第32話 スゥ15歳、再会
(あ~……久々に失敗したなあ……)
溜息をつきながら、そんなことを思う。
ここ最近、作家業にしろ賞金稼ぎにしろ、色々上手くいってたから……つい、気が緩んじゃってたのかもしれない。
こんな手にひっかかっちゃうとは。平和ボケというか……危機感とか警戒心が足りてなかったというか……我ながら情けない。
いや別に、警戒心とかはともかく……私が悪いというか、全面的に非があるわけじゃないんだけどね? 間違いなく。
誰が一番悪いのかって言ったら、そりゃ騙した側だよ。そして私は被害者だよ。
今私は……頑丈な鉄製の牢屋の中に入れられている。
大の大人が何人も一度に入れるくらいに、かなり巨大な牢屋だ。私の他にも、何人も同じようにして入れられている。
私を含め、入っている全員の首には……金属製の頑丈な首輪がついていて、そこから延びる鎖が壁に固定されて繋がっている。
『ワンピース』を知っている人なら、それが首につけられているという事実が何を意味するのかをすぐに理解して、『うわあ』って顔をしかめるであろうそれだ。
サクッと言ってしまうと、これはかの悪名高き、奴隷の首輪。
逃げ出そうとしたり、外そうとすると爆発するアレだ。カギがないと(普通は)絶対外せない奴。
そしてそれを装着されているということはつまり……私はまた、人さらいに捕まって、奴隷にされてしまったということである。
いや、正確にはこれから奴隷になるんだけどね。まだ売られる前だから。
そも、なんでこんなことになっているのかというと……だ。
15歳になった私は、相変わらず作家と賞金稼ぎの二足の草鞋で毎日を楽しく過ごしていた。
そんな中、冒険ないし取材で行った先の島で、けっこうな大物賞金首の海賊に出くわして……偶然一緒にそこにいた、別な賞金稼ぎのグループと協力して、そいつを討伐したのである。
一味丸ごと相手にしたから、人数もいて、船長もなかなか強くて大変だったけど……結果は私達の勝利。その島にいた市民の皆さんも守り抜くことに成功した。
その賞金首の懸賞金は、人数で割って受け取ることにして――向こうはグループだから、その分入用だろうしね――せっかくなので、お疲れ様会的に、親睦を深めるべく一緒に飲んだんだった。
……で、その……飲んでる途中からなんか記憶が飛んでて……
何か、寝ぼけてるというか、意識もうろうとしてるところを揺さぶられたり、抱えられて運ばれたような覚えがうっすらと……
そして、気が付いたらこうなってた。
なお、一緒に楽しく飲んでいたはずの賞金稼ぎ達は、目を覚ましてきょとんとしていた私を、檻の向こう側からニヤニヤと笑って見ていた。
ああ、こいつら……賞金稼ぎだけじゃなくて、人攫い屋も兼業だったのか、って、その時ようやく納得がいった。
つまり私、見事にハメられて食い物にされちゃったわけだ。
多分というかほぼ間違いなく、飲み会の時に一服盛られたんだろうな。
油断するとあっという間に、こういう悪い奴らに食い物にされちゃう世界だってことを忘れてたな……要反省である。
さて、反省はこのへんにして……まあ攫われちゃったもんは仕方ない。
ひとまず、これからどうするか決めるためにも……今の状況を把握することから始めよう。
今多分、ここは、海の上だ。
こいつらの船に乗せられて、運ばれているところだと思う。揺れてる感覚があるから。
喋ってるのがちらっと聞こえてきたから、行先は恐らく、私を売り飛ばすための、奴隷商人がいる場所。具体的にどこかまではわからないが。
幸いと言っていいのか……商品にするつもりだからか、えっちなことをされた様子はないし、これからされる気配もないみたい。
荷物とかは奪われちゃったみたいだけど、服は元のそれのままだ。その、奪われた荷物も……多分だけど、この船のどこかに積まれてるとは思う。……なかったらその時はその時だ。
……それより船が心配だな……元居た島に置きっぱなしにしちゃった。
船着き場の使用料金はあらかじめ払ってあるから、ある程度の期間は大丈夫だけど……期限を過ぎたら、撤去なり没収なりされちゃうかも。困る。
(さっさと脱出して帰らないとなー……脱出自体は簡単そうだし)
そしてこれ重要なんだけど、私は今、海楼石で拘束されているわけじゃない。
