が、たった1人の小娘を相手に負けるはずがない、と。
中にはもう、勝った後のことを考えている者までいるようで……捕らえた彼女に何をするつもりなのかわかるような、下卑た笑みをスゥに向けていた。
当然スゥもそれに気づいているが、恐れる気配どころか、そもそもそれらを気にした様子も微塵もない。
「……流石に数が多いね。これはちょっと苦労するかも」
「強がりなんざやめとけ、小娘。ちっとはやるみてえだが……無駄に抵抗しても苦しいのが長引くだけだぞ。大人しく……」
「シュー君とお母さん、それに町長さん達も……後ろに下がって待っててください。ちょっと今回は私も、本気出して戦うので……巻き込まれないように」
話を聞かずにすっぱりとそう言い放つスゥに、海賊の親玉は余計に苛立ちを見せ、
「あァ、そうかよ……そんなに死にたきゃ、お望みどおりにしてやるよ!」
『やれ!』という怒号と同時に、海賊達が手にしていた銃を一斉に発砲する。
狙いはもちろんスゥだが、その周りに、あるいは後ろにいるシューやその母や、市民達に巻き添えや流れ弾がいくのを微塵も気にしていなかった。
無数の銃声に、市民達が次の瞬間飛んでくるであろう弾丸を恐れて、ぎゅっと目をつぶったり、家族や恋人を抱きしめてかばおうとしたが……
「“壁紙”」
その瞬間、自分達を覆い隠すように広がった無数の『紙』。
それらにぶつかり、阻まれ……弾丸は1発も飛んでこず、自分達を傷つけることはなかった。
「何……!?」
これにはさすがに親玉含め、海賊達が驚く番だったが、スゥの方もまた、それを待ってやるような義理は持ち合わせていなかった。
スゥはどこからか、栞のような細長く小さな紙を何枚も手元に取り出し、素早い動作でそれを投げつける。
「“
「うっ!?」
「ぎゃあぁあ!?」
「な、何だこの紙……刺さっ……!?」
どう見ても普通の紙にしか見えないそれらは、まるで刃物のように鋭い切れ味でもって、今銃を構えていた海賊達の手に正確に突き刺さり、その武器を取り落とさせる。
そうしてできた隙を見逃さず、スゥは一気に距離を詰め、番傘で彼らをまとめて薙ぎ払う。
それを見て激昂した別な海賊が『この野郎!』と叫んでとびかかり、手に持った剣でスゥを切り裂こうとするが……死角から切りかかったにも関わらず、まるで見えているかのようにひらりとかわされる。
他の海賊達も次々に襲い掛かり、手にした得物を振るって切り裂き、あるいは打ち据えようとするが……全て避けられ、かすりもしない。
まるで、紙かなにかのように……ひらり、ひらりとかわされる。
(リアル“紙絵”……なんちゃって)
かわしながら反撃も忘れないスゥは、間合いに入ってきた海賊達が離れようとするより先に、番傘でまたしても薙ぎ払って吹き飛ばす。
あるいは、蹴り飛ばしたり踏みつけで地面に叩きつける。線の細い体から発揮されているとは思えない威力で、これも一撃で大の男達の意識を刈り取っていた。
味方を盾にしてどうにか距離をとる者もいたが、次の瞬間、足に紙が突き刺さる痛みで動きをとめてしまい……そしてその直後には、同じ末路をたどっていた。
「何してる!? 相手はたった1人だぞ!」
苛立ち交じりに檄を飛ばす、海賊の親玉。
仲間が次々吹き飛ばされる光景を見て、海賊達は、接近戦では分が悪いと判断したらしい。
剣や斧などを持っていた者達も、手に手に銃を持って構え始める。近づかずに鉛玉で仕留めようと思ったらしいが……
「だからさ……町の人達巻き込むようなことはやめてよね」
再び現れた紙の壁が、それら全てを防いでしまう。
「こいつまさか……能力者か!?」
「正解」
今度はスゥは、手から何かをその場にばら撒く。
それは、1~2㎝四方ほどの大きさの、小さな紙だった。またどこから取り出したのか、それが、何十枚、何百枚もばら撒かれる。
いわゆる、イベントや祝い事の時などに見られる、『紙吹雪』。
海賊の1人が、それを見て……何かに思い至ったように青くなり、ぽつりと呟いた。
