大文豪に私はなる!   作:破戒僧

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第302話 Last Sweets

 

 

『四皇』ビッグ・マム、陥落!!

 突如起こった全面戦争。勝者は『金獅子海賊団』!!

『海賊文豪』、一騎打ちの末に『ビッグ・マム』を撃破!!

 

 突如として世界に叩きつけられた、この特大のニュースは、『世界経済新聞社』が先駆けとなって発行した号外によって、瞬く間に世界中に知れ渡った。

 この一大事に、洋の東西裏表を問わず、数多の組織や業界に激震が走る。

 

 海軍や世界政府は、すぐさま情報を集め始めた。

 数十年海に君臨し続けた『皇帝』の陥落という未曽有の事態。どう動き、どう対処すべきか。

 すぐにでもそれらを検討し、決定し、対応に動き出すために。

 

 ビッグ・マム海賊団がナワバリとしていた島は数多い。『新世界』はもちろん、他の海にも、その力が及んでいた国々が存在したが……それらの国々では、これから大きく情勢が変わっていくことを予見させた。

 ちょうど2年前、『白ひげ』が倒れてその旗が力を失い、世界が大きく変わったあの時のように。

 

 否応なしに世界は、間違いなく大きく動く。表の世界はもちろん、海賊の世界や、その他の『裏社会』でも波乱が巻き起こる。

 判断や対処を誤れば、ささいな規模だったトラブル1つが、目も当てられないような大問題に姿を変えてしまいかねないのだから。

 

 

 

「“世界会議”も近いってのに……何やらかしてくれてんだよ、あの嬢ちゃん……」

 

 海軍本部の元帥執務室で、その騒動のまさに中心で立ち回ることを要求される、海軍総大将『元帥』クザンは、頭を抱えていた。

 

 常日頃であれば、海賊であっても、ほとんど明確に自分達の『味方』でいてくれるスゥが、金獅子海賊団が……ここにきて、何の前触れもなく、とんでもない事件を起こしてくれたのだ。

 

 海軍としては、強大な『悪』の勢力である『ビッグ・マム海賊団』の崩壊自体は、それだけなら喜ぶべきことなのだろう。

 

 だが、問題はいち海賊団の崩壊だけでは確実に終わらず、玉突き事故的に数十数百のトラブルに発展するのが確実なのだから、頭を抱えたくもなるというものだった。

 

「加盟国の王族との政略結婚だけでも結構な問題だったってのに、何がどうなって『四皇』と『準四皇』の全面戦争なんか……あの嬢ちゃんのことだから、何か理由があってやむなく……いや、それこそシキが何か企んで実行した可能性もあるか? ダメだ、予想するにも情報が足りねえ」

 

 先程持ち込まれた『世経』の号外。そのトップには、どうやってこんな写真を用意したのか……満月をバックに勝利のスタンディングを決めるスゥの写真と、その直前だろうか、スゥがビッグ・マムにとどめの一太刀を叩き込む瞬間の写真がダブルで掲載されていた。

 

 そういやあの2人仲よかったな、と、写真の入手経路にはすぐに思い至ったクザン。

 それどころか、おそらくあの鳥社長は、特等席で戦争の一部始終を見届けるくらいの、最高の『取材』が可能だったのかもしれない。政府も海軍も出し抜く速さで、これだけのニュースをこれほど詳しく記事にできたのも、それなら納得できた。

 

「政府上層部が色々言ってきそうだな……多分、サカズキも……。あー、頭痛ぇ……」

 

 やることは山積みだ。各種トラブルへの対処はもちろんとして、これを引き起こした『金獅子海賊団』に対してどう出るかの検討も必要だし、政府関係の打ち合わせも増えるだろう。情報が入り次第、会議に回して対応に動いて、あるいはその情報の確実性を確認して……おそらくは、昼夜を問わないレベルのデスマーチになる。

 この先数日は徹夜だろうか、と、げんなりする予想が頭をよぎるクザン。

 

 いっそいつもみたいにスゥに直接かけて情報をよこしてもらおうか、と、ちょっと思って……

 

 

 

(………………いけるか?)