首についているコレは、さっきも言った通り、爆発するやばい首輪である。
鋼鉄製なのか、それ以外の何か合金とかなのかはわからないけど……簡単に壊せるようなものじゃなく、外すにはカギを使わないと不可能。
一部、普通じゃない手段で外せるらしい人もいるっぽいけども……まあそれは例外として置いておくことにして。
この首輪をつけられているってだけでも、普通の人からしたらもう絶望そのものって感じだろうけど……私にとっては大した問題じゃない。
私は『紙人間』だ。体を紙にすれば、こんなもんすぐに外せる。
私は普段、戦闘の際には主に体術や剣術――振り回してるのは傘だけど――を使ってて、能力を使うことはあんまりない。それに頼りきりになるのを避けるために、基本そうしている。
なので、私が能力者だってことを知っている人は、あまりいないのだ。
この人達と一緒に戦う時も、傘振り回して薙ぎ払うだけしかしてなかったからね(覇気はちょっと使った)。この首輪だけで充分だと思っちゃったみたい。
私が能力者だと知ってたら、海楼石か何かを用意してた可能性が高い。そこは運がよかった。
なので、逃げ出すだけなら今すぐにでもできるけど……海の上で暴れて逃げるのはちょっとリスクが高いな……。
仮に、人攫い集団を全滅させてこの船を乗っ取ったとしても、今は、どっちに進めば最寄りの島に行きつくのかもわからないんだ。漂流しちゃう。それは嫌だ。
そもそも、この船が1人で操縦可能なのかどうかもわかんない。
幸い、こいつらは私がなすすべなく捕まってると思って油断してくれてる。
なら、ひとまずこのまま大人しく捕まってて、私達を売り飛ばすんであろう島まで行ってもらって……そこに着いてから脱出して、ってのが一番よさそうだな。
よし、それじゃあ……それまでは暇だけど、我慢して無力な小娘のふりして、失意と絶望にうつむいている演技でもしてましょうかね。
なるべく早く着いてくれるといいなー。どこ行くんだか知らないけど。
☆☆☆
それから2日。
ようやく船は目的地に……すなわち、私達を売り渡す奴隷商人がいる場所に到着した。
しかし、その場所がまさか、ここだったとは……
「ここって……シャボンディ諸島……!」
「おや、知ってるのかいお嬢さん。そうさ、ここにいるんだよ、お前達を買ってくれる売人がな」
ニヤニヤと笑ってそう言ってくる人攫い。
それは特に気にせず、私は目の前に広がっている……不思議というか神秘的な光景を見る。
マンガで見たまんまだ。マングローブの枝や根っこでできた大地に、大小さまざまなシャボン玉がふわふわ浮いてる。
あっちで飛んでるの……アレが『ボンチャリ』って奴か。乗ってみたいな。後で乗ろう。
見た目にも面白そうで楽しそうな場所ではあるし、実際に観光地とかも充実してて見どころもいっぱいあるんだけど……その反面。今から私達が売られていくような、黒い部分というか、無法地帯的な場所もガッツリ存在するのがこの『シャボンディ諸島』だ。
さすがは、『偉大なる航路』前半の海の最終地点。人の業や欲望がいろんな形で行きつく場所……って感じがする。
何よりここ……悪名高い『天竜人』がたびたび出没する場所なんだよな。
そう考えると……まあ、怖い。『冒険』してみたくなった心が、冷や水を浴びせられたみたいに、一気に冷静にさせられてしまう感じがする。
まあ、いいやそれは。
こうして無事に目的地に着いたんだし……もういいだろ。
よし、じゃ……逃げるか。
ガチャリ、と音を立てて首輪に手をかける私。
それを見て人攫いは『おいおい』と呆れた風に声をかけてくる。何を無駄なことを、とでも言いたげな、面倒くさそうな様子で。
「おい、やめとけお嬢ちゃん。最初に説明しただろ、下手に外そうとすると、その首輪爆発すんだぞ。せっかくのかわいい顔がふき飛んじま―――」
『吹き飛んじまうぞ』とか言いたかったんだろうかね。
しかし、言い終わる前に……私は首輪を思いっきり引っ張る。
その瞬間、私の首は一瞬だけ『紙』になってほどけ……首輪はそのまま横に引っこ抜けた。
「……は?」
何が起こったかわからずに茫然としている人攫いたち。
その前で、私の首はすぐに元に戻り……しかし、首輪はきちんと外れて、私の手の中に収まっている。いらないんでそのまま投げ捨てる。
