『大海賊時代』が幕を開けても、私の生活はとくに何が変わるわけでもなく続いていた。
新聞では毎日何かしらの事件が起こった報道がされていて、『ああ、やっぱり海賊増えてるんだなあ』とそれを読んで思ったりもしたけど……それでも自分達の町は平和だったから、どこか他人事みたいに考えていた。
いや、実際に他人事ではあるんだけどさ……何というか、対岸の火事というか、危機感が足りてないというか……そんな感じだった。
もしもの時のために、修行は欠かさず続けてたし、自警団の他の皆も日々鍛え続けていた。
けど、その力を発揮する機会はいつになっても来なかった。
『九蛇海賊団』の縄張りっていう強力な盾があるからこそ、この島には襲ってくる海賊なんていなかった。
そんな状態が7年も続いたことで……平和に慣れて、忘れてしまっていた。
知っていたはずなのに。実感させられたはずなのに。すっかり忘れてしまっていたのだ。私は。
……平和なんて、吹き飛ぶときは一瞬なんだってことを。
☆☆☆
Side.三人称
「か、海賊だぁあっ! 海賊が来たぞぉ!」
「なんだと!? ここが誰の縄張りかわかって……旗が見えねえのか!?」
「見えてねえはずがねえ! なのに……まっすぐ向かってきやがる!」
「くそぉ、マジかよ……! 自警団に連絡だ、襲いに来るなら迎え撃つしかない!」
スゥ達が暮らすこの島が、この町が、今まで海賊に襲われることがなかったのは、『九蛇』の縄張りであることを示す海賊旗に守られていたからだ。
海賊旗を掲げている島を襲うことはつまり、その海賊旗の持ち主……すなわち、その島を『縄張り』にしている海賊団に対して喧嘩を売ることと同義だ。
『偉大なる航路』でも恐れられている『九蛇海賊団』の縄張りを侵そうなどという命知らずな海賊は、『前半の海』にはほぼいない。ゆえに、それまではこの町の平和は守られていた。
しかし、今回襲ってきた海賊は……簡単に言えば、それを恐れていない海賊だった。
より正確に言えば、それを深刻にとらえることができていない、考えなしのバカだった。
ここが『九蛇海賊団』の縄張りだってわかっていながらも、『だからどうした、来るなら来てみろ』と全く恐れずに、構わず略奪の標的にすることに決めたのだ。
女だらけの海賊団なんて怖くない。むしろ返り討ちにして、捕まえて全員売り飛ばしてやる。根拠のない自信に突き動かされる形で、そう考え、行動に移していた。
しかし、彼らのような海賊は、最近では実は珍しくない。
『大海賊時代』が幕を開けてから、『4つの海』でも『偉大なる航路』でも、海賊はその数を大きく増やした。
それらは一言でいえば玉石混交。強い者もいれば弱い者もいる。比較的誠実で誇りある者もいれば外道な悪事を厭わない者もいる。
そして、慎重で分をわきまえた者もいれば、もの知らずで考えなしな愚者もいる。
そんな愚者が、有名な海賊の力を甘く見積もって、旗の掲げられた『縄張り』で、構うものかと襲って奪う。最近ではさほど珍しくもないことになっていた。
もちろんその大半は、面子をつぶされた海賊達によって後から粛清される末路をたどるのだが。
当然ながら、スゥを含む自警団は、『こういう事態』を想定して日々訓練を続けていた。
ゆえに、皆動揺しながらも武器を取り、海賊から町を守るべく果敢に立ち向かっていく。
しかし、あくまで訓練の中でしか『戦い』というものを知らない市民と、戦闘こそ本職と言ってもいいであろう海賊……それも、曲がりなりにもグランドラインで通用するレベルの海賊団を相手にというのは、やはり無理があった。
最初、自警団の男達は、海賊の上陸を阻止すべく、小舟で近づいてくるところを銃で狙い撃ったり、上陸する直前に剣や槍でそれを防ごうとした。
恐怖を押し殺し、必死に自身を鼓舞しながら立ち向かっていた。