 

 

 

 ―――ぷるぷるぷる……ぷるぷるぷる……ガチャッ

 

 

 ―――(自動音声)こちらは金獅子海賊団です。ただいま、戦後処理で超忙しいため通信に出ることができません。お手数ですが、一週間くらい経ってからおかけ直しください。(ガチャッ)

 

 

「だめかー」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 戦争は終わり、ビッグ・マム海賊団は崩壊した。

 戦争犯罪人……なんて小難しい単語は使わないけど、まあ平たく言って、ビッグ・マム海賊団の幹部クラスには相応の罰が下ることになる。

 

 罰というよりは、将来の禍根を絶つための処理というか、ぶっちゃけ処刑というか……そういうシンプルな『後始末』だな。

 

 といっても、徹底抗戦を吹っかけてきた連中や、逃げようとした連中は、その途中にほぼ全員、あえなく海に散ってしまっているので、処分するまでもなくいなくなってしまったわけで。

 今回問題になるのは、逃げようとして捕まった連中や、戦ったけど死にぞこなって生け捕りにされた連中。そして……降伏して自分から捕まった連中だ。

 

 パパ曰く、こういう場合の最適解は、さっきも言ったように、将来の禍根を絶つという意味で、スパっと全部『処分』することなんだが……これが中々どうして難しい問題でして。

 

 地位や年齢が上の連中は特に、海賊として色々好き放題やってたんだ。そういう結末になっても仕方ないとは思う。今回だって、騙し討ちでジェルマ滅ぼして技術だけ奪おうとしてたし、うちのパパも毒殺しようとしてた。

 それで自分達はひどい目にあいたくない、死ぬのは嫌だなんて通らないだろう。

 

 けど、それで容赦なく『ハイ皆殺しね』ってやろうとすると、それはそれで面倒なことが起こるんだよね……。

 

 例えば、『ビッグ・マム海賊団』に忠誠を誓っている配下の海賊団が、捕虜の奪還や、処刑された幹部達の仇討ちに動いたりする可能性もあるし。

 大体は恐怖とか保身、あるいは甘い汁を吸うために傘下に入ってた連中ばかりだけど……純粋に忠誠心から従ってる海賊団も全くいないわけじゃないからね。

 奪還を狙ったテロとか、ゲリラ的な襲撃くらいなら起こってもおかしくない。

 

 加えて、捕虜にした面々の中には、まだ小さい子供もけっこういて……海賊としての活動もしていない、正真正銘の『子供』まで手にかける、とかいうのは、正直やりたくない……。

 例によってまともな教育受けてなくて、家の中で包丁振り回してぬいぐるみを切り刻むのがマイブームの物騒な子であっても。

 

 あとそれから……

 

「頼む『海賊文豪』ォ!! 敵対した海賊団に、情けなんざかけられねェのはわかる……けど、行くあてもなかった俺を拾ってくれたママと、その家族達なんだ! ガオォ!」

 

 ペコムズがめっちゃ泣いて『どうか慈悲を』って嘆願してきた。

 

 アリスとエルザ経由で、『ゾウ』であったことは私も聞いてる。故郷を救ってくれた恩を返すために、サンジの身柄回収の任務を放棄して、その処分は自分が受ける形で仁義を通そうとしたとか。

 海賊向いてないんじゃないかってレベルで誠実で義理堅い。さすがはミンク族。

 

 なお聞いた話だとペコムズ、以前、ペドロがビッグ・マムに寿命を奪われて殺されそうになった時も……どうか情けをかけてほしいって懇願して、10年分まけさせたとか。

 

 今回も、せめて幼い子供達や、降伏した者達だけでも、命だけは助けてほしい、そのためなら、自分にできることなら何だってする、と、泣きながらの懇願。

 

 何を甘いことを、って切って捨てるのは簡単だ。

 というかそもそも、私らとペコムズの間にそんな……特段の縁はないので、情に訴えかけられても、っていうのが正直な感想ですらある。ルフィ達やペドロならともかくさ。

 そもそも、そのペコムズ自身『ビッグ・マム海賊団』側だしね……。

 

 けど、それを聞き届けた場合、こっちにもメリットがないわけじゃない。

 この義理堅い性格と面倒見の良さゆえに、ペコムズってビッグ・マム海賊団の中でも割と人望とか人気ある方らしいので、残党をまとめる上では有為な人材ではあるんだ。

 

 反抗や脱走は許さないけど、大人しくしていれば命は奪わない。そんな条件下で……言い方悪いけど『飼い殺し』にする上で、まとめ役を任せることができそうだ、とも思う。

 同じくまとめ役としては、上の兄弟姉妹達や、実はこっちの人員の一部と仲がいいプリンちゃんあたりも候補だけど、多くて困ることはあるまい。

 

 ペドロやルフィ達的にも、過去にペドロの命を(10年分)助けたペコムズの頼みを無下にしたくはないっていう思いもあったみたいだし……メインは私達『金獅子海賊団』とはいえ、彼らもこの戦争の当事者ではあった。

