結論から言うと、彼女……アリスの言う通りだった。
海岸には海軍の船が泊っていて、そこから何人かの人員が降りて来て、町の中心部の方に向かうところだった。
おそらく、あっちの方に『中心街』とやらがあるんだろうな。
加えて、来ていた船は1隻じゃなく……3隻。
そして残る2隻はというと、港には停泊せずにすぐに出発していった。これもアリスの言っていた通り、海の上のパトロールも行うつもりなんだろう。
……隙間を見つけて潜り抜けられないこともないかもだが……洋上戦になるリスクを考えると、あんまり無理はしない方がいいか……?
最悪の場合は、空飛ぶって手もあるが……
「……ひとまず様子を見るか。ごめん2人とも、もうちょっとだけここに滞在することになりそうかも」
「ま……仕方なかろうの。一応母上、海賊じゃし……海軍に見つかると面倒じゃし」
「えー……。この国、臭いからやだなー……まあでも、仕方ないか……」
最悪の場合は、空飛んで逃げるか、強行突破も辞さないけど、海軍相手に暴れると後が面倒だ。
面子をつぶされたことに過剰に反応して、賞金額UPとかやりかねないもん。……まー、もう既に今更って感じもあるけどさ。
……それに、だ。もう1つ不安要素がある。
(あの船……乗ってんのは海軍だけじゃないな。政府関係者が一緒だ)
海軍の制服を着ていない、黒スーツにがっしりした体格の連中が何人か混じってる。
遠目じゃわかりにくいが、単なる役人か、あるいは……諜報部員の類か。
私を賞金首にしやがった、憎き『サイファーポール』である可能性も捨てきれない。その内の、『ゼロ』を除けば最も質の悪い『9』である可能性も。
そうなると、戦うにしても決して楽じゃなさそうだし……こっちにはまだ全然戦いに慣れられていない、スズとレオナもいる。
彼女達が危なくなってしまう可能性もある以上は……基本的に、あれらとの遭遇は極力避ける方向で行きたい。
……それに、推定CPが混じっているって時点で、なんだかこの海軍の訪問そのものにも胡散臭さが増した気がする。輪をかけて関わらない、見つからない方がいい気がしてきた。
よく考えたら、非加盟国に政府の役人や海軍が来るなんて、何かそれ相応の理由があってのことだろうからね。
例えば、表沙汰にできない繋がりを持っていて、表沙汰にできない内容の取引をしてる、とか。
……考えても仕方ないな。ひとまず戻ろう。
そんで……一応、アリスのお言葉に甘えて、色々と案内でもしてもらおうか。比較的マシな宿とか、穴場スポットとか。
ついでに、あの連中の不審な点についても……何か知ってることとかないかな?
☆☆☆
さっきあらかじめ聞いていた場所に行って、アリスと再会。
そして、お言葉に甘えて案内を頼む、ということを伝えた後、ダメ元であの海軍と政府の役人について何か知らないか聞いてみると。
「知ってるよ、もちろん」
知ってました。マジか、ホントに情報通らしいな、この子。
このスラムじみた地帯の中でも、やはりというか、逞しく生きている筆頭レベルの子供と見た。強さはあんまりわからないが……色々な意味で、したたかではあるようだ。
『どこかゆっくりできる場所で話すよ』という名目の元、昼飯をご馳走になろうとしてくるくらいには。
やれやれ、と思いつつも……先にひとまず、アリスの言ってた『比較的マシな宿屋』に案内してもらい、部屋を取った。
そして、そこにアリスも招いて……部屋の中で、少し遅めの昼食を食べながら話を聞くことにした。
なお、食べるのは、そのへんの露店で買った適当なファストフード……ではなく、私が収納していた食料である。
……ぶっちゃけ、衛生観念とかがあまり仕事してなさそうなこの界隈で、普通に売られてるものを食べる気にならない。
食べ物についても、アリスが『比較的マシ』なのを教えると言ってくれたんだけど……正直その『比較的』の部分の妥協度合いが心配なんだよ。
『腐ってないからセーフ』とか『味はいいからアリ』とか、その辺の尺度で提供されそうな気がしてさ……。
ぶっちゃけ、そこまで冒険したくはないし、スズやレオナに変なもの食べさせたくない。
……まあ、スズに限って言えば、毒食ってたんだけどね……少し前まで。
でもまあ、大切なのは『今』ってことでひとつ。
ああもちろん、アリスだけ露店のものとかそういうのはなくて、ちゃんと私らと同じものを提供させてもらった。
