偶然見つけた、海図に乗っていない島。
しかしそこは無人島ってわけじゃなく、きちんとした町ないし村があって、立派に人が暮らしていて……しかも、どうやらそれなりの大きさの船による、他国(他島?)との行き来もある様子。
何かありそうだ、と直感した私は、嵐からの避難も兼ねてその島に行ってみることにした。
そして、ほんの十数分程度で到着したわけだが……
「何だ……この島……?」
そこに広がっていたのは、なんというか……異様な光景だった。
遠目で見た通り港町はあったんだけど……立っているのはどれも簡単なつくりの掘っ建て小屋みたいな家ばかり。どれもこれも、素人がどうにか頑張って建てました、って感じの家だ。
村全体がそんな感じで、頑丈そうなつくりの家が1つもない。開拓村だってもうちょっとまともな家が建ってるんじゃないかな、って思うくらいである。
いやでも、まあ、別にそれはまだいいんだけど……もっと気になったのは、そこに暮らしている人達が……
(なんか……おじいさんとかおばあさんしかいない気が……?)
右を見ても高齢者。左を見ても高齢者。
決して広くない村の、どこを見ても、およそ60、70は超えているだろうご高齢の方々の姿しか見えず……若い人が1人もいないのだ。
しかも、そのおじいさんやおばあさん達が……高齢だってことを差し引いても、なんだか弱っているというか、元気がないような気がするんだが……
「おやあんた達……珍しいねえ、外から来たのかい? 本国の連中じゃないようだし……こんな島に、一体何の用だね?」
きょろきょろと見まわしていたので目立ってしまったのか、そのあたりに座り込んでいたおばあさんの1人が声をかけてきた。
口調は穏やかだけど、こちらを探るような目つきで見てきている気がする。……まあ、おっしゃる通り余所者だし、多少はそういうのがあっても何もおかしくはないけど。こんな時代だしね。
「いえ、別に何か用があってってわけじゃなくて……近くを船で通ってたんですけど、天気が崩れそうだったので一旦陸に避難しようかと思って」
「ああ、そういうことかい。そりゃ仕方ないね……確かに空が暗くなってきた気がするよ」
曲がった腰をさすりながらどうにか上を向いて空を見上げつつ、おばあさんは言った。
「それならしばらく休んでいくとええ。けど、悪いことは言わないから、天気が良くなったら早くこの島を出ていきな。ここには見るもんなんて何もないし、あまり長居せん方がええ」
さらに付け加えてそんなことを言われる。
……まあ、一応そのつもりではあるけど……『悪いことは言わないから』って、何かひっかかる言い方だな……まるで、この島に滞在しない方がいい、とでも言ってるみたい。
「……そうしよう、母ちゃん。この島、何かくさいよ……」
すると横にいたレオナが、顔をしかめながらそんなことを言う。
いや、いきなり『臭い』ってそんな、いくらなんでも失礼な……いや、でもそういえばさっきからレオナ、『何か変なにおいがする』って言ってたな。
やっぱり、この島から何か匂いが漂ってきてたのか? でも私は、こうして上陸しても、とくにはそういうのは何も感じないけど。
するとそれを聞いていたおばあさんが『ほぉ』と感心したように、
「こりゃたまげた。そっちのお嬢ちゃんは鼻がいいんだねえ」
「うぅ……ばあちゃん、この島、何なんだ? そんなに強くはないけど、なんか変な……気分が悪くなる匂いがするぞ? それも、そこら中から匂ってくる……」
「……何かあるんですか? この島に」
普通の人間じゃ気づけないけど、嗅覚の鋭いレオナとかにはわかるような……特殊な匂いを発している何か、か……想像つかないな。
「ある、というよりは……この島そのものがそういう匂いなんだよ。この島は『
「「毒……島?」」
おばあさんの話によるとこうだ。
この島……『ウーバステン島』という名前らしいんだけど、島全体が毒物に汚染されている、文字通りの『毒の島』なんだそうだ。
正確に言えば、島そのものが毒ってわけじゃなく、島の中心にある山と、そこに広がっている森が原因らしいが。
そこには、有毒の植物やキノコ類が数多生息している。そしてそれらの毒素は、雨水によって溶け出したり、風で巻き上げられて運ばれ、島全体の土壌や地下水を汚染している。
