□月*日
今日、いつにもまして嫌なことというか……悲しい、鬱になることがあった。
私は『第27婦人』としてこの、バノサッカ聖の別邸に招かれた。
あれから、何人か妻が『卒業』したり、あたらしく私の後に妻として入ってきたりもしたので、人数とか序列はだいぶ変わってるんだけど……ややこしいので一旦、私を『第27婦人』として説明させてくれ。
そのしばらく後に、私の後輩として入ってきた、『第28婦人』の娘を覚えてるだろうか。
望まぬ形で、家族と引き裂かれてここに連れてこられた結果、ずっと沈んでて雰囲気が暗かった子だ。あれから結局、ほとんど改善せず、無口でうつむいたままだった。
バノサッカ聖もそれに気づいていて、なんだか怪訝そうな目でよくその娘を見てたから、まずいんじゃないかとは思ってた。
気に入らないからって……ひどい目に合わされるんじゃないかと。
追放されるくらいならまだいい。いやむしろ、自由になれるんだから喜ばしいだろう。
……問題は、それ以外の方法で、不興を買った責任を負わされる形になった時だ。
そして、今回……実際にそうなってしまったのである。
『もうやだ、帰りたい』
その娘は……ほとんど無意識に、そんな風に呟いてしまったのを、運悪くバノサッカ聖に聞かれてしまった。
結果、怒ったバノサッカ聖は、その子を『妻』から『奴隷』に格下げした。
きらびやかなドレスから、奴隷の粗末な服に着替えさせられ……あのマークの焼き印を押され……『第28婦人』だった娘は、どこかへ引きずられていき……二度と戻ってこなかった。
さらに、彼女つきのお手伝いだった女奴隷の子も、連帯責任で引っ立てられていった。
こういうことも起こり得るだろうって、想像はしていた。
それでも、先輩達を含めて、こんなことになったのを見たことがある人はほとんどいなかったため……中々にショッキングだった。
それでも、それで私達まで暗くなってしまい、不興を買うのは怖い。
皆、無理にでも、いつも通りに過ごしていて……それを見て、『うむうむ、これでいいえ』って、バノサッカ聖は何も知らずに笑っていた。
……あの人にとって重要なのは、やっぱり、見栄えのいいペットとしての私達なんだな。
□月+日
今日は、悲しいことと喜ばしい(?)ことが両方あった。
今日、バノサッカ聖の本宅でホームパーティみたいなのがあり、私達もそこに呼ばれた。
珍しく、インテリアとしてじゃなく……そこでパーティに参加するために、だ。
ただまあ、あくまで主役はバノサッカ聖と他の天竜人の皆さんで、私達はただの賑やかし要員みたいな感じだけどね。当然、何につけても天竜人の皆さんを優先しなくちゃいけないし。
私はそれに加えて、またハンコック達と一緒に剣舞を披露することになった。
あの剣舞、それを見ていた人達から口コミで広まって話題になって、ちょくちょくやる機会があるんだよね、ハンコック達と一緒に。割と好評なの。
やるとバノサッカ聖の機嫌もよくなるし、ご褒美貰えることもあるし……ハンコック達との交流の機会にもなるから、私としても嫌じゃない。
ハンコック達は……九蛇の舞を見世物にして、野蛮な男から施しをもらうなんて……って、ちょっと不本意というか、色々思うところはあるようだったけど……身の安全には代えられないので、何も言わずに真剣に舞っている。
なお、毎回演目が同じだと飽きられるので、使えそうな九蛇の演目をいくつかローテーションで踊っています。
今日もそんな感じで、好評のうちにステージは終わった。
その後、聞こえてきた天竜人同士の雑談の中に……まず、『悲しいこと』があった。
元『第28婦人』だった、奴隷に落とされてしまったあの娘と……連帯責任で追放された、その娘の使用人だった女奴隷の子。
その2人共が、死んだという話が聞こえてきた。
あまり詳しいことはわからないけど……過酷な現場でつらい仕打ちを受けて、それに耐え切れず命を落としたらしい。
どうにか顔には出さなかったけど……長くはないけど短くもない期間を一緒に過ごした仲だ。
せめて、冥福をお祈りいたします。
冒頭に言ったうちのもう1つ、『喜ばしい(?)こと』は、そのしばらく後にあった。
ちょっと話は前後するんだけど、今回のホームパーティ、本宅に呼ばれたのは『妻』だけで、そのお手伝いさん役の奴隷達は、別邸で留守番だったのね?
