今年で私ももう、21歳。
早いもので、気付けば立派にお酒もたしなめる年齢になってしまっていた。
賞金首になり、『海賊文豪』なんて通り名で呼ばれるようになった私だが、当然というか、一般的な『海賊』がやるような略奪とかはする気もない。
襲うとしても、人攫いとか海賊船とか、襲っても問題ない連中だけにしてある。前にも言った通り、このへんは賞金稼ぎやってた時代と変わらない。
それに、正直略奪とかはしなくても困らないくらいには印税やら原稿料で稼いでるもんで。
とはいえ、いつ何があるかわからないワンピース世界。
自分から海賊その他に喧嘩売りに行くことは減ったとはいえ、修行は欠かしていない。
剣術も、覇気も、能力も……その他諸々、日々きっちり鍛えてレベルアップを続けてます。
……たまにというかそこそこの頻度で、海軍とか賞金稼ぎに見つかって追い回されたり、襲われたりするからね。
そういう時、運が悪いとめっちゃ強い奴がやってきたりするんだよ。
シャボンディ諸島やその周辺なんかだと特に。
ごくまれにだけど、『億越え』の海賊が出たり、それに対抗できる海兵や賞金稼ぎが出没したりするもんだから……そういうのに出くわしちゃうともう最悪。
修行を続けて強くなってはいるけど、さすがに懸賞金一億オーバーは結構なレベルの奴が多いので苦戦する。条件によっては勝てなそうな試合運びになるので、極力戦闘自体を避けてるし、海軍や賞金稼ぎが相手であれば基本的に逃げの一手。
海軍なんか特に、勝っても得るものがないし……危険視されて余計に懸賞金が上がっちゃう。
私は海賊である自覚も自負もそもそもないので、懸賞金が上がる=箔が付くなんて考えたりもしない。狙われるから、できるならそういうのない方がいいです。
戦闘、ないし荒事を避けるようにしてるのも、懸賞金が上がる事態を防ぐためってのもある。
大型ルーキーなんて呼ばれてはいるけど、『偉大なる航路』も中盤に来れば、5500万程度の賞金首はそこまで珍しいもんでもなくなる。
海賊としての私は、その他大勢の中に埋もれていきたい。私のことなんて皆、気にしないで。
そんな風に、野心も出さず、時に逃走も辞さず……いかにも『危険度低いですよ』的なムーブを続けてきたおかげだろうか。
初頭手配から2年。いまだに私の懸賞金は、最初の額から上がってはいない。
2年も経てば、『ルーキー』なんて呼ばれ方もしなくなった。
私以外の『大型ルーキー』と呼ばれていた連中の中で、積極的に海賊として行動し、名をあげた連中が注目される一方、私は順調に『伸びしろがなかった』『早熟の秀才』的な扱われ方をして、注目もされなくなっているようだ。
……計画通り……!(にやり)
とまあそんな感じで、普段私は、何も事件を起こさず、事件に近寄らず、巻き込まれずに過ごしているわけなんだが……今回だけは例外的に、自分からちょっと、事件の中に飛び込んでいこうと思う。
もっとも、その中で派手に暴れるとか、そういうことをするつもりではない。
なんなら、事件そのものにかかわるわけでもないし。そのちょっと外側で、こそこそと色々やろうと思ってるだけだ。
ただ、その事件自体がめっちゃ大きなそれなので、外側にいるにとどめるにしても、細心の注意を払わなきゃいけないな、と思ってる。
何せ、その事件ってのがあの、冒険家フィッシャー・タイガーによる。『マリージョア襲撃事件』だから。
数か月前、私が『シャボンディ諸島』に滞在してた時のことだ。
シャッキーの店で、レイリーとシャッキーと雑談してたところに、はっちゃんが遊びに来た。
その時の世間話の中で、はっちゃんが楽しそうに『タイガーが帰ってきたんだ』って話していたのである。
冒険家フィッシャー・タイガーは、魚人島では多くの魚人や人魚……それも、一般人のみならず、アーロンやジンベエといった荒くれ枠の人達にすら尊敬され、敬われる大人物だ。
当然、はっちゃんも彼のことはすごく慕っていて、タイガーがしてくれる旅の土産話をいつも楽しみにしているらしい。
そのタイガーが、すごく久しぶりに帰ってきたんだ、って嬉しそうに話してたものの……私はそれを聞いて、『あ、これは……』と内心で察していた。
そしてそれ以降、なるべく『シャボンディ諸島』やその周辺……『赤い土の大陸』の近くで過ごすようにしていた。
フィッシャー・タイガーが『久しぶりに』魚人島に帰ってきたってことは……遠からず、『聖地マリージョア襲撃事件』が起こるだろうと思ってたから。
治安が悪い地域にそこそこの期間いたせいで、何度も襲われ……それを撃退していたことで、結果としていい修業になった。
裏稼業の連中ばっかり相手にしてたから、それらの戦いが表沙汰になることはほぼなくて、懸賞金は上がらなかったわけだが。
たまに気分転換や、エディちゃん達に原稿を渡すために離れたりしていた以外は、適当に理由をつけて、マリージョアのすぐ近くの位置に居座って……そして待つこと数か月。
ついにその時が来た。
『ガガガ……こちらマリージ……ア! 海軍本部、応答せよ……在、魚人が聖……ザザ……アに襲撃を……暴れている! ……奴隷を、開放……天竜人の……ガガガ……』
少し前に襲ってきた海軍船からかっぱらった、盗聴用の希少種『黒電伝虫』。
どうやら、マリージョアから海軍本部への救援信号を拾ったらしい。
それを聞いた直後、私はすぐに船を出し……『赤い土の大陸』の近くまで行った。
そして、体を紙に変えて空を飛び、『赤い土の大陸』の一番上……聖地マリージョアの近くまで行く。さすがに町に乗り込むのはやばいだろうからね。
そこそこ距離を置いた位置に陣取り……万が一にも見つからないように、『薄っぺらな嘘』で作ったカモフラージュ用のシートの中に隠れる。
その状態で携帯望遠鏡を使って、マリージョアを観察。
よっぽど豪快に大暴れしてるみたいだな……マリージョア全域がかなり燃えてる。夜空が明々と照らされて……天竜人達があれやこれやわめきながら逃げ回っている。
……まあなんだ、見ててスカッとするな。
まあでもそれは今はおいといて、ええと、どこにいるかな……っと……
原作でも逃げられたんなら、おそらく町の入り口近くを張っていれば…………おっ。
いたいた。
☆☆☆
―――走れ! 二度と捕まるな!