なので、この島は、そのへんの土も、川を流れる水も、地下から出る湧き水や井戸の水ですら、様々な毒に汚染されている。そして、それらを食べたり飲んだりする動物も、川や近海を泳いでいる魚なんかも、体内に毒が蓄積されて、その肉が毒になっているらしい。
「それで『毒島』か……聞いたことない単語だったんで、一体何かと思いましたよ」
「で、でもそれって大丈夫なのか!? つまり、この島でとれるものは、獣の肉も、水も、全部毒が入ってるってことなんだろ?」
「ああそうさ、だからお嬢ちゃん達、この島ではなるべく、水の一滴だって口にしない方がいい。少しなら大丈夫だけどね……それでも、毒には違いないから」
それらの毒性はそんなに強くはないらしく、少しなら水を飲んだり、獣や魚を食べたりしても大丈夫らしい。よっぽど多く食べて毒を取り込まない限りは、お腹が痛くなることもほとんどないんだとか。
もっとも、今言っていた通り毒には変わりないので、体には悪いし……子供やお年寄りといった、体が小さい、あるいは体が弱い人だと、体調を崩すこともあるらしい。
……見渡す限り、おじいさんおばあさんばっかりなんだけど……やっぱりやばいんじゃ?
というか、そっちも気になってたんだが……何でこの島、高齢者しかいない感じなんだろう?
ついでに聞いてみると……おばあさんは少し悲しそうな顔になって、
「この島はね……私達みたいなばばあやじじいが、最後を迎えるために訪れる島なんだよ」
「……え?」
「ひょっとしたらお嬢ちゃん達、さっきここの港に、大きな船が泊ってたのを見たんじゃないかい? あれは本国……『ジバイラネ王国』の船でね、月に一度やってくるんだ。私らみたいな、年を取って働けなくなった老人を乗せてね」
(……! それってつまり……)
嫌な予感がしつつ、さらに詳しく聞いてみると……予想通りだった。
この島……『姥捨て山』ならぬ『姥捨て島』だ。
『ジバイラネ王国』って国名は、私も聞いたことがある。たしか、世界政府加盟国の1つで……この近くにある島に都がある国だ。
詳しい知識まではないけど、大きくもなく小さくもない、中堅どころの国だったはずだ。目立った観光資源や名産品なんかもないので、裕福な国ってわけでもなかったはず。
そんな国では、世界政府に収める『天上金』――天竜人に献上する税金みたいなもんだったはず。これを収めないと世界政府から追い出される――を捻出するのも一苦労。
ゆえに、まだまだバリバリ働ける若い世代の人達ならまだしも……年を取って働けなくなり、国に貢献できなくなった老人達は、国にとってお荷物だと言われていたらしい。
表立って言われていたのか、それとも暗にそういう空気が広がってたのかはわからないが。
そんな国だから、老人達は居心地が悪かっただろうし……また、老人達は老人達で、若い者達の足かせになりたくない、と自分で考える者も多かった。
そんな人達が乗るのが、月1回この島にやってくるあの船……『定期便』である。
家庭に居場所がなくなった老人や、若い人達に迷惑をかけることなく国を去りたい老人、連れ合いに先立たれて生きることにつかれた老人なんかが、その船に乗り……この島を目指すそうだ。
他者に促されて乗る、乗せられることもあれば、自分で選択して乗るケースもある。
単純に国を出ることで、若い人たちの負担にならないようにするっていうのはもちろん……ここはさっき言った通り、水も生き物も全てが毒である。しかもそこまで毒性が強くはなく、摂取して体を壊しても、そこまで大きな苦痛があるわけでもない。
そのため……この島で飲み食いして静かに生きていれば、やがてゆっくりと、穏やかに、苦しまずに死ねる……と言われている。らしい。
さらにこの島は、今までその存在を外部に知られていなかったために、海図にも載っていない。そのため、こういう、国家がやるには非人道的だと言われそうな『口減らし』に利用するには、好都合な島だったんだろう。外部にばれずにやればいい、という認識で。
「じゃあ、この島にいるおじいさんやおばあさんは、皆……」
「ああ……本国で生きることを諦めて、この毒の島で静かに人生を終えることを受け入れている、隠居人ばかりってわけさ。もちろん、私もそうだよ。孫も生まれて、この手で抱くこともできた……もうこれ以上、娘夫婦に苦労を掛けることはできないからね」