しかし、それを鬱陶しく思った敵の海賊船から大砲が数発撃ち込まれただけで、自警団は大混乱に陥り、総崩れにされてしまった。
その隙に次々と海賊たちが上陸。白兵戦にもつれ込み、たちまち自警団は壊滅。防衛線は食い破られた。
その後、後控えの者達がどうにか町への侵入を防ごうとするも、やはり歯が立たない。
そう遠くないうちに最後の防衛ラインも陥落し、海賊達が町になだれ込んで来るだろう。
その時点で、防衛の指揮をしていた上役たちは、もうこの町を守ることはできないと判断。
闘えない者達を守りながら、町を捨てて逃げるという決断を下した。
「もうこの町はだめだ……町を出て逃げるんだ!」
「とにかく急げ! 動ける奴は老人や子供に手を貸せ!」
「もう時間がない、荷物なんて置いてけ! 命さえあればなんとかなる!」
「海賊が来るぞ! 自警団は戦えない女子供を守れ!」
最低限の荷物だけ持って、あるいは着の身着のままで、皆、我先に逃げ出していく。海賊がやってくるであろう港の方とは反対側に、必死になって走っていく。
その市民達を守るために、覚悟を決めて武器をとる者達の中に、スゥもいた。
「……スゥちゃん、君も皆と一緒に避難してもいいんだぞ」
「ああそうだ。まだ11歳なんだから、こんなところで……」
町の男たちからすれば、スゥもまた、かわいい盛りの女子供には違いない。
いくら自警団員とはいえ、戦うよりも早く逃げてほしい。こんな場所で危険な目に遭わせたくない……そう考える大人は多かった。
しかし、スゥは首を横に振って、
「こないだもう12歳になりましたよ。私だって自警団の一員です。いざという時には戦って皆を守るって決めてましたから」
長年地道に鍛えて、『九蛇海賊団』による指南も受けたスゥの実力は、大人を含めた自警団全体の中でも上位に入る。いざ戦いになれば、貴重な戦力になるだろうと、日頃から期待されていた。
もちろん、そんな機会は来ないのが一番よかったと言えばそうなのだが。
港の方では、男の自警団員達がその命を張って海賊達を食い止めているはず。
その間に1人でも多く、戦えない市民達を、この町の仲間達を逃がさなくてはいけない。
もし、最後の防衛線が食い破られて海賊達が町になだれ込んできたら、今度は自分達がその命を懸けて立ち向かって皆を逃がすのだと、皆、震えながらも覚悟を決めていた。スゥも含めて。
スゥの決意のこもった言葉を聞きながらも、『しかし……』と口ごもる大人たち。
しかしその直後、港の方から野太い雄叫びと、大勢の人の足音が聞こえてきたことで……一気にその場の空気が張り詰めた。
防衛線がとうとう突破され、海賊達が攻め込んできたのだとわかったからだ。
誰がそう指摘する必要もなく、皆がそう直感し……そして、覚悟を決めた。
そしてその予想通り、数分後には大勢の海賊達がそこに押し寄せ、戦いが始まった。
一応、陣形を整えて待ち構えていた自警団だったが、なだれ込んできた海賊達に押されて乱れ、たちまち敵味方入り乱れる混戦状態に。
前後左右、どこから攻撃が飛んできて、いつ誰が傷つき、死んでもおかしくない戦場になった。
そんな戦場で、やはり戦いに慣れている海賊と、訓練はしていても経験に乏しい自警団の力の差は大きい。
1人、また1人と討ち取られ、血を流して地面に倒れ伏していく。
すでに防衛ラインは影も形もなくなってしまい……海賊達は、守ってくれる者達を失って無防備になった、避難している市民達の最後尾に食らいつき始めていた。
「オラオラァ、邪魔すんじゃねーよ雑魚共がよォ!」
「自警団なんかが俺達の相手になるか!」
「金目のものは全て奪え! 歯向かう奴は皆殺しにしろ!」
「若い女は殺すなよ! 攫って売れば高く売れるし、俺達も楽しめるからなあ!」
上がる悲鳴、流れる血。響く慟哭、子供の泣き声。
人が倒れ、財が、命が奪われる。