 だからまあ、名目上、最大限聞き届ける形にしてってことにすれば……いいか。

 

 結論として、降伏してきた連中(まだ子供の年齢の兄弟姉妹含む)については、何かしらの条件ないしペナルティを付けたうえで軟禁。

 降伏してないけど、こちらで生け捕りにして捕虜にした連中については、今後の脅威度や、これまでの悪質性その他諸々を鑑みて個別に判断、ってことになる。

 

 なお、一部はアリスが欲しがってるのであげることになる。

 

 また、ペナルティの内容については、痛めつけて拷問なんかしても別に面白くもないので、何かしらこちらに実益のあることを科すつもりである。

 ビッグ・マムがやってたように、『(ソール)』を……寿命をもらうとか、ね。

 

 総じて、おおむね当初の予定通り……にプラスして、ペコムズとかの顔を立ててちょっと手心を加える程度にした感じかな。

 全く甘い顔をしてあげることはできないのは……悲しいけどこれって戦争なのよね。

 最初に(しかも割と全方位に)喧嘩売ってきたのはそっちなので、そこは納得してもらう。

 

 

 

 ビッグ・マム海賊団についての処置はこんな感じとして、次。

 今度は、味方として戦った人達についての今後の対応。

 

『ハートの海賊団』とか『ボニー海賊団』みたいに、『金獅子海賊団』の傘下として戦った人達には、当然色々とご褒美が出るわけだけど……今回の場合、それ以外にも参加した団体がいくつかあったからね。

 

 ルフィ達『麦わらの一味』に加え、ジンベエ親分を助けるために参戦した『タイヨウの海賊団』や、騙されて殺されそうになった仕返しで参戦した『ジェルマ66』、あと、最後の方ちょこっとだけど、ベッジ達『ファイアタンク海賊団』も参戦してたな。

 これらの団体のうち、正式に共闘を持ち掛けて組んだのはルフィ達だけで、他は成り行きで参加した感じだけど、敵のかく乱やら幹部討伐やらで活躍してもらった面もあるので、何かしら分け前的なものを用意する形にはなると思う。

 お金が望みならお金で、物資が必要ならお望みのものを現物で……みたいな感じ。今後検討していくことになるだろうな。

 

 ファイアタンク海賊団はギャングとしてのキャリアがあるし、ジェルマはそもそも国家だから、外交交渉のノウハウもあるだろう。そのへんは慎重に交渉して決めることになるだろうな。

 ……ま、やるのは私じゃなくて、例によってパパの管轄だから、私が何か気にしたり心配することじゃないが。

 

 が、それよりも前に……

 

「あ、ルフィ。もうちょっと後になるけど、戦争勝ったお祝いの宴やるけど出てく?」

 

「「「出る―――!!」」」

 

 海賊が戦いに勝った後にはほぼほぼお決まりのコレ。

 今まだ忙しいから後日、準備が整ったらになるけど……大変だった分、思い切り盛大にやろうと思う。ルフィ達も皆呼んで、目一杯飲み食いして楽しもう。

 

 

 

 とまあ、そんな、後に待っている楽しい時間のために、私達は今目の前にある仕事を片付けていたんだが……その最中のことだった。

 

 

 

 ―――ビッグ・マムが見つかった……って知らせが入ってきたのは。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 悪魔の実の能力者は、海に嫌われカナヅチになる。

 ゆえに、海に落ちても浮かんでこない、基本的に、そのまま海底に沈んでしまう。

 

 なので、私がビッグ・マムを倒した後、その死亡確認をするために、パパが配下の魚人族の兵士達に銘じて、落下地点近くの海底を探させていたが、今の今まで見つからなかった。

 

 それがさっき……なんと、このホールケーキアイランドの浜辺に、ビッグ・マムが打ち上げられているのが発見されたそうだ。

 

 落下したカカオ島付近の海域からここまで、相当離れてる上に、間に何個も島があるはずなのに、よりにもよってここに流れ着いたのか……。

 相当変な海流に捕まったのかもしれないが……能力者であるビッグ・マムが、沈んで終わりってことにならずに、浜辺に『流れ着く』って時点で割と奇跡だと思うんだが、それがしかも、このホールケーキアイランドに……ね。

 さらにそれが、死体でなく『生きて』ともなれば、なおのこと。相当悪運が強いと見える。

 

 うん、ビッグ・マム、生きてるらしいんだよね。報告によれば。

 