私の手作りのサンドイッチで申し訳ないけどね。他人が作ったおにぎりとかサンドイッチ大丈夫な人? ああそう、ならよかった。
私らは普通に食べてたんだけど、アリスは『こんな美味しいもの食べたことない!』と言って、夢中で食べてた。
話を聞きたかったけど、邪魔するのもアレなので、完食するまでまつことに。
ちなみに、このサンドイッチに使われてるのは、リトルガーデンで獲った恐竜の肉とか卵です。見た目は普通のサンドイッチだし、きちんと美味しいよ。
「ふう……ごちそうさま。すごく美味しかったよ……なんか、何から何までありがとう」
「どういたしまして。いいよ、どれももののついでだしね。それじゃあ……そろそろ、話とか聞かせてもらっていい?」
「もちろん! えっと、海軍と政府の役人たちが来てるのに、何か裏があるんじゃないか……って話だったよね。アレさあ……実は、この国の上層部と仲良しなんだよね」
「……海軍と政府が?」
「それに加えて、このスラム街で幅を利かせてるギャングの一派がね。『加盟国』ではできないような、色々な悪いことをする場所としてこの国を使ってるみたい」
例えば、世界政府が取り扱いを認めていない禁制品の生産とか取引。
加盟国ではない=世界政府の決めたルールには縛られない、という理屈で、ここを抜け道にして取引とか生産とかを行っているらしい。ギャングが主導で。
そしてそれを、政府も海軍も賄賂をもらって黙認している……どころか、一枚かんでいる。
秘密裏にその取引やら何やらにも参加して、『禁制品』をひそかに手に入れたりしているそうだ。
扱っているのは……『気持ちよくなれるお薬』や『すごく強くて危ない爆弾』、『大型の猛獣もころりと死ぬ猛毒』に『真っ白できれいだけど毒がある金属』などなど……ヤバいものが目白押し。
……というか最後の奴、それが原因で『北の海』で国が一つ滅んでるんですが……何てもん扱ってるんだよ。
そして、それらの栽培とか加工なんかには、この貧民街に暮らしている人達が安く使われているらしい。
健康被害のリスクなんて知ったことかと言わんばかりに、劣悪な環境で、安全確保もされず、死んでもいくらでも補充が利く労働力として酷使されているそうだ。
しかも、さっき話に上がった例の『パトロール』だけど……あれも実は、この暗黒ビジネスに一枚かむ形で実施されているそうで。
どういう意味かというと……アレが、裏取引を行う商船を摘発するためのものだってのは話したじゃん? それ自体は、単なるポーズじゃなくて本当なんだよ。
けど、自分達が行っている取引までそれで阻害されてしまうのは困るので……抜け道が用意されているのだ。
事前に闇商人に、『この日はこの場所を、この順番、この経路でパトロールします』っていう情報が流れてて……闇商人は時間と場所を見極めて、パトロールの目を確実にかいくぐれる時間とルートで港に入ってくるんだそうだ。
だから、自分達が噛んでいる取引は、何の問題もなく普通に実行される、というわけ。
さらに言えば、役人たちが『中心街』を訪問する目的も、その取引に一枚かんでいる国家上層部の連中が、単に接待しているだけだという話も。
こればっかりは、アリスも見たことないから確実なことはわからなくて、あくまで噂らしいけどね……。
「でも、ということは他の話は実際に確かめた話なのか? やばいものを取引してるとか、闇商人に情報を流してるとか……」
「そんなものどこで調べてきた知識、ないし情報なんじゃ?」
「調べなくても簡単に手に入るよ、このくらい。さっき言ったでしょ? ギャングや上層部の連中は、貧民街の人達を安く都合よく使ってるって。その現場に潜り込んで働けば嫌でも目にすることになるからね……まあ、普通の人はそれを知ったところでどうにかする発想も知識もなければ、あったとしてもどうにかしようとは思わないけど」
「なんで?」
「人権なんてない国の貧民が、ちょっとやばい知識を仕入れた程度で調子に乗ってみ? 国自体が絡んでるんだから、どれだけ誰に騒いでも相手にされるわけないし……次の日には適当な方法で口を封じられること間違いなし。ま、要するに消されるのが怖いからオートで口をつぐむんだよ」
「……ひょっとしたら、そう言うのも含めて『都合がいい』のかな?」
「何も言わなくても空気読んで黙ってくれるし、黙ってない場合は消せばいい。どっちにしろ誰にも何も言われない……雇用する側からすれば最高の条件の労働者だろうね」