平和だった日常は、完膚なきまでに壊され、奪われていく。
「早く、早く逃げろ皆! 殺されるぞ!」
「畜生……何で、なんでこんなことにっ……!」
「やめろ、やめてくれ……い、命だけは……」
「お母さんっ……お父さんっ……! うわぁぁぁん……」
「お、お願い、この子だけは見逃して……」
そんな地獄のような状況の中でも、スゥは懸命に動いていた。
乱戦になってからは、ここで海賊相手に暴れているよりも、まずは市民を逃がさなければいけないと考え、その場を抜け出して逃げ遅れている人がいないか確認しながら走って回る。
これだけ混迷を極めている状況だ。逃げ遅れて海賊に襲われていたり、そうはなっていなくとも海賊が怖くて逃げるに逃げられず、動けずにいる者がいてもおかしくない。
そして、実際にそういう状況にある者……まだ幼い子供を抱えて、必死に足を動かして逃げている女性の姿を、スゥは見つけた。
その数m後ろを、下卑た笑みを顔に張り付けながら追い回している、海賊の姿も一緒に。
状況を理解した瞬間、スゥは駆け出して、女性と海賊の間に飛び込んだ。
いきなり目の前に出てきた小さな少女の姿に、海賊は一瞬怪訝そうな顔をして……
「あん? てめ、なん―――」
そして、そのまま永久に黙ることになった。
スゥの姿が小さな子供だったがために、目の前の彼女を脅威としてみることができず……結果、直後に首元を狙って、低い位置から振りぬかれた剣の一閃を防ぐことができなかった。
「―――……!?」
一瞬の油断が文字通りの命取りになり、頸動脈を気道ごと切り裂かれて、喉から血を噴出しながら倒れる海賊。
それをなしたスゥはというと、
「……っ……はぁ、はぁ、はぁ……」
海賊が倒れ伏し、びくんびくんと体を震わせるのを見て、息を荒くし、汗は滝のように噴き出していた。
彼女も、他の自警団員と同様に、剣を握ったのは訓練の中でだけ。実戦は……『九蛇海賊団』の船に乗っていた時を除けば、これが初めてである。
そして、『九蛇』の船に乗っていた時に経験した唯一の実戦も、木刀で相手の顎を強打して昏倒させるにとどまっている。
刃物で相手を斬りつけたことはない。
すなわち、人間を斬る感触も、斬った相手が死ぬという事態も……彼女にとって初めてのことだったのだ。
しかし、ショックは決して小さくなかったとはいえ、今は休んでいられるほど暇ではない。
内心の動揺を理性で無理やり抑え込み、剣を握りなおす。
刃に血がついているのに気付いたため、びゅん、と振って落とすと、逃げていた女性と子供の方に向き直り、
「す、スゥちゃん……? あ、ありがとう……」
「気にしないで。まだ海賊が来るから、急いで逃げましょう!」
そのまま、子供も合わせて3人で走り出すが、進もうとした先に海賊が既にいたため、回り道をして路地裏を通るルートで逃げる。
海賊に出くわさないように、気づかれないように、まずそれを第一に考えて慎重にルートを選んで走る。
しかし、何度目かの曲がり角を曲がったところで、とうとう海賊と出くわしてしまう。
それも、さっきと違って2人同時にだった。向こうもこちらに気づき、『いい獲物がいた』とでも言わんばかりに顔に笑みを浮かべる。
スゥの反応は素早く、反対側に向かう道を走って逃げるよう、女性と子供に言うと、自らは剣を抜いて海賊達の前に立ちはだかった。
「あ? なんだおい、ガキ。そんな
「おいおいやめとけ、そんな危ないもん振り回してると怪我するぞ」
「そうそう、結構見た目はいいんだから危ない真似すんな。……ちと若ェが、このくらい見た目が整ってんなら、ガキでもいい値段で売れそうだな?」
「ああ、こいつも連れていくか。おうお嬢ちゃん、悪いことは言わねえから大人しく……」
「……お断りだよ!」
そう拒絶の返事をすると同時に、スゥは剣を構えなおし、その切っ先を2人の海賊に向けた。