 自分で言わせてもらうけど、あの一撃を受けて……しかも、海に落ちて一晩以上流されて漂って生還するとは……恐ろしい生命力と悪運である。

 

 ただ、そのビッグ・マム……生きてはいるらしいが、決して『無事』ではないようだ。

 

 

 

 実際にその場に行ってみてみると、それは一目瞭然だった。

 

 部下達から場所を聞いた私達は、とりあえずパパと私、それに娘達に加え、ローにも頼んで一緒に来てもらった。

 加えて、その途中で会ったプリンとパルフェ、シフォンも一緒に向かうことに。

 

 そうして行ってみた先の浜辺で……砂浜で、岩場に寄りかかって肩で息をしているビッグ・マムを発見。

 その姿は……何とも痛々しく、弱弱しかった(ただし当社比)。この状態に追い込んだ張本人である私が言うのもなんだけども。

 

 体中傷だらけ。大きい傷から小さい傷まで、全身傷ついていないところを探す方が難しいってくらいに。

 

 その状態で海を漂ったからだろう、出血多量で……色が、白い。

 血の気のない肌の色、ってことなんだろうな……明らかに不健康な、よくない『白さ』だ。

 

 報告にあったように、相当弱ってるみたい。全然動いていないのに、息切れしてるし……よく見ると手足が微妙に震えてる。

 

「どう、ロー?」

 

「……今診てる、少し待てお嬢」

 

 オペオペの実の能力で、少し離れた位置からビッグ・マムの状態を診察するロー。

 その顔というか、表情は険しい。おそらく、単なる真剣さとはまた別な理由で。

 

 ローは、一瞬だけ、慮るようにプリン達の方を見てから、はっきり言った。

 

「……率直に言う。今からどんな処置を施したところで……もう手遅れだ。確実に助からねえ」

 

「やっぱそのくらいには重症か……」

 

 まあ、そのことに驚きはない。

 見た目一発そう見えるくらいの状態だし……そもそも、殺す気で斬りまくったのは私自身だ。

 最後の一撃だって、ビッグ・マムの命に届いた感触があった。……それを考えると、いまこうして生きてることがむしろ『なんでだよ』って感じになるというか……。

 

 しかも、そういう感じに思っているのは、どうも私だけじゃないようで。

 

「むしろ今診察してみて……何で今、こいつが生きてられるのかわからねえくらいだ。骨も筋肉も内臓も……それこそ脳にすら損傷が見られる。死んでなきゃおかしいレベルでな」

 

「……昔っから思ってたことなんだが、そういうの聞いちまうと、マジでコイツが人間なのかどうか自信が持てなくなってくるぜ」

 

「この人から生まれた(わたくし)達が一応人間ですから、一応そこに間違いはないとは思いますわ」

 

 パパやパルフェも一緒になって、そんな風に軽口を交わしてはいるものの……もう間もなく、目の前にいるこの老婆の命の灯が消えるということを思うと……なんとも言えない、重くて暗い空気になるから不思議だ。

 繰り返すが、つい1日と少し前、この老婆と全力で、殺すつもりで戦ってたのは私だし……その時、ここにいる者達の大半にとって、この老婆は敵だった。残虐で、邪悪で、傲慢で、絶対に許しておけない仇と言ってすらいいほどに思っていた奴も中にはいた、敵だったのだ。

 

 それでもこうして、もうじき費える命として目の前にすると、なんかセンチメンタルな気持ちになっちゃうもんなんだな……不思議だ。

 

 なんてことを考えていると、

 

 

 

「セェ~~~ムゥ~~~ラァ~~~!!」

 

 

 

「……え、もしかしてこれって……」

 

「こんな時でも『食い煩い』かよ。マジで一生ものの病だなこりゃ」

 

 最早暴れる力も残っていないはずの状態で、『持病』と言われた癇癪を起すビッグ・マム。

 その場から一歩も動けないのに、かすれた声で叫んで手足をじたばたさせてる姿は、やはりこう……痛々しさを感じる。

 もう、前みたいに、必死になってお菓子を用意して持ってきてくれる人はいないし、暴れる力がない以上はその必要もないんだけどね……気の毒だけど。

 

 そんな中、ふと気になったようで、レオナが首をひねりながら、

 

「ところでさ、さっきから叫んでる『セムラ』って何だ? 『食い煩い』で食べたがってるからにはお菓子なんだよな?」

 