冒険家フィッシャー・タイガーは、マリージョアでたった1人、力の限り暴れ回り……種族を問わず、あらゆる『奴隷』を開放し、逃がして回った。
彼は種族として人間を嫌ってはいても、奴隷である限りそれを差別することはなかった。
奴隷達は涙を流しながら彼に感謝し、彼の言葉通り、二度とこの地獄に連れ戻されないために……日々のつらい仕打ちで弱ってしまった体に鞭打って、夜の闇をめがけて次々に走り出した。
その中に、見目麗しい3人の少女の姿もあった。
「ソニア、マリー……急げ! 少しでも遠くへ……海軍が来る前に!」
「わかってるわ、姉さま!」
「これがきっと、最後のチャンス……私達が、自由になるための……!」
ハンコック、サンダーソニア、マリーゴールドの3姉妹は、煌々と燃え上がるマリージョアとは逆方向に、息の続く限り走り続けた。
所々焦げたり破けたりして、服はボロボロ。みすぼらしい、と言ってもいい姿である。
しかしその首に、彼女達を縛っていたあの『首輪』はない。閉じ込められていた牢を破壊したと同時に、タイガーが投げ渡してくれた鍵で、すでに外してあった。
マリーゴールドが呟くように言った通り、これが自分達にとって、きっと最初で最後の『自由』を取り戻すチャンス。それがわかっていた3人は、必死で足を動かした。
裸足で足の裏が痛くても、息が苦しくて呼吸すら難しくなっても、体力が底をつきて崩れ落ちそうになっても……ただひたすら走り続けた。
しかし、正真正銘の限界が近づき……これ以上は動けなくなる、あるいは、倒れて気を失いかねない、というところまでくる。
気絶などしてしまえば、その間に政府の追っ手に見つかり、連れ戻されてしまう。そうしたら、もう二度と自由など手に入らないばかりか、逃亡を図ったとしてひどい責め苦を受けるだろう。
きっかけがタイガーによる襲撃だろうと関係ない。『天竜人』の所有物である奴隷が脱走を図ったという、それ自体が大罪にされてしまうだろうから。
やむなく3人は、一度休憩を取ることにした。
なるべく目立たないように、岩陰の……都合よく空洞になっているところがあったため、そこに3人身を寄せ合って身を隠そうとして……しかし、そこに踏み入った瞬間、先客がすでにいたことに気づく。
薄暗いせいで、目と鼻の先に来るまで気づけなかったのだ。
「なっ、だ、誰……お、男!?」
「えぇっ、ま、まさか……追っ手!?」
「なっ……く、こ、こうなったら……」
「ま、待て……待て! 違う、待ってくれ! 俺は、その……き、君達と同じだ!」
そこにいたのが、彼女達にとって恐怖と嫌悪の対象でしかなかった『男』だったこともあり……一瞬でパニックになりかける3人。
その中で、どうにか精一杯冷静さを保ったハンコックは、騒がれる前にいっそ口を封じれば……と考える。政府側の人員か追手としてここに潜んでいたのかと思ったのだ。
しかし、よくよく見ればその男は、自分達と同じようなぼろぼろの服を着ていて……体も薄汚れているようだ。政府の役人や、海兵などには見えない。
男の言う通り、自分達と同じ……奴隷だろう。
くすんでいるのか、ただ単に汚れていてそう見えるのか、艶気のない緑色の髪に、栄養不足で痩せ気味ではあるが、それなりに体格がよさそうな男だった。
顔は整っている方なのだろうが、頬はわずかにこけている。
ひとまず追手ではなかったことには安堵しつつ、しかしハンコック達は警戒は解かず、少しだけ距離を取る。
「君達も逃げて来たのか……疲れているなら、ここで休んでいくといい。安全と言えるかどうかは微妙だが……」
「わかっておる。……少しだけ場所を借りるぞ」
幸い、空洞の中はある程度広く、ハンコック達とその男が一緒に入っても、距離を取りつつ休めるだけのスペースがあった。
ハンコック達は腰を下ろし、岩壁に背を預け、息をつく。
「君達も逃げてきたんだな……大変だったな、怪我とかはないか?」
「……気安く話しかけるな。薄汚い男と交わす言葉などない」
「ね、姉さま!?」
「気持ちはわかりますが、そんな喧嘩腰で……」
妹2人が慌ててなだめる様子を見ながら、いきなり『薄汚い』扱いされた男は唖然とするが……少しして思い直す。