「まさか……あの紙、全部さっきと同じで……」
スゥがその番傘の先端を……海賊達目掛けて突き付ける。
「“紙剃吹雪”―――」
その瞬間、ひらひらと空中を舞っているだけだった紙吹雪が……一斉に、海賊達目掛けて飛んだ。
「―――“千本桜”!!」
「「「うぎゃああぁぁあああっ!?」」」
数百枚の紙吹雪は、一枚一枚がカミソリのような切れ味を持つ刃。
それが、何百枚も襲いかかり……海賊達を片っ端から切り刻んでいく。
1枚1枚が小さいがゆえに、剣にしろ銃弾にしろ、撃ち落とすことなど不可能。
しかも、運よく当たったとしても、『紙』だからひらりと舞って揺らぐだけ。そのまますぐにまた動き始め……軌道を変えて襲い掛かる。
その最中、ふと何かに気づいたスゥは、振り返りながらまた別な……今度はかなり大きなサイズの紙を、体の中から取り出して放つ。
それらは、後ろに庇っていた市民達の……さらに後ろ側に、市民達を人質にしようと回り込んでいた海賊達に襲い掛かった。
「セコい真似するなっての! “
紙はまるで意思を持つ縄かなにかのように、海賊達に巻き付いてその体を拘束した。
「何だこれ……ただの紙なのに!?」
「くそ、動けねえし、切れねえ……!」
どうすることもできず、地面に這いつくばってもがくことしかできないでいる海賊達。
間一髪助けられた市民達は、その光景に驚きつつもほっとして……
「スゥさん、危ない!!」
それに気づいた『シュー坊』が叫ぶ。
しかし、それとほぼ同時に……
「調子に乗るんじゃねえ、この小娘がァ!」
振り向いて市民達を助けた一瞬の隙に飛び込んできていた海賊の頭目が、スゥの細い体目掛けてその太い腕を振り抜いていた。
その体は、どう見ても人間のそれとは思えない姿に変貌していた。
体全体が大きく膨れ上がった上に、表面が灰色に変わり、岩肌のようにゴツゴツとした質感になっていて……まるで、岩そのもののようだった。
体重、ないし質量すらそれにふさわしいものに変わっているらしい。
踏み込みで地面を陥没させながら薙ぎ払った腕は、スゥの体を『く』の字に折り曲げて吹き飛ばし、その光景を見た市民達から悲鳴が上がる。
全身の骨が粉々に砕けてもおかしくないであろう威力の一撃を受けたスゥ。
しかし、その体は次の瞬間……服もろとも、無数の紙にばらけて空中に舞っていた。
絶望から驚愕に表情を変える市民達。
驚いたのか海賊の頭目も同じだったが、半ば予想していたのか、『ちっ』と舌打ちをして、空中にひらひら舞っている紙をつかんで握りつぶそうとする。
その指の間を素早く通り抜けて、紙は別な場所に集まり……再びスゥの姿になった。
「やはり、悪魔の実……『紙人間』ってとこか」
「そういうあんたは……『岩人間』かな?」
「そうだ……俺は『ゴツゴツの実』を食った岩人間。てめえのちんけな能力なんかじゃ、この岩石の体には傷一つつかねえよ」
スゥは『紙剃吹雪が効かなかったのはそれでか』と納得しつつも、特に焦ったり、不安そうになることもなかった。
切れないなら切れないでいくらでもやりようはある。頑丈な海賊など、『能力』の有無に関わらず、今までいくらでも相手にしてきたのだから。
番傘を構え、意識を集中するスゥ。
すると、番傘の表面がすぅっと黒く染まっていく。
しかし、『覇気』や『武装硬化』の存在を知らない海賊は、虚仮脅し、あるいは能力によるものだと判断して、ひるむことなく自分から突っ込んでいった。
「てめえの細腕でこの岩の肉体が壊せるか! 紙だろうが何だろうが……1枚残らず引き裂いて、踏み潰して殺してやらぁ!」
普通の人間なら、直撃すれば原型も残さず潰されてしまうであろう、その猛突進を前に、スゥの対応は……自分も真正面から突っ込んでいくことだった。
そして、互いに加速して勢いの乗った状態で、超重量の体当たりと、漆黒の番傘の一撃が激突し……
「WBCマジ感動ッ!」
―――ガゴォオン!