「あれ、レオナ知らない? セムラってのは、マジパン入りの甘いパン生地で生クリームを挟んだお菓子というか菓子パンというか……まあ、甘くておいしいお菓子だと思えばいいよ」

 

 そうそう。パン生地もクリームも両方甘くて、さらにそこに粉砂糖をかけるから、すっごく甘いんだよね。なるほど、ビッグ・マムが好きそうなお菓子だ。

 

「マジパン……パンの中にパンが入ってるのか?」

 

「いや、マジパンって『パン』ってついてるけどパンじゃなくてね、そういう名前のお菓子なの」

 

 あ、それ私も昔間違えたわ……紛らわしいよね。

 

「しかし、こんな今わの際にも食べたがるってことは、リンリンの奴、よっぽどそのセムラが好物なのか?」

 

「どうでしょう……? そんな風に聞いたことはないですし、好んで頻繁に食べていたというわけでもなかった気が……。それに、そういえばママって、『食い煩い』でセムラを要求したことって、(わたくし)が知る限り1度もありませんでしたわね……」

 

「確かにそうね……シフォン姉さんはどう?」

 

「私も聞いたことないわ。もっと上の兄や姉達なら知ってるかもしれないけど……」

 

 特別好物でもないものを、おそらくは最後の食事になるであろう今、か……

 まあでも、前触れもなく突然現れる『癇癪』らしいからな。メニュー選びにもルールなんてないのかもしれないし……気にしても仕方ないか? どうせ理由も知りようもないしな。

 

 とか思っていたら、

 

「あの……いいですか、スゥさん? ちょっと、お願いしたいことがあって……」

 

「? どしたの、プリンちゃん?」

 

 少し遠慮がちに、おずおずと、プリンちゃんが私に話しかけてきた。

 その3つの目全てに、何かを決意したような、静かだけれど強い意志の光を宿して。

 

 

 

 彼女の用件、というかお願いは、いたって単純なものだった。

 

 曰く、『最後の最後に、望むお菓子をママに食べさせてあげたい』とのこと。

 つまりは、『食い煩い』のリクエストに応じて、セムラを用意して食べさせてあげたい……ということだ。

 

 ちょっとドライ……を通り越して冷たい話、放っておけばもうすぐ死ぬんだから、わざわざリクエストに応えなくても……とか思ってた。

『万国』のどこに行ったらその『セムラ』が食べられるのかもわかんないしね。生クリームを使ったお菓子だから……『濃厚島』の『ホワイトタウン』あたりかな?

 そこを治める『クリーム大臣』は、今回の戦争で海の藻屑になっちゃったけど……

 

 けどプリンちゃんからすれば……凶悪極まりないモンスターペアレント(直訳)だとはいえ、まぎれもなく自分の母親なわけで。

 海賊として散々好き勝手やってきて、いざって時に世界中に嫌われ、憎まれても仕方ない人だとはわかっていても……それでも、最後くらいは、という思いなんだそうだ。

 

 それに続くように、パルフェとシフォンも『できるなら』って頼んできた。

 ……シフォンなんか、日常的に殴られるわ罵られるわで、親子の情も枯れ果てたくらいの仲だったはずなのに……それでも、最後の最後にわいてくる情って、あるものなのかな?

 

 最後の最後くらい、美味しいものを、望むものを食べさせて送り出してあげたい、と……

 

 ……困ったことに私、そういうの、割と嫌いじゃないんだなあ……

 

 ちらっ、とパパを見る。

 

「……好きにすりゃいい。危篤のババーの看取り方云々にとやかく言うほど狭量じゃねえよ、俺もな」

 

 だってさ。

 

 

 

 その数時間後、プリンとシフォンは、自分達で『セムラ』を作った。

 

 シフォンもプリンも、お菓子作りに関してはプロのパティシエール顔負けの実力である。

 自分の得意分野ならさらにだけど、それ以外の基本的な調理技術も相当なレベルで身についてるし……それに加えて、途中でサンジに会って協力を要請できたらしい。

『ウエディングケーキ』と同じく、一緒に協力して作り上げたそうだ。

 

 それでも結構時間がかかったのは、ビッグ・マムに見合ったサイズの、1個1個がバランスボールくらいある巨大なセムラを作ってたからだ。

 外はカリッと、中はしっとりふんわりになるように焼かれたパン生地に、滑らかなクリームが挟まっていて……その上からたっぷりの粉砂糖も欠けられていて、すごく甘くて美味しそう。

 

 それを、これまた巨大なお皿に盛りつけて……ビッグ・マムの元へもっていった。

 

