村が滅ぼされ、『九蛇海賊団』の船に拾われてから数週間。
私は今日も、雑用係として元気に働いている。
海賊船での雑用だって言うからどんなもんかと身構えちゃってたんだけど、そこまできつくはない。私でも十分こなせる程度の仕事だけが割り振られていた。
主に、皿洗いとか掃除とか、家事手伝いレベルのことだけである。
下手に無茶言って失敗されてもそっちの方が面倒だから、っていう理由だそうだけど。
むしろ、5歳にしてはよく働くって感心された。
力もあるし体格もいいし、いい意味で予想外だったみたいで。
特に新入りの皆さんにはありがたがられた。私が今やってる雑用って、主に新入りさん達が任される仕事だったから……まあ、ぶっちゃけ面倒な仕事だったと思われてたみたいで。
私がそれを、全部ではなくてもやるようになったことで、楽できるようになったってさ。
そして、そんな雑用生活の中で、私にとってもありがたかったことが2つある。
1つは、色々な本を読めるようになったこと。
雑用仕事の一つに、倉庫の整理があるんだけど……荷物の中に、けっこうたくさん、本やら新聞やらがあるんだよね。略奪品もあるけど、普通に買って仕入れたものもある。
彼女達の拠点である『女ヶ島』は、『凪の帯』の中にある、外界からほぼ隔絶された島だ。世間の情報を手に入れる術が少ない。
ニュース・クーは来るから新聞は読めるけど、本とかを手に入れるには、こういう航海の時に買うなり奪うなりして持ち込むしかない。
『九蛇海賊団』は商船とかも普通に襲うから、その時に一緒に略奪して手に入れるみたい。
それらの整理をするわけなんだけど、私もそれらの本を読んでもいいって言われてるのだ。読書好きな私にとってはとてもありがたい。
もちろん、きちんと仕事終わった後でだけど。
それともう1つは、私が日課にしている修行についてだ。
これも、仕事終わった後に、邪魔にならないように部屋で――もとは倉庫だったらしい空き部屋を割り当てられて、そこで寝起きしてます――筋トレとか素振りとかやってたんだけど、偶然それを見ていた船員さん達が『修行見てあげようか?』って言いだしたのである。
彼女達曰く、我流にしてはそこそこ様になってるし、やる気もありそうだったし、暇つぶしにもなるから……という感じの理由だったみたいなんだけど、私的にはすごくありがたい。
何せ、『九蛇海賊団』といえば、いち戦闘員レベルですら『覇気』を使用可能な戦闘民族だ。国民は皆、一流の戦士になることを夢見て幼いころから訓練を積み、その戦闘能力はグランドラインでも多くの海賊におそれられるレベルに高い。
そんな人達に見てもらえるなら、もっと強くなれるかもしれない。我流のままじゃ限界があるだろう、って元々思ってたし、ちょうどよかった。
それからは、時間がある時に、手が空いてる人にだけど、訓練を見てもらえるようになった。
と言っても、毎日誰かしらは暇そうにしてるので、ほとんどシフト制みたいな形で、結局毎日見てもらってたけど。
効率的な鍛え方や、武器の扱い方を学んだり、手遊び程度に稽古の相手してもらったり。
思ったより筋がいいって言われて嬉しくなって、力を入れすぎて、次の日筋肉痛になって家事手伝いがきつかったりもしたけど。
それでも仕事をしないわけにはいかないので、頑張りました。
結果的に、基礎体力や回復力を鍛えるいいトレーニングになった気がする。ヨシ!