彼女達のような美しい女性の奴隷を、天竜人がどのように扱ってたのか……少し予想するだけでも、胸糞悪いことがいくつも浮かんでくる。
目の前の彼女達がそのような目にあったのかどうかはわからないし、まさか聞くわけにもいかないが……ひとまず目くじらを立てるべきではないだろう。
奴隷達は皆、形は違えど、大なり小なり心の傷を負っている。つらい思い出を通じて、男そのものが苦手になっていたとしても、何も不思議はない。
「いや、話したくないのなら別にいい……すまない、不躾だったかもしれないな」
「全くじゃ。……じゃが、己の言動を顧みることができる点は評価してやろう」
「姉さま……」
あくまで喧嘩腰かつ強気なハンコックに、サンダーソニアは半ば呆れ、マリーゴールドは男が今度こそ怒っていないか様子をうかがう。
しかし、やはり彼は苦笑するだけで気にした様子はなかった。
彼女達の場合は、奴隷としての扱いに加えて、そもそも『女ヶ島』では男という生き物に触れる機会がなかったという理由もあるのだが。
常日頃から『男とは野蛮で下品な生き物』と教えられてきたが、それに加えて自分達を奴隷にした者達は、そんな表現では済まないほどの下劣な存在だったのだから、認識も歪もうものだ。
ただ、そういう輩とは多少違うようだ、というのは、ハンコック自身も感じ取ってはいた。
感じ取っていたが、態度に示す気はなかったし、気を許すつもりもなかった。どうせここを出ればまた他人同士、二度と会うこともないだろうから。
……と、思っていたのだが……その予想は、およそ数分後には裏切られることになる。
彼女達のことを気遣う意味で、男はそれ以上何もしゃべらず、視線も向けなかった。
その気遣いを、ハンコックや妹2人は察しつつも、こちらも何も言わずに、体力が戻るのを待つ。
やがて、先に疲れが抜けたらしい男が立ち上がり、『それじゃお先に』と一言だけ声をかけて外に出ようとする。
「! 待て!」
しかしその瞬間、何かに気づいたハンコックが、男を呼び止める。
「出るな、外に誰かいる!」
「「「!?」」」
ハンコックの『見聞色の覇気』に引っかかった気配。それを小声で警告すると、妹2人と男の顔色が青くなる。
今度こそ、追っ手かもしれない。同時にそこに思い至った。
しかし、疲れがある程度取れたとはいえ、戦えるかと問われればそれは怪しいもの。
ハンコック達は曲がりなりにも『九蛇』の戦士だが、長年の奴隷生活で腕は錆ついているだろうし……多少なり戦えたとしても、天竜人が出す追手なら、それなりに腕利きが来るはず。
海軍の将校クラスにでも出くわせば……ほぼ確実に負ける。
男の方は、ハンコック達が見る限り……ある程度体格はいいし鍛えてはいるようだが、強そうには見えない。期待できないと結論付けた。
願わくば敵でないように、ここに気づかないように。
そんな風に4人は祈りつつも、気配の主はどんどん近づいてくる。
ほどなくして、マリーゴールドとサンダーソニアの『見聞色』でも感じ取れる距離になり……さらには、気配以前に足音が聞こえるまでになった。
明らかにまっすぐに、ここを目指して……ここに誰かがいるのをわかっていた。
ハンコックは、おびえる妹2人を一瞥し、イチかバチか外に出ようと覚悟を決め……しかし次の瞬間、
「警戒しなくていいよ、ハンコック。疲れてるでしょ」
「……え?」
唐突に自分の名前を呼ばれ、驚くハンコック。
少し遅れて、その声が聞き覚えのある……しかし、ひどく久しぶりに聞くものだったことに気づき、重ねて驚いた。
そして、その声の主が、洞窟の入り口に姿を見せ……残り3人も、驚きに目を見開くことになった。
「4人とも同じところにいてくれたのはラッキーだったな。久しぶりだね、ハンコックも、マリーも、ソニアも。それに……テゾーロも」
「あんたは……」
「……スゥ!」
彼女がマリージョアを去ってから、実に4年近く。
外界の情報が手に入らない4人は知らないことではあるが、今や海賊となっていたスゥと、ハンコック、マリーゴールド、サンダーソニア、そしてテゾーロは……こうして再会した。