まず私は、さっさと島を出て拠点の島に戻り……全速力で荷物をまとめて家を出た。
借家は、不動産業者に電伝虫を一本入れて解約した。前払いしている家賃は返してもらわなくていいから、手続きとか全部頼む、って押し付けて。
今現在、この家に住んでいるのは私一人である。
少し前までステラと同居してたわけだけど、彼女が就職し、きちんと自分で食べて行けるようになった後、家を出た。
実はステラは今、エディちゃんと同じ出版社に勤めている。
部署も仕事も違うけど、真面目で一生懸命働くからって評判いいそうだ。
それでも時々遊びに来てくれて、一緒にご飯食べたりお泊りもしたりするくらいには仲いいんだけど……今回のことで、彼女にも捜査の手が及ばないとも限らない。
とりあえず、これこれこういう理由でしばらく会えないってことと、何か聞かれたら隠さず何言ってもいいから、自分の身に悪いことが起こらないようにだけ動け……って、電伝虫で伝えた。
同じように、エディちゃんやシャッキー、レイリーにも知らせた。
エディちゃんには、必要最小限のことしか知らせてない。サイファーポールとか何とか知っちゃったら、エディちゃんまで危なくなるからね。
ちょっとした事件に巻き込まれて、濡れ衣で追われる身になるかも、とだけ伝えた。
もしその関係でエディちゃんにまで政府の魔の手が及びそうになったら、私のことなんて売っても構わないから、自分のことだけ考えて乗り切って、って。
シャッキーとレイリーには、エディちゃんやステラに言ったことよりは多くを伝えたけど、そもそも私も現状を把握できてるとは言えないので……
こっちもまあ、言えたことといえば、なんか政府のやばい取引か秘密任務の場面を見ちゃって、口封じされそうになって逃げた。この先追われるかも、くらいのことだ。
2人ともさすが元海賊というべきか、それを聞いても全然取り乱した様子はなく『それは大変だな』『何かあったら気軽に訪ねていらっしゃい』って言ってくれた。頼もしい。
その他、最悪のパターンを常に頭において考え……どうにか全ての処理を、私が指名手配とかされる前に終え、そして逃げることができた。
そしてその数日後、ニュース・クーの新聞に私の手配書が挟まれていた……というわけ。
政府の連中、あそこで何をしてたのか全然知らないし見当もつかないけど……こっちはもう、いい迷惑だよ……
古代文字が読めるだけで追われる身になったロビンも、こういう気持ちだったのかな。
まだ何も犯罪とかしてなくても、適当に罪状を偽造して『追われる身』に仕立て上げる。これが、世界政府のやり方らしい。
どうやら私の罪状は、政府が禁止している違法な研究の幇助と、それによる不正な利益の授受……その他色々、だそうだ。
それに加えて、賞金稼ぎを行っている私の実力を鑑みて、この懸賞金額か。
……まあでも、レイリーやシャッキーとの繋がりもあったりするし、全くホワイトな体ってわけでもないんだよね……私も。
けど、何度も言うように、それで世間様に迷惑をかけたことはないし、何なら今回だって私も、あの子も、巻き込まれた側だ。
それなのにいとも簡単に責任を押し付けて、適当に理由を偽造して、躊躇せず人を悪者にするんだから……本当にろくでもないな、世界政府。
ひけらかすつもりはないにせよ、こちとらむしろ、市民を守ってあげてた自覚もあるんだが……そういう点も一切考慮しないか。腹が立つ。
(はぁ……とはいえ、今更ぐちぐち言ってももうどうしようもない。私はもう、お尋ね者として生きていくしかなくなっちゃった……色々と、これからのこと、考えないとな)
海賊になるかどうかはともかくとして、裏社会での生き方なんて、ノウハウ全然ない……
……いや、ないこともないな。
以前、『エリート奴隷』だった頃にその辺は何気に叩き込まれてる。裏稼業のいろはに、裏社会の渡り歩き方……多少古い知識ではあるけど、それなりに使えそうではある。
もちろん、あの時の闇商人みたいに、犯罪で食べていきたくなんかないけど……それならそれで裏社会の『使い方』は色々ある。
イメージ通りブラックな世界だけど、表ではできないことが色々とできる環境だ。
これまでみたいに、海賊の懸賞金を生活費に変えることは難しくなった。
闇のブローカーを通せば、それもできなくもないだろう――堅気の協力者を間に挟んで、賞金首を換金して賞金を受け取ったりするらしい――けど、手数料馬鹿みたいにとられるし、当たりはずれが激しいからな。頼りにしたくはない。
「比較的なマシな部分を利用して稼ぐくらいなら、この際だしアリと考えるべきか……いやでも、それでゴロゴロ転がり落ちるように犯罪者側に行きたくはないな。でも、そういうのってある意味レアな『経験』になる気も……っていうかこんな時までこうなのか私は」
って、そうだ……お尋ね者になっちゃった以上は……やっぱり、作家業も廃業か?
それが一番ショックかも……ほぼほぼ生きがいというか、ライフワークみたいな感じでやらせてもらってたのに……
犯罪者の書籍だからって、書店からも撤去されちゃうのかな? ファンも離れていって……あっ、やばい、泣きそう。
畜生、世界政府ぶっ潰したくなってきた。そのへんにプルトンとか落ちてないかな。
何のためらいもなく人の人生めちゃくちゃにしやがって……
でも、こればっかりは、どうしようもないよなあ。
お尋ね者の書いた物語なんて、扱いたいと思う出版社なんて、あるわけないんだし……
……と、思ってたんだけども。
「先生、お久しぶりです! ささ、座ってください、打ち合わせ始めましょう!」
「クワハハハ、元気そうで何よりだよ、スゥ! いきなり手配書なんか出回ったんだから、どんなにショック受けてるかと心配してたんだがな」
「……ええと、あの……何で?」
とある島、とある喫茶店。
そこで……全然全くいつも通りのテンションの2人がこうして目の前に。
エディちゃんと、モルガンズが。
あの……お2人さん? 私今、一応、世界政府とか海軍に追われる身になってる犯罪者――濡れ衣だけど――なんだけど、そのへんわかってらっしゃいます?