その時の『ガシャン』という音にはっとして、ようやく人攫い達は、目の前で何が起こったのかを……私が解放されてしまったということを認識したようだった。
慌てて動き出し、武器を取って、『捕まえろ!』とか『動くな!』とか『能力者か!?』とか騒ぎ出して……まあ、ゆっくり付き合ってやる必要ももうないか。
「お前っ、な―――」
「紙剃吹雪!」
はい、おしまい。
油断しきっていた人攫い集団、全員血の海に沈みました。
一応、生きてはいると思うよ? 手当とか別にしてやらんけど。
途中、ヒューマンショップの中からスタッフらしき人が出て来て、彼らもこっちに武器を向けて取り押さえようとしてきたので、一緒に蹴散らしちゃった。
別に良心が痛んだりもしないし、悪いとも思わないけど。むしろ、海軍もしらんぷりする社会のゴミを片していいことしたって思う。
さて、こんな感じで私は解放されたわけだけども……ちらっと見ると、私と同じように、首輪をつけられて閉じ込められてる人がまだ何人も檻の中にいる。
そのほとんどは、まだ状況が理解しきれていないのか、あっけにとられているようだけど……中には、何かを期待するように私に熱い視線を送ってきている人も。
時折、その視線はチラチラと、倒れている人攫いの方に……正確には、そいつらが持っている、牢屋と首輪の鍵に向いている。
はいはい、わかってますよ。
私も別に、自分だけ助かって他の人達は知りませんはいさよなら……とかするつもりはなかったからね。安心してくれ。
人攫いの腰から鍵束を奪い、牢屋を開ける。
そして、『後はご自由にどうぞ』という感じで牢屋の中にそれを投げ込んだ。
当然ながら、我先に飛びついて首輪を外し、逃げ出していく奴隷未遂の皆さん。よかったね、売られる前に助かって。
……まあ、船で運ばれてきたわけだから、元居た場所とは当然違うだろうけど……そこは個人で頑張ってくれ。
私はというと、人攫い達の荷物やら倉庫やらを漁って、自分の荷物やお金を取り戻していた。
よかった……後でから仕分けするつもりだったのか、荷物はそのまま残ってた。武器の番傘も。
ついでに迷惑料として現金と、その他金目のもの(かさばらない貴金属など)を根こそぎ失敬しておく。人攫いを相手に遠慮するつもりも情けをかけるつもりもありませんので。
ついでのついでに嫌がらせもしておく。
連中を空になった檻に放り込み、爆発首輪を連中の首にガチャッと着けて、そこから延びる鎖を壁につないで……鍵は海にシュゥゥゥーッ! 超・エキサイティンッ!
……ふぅ、すっきりした。
その後、せっかくなのでヒューマンショップの中もちょっと覗いてみた。
スタッフは全員私がぶちのめしたので、中にいるのは奴隷(になる前の商品)だけだ。
こちらももののついでってことで、壁にかけてある鍵を失敬して檻を開け、中にいる奴隷達に首輪を外させてあげる。
突然のことでこちらの皆さんも驚いてたようだけど、とても喜んでいた。
いくつもある牢屋をそんな感じで次々と開放して回っていたんだが……その途中、
「…………ん、んん!?」
何個目かの檻の中に、ちょっと思わず二度見してしまうものを見つけた。
当然、中に入っているのは奴隷なんだけど……その檻にいたのは、人間じゃなかった。
魚人だ。
しかも、腕が六本あり、肌は赤っぽく、額が大きくて丸く、口が前に突き出ていて……
「ニュ~!? 何だよお前、お前も人攫いの仲間かぁ!?」
この口調である。
どう見てもはっちゃんですね。ワンピースの中では比較的無害かつ人懐っこい部類に入る魚人の原作キャラですね。
当初は敵だったけど、後から味方になって、ルフィ達はもちろんナミからも受け入れられた。
今、いくつくらいなんだろ……魚人であることも手伝って、いまいち年齢わかりにくい。原作でいくつだったのかも知らないしな……私と同じか、少し年上に見えるけど……。
まあ、それはひとまずおいとくか。
「いやいや、私は人攫いじゃないよ。むしろ攫われてきた側だし」
「え、そうなのか? でもお前外にいるし、首輪もついてないぞ?」
「そりゃ抜け出して外したからね……っと、こんな牢屋の中と外で話してるのもなんかアレだよね。ちょっと待っててね……っと」
他の奴隷達と同じように、牢屋の鍵を開けて、首輪の鍵も……ええと、これかな?