☆☆☆
今日も今日とて、小さな体で雑用作業を一生懸命こなすスゥ。
甲板を濡らしたモップ掛けして汚れを丁寧に落としていくその姿を、一段上のデッキからシャクヤク達は見下ろしていた。
「あの新入り、予想以上によく働きますね、船長」
「こら、新入りじゃないでしょ。別に海賊団に入れたわけじゃないんだから」
「あ、そうでした」
「でも、よく働いてくれるのはホントですよね。細かい所にもよく気が付くし、掃除も丁寧だし」
『九蛇海賊団』がスゥを拾ったのは、数日前にとある島に立ち寄った時。
あまり豊かでもない島だとは聞いていたため、略奪する旨味もなさそうだと思い、普通に物資の補給だけ済ませていくつもりだったのだが、その島はすでにほかの海賊に襲われ滅びていた。
火事場泥棒や墓荒らしのような真似は好きではなかったため、さっさと出航しようと考えたが、時間がもう遅かったため、ひとまず一晩だけその島で碇を下ろした。
その時、念のため周辺の警戒と偵察のために放った部隊が、その少女を見つけてきた。
所々焦げた服、靴は履いておらず、船医に見せたところ、極度の疲労と軽い栄養失調だという。
状況からして、あの滅んだ村から1人で逃げてきたらしいことは明らかだった。子供には長すぎるだろう距離を、裸足でよく歩けたものだと、感心する者も少なくなかった。
その後、持っていた荷物と引き換えに彼女を助けたのは、彼女にも言った通り単なる気まぐれだった。
雑用を任せることに関しては、さほど期待はしていなかったのだが、こちらはいい意味で期待を裏切られた。スゥは実に真面目で、よく働く。
5歳児とは思えないくらいに体力もある。物覚えもいいため、日に日に要領がよくなっていく。自分達に楽をさせてくれる分には、皆、彼女のことは歓迎していた。
それにもともと、九蛇には子供が好き、ないしは嫌いではないものも多い。
『女ヶ島』には女性しかおらず、まれに外界に遠征に行った者が子供を宿して帰ってくるのだが、そうして生まれた子供は島民たちが協力して面倒を見る。ゆえに、自分が生んでいなくとも、誰かの何かしらの手伝いをする形で、ほとんどの者は『子育て』を経験するのだ。
粗暴で下品な『男』という生き物であればともかく、女の、しかも純粋で真面目で自分達の役に立ってくれる子供であれば、彼女達の中に悪感情も生まれてはこない。
後は純粋に、彼女の働きそのものに対する評価だけである。
それに加えて、勉強家な部分も高評価だった。
孤島に居を構える関係上、どうしても外界の情報に鈍感になりがちな『九蛇』においては、外の世界の情勢にそもそも興味を持たない者も珍しくない。
加えて、外の世界であれば一般常識だと言えるような知識でも、『九蛇』では全く知られていないということもよくある。
しかし、シャクヤクを筆頭に、時として知識や情報というものが大きな武器になると知っている一部の者は、新聞や本にしっかりと目を通し、それらを吸収していくスゥに対する評価は高い。
(ほんと、5歳とは思えないくらいにしっかりした子よね……勤勉な部分なんて、うちの若い子達に見習わせたいくらい。よっぽど親の教育がよかったのかしら)
「船長、いっそ正式にスゥのこと、九蛇に入れませんか? あいつ要領いいし、しっかり鍛えてやればいい戦士になると思いますよ」
「あ、それ賛成! あの子が仲間になってくれればすっごい楽になりそう!」
「こら新入り共、それはあんた達が雑用仕事楽したいだけでしょ」
「いや、それは……まあありますけど、でもほんとにアイツ筋いいでしょ?」
「そうねえ……」
シャクヤクは燃え尽きたタバコを灰皿に捨て、新たにもう1本取り出して火をつける。
眼下では、隅から隅までモップをかけ終えたスゥが、一息ついて休む……かと思いきや、今度はすぐに雑巾を手に取って拭き掃除に移行するところだった。
「……あの子が自分から望むなら、それもいいかもね」
(……故郷を滅ぼしたのと同じ『海賊』になりたがるかどうかは、微妙だと思うけど)
後半のセリフは、言葉にせず飲み込んだ。
代わりにとでもいうように、シャクヤクは口からたばこの煙を吐き出して、まだ楽しそうにワイワイ話している船員達を引き連れて、船内に戻っていった。
☆☆☆
それからしばらく、私は『九蛇』の船に乗せてもらっていた。
……しばらくっていうか、なんか予想以上に長く乗ってる。もうそろそろ、拾ってもらって半年くらいになる。
というのも、もともと今回の航海はかなり長期の予定だったらしいのと……『海賊団』だけあって、基本的にこの船が行く先って略奪の対象なんだよね。
その相手は、海に近い町や村だったり、偶然見つけた可哀そうな商船だったり、他の海賊船だったり、さまざまである。
様々だけど……私が降りられるような平和な町とかは極端に少ない。
いや、『平和』というだけならなくはないんだけど……私が暮らしていけそうな町は、中々ない。海賊船に乗っていた、身元もよくわからない子供を受け入れてくれるような町はね。
それにこの時代、余所者を受け入れない排他的な風習が根付いてたりすることも珍しくない。
その他もろもろ、色々な理由で、私が船を降りられるような街に到着することがなかった。
あと、コレ関係あるかどうかわかんないけど……最初の頃に比べて、私自身がこの船になじんできて……自意識過剰でなければ、すっかりクルーの1人として扱ってもらってる。
最初の頃みたいに、『同じ船に乗ってる他人』って感じの扱いじゃなくなったように感じるんだ、最近は。
