「黒腕のゼファー……?」
「ああ、元海軍大将らしいよ。今は海軍本部で、海兵を育てる教官をやってるそうだ……そんで、演習の途中でこの島にやってきたんだとさ」
あの後、さらに何件か宿を訪ね歩いて……運よく、1つだけ部屋が開いている宿を見つけて泊まることができた。
こじんまりした民宿みたいなところで、ちょうど今日、1人チェックアウト者が出て部屋が空いたところだったんだそうだ。
今は、その近くにある酒場で夕食をいただいているところだ。
カウンターで料理に舌鼓を打ちながら、店主と雑談していた中で……さっきの話が出てきたのである。
今、この町に来ている海兵たちはどうやら、仕事というより『演習』でここにきているらしい。それを率いている『教官』さんが、今話に上がった、元海軍大将だというのだ。
通称『黒腕のゼファー』。
すでに海兵として現役は引退しているものの、教官として多くの海兵を育て上げ、時には自らも教え子たちと共に最前線でその力を振るい、今もこの海の平和を守っている……らしい。
そんな話を、飯屋の店主さんから聞かされたんだけど……なんでそんなに詳しく知ってんのかと思ったら、その生徒さん達が誇らしげに話すんだってさ。
俺達の先生はこんなにすごい人なんだぞって、キラキラした目で。
しかも、海兵(生徒)さん達が来る人来る人ほぼ全員話すもんだから、すっかり覚えちゃったんだってさ。
よっぽど慕われてるんだなあ、そのゼファーさんとやら。
とか言いつつ……実は私も、その『黒腕のゼファー』さんについては、以前から知っていた。
知っていたし……実は、直接会ったこともある。それも、彼が現役の『大将』だった時に。
もっとも、向こうは私のことなんて覚えてないだろうけどね……何せ、今からもう15年も前の話で、しかも会って話したのは、ほんの数秒くらいのもんだったから。
私がまだ、生まれ故郷の町に暮らしていた頃……町が海賊に襲われたことがあった。
その際にかけつけて、町を、そして私を助けてくれたのが、ゼファーさんなのだ。
あの時のことは、今でも思い出せる。
海賊が私めがけて剣を振り下ろしてきて……1秒後には間違いなく死んでいた私を、『武装色』で黒く染まった腕を振りぬいて海賊を殴り飛ばし、助けてくれた。
そのあとすぐに、部下の人に命じて私を保護してくれて、自分は残りの部下たちと一緒に海賊達に向かっていき……あっという間にそれを壊滅させてしまった。
町の人達から英雄扱いされながらも、それを全然何も気にした様子がないゼファーさんは、そのあとすぐに町を立ち去って行ったっけ。
その後しばらく、町は彼の話でもちきりで……海軍本部大将・黒腕のゼファーの名と武勇伝が町のあちこちで語られるようになっていた。
そんな中で生活してれば、自然と覚えてしまうものだ。意識すらしてなくても。
もちろん、町を救ってくれたことについては、心から感謝してるし……他にも、あんな風に多くの町を、国を、人々を救ってきたんだろうなと考えると……尊敬もしている。
きっと、彼を慕っている多くの教え子さん達も、同じなんじゃないかな。いや……より近くで、より長い期間彼を見ている彼ら、彼女らであれば、それこそ私よりそういう思いは強そうだ。
そんなゼファーさんであるが……ちょうど、私達の町を救ってくれてから間もなくして、海軍大将の地位を退いている。理由はわからないけど。
それ以降は、教官として現場の海兵を指導し、強く育てる立場に就いているとのことだ。
どうやら今こうしてこの町に来ているのも、その一環としてみたい。
多くの『生徒』達と一緒に、演習で航海に出ている途中なんだってさ。これも、店主さんが海兵の皆さんからめっちゃ聞かされてた。
……正直、ちょっと話してみたくはあるけど……仕事の邪魔するわけにもいかないし、いきなり見ず知らずの一般人が訪ねてきたところで、向こうは何のこっちゃって感じだろうからなあ。
心の中で感謝を述べるだけにしとこうか。……本人だって、教え子たちとゆっくり休んで、島でのひと時を楽しみたいだろうし。うん、やめとこ。
まあ、運よくそういう機会が巡ってきたりでもすれば、別だけどさ。
☆☆☆
明けて翌日。
「お客さーん、朝ごはんできましたよー!」
「はいはーい、ありがとう。今行くね」
民宿の主人の娘――4~5歳くらいの小さい女の子だ――が、部屋の前まできてそう教えてくれた。この宿、夕食は出ないけど、朝食はついてるらしいんだよね。
部屋を出ると、ちょうど隣の部屋の戸をとんとん、と叩いて、同じようにして呼びかけているところだった。
けど、こちらは残念ながら返事は帰ってこない。
2度、3度と繰り返してみるけど、あまりしつこく、うるさくするわけにもいかないと思ったのか、ちょっとしゅんとしつつ女の子は次の部屋に向かっていた。
少しかわいそうだけど、しょげた様子が不覚にもかわいかった。
私はそのまま、食堂で簡単な朝食をいただいた後……これからどうするかを考える。
この島には、ただ帰り道にちょっと立ち寄っただけなので、何も『これをする』っていうような目的はない。
加えて言うなら、何か特に目立った観光産業みたいなものもない島なので、この島に居続ける理由もなかったりする。『経験』になりそうなものもないみたいだし。
だから、朝食を食べて少し休んだら、さっさと出発しようと思ってたんだけど……
「……? なんだか、表が騒がしいな?」
さてチェックアウトするか、ってことで受付に向かおうとしてた時に、宿の外が妙に騒がしくなってきたのが耳に届いた。
しかも何やら、ただ事じゃなさそうだ。
『見聞色』で見てみたんだけど、ただ騒いでるだけじゃなく……恐怖や焦りといった感情を持ってる人の気配があちこちにある。何かあったのか?