「前に言ったじゃないですか、先生! 私……先生が海賊になろうが、賞金首になろうがついていきます、って!」
「だそうだよ。とはいえ、エディ君までが海賊になってもらうわけにはいかんからね、色々と手を回させてもらったわけだ。これからも彼女が、君の『担当編集者』であり続けるためにね」
2人から簡単に説明してもらったところによると、だ。
予想通りと言えばそうなんだけど、エディちゃんの所属する出版社は、私がお尋ね者になってしまった途端、私との間に結んでいた契約全てを打ち切る決定を下した。
同時に、それまで扱っていた、私が著者になっている書籍全ての絶版を決めた。徹底的に、犯罪者との繋がりを排除する方向に動いたらしい。
エディちゃん自身は『作品に罪はないし、そもそもスゥ先生がそんなことをするなんてありえない』ってかばってくれてたらしいんだけど、上司達……特に編集長は、見事に馬耳東風。
一切聞く耳を持たずに、私との関わりを断つことを決めた。
が、この展開を予想していたのがモルガンズ。
こいつ実はここ数年の間に大きく出世し、世界経済新聞社の副社長にまでなっていた。その力を使ってエディちゃんの出版社と交渉し、最早無用の長物だった、私の著作物に関する出版・刊行等に関する権利を全て買い取った。
同時に、出版社を辞職したエディちゃんとステラを『世界経済新聞社』系列の出版社で採用して雇用した。
2人とも、私を切り捨てた会社にこれ以上いるつもりはないってことで辞職したらしい。編集者としての腕はもちろん、以前のノウハウをそのまま生かしてくれるのを期待してのことだった。
そんな、犯罪者の著作物に関する権利なんて買ったところで、この先役に立つかなんてわからないのに……とこぼしたら、モルガンズは『クワハハハ!』と大笑いして、
「それなら心配いらんさ! 断言できる、君の人気はこれからもっともっと伸びていく。海賊だの賞金首だのなんて立場が気にならなくなるほどにね。このタイミングで君を手放して切り捨てるような真似をした前の出版社には呆れるしかない」
心底楽しそうにそう話すモルガンズ。
「むしろ、お尋ね者になったことで、誰に何を変な遠慮をする必要もなくなったはずだ。政府やら海軍に睨まれてなんぼとくれば、今まで以上に遠慮なく、書きたいものを書けるんじゃないか? 今までに……海軍や政府に配慮して、思いつきつつも書かなかった、書けなかったような、刺激的な内容の話とかがね」
「…………」
「出版に関しては問題はいらない。よっぽどの内容でない限り、うちの系列は……そういう刺激的な話も大好物でね。喜んで世に送り出してくれるだろう。俺自身も……これから今までにない読み味の君の作品が読めるかもしれないと思うと、楽しみで仕方ない。不謹慎は承知で言うが……こういうことになったのも、そう考えれば悪いことばかりじゃあない、なんて思ってしまったよ」
だから、と続ける。
「お尋ね者だろうと何だろうと構いやしない。ぜひともこれからも、スゥにはペンを置かずに作品を書き続けてもらいたい。そう思う」
「さっき言った通り、新しい、世経系列の出版社でも、私が先生の担当任せてもらえることになりましたから……私、今迄と同じように、先生にどこまでもついていきますから!」
…………あーもー、2人とも嬉しいこと言ってくれるなあ!
正直、もうだめだと思ってたんだよ……これ以上、作家業を続けることはできないって。こんなことになってしまった以上、廃業せざるを得ないんじゃないか、と。
頭の中にどれだけアイデアがあって、書きたい思いが燃え上がっていようとも、書きたい展開が大渋滞を起こしていようとも……それが日の目を見ることはもうなくなったんだと。
前世の世界ですら色々縛られていた『表現の自由』なんて、このワンピース世界では政府の意向1つで、それこそ吹けば飛ぶ。
思うがままに表現し、世に出すことはもうできないんだと……そう思っていた。
けど、モルガンズの言う通り、無法者だろうが何だろうが、そうしてまだこれからもペンを握ることができるのなら、それが許されるのなら……いや、たとえ許されなくても、それができる場がまだあるのなら。
「クワハハハ! どうやら火が点いたみたいだな、実にわかりやすい」
おっと、顔に出てたか。
まあでも、そのとおりなんだけどね。やってやろうじゃないか……無法者のまま、書くよ、これからも……物語から何から、人の心を動かす活字の芸術を。
実のところ、モルガンズの言う通り、政府や海軍に配慮してお蔵入りになっている作品なんてのはいくつもある。私の頭の中に、忘れられることなくしまわれている。
あるいは、そいつらに出番をあげるのも……うん、いいかもね。
「エディちゃん、それにモルガンズも」
ふぅ、と一息ついて……私は、いつも通りの調子で、言った。
「打ち合わせ、始めよっか。改めて……これからよろしくね」
「っ……はいッ! 喜んでッ!」
「クワハハハ、こちらこそよろしくだ、スゥ! 同じ活字のアーティストとして、君の決断を心から嬉しく思うよ!」
この日は、思う存分色々な作品についての打ち合わせをした後、私の『
色々と前途多難なのは間違いない。
けど、そんな中にも……楽しく、私らしく生きる道は確かにある。
2人のおかげで、あらためてそう思えるようになった1日だった。