うわあ……なんてブラックな国家事情。
しかもそれが政府公認(実質)で行われてるとは……やっぱこの国、非加盟国の中では指折りのひどさじゃないかな。いろいろな意味で。
「そんな仕事でもあるだけましだから、皆進んで参加しようとするんだよ。この国、この貧民街では、力のあるギャングのグループでもなければ、皆等しく搾取される側。仕事を選んでたりしたらその日食べるパンも買えないからね……ボクだって、人に言えないような仕事もいっぱいやってるよ。そのおかげで色々詳しくなれたんだけどね」
アリスの場合、どうせなら色々体験して、自分に合った仕事を見つけてみたいって理由で、片っ端からこの『貧民街』の仕事をやってみてるらしい。
しかも、割と要領いいから、雇う側からの評判もよくて、気に入られてることが多いんだとか。
「人に言えない仕事って……例えば?」
興味本位からか、レオナが聞いてみる。
……多分聞かない方がいい質問なんだろうけどね、コレ……。
けどアリスは、『お、聞きたい? 聞きたい?』って楽しそうにニヤニヤ笑いながら、
「んーとねー、あんまり詳しく話すと色々危ないからざっくり言うけど……薬屋さんでのアルバイトとか……色々なものを何も言わず、何も聞かずに運ぶお仕事とか……悪いことをした人たちが逃げないように見張ったりとか……あと、男の人や女の人を相手に仲良くするお仕事も、かな」
((…………うわぁ))
ぼかされていてもなお、あまりにも生々しい話がすらすらと口から出てくる。
私とスズは大体わかったので、『マジかよ』みたいな顔になるしかなかったが……レオナはいまいちわからなかったみたいで、『へー、大変そうだな』ってきょとんとしながら言ってた。
……字面通りの運送業やアルバイトに思えたんだろうな。……それでいいよ、そのまま純粋な君でいてくれ。
ていうか、見た感じアリスってまだ十代前半……スズやレオナと同じくらいの年齢だよね?
その年でそんな過酷な……アレとか、アレとか、アレまで……いや、本当にすさまじいな。
特に最後の……『仲良くするお仕事』ってつまり……
というか、男も女も両方!? ……闇が深いな、この国……あとアリスも。
しかも何がすさまじいって、そんな仕事を経験してるにもかかわらず、こんな風に明るく元気でけろっとしてるあたりがもう……どれだけメンタル強いんだ。
私だって過去には、それに近い経験や、そうなりそうになったことは何度もあるけど、さすがに……アレ? でも私もそういう時も割とあっさり立ち直ってけろっとしてたな?
ケースバイケースではあるけど……なんだかんだで『まあ、いい経験だった』で立ち直ってた気がする。
海賊に故郷焼かれたり、奴隷にされたり、天竜人に拉致されたり、冤罪で指名手配されたり……
……何だろう、『ブーメラン』という単語が唐突に頭に浮かんだ。
(……ひょっとして、アリスと私、似てる?)
「? どうしたの、お姉さん」
急に黙って自分の方を見てきたのが気になったのか、こてん、と首をかしげるかわいいしぐさと共にそう聞いてくるアリス。
……この辺の愛嬌も、お仕事で覚えたものなのかな?
しかし、さっき聞いた話がホントなら、ある意味アリスって、私以上に濃厚な色々な経験を積んでるってことなんだよな……やっぱすごく逞しい子なのかも。
「あれ、ひょっとしてボクに興味出てきちゃった? やだなーもー、お姉さんったら。でも、どうしてもっていうなら、ボクの『お客さん』になってみる?」
「いーや、遠慮しとくよ。生憎と私、そういう趣味はないし」
私はノーマルです。普通に男が好き……あ、いやでも私、別に男の人を好きになった経験もないんだよな。
この年まで、恋愛の『れ』の字も知らずに生きてきた。仕事一筋って感じで。
少し前に、ニョン婆に『そろそろいい年なんだから(略)』って言われたっけな……そういや。
でも、焦ってとりあえず出会いを探して誰か見つけて、みたいなこともしたくないんだよね。
ましてや私、一応海賊なんだから、そんな出会いなんてそうそうないもんだってのはわかるし……いやでも、海賊の中には、普通に結婚してる女海賊とかはもちろん、規格外の大家族を率いている大海賊もいるんだよなあ……めっちゃ有名なのが、新世界に。
……あれ、出会いがないのは私の努力が足りないのか?