……ちょうど、平和な街に突如海賊とかならず者が現れたりした時って、こんな風に騒がしくなるんだけど……
「おい主人、大変だ!」
「おう、隣の酒屋。いったい何の騒ぎだいこりゃ?」
「沖の方に海賊船が現れたんだ、それも何隻も!」
「な……何だって!?」
それを聞いて仰天した様子の宿の主人。
……予想、そのまま当たっちゃったよ……しかも、海賊船が複数隻? 穏やかじゃないな。
それ自体が大規模な海賊団なのか、それとも複数の海賊団が一緒に行動してるのか……
どっちにしても、これはちょっとまずいんじゃないかと思った。
昨日軽く見て回ったけど、この町、防衛設備や自警団みたいな、まともに海賊とかと戦えるような戦力はなかったし……
(いや、でも、今この町には……)
けど、そのあとすぐに、駆け込んできた男の人(隣の酒屋)は『落ち着け、最後まで聞け』と宿の主人をなだめるように言って、
「でも大丈夫だ。今さっき、例のほら、ここんとこ泊まってる海軍の人達が『自分達が蹴散らしてくる』って言ってくれてさ。今、出撃の準備を進めてくれてる。1隻残らず叩き潰してやるって、自信たっぷりに言ってくれてたよ」
それを聞いて、宿の主人はわかりやすく安心した顔になる。
「そ、そうなのか!? それなら安心だ……何たって、元海軍大将とその部下だもんな」
「ああ。それでも念のため、戦いが終わるまでは町を出歩かずに、家から外に出ないように、って言ってたから、今自警団で家々を回って呼びかけてるところなんだ。そういうわけで主人、あんたんとこも、終わるまで鍵かけてじっとしといてくれよ」
「ああ、そうさせてもらうよ……ふぅ、どうなることかと思ったぜ」
そこまで言ったところで、宿の主人はふと、すぐそばで立っている私に気づいた。
「ああ、お客さん……悪いが聞いての通りだ。しばらく外には出ない方がいい……チェックアウトの時間とかは気にしなくていいから、もう少し中にいな」
「あー……はい、そうですね」
……まあ、これから軍艦VS海賊船で海戦が始まるなら、出港なんてできやしないだろうしな……お言葉の通りにさせてもらおう。
宿の主人は、酒場の店主が出ていくのを待って、出入り口に内側から鍵をかける。
同時に、奥さんと、さっき朝食を知らせてくれた娘さんに、今泊まっている客達にこのことを知らせて回るように言っていた。
終わるまで大人しく待っているため、私もそのまま部屋に戻ったけど……さて、このまま何事もなく終わってくれるといいんだけど。
さっき店主さん達が言ってたように、元海軍大将のゼファーさんなら、いくら率いているのが新兵とかでも、戦力的には大丈夫だとは思うけど……『複数』の海賊船ってのが気になる。
こういう時に一番警戒しなきゃいけないのは、別動隊の類の存在だ。一方が相手の主戦力を引き付けている間に、もう1つの部隊が本丸を攻撃して落とす、という感じの。
前にも何度かあったからな、似たようなこと。
ファイヤーワークスで、スモーカーさんと戦った時とか。
……いざとなったら、私も働くとするか。賞金首、乗ってるかな?
☆☆☆
―――ぶるぶるぶるぶる、ぷるぷるぷるぷる……
―――ガチャッ
『……私だ。取引のことで話がある』
「お、おい……どうすりゃいい? 本当に今日、このまま取引するのか?」
『そのつもりだが、何か不都合でもあるのか?』
「今、島に偶然海賊が攻めて来てて……いや、まだ上陸はしてないんだがよ。結構な騒ぎになってる。海軍もいるし、危険じゃ……」
『我々もそれは把握している。心配するな、むしろ好都合だ』
「? そりゃ、いったいどういう……」
『海軍は海賊船団の迎撃のために、最小限の警戒戦力を港に残して海へ出るそうだ。元海軍大将の『黒腕』も含めてな。であれば、逆に町の内部の警戒は手薄になるし、市民達も家に閉じこもって出てこないのであれば見られるリスクもまずない。取引を行うには向いた状態だ』
「な、なるほど……」
『お前達が泊まっている宿屋はすでに把握している。窓の鍵を開けておけ。1時間後に向かう。誰に気づかれることもない、すぐに終わるから安心して待っていろ』
「わかった。へへへ……頼むぜお役人さんよ。金はきちんと払ってくれるんだよな?」
『もちろんだとも、何も心配はいらないさ。時間はかからん、すぐに済む』