そういう言い方をするってことは、自分で選んで船に乗ったパターンか……
この島の実情を聞いて、さすがにレオナはショックを受けてるみたいだった。
もちろん、私も……どうにか冷静さは保っていられるものの、ショックは受けてる。
『大海賊時代』で無法者が跋扈するのに加え、政府に収める『天上金』やら何やらのことも考えると、国としても余裕がないというのは、頭ではわかる。
わかるけど、だからって肉親を……それも、今まで育ててくれた親を、そんな風に送り出すことを良しとするような文化ってのは……聞いてると、何とも言えない気分にさせられる。
憤りやら、悲しさやら、やるせなさやら……色んな感情がこみあげてくるな。
このおばあさんだって、『孫が生まれて』なんて言ってたけど……それならむしろ、これから孫をかわいがって一緒に平和に過ごしたかっただろうに。
その孫や、娘夫婦のために道を開けてあげることが、自分にしてやれることなんだと、受け入れてこの島に来た、ってことか……
とはいえ、どういう感想を抱いたところで、私達に何かができるわけでもないんだよなあ……
仮にこれが、日本でもあった公害事件みたいに。『工場が毒を垂れ流している』的な、原因がはっきりしていて、なおかつそれが人為的なものであったなら、それを取り除くっていう手段もあるにはあるだろう。
けど、この島の環境そのものが相手となれば、簡単にそれを変えられるわけもなし。
何十年、何百年、下手したらもっと長く、この島に息づいてきた毒だ……土にも水にもしみこんでしまっていて、ちょっとやそっとで取り除けるようなもんじゃないだろう。
それにそもそも、この問題の大本は、この『毒島』に口減らしのために人を送らなきゃいけないくらいに余裕のない『ジバイラネ王国』そのものだ。
その国の現状や体制をどうにかできるわけでもないし、そもそも他人がどうこう言うのも違うだろうし……何かしようとしても、中途半端にしかできないだろう。
「そんな風な顔をしないでおくれ、お嬢ちゃん達。誰が悪いわけでもないんだ……しいて言うなら、長生きしちまった私達が悪い」
「そんなこと……」
「いいんだよ、もう……私らはもう十分生きた……納得してこの島に来てるんだよ」
言い返そうとするレオナを制して、やんわりと言うおばあさん。
その様子は……気のせいでなければ、自分達を心配してくれるレオナに対しても、心に傷が残らないように、つらい記憶になってしまわないように、なだめてくれているようにも見えた。
……さて、そろそろ本格的に空が暗くなってきた。
数分もしないうちに雨が降り出すだろう……どこか、屋根のある場所に避難しないとな。
そういうので、私達が使えそうな場所があればよし、なければ……適当に作ればいいか。
おなじみの段ボールハウスである。
……これ以上ここにいても、余計に気分が沈むだけだろうしね。
場所を変えて、何か無理にでも気分を切り替えてやった方がいいか。……ストックしてる食料の中に、何か……
「…………ん?」
その時、ふと『見聞色』に何かがひっかかった。
何だろう、コレ……さっきまで、おじいさんやおばあさんの気配しかしなかったのに、1つだけ元気な……若い子供みたいな気配がいきなりあらわれた。
しかもその気配、毒だらけだって言われてたあの山の方から、すごいスピードでこっちに……というか、この村に向かってくる。
思わずそっちの方を見てしまう私。
そして、私の様子が少しおかしいことに気づいたレオナも、私を、そしてその視線の先を追う形で、同じ方向を見る。
すると、遠くの方から土煙を挙げて、だだだだだ……と、誰か、ないし何かがすごい勢いで山を駆け下りてくるのが見えた。
それは……
「おーい! じいさま方、ばあさま方――! 今日の食料、収穫してきたぞー!」
まだ遠くだっていうのによく通る……大人のそれには聞こえない高い声で、そう聞こえた。
そしてそのタイミングで、その『何か』の姿ははっきり見えるくらいにまでなった。
それは……
「……女の子?」
レオナと同じくらいの背格好の……小さな少女だった。
本章のメインのオリキャラ、2人目登場。