「はい、どうぞママ……セムラよ」

 

 待っている間にもどんどん力が抜けていき、うわごとのように『セムラ……セムラァ……』と繰り返していたビッグ・マムは、プリンとシフォンとパルフェが協力して運んできた、巨大な皿の上のセムラを目にすると……最後の力を振り絞る感じで手を伸ばす。

 そして、手に持った1つのセムラを、まるごと口に放り込んでほおばる。

 

 そのまま、もぐもぐ、もぐもぐ……と、じっくり堪能するように口の中で、割と長いこと飲み込まずにそれを味わっていたようだった。

 

 いつもならここで、『おいしぃ~~! これこれ~~!!』って感動の雄叫びが上がるところだけど……今回は……

 

 

「あぁ……マザー……!」

 

 

(((……マザー?)))

 

 そう聞いてすぐに思い浮かぶのは、やはり『マザー・カルメル』のこと。

 お茶会の時にいつもビッグ・マムの真ん前の席に置かれる写真の、謎の人物。誰が何を聞いても教えてくれないから、どんな人物なのか、ビッグ・マムにとっての何なのかとか、その辺誰も何も知らないんだけど……多分、ビッグ・マムにとって大切な人なんだろうとは思う。

 

 しかし、そのマザーの名前がなんで今出てくる?

 ひょっとしてセムラは……そのマザーとの、何かこう……、思い出の味みたいな位置づけのお菓子なのかな?

 

 それなら、今のこの……最後の晩餐ならぬ、最後のおやつに、本能的に選ばれたのもうなずけるけど……。

 

 そんなことを考えている間にも、ビッグ・マムはひょいひょいとセムラを取っては口に放り込み、を繰り返していく。

 

 表情は、とてもにこやかで、穏やかで、優しい。

 失礼は承知で……ビッグ・マムにはいっそ不釣り合いというか、逆に違和感を感じるくらいに。

 

 きっとそれは、甘くておいしいセムラの味だけが理由じゃないんだろうな。

 

 今、ビッグ・マムは、ひとかけらの覇気も纏うことはできていない。

 つまり、今であれば、能力による干渉を防ぐことはできず……私の『天国への扉(ヘブンズドアー)』も通じるだろう。今ビッグ・マムの頭の中を『読』めば、そのマザー・カルメルという人についてもわかる……かもしれない。

 

 けれど、それがいくら何でも無粋な真似であることは、考えるまでもなくわかる。

 

 ……このまま、謎は謎のまま、ってことになりそうだな。ま、しょうがないだろう。

 

 いつの間にか、その目からは涙が零れ落ちていて……何もない空中、雲の間から差し込む、柔らかな太陽の光に目が行っているようだった。

 その目には……どうやら、私達には見えないものが見えているみたいだった。

 

 そしてそれは、危なくもあり……しかし、彼女にとって決して悪いものでもなかったようで……

 

「あぁ……マザー、みんな……美味しいよ、嬉しい……」

 

「こんな美味しくて、嬉しくて……おれ、幸せだよ……皆もほら、一緒に……」

 

「誕生日……おれの、6歳の……マザー、皆、どこへ……ううん、いいんだよ、もう……」

 

「来てくれたんだね、マザー、皆……よかった……やっと、また、あえて……」

 

「これからは……ずっと、一緒に……美味しいお菓子を、皆で。一緒の、テーブルで……」

 

 

 

「あぁ……おれ、嬉しいよ……マザー……」

 

 

 

 ……『ごちそうさま』は、聞けなかった。

 それでも、巨大な皿の上に乗っていたセムラは、きれいに完食されていて……1つ残らず、ビッグ・マムのお腹の中に納まった。

 

 少しの苦痛も不安もなさそうな、幸せそうな笑顔で目を閉じたビッグ・マム。

 8メートル80センチの怪物ボディなのに、その顔はどうしてか……無邪気でやんちゃな、小さい子供のそれに見えた。

 

 そして、彼女は……それっきり、動かなくなった。

 

 声をかけても、近寄ってもゆすっても叩いても……反応はない。

 

『声』も、もう、聞こえない。

 

 再度ローに見てもらうと……診察はすぐに、秒で終わった。

 黙って、首を横に振った。

 

 

 

 この日……最後に浮かべた幸せな笑顔のまま、ビッグ・マムは、旅立った。

 きっと、最後に会えたのであろう……マザー・カルメルや、友達か何かと思しき子供達?と一緒に……安らかに、永遠の眠りについた。

 

 

 

 

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