……い、いや、別に私出会いが欲しいとも思ってないから全然ダイジョブのはず! セーフセーフ、余裕でセーフ!
「なーんだ、残念」
私が頭の悪い自己弁護を脳内で行っていると、『ちぇー』とでも言いたそうにアリスが口をとがらせてそう言っていた。
「もしお姉さんのお気に入りになれれば、この国から連れ出してもらえるかもしれないなー、とかちょっと期待しちゃったよ」
「む? 母上のお気に入り云々はともかくとして……アリスお主、この国を出たいのか?」
「それはもちろん。こんな国に居たって将来は知れてるというか、お先真っ暗なのは確実だからね……かといって国を出ようとすると、『あいつ色々知ってるし、念のため消しとくか』みたいな軽いノリで命狙って来るギャングとかいるし、そうでなくてもこの『偉大なる航路』を一人旅なんて、普通に自殺行為でしょ? ボク、別に航海術があるわけじゃないから」
ふむ、なるほど。
だから、最も理想的な出国の方法としては……外界に出ていく人に一緒に連れて行ってもらう、っていう手段が最上なわけか。それも、ある程度以上優しくて信用できる人ならよし。
そしてアリスはどうやら、この短い時間のやり取りで、そう判断できるくらいには私らのことを買ってくれたらしい。
『今からでもどう? 召使でもなんでもするから、ボクを船に乗せない?』ってアピールしてくるけど……さすがにそこまではする気ありません。
そう言ったら、案外あっさり『そっか、残念』って引き下がった。
嫌だって言ってる相手に下手に食い下がってもあまりいいことない、って知識もあるのかもね。
☆☆☆
その日は夕方くらいまでアリスの話を聞きながら室内で過ごした。
その他にもアリスは話の引き出しが豊富で、予想外に聞いてて楽しかったもんだから。
別に見て回りたいものが外にあるわけでもなかったし、これはこれで有意義と言える時間の使い方だったんじゃないかと思っている。
もうそろそろ暗くなるってことで、アリスは夕方には帰っていった。
その際、色々楽しませてくれたお礼ってことで、お礼のお金は大目に渡してあげたら、すごく嬉しそうにしていた。本音なのか、営業スマイル的な愛嬌なのかは……わかんない。
わかんないけど、まあ、嬉しいって言うのは本心みたいだったし、よしとしよう。
そしてその日の夜は、『マシな宿』の一室で寝ることにしたわけだが……『マシ』だからといってこういう国で用心を怠るのはよくない。
なので、部屋の中にさらに段ボールハウスを設置して防備を万全にした上で寝ます。
これで、万が一侵入者がいてもある程度は防げる。
じゃあ最初から段ボールハウスを使った野宿でよかったんじゃないかって?
スラム街とはいえ、いきなりしっかりしたつくりの段ボールハウスが現れたら目立って余計に狙われるでしょ。『建物内建物』がちょうどよかったんだよ。
それ以外にもさらに用心として、段ボールハウスの外側にいくつかの風車を設置し、からからと小さな音を立てて回るようにしておく。
これは、風を起こして室内の空気を常に換気させることで、室外から気化した毒や眠り薬なんかを散布されてもそれを散らしてしまう効果がある。人攫いがよく使う手口だからね。
その他にも色々と防犯用の仕掛けを施したうえで眠りにつくことに。
こんだけやれば大丈夫だろう。
これらに加えて……意識的に警戒して、『見聞色』を発動させた状態で寝れば、何かあった時にはすぐに起きて戦えるはずだし。
そんな感じで万全の体勢で眠りについた私達。
とはいえ、できれば何も起きてほしくない、穏やかに朝を迎えたい……というのは言うまでもないことである。
しかし、残念ながら……その望みはかなえられることはなかった。
深夜、日付が変わってしばらく経ったくらいの時間に、ばっちり異常事態は起きてしまった。
しかし、それは……私達の身に何かが起こった、というわけではなくて……
―――ドォン! ドォン! ドォン!
―――ダダダダダダ……!
―――バキィ、ドゴォ、ガシャァン!!
「……いや、何の音コレ……」
「外で銃撃戦でもやってんのか!?」
「いや実際にそうなのではないかコレ……銃声めっちゃ聞こえるんじゃが」
あまりに予想外+うるさいせいで、3人とも謎にかえって冷静になって起きてしまった。
いや、ホントにコレ何が起こってるんだこんな時間に? 戦争でも勃発した? それとも革命でも起こったのか?
……この騒ぎじゃ寝られる気しないし、確認のためにちょっと外に出て見てみるか……