で、演舞のしばらく後、風にあたりに外に出たんだけど……その時、ふと別邸の方を見たら……別邸と本邸を区切る柵のすぐそば、植え込みの陰のあたりに何か蠢く者がいたような気がして。
『え、マリージョアに不審者?』と思って恐る恐る近づいてみると……そこに、1人の男の人がいた。
ボロボロの服に、奴隷の首輪。間違いなく、天竜人の奴隷だ。
暗くて分かりにくいけど、緑色の髪に、精悍な顔つき。割と体つきはがっしりしてる気がする。
主がここでの夜会に参加する間、待っていろって外に放置されてるんだと思うけど……その彼が、柵の向こうにいるステラと……すごくうれしそうに話してた。
少し距離があるからか、微妙に声が……抑えようとしているようだけど、それでも大きいな。
その後すぐに、きょとんとしてた私にステラが気付いたことで、その男の人も私に気づいた。
そしてすぐに、『お願いだから見逃してほしい』『2年ぶりに会えたんだ、もう少し彼女と話させてくれ』って……ステラも一緒になって懇願してきたのである。
話を聞いてみると、彼がいつだったか聞いた、ステラの大切な人……『テゾーロ』さんだということがわかった。
ステラが天竜人に買われそうになった時に、反発して天竜人に歯向かってしまったために、罪人として奴隷にされ、ステラと離れ離れにされてしまったっていう人だ。
偶然その所有者がここのパーティにきて、外で待たされていた時に……隣にある別邸の庭で涼んでいるステラを見つけて、奇跡が起きたと思って、思わずこうして駆け寄ってしまったと。
主人が戻ってくれば、また離れ離れにされてしまう。どうかもう少しだけ話させてくれ、と。
普段は控えめで自己主張の少ないステラまで一緒になって、必死で、涙ながらに懇願するもんだから……私もその気持ちに負けてしまった。いいよいいよ、好きなだけ話しな。
見逃すついでに……今のままだと話す音量がちと大きくて気づかれてしまいそうだ。
テゾーロさん、おそらくは所有者の天竜人にだと思うけど……家の外側の柵に、首の鎖をつながれていて……それを目いっぱい伸ばしてステラさんの近くまで行こうとしてる状態なんだよ。
それでも遠いせいで、声がちょっと大きめになっちゃってるんだ。これはよろしくない。
幸いというか、今ちょうど私は、『演舞』のために海楼石のアクセサリーを外されていたので、『パサパサの実』の能力を使って……糸電話を作ってあげた。
糸は、ボロボロでほつれまくってるテゾーロさんの服からちょっと拝借して。
出来栄えとしてはおもちゃそのものだけど、話す分には問題ないだろう。
使い終わったら、ステラさんが手繰り寄せて回収して、破って捨てて処分するようにって言って……そのまま2人にしてあげた。
その約2時間後くらいに、ホームパーティは終わって、私達も別邸に帰ってきた。
ステラさんに、すごく丁寧にお礼を言われた。
久しぶりに彼と話すことができて、お互いの無事を確かめ合うことができて、本当にうれしかった。ありがとう、って……泣きながら笑って言っていた。
糸電話もきちんと処分したそうだ。
部屋の隅にある暖炉をちらっと見ながら、そう言っていた。ならよし。
できることなら、これからも何かの機会にこんな風にして会えるといいね。
――追記――
夜寝る前、奴隷用の部屋に戻って寝るステラを見送ってしばらく。
ベッドの中で、ふと……怖いことに気づいてしまった。
ホームパーティで聞いた通り、『第28婦人』だった娘と、そのお手伝いだった奴隷の子が死んだそうだ。
彼女達の失脚の原因は、いつまでも気持ちを割り切ることができなかった『第28婦人』の子の、『もうやだ』という言葉を、バノサッカ聖に聞かれて、不興を買ってしまったこと。
奴隷の子は、連帯責任で、彼女と一緒に過酷な現場に送られた、と聞いている。
ところで、『第28婦人』の娘は、その数字が示す通り、『第27婦人』である私の1つ後に、ここに『妻』として来た子だ。
もしも。もしも、だ。
私がバノサッカ聖に見初められることなく、マリージョアに来なかったとしたら……彼女は私のポジション、すなわち『第27婦人』になっていたことになる。
それはつまり……ステラが、彼女のお手伝いについていたってことだ。
もしそうなっていたとしたら、彼女の失脚に伴って、ステラは……
………………
……ステラではなく、別な奴隷の子がそうなって『よかった』なんて言う気はない。
それは、その子に対してあまりにも不謹慎だ。
けど、それでも……ステラがそうならずに済んだことは、本当に、よかったと思う。
思わずにはいられない。今日、あんな風に楽し気にテゾーロさんと話す彼女を見ていたら。
そして、そのままさらに数か月の時が過ぎた。
ハンコック達とは、『演舞』を通してちょくちょく会ったり、話す機会があり、隙ないし時間を見つけてだべったりする仲になった。
『演舞』の練習として軽く剣やら何やらを交えて手合わせみたいなことをしたりもした。あんまり激しく、騒がしくはできないけど。
最初の頃よりも待遇がよくなり、姉妹3人以外にも話せる相手ができたからか、精神的にだいぶ余裕があるように見える。けっこうなことだ。
ステラは。もともと仲良くしてたと思うけど……テゾーロさんとの夜の密会以降は、もっと距離が近くなって、仲良くなれたように思える。
テゾーロさんとのこととか、自分の昔の苦労話とか……今まではあまり聞けなかったプライベートな範囲のことも、あまり打ち明けてくれなかった悩みや不安なんかも聞かせてくれるようになって……より胸襟を開けた付き合いができていると思う。
また、ごくまれにだけどテゾーロさんがこっちに来て話せる機会もあるので、その時は、可能ならまた糸電話を用意して渡している(来るかもと分かっていれば用意するのは簡単だ)。
そんな感じで、割と楽しいこともあり、愉快なこともあり……しかしやっぱりつらいこと、きついこともあり……って感じのマリージョアの暮らしは過ぎていった。
そして、ある日のこと。
それは、唐突に訪れた。
「もうお前飽きたから
そんな一言で、私のマリージョアでの生活は終わりを迎えることとなった。