「なっ……にぃぃいぃ!?」
勝ったのは、スゥの方だった。
海賊の頭目は、押し戻されるように弾き飛ばされ、地面に転がる。
体の岩石は一部砕けて破片が飛び散っていた。
が、さすがの頑丈さゆえか、そこまでダメージは大きくはなさそうではある。
「重っも……! 私もまだまだ鍛え方が足りないかな」
一方でスゥの方はというと、さすがに人1人分の――能力で増していればそれ以上――重量と、岩石以上の硬さの物体。高速で迫ってくるそれを殴り飛ばしたのは反動がそれなりにあったのだろう。スゥも直ちに追撃、とはいかなかった。
(力比べの真っ向勝負…も何とかなりそうではあるけど、かなりタフそうだし面倒だな。それなら……こっちも能力で相手させてもらうか!)
スゥは手に持っていた傘を下ろし、代わりに右手を胸の前に掲げるように突き出すと……その手元から、何十枚、何百枚……あるいはそれ以上の紙が飛び出し、周囲を舞い始める。
明らかに先ほどの『千本桜』以上の量だ。しかも、1枚1枚が大きい。
追撃が来ない間に体勢を立て直した海賊の親玉は、何やら準備をしているスゥを見て、
「はっ、俺の防御力は戦艦の大砲すら凌ぐ! いくら切れ味が鋭かろうが、紙ペラなんぞに俺の岩肌が切れるかよ! そんなんで傷一つつけられると思うな……どっからでも来てみやがれ!」
「あ、そう? じゃ……遠慮なく……!」
すると次の瞬間、空中を舞う数千枚の紙が収束していく。
住民も海賊も驚いてそれを見る前で、無数の紙は……なんと、牙をむく獅子の形を成した。スゥの身の丈をも超える大きさの、大きな獅子の顔だ。
そしてスゥは、胸の前に掲げていた手を、野球のピッチングフォームのように大きく振りかぶって……
「心の準備はいーい? その肌がどうなってんのか、どこまで耐えられるのか知らないけど……傷で済むといいね……“獅紙舞”!!」
投げつける動作と同時に、紙の獅子が咆哮し……猛烈な勢いで海賊にとびかかる。
避けることもできず、その牙の直撃を食らった海賊は……その噛みついている牙の部分で、『ガリガリガリガリ!!』と、恐ろしい音を立てて自分の『岩肌』が削られていることに気づく。
紙がただ獅子の形をとって噛みついているだけではない。形を保ちつつも、数千枚の紙は常に流動し……まるでチェーンソー、あるいは削岩機のように、噛みついた部分に触れている肌を削り取っていっている。
「は、放せ! 放せぇえっ!?」
このままでは岩を、つまりは体を大きく削られ、そぎ落とされかねない。
恐ろしく思った海賊は、力いっぱい身をよじるも、紙の獅子を引きはがすことはできず。
それどころか、その牙に挟まれたまま、体を持ち上げられ……空中高く獅子は舞い上がっていく。あっという間に、人が豆粒ほどの小ささに見えるほどに高いところまで持ち上げられた。
そして次の瞬間、勢いよく落下。海賊は地面に、クレーターができるほどの勢いで叩きつけられ……さすがに悶絶する。
落下の衝撃で紙の獅子はばらけ、その顔面を形作っていた数千の紙があたりに舞う。
少し大きいが、紙吹雪のように見えるそれは、大一番を盛り上げる舞台装置や演出のようにも見えた。
「ぐぁ、っ、が……!!」
「まだ意識あるのか……頑丈だな……。タフネスは『動物系』以上か……なら」
海賊が、満身創痍ではあるが、まだ気絶していないことに気づいたスゥ。
すると彼女は、何を思ったのか……海賊に近づくと、その顔面に腰を下ろして座り込んだ。
全身の激痛と、呼吸もまともにできない苦しみの中、いきなり顔の上に座られ、伝わってくるスゥの体温と柔らかい感触に、何のつもりだと困惑する海賊だが……次の瞬間、異変に気付く。
「がっ……かっ……!?」
(息が……できない……!?)
彼からは見えていないが、座る直前、スゥは海賊の顔面に、何枚かの紙を張り付けて……鼻と口を塞いでいた。
当然、呼吸が妨げられて苦しくなり……しかし、体にも『拘禁巻紙』がまとわりついて動きを封じており、暴れることもできない。
何が何だかわからないままに、海賊の頭目は、息ができない苦しみの中、力なくもがき続け……しかしそれも1分そこそこで限界に達し……意識を手放した。