「ニュ!? 何だ、逃がしてくれるのか!?」
「そだよ。まあ、ここにいた連中私が全員倒しちゃったからね、今のうちにさ」
「おぉ、ありがとう! お前、人間だけどいい奴だな! あ、おれ、はっちゃんって言うんだ。ハチって呼んでくれ!」
にっこりと嬉しそうに笑って、素直にお礼を言ってくる彼の様子を見てると、いかにも人のよさそうな、なんならちょっと子供っぽいくらいの、普通の兄ちゃんって感じである。
原作と同じで、無邪気というかなんというか……良くも悪くも純粋なんだな。
多分これから先、色々あって『魚人海賊団』の微妙な立場や考え方の中で生きていくことになるんだろうけど……それについては今考えても仕方ない。
「痛たたたたっ!? ちょ、ちょっと待ってくれ! 痛い!」
「うん? 痛いって何が……」
突然はっちゃんが痛がり出したので何かと思ったら、首輪のパーツが髪の毛を噛んじゃってるみたいだった。外そうとすると髪が引っ張られて……それで痛かったのか。
しかも、なんか変な風に噛んじゃってて、外れそうにないな。
「ちょっとコレ、髪切っちゃっていい? 外すの無理そう」
「ニュ~……仕方ないな。頼むよ……ええと」
「ああ、そういや名前まだ言ってなかったね。私、スゥ」
自己紹介しながら、私は小さめのナイフを取り出す。
はっちゃんの肌を傷つけないように、絡んでる髪だけを……
―――ド ク ン !!
「お゛、っ……!?」
その瞬間、何の前触れもなく……脳を盛大に揺らされたみたいな衝撃が突然、私を襲った。
何が起こったのか、誰に何をされたのか……何もわからない。
振り向くこともできない、力が入らない。意識が遠のく。
「ニュ!? どうしたいきなり!? しっかりしろ!」
そんな、はっちゃんの慌てた声だけが耳に……それもかなり遠くに聞こえる感じで響いて。
何一つわからないまま、何もできないまま……私の意識は闇に沈んだ。
☆☆☆
「……知らない天井だ」
目が覚めた私の口から、きわめて自然にそんな言葉が出てきたのには、驚けばいいのか呆れればいいのか……まあいいやどっちでも。
寝起きの割に、やけに頭ははっきりしている。寝る……というか、意識を失う直前までの記憶もきちんとある。
なんというか、こう、頭にガツンと衝撃が来たような感覚があって……いやでも、『ガツン』とはいったけど、鈍器で殴られたとかそういう感じじゃないんだよな。
まるで、頭の中に直接ショックが届いたみたいな……今までに経験したことのない、未知の感触だった。
てっきり、まだ生き残りがいた人攫いに奇襲食らって、あーこれは目覚めたらまた首輪つけられて檻の中かな、とか思ったんだけど……覇気でも纏ってない限り、私に打撃は効かないし、見聞色に引っかからなかったのもおかしいと言えばおかし…………まてよ? 覇気?
……あれ、あの時のってもしかして……?
いきなり意識を奪われると言えば……『覇王色』の……
と、その時だった。
「あら、起きたのね、スゥちゃん」
「え?」
突然そんな声が聞こえて、反射的に声がした方を見る。
するとそこには、1人の女性が立っていた。
今まさに扉を開けて入ってきたばかり、って感じ。手には、洗面器とタオルを持ってる。
私は、その女性に見覚えがあった。
記憶の中にあるそれとは、服装とか、纏ってる空気が結構違う感じがするけど……こちらに向けられる、優しくて落ち着いた感じの笑みは……この懐かしい感じは……間違いない。
何せ、命の恩人だ。間違えようもないし、忘れるはずもない。
そういえば、ここシャボンディ諸島だっけ。だったら……この人に会ってもおかしくないのか。
「シャクヤクさん……!」
「久しぶりね、スゥちゃん……元気そうでよかった」