……そのせいか、任される仕事も最初の頃より増えた。
家事手伝いや荷物の整理の他に、買い出しの手伝いや港での情報収集(子供であることを生かして警戒心を低くさせて聞き込み他)、その他色々。
中でも個人的に面白かったのは、『新聞づくり』だった。
これは以前、とある船員が『新聞って長いしわかりにくいから読む気しないんだよねー、情報が大事なのは船長がいつも言ってるからわかるんだけどさー』とか言っていたのをきっかけに始めた手伝いである。
まず、私が新聞を読む。
これは私にとっても日課なので、仕事とかそういう意識は全然ない。負担でもない。
次に、その新聞に書いてあったニュースを、要点だけわかりやすくまとめる。
なるべく短く、さっと読めるように、子供でも理解できるくらいの簡単さで。
そしてその、わかりやすくまとめたものを、新聞を読むのをめんどくさがってたクルーの人達が読む……というわけ。
この『スゥちゃん新聞』――誰がそう呼んだのか、いつの間にかそう呼ばれていた――が結構好評で、午後イチくらいに出来上がるそれを心待ちにしてて、回し読みしている人達が結構いる。
シャクヤクさんもこれについては、船内の情報弱者を減らすことに役立ってるから、面白いし役に立つ試みだってほめてくれた。
……その一方で、5歳児に新聞の内容の解説してもらってるに等しい読者……もとい、新入りの人達には呆れてたけど。
私自身楽しんでやってるから、全然いいんだけどな。
もともと活字を相手にするのって結構好きだから。読むのも書くのも。どんなふうに書いたらわかりやすいかな、嫌にならずに読んでくれるかな、って考えながらまとめるのが楽しい。
あと、仕事と並行して相変わらず修行も続けている。
船に乗る前に比べて、さらに動けるようになってきたし……武器の扱いも様になってきた、という評価をもらっている。
もちろん、『子供にしては』って頭につくけどね、相変わらず。
そして実は、1度だけだけど、実戦も経験した。
他の海賊団の船との戦いになった時、『九蛇海賊団』が一方的に優勢だったんだけど……イチかバチかで闇に紛れてこっちの船に忍び込もうとしてた敵が何人かいたのだ。
窓から外を見ていた私は運よくそれに気づけて、すぐに船にいた人たちに知らせた。
忍び込んできた人達はたちまち討ち取られたけど、1人だけ幸運にもそれらをかいくぐって中に入ろうとしてきた人がいて……その人がドアを開けた瞬間、中にいた私が飛び出し、低い位置から木刀(いつも訓練で使ってるやつ)を振り上げて顎に一発叩き込んだ。
当たり所がよかったのか、上手く脳を揺らせたみたいで、相手は仰向けにぶっ倒れた。
気絶はしてなかったけど、起き上がってくるより先に他のクルーがとどめを刺していた。
皆、『無茶するなあ』と呆れつつも、修行の成果が出てたいい一撃だったぞ、ってほめてくれた。
より一層、みんなとの距離が近づいたみたいで嬉しかった。……海賊だけど。
そんな生活が続いたある日の夜のこと。
私は、シャクヤクさんに船長室に呼び出された。
私とシャクヤクさんの2人だけしかいないその部屋で聞かされた話というのが、
「私を……この海賊団に?」
「そう。よければ、このまま一緒に私達と海賊をやらない?」
なんと、『九蛇海賊団』への勧誘だった。
いや、正確には……今後のことを考えた話の中で、その話も出てきた、って感じなんだが。
「もうすぐ私達は、遠征を終えて『女ヶ島』に帰ることになるの。けれどそこは、余所者を招き入れることを禁じる掟があってね。男性は論外だけど、女性であっても、『九蛇』の戦士以外の者を、みだりに島内に入れることはできない」
ふむふむ、なるほど。
余所者=私、ってことだな。
「だから、今のままだとあなたは島に入れるわけにはいかない。けれど、正式に私達の仲間に……『女ヶ島』の一員になるのであれば、そこに入ることもできるわ。もちろん、引き続きこの船に乗ることもできる。きちんと、『九蛇』の仲間としてね」
「……もし、お断りした場合は?」
恐る恐るそう聞くと、シャクヤクさんは特に気分を害した様子もなく、笑って答えてくれた。
「その時は、当初の予定通り、船を降りてもらうことになるわね。これから帰還前に最後に立ち寄る島は、実質的に私達『九蛇』の縄張りのような扱いの島なんだけど……そこでなら、海賊船に乗っていたとしても妙な目で見られることはないわ。むしろ、過ごしやすいはずよ」
なるほど、そこで降りて、そこからは自力で暮らしていくことになる……か。
海賊になるか……一市民に戻るか。
自由だけれど、危険だし犯罪者になる道を選ぶか……ほどほどに窮屈だけど、危険もほどほどな道を選ぶか……
5歳児が決めるには、ものすごく大きい決断だな……コレ。
「どちらを選んでも責めはしないから安心して頂戴。私達の仲間になってくれるのなら、そりゃあ嬉しいけど、我慢して仲間になるのはむしろ迷惑。自分の心に正直になって、自分の歩みたい人生を選んでちょうだい」
「…………」
「返事は今すぐじゃなくていい。そうね……明後日の朝までにお願いね」
その夜はひとまずそれで終わり。
私は部屋に戻り、もうすっかりその感触に慣れてしまった、硬いベッドに横になった。
この半年でこの硬さにもすっかり慣れていた。いつもなら、横になればすとんと寝られるんだけど……この日はさすがに、中々眠れなかった。
そして、あっという間に、結論を出す期限……その朝は来た。
私の答えは―――