大文豪に私はなる!   作:破戒僧

97 / 306
第97話 スゥと、アリスの秘密(2)

 

 

 川で水浴びの最中に、アリスが実は能力者だったってことをカミングアウトされたわけだが……彼女のカミングアウトはそこで終わらなかった。

 いや、むしろその後が本番だったと言ってもいい。重要度的な意味で。

 

 とりあえず、体は洗い終わったので……そのまま素っ裸で話を続けることもない。

 なので、続きは服を着てから聞いたんだが……

 

「え!? じゃあ、一昨日の夜の抗争って……」

 

「アリスが犯人だったのか!?」

 

「いや、犯人ってわけじゃなくて……あーまあでも、犯人『の1人』とは言えるかな。ボク、相手方のギャングの仕事とか受けて、そのたびに内情やら何やらを調べて、こっちのギャングに渡してて……ま、要はスパイだったんだよね」

 

 聞けば、もともとアリスは……ギャングの仲間だったという。

 構成員の1人だってわけじゃなく、あくまで便利に使われてる手駒程度の存在……他のスラム街の住民達と同じなのに変わりはない。

 

 ただ、アリスは要領がよくて仕事も確実にこなすことができたし、同じ孤児達に顔が利いて頭数の労働力を動員するのも得意だったりしたから、他よりは重宝されてた……って感じだ。

 

 そして、その腕を買われて、ここ数か月行っていたのが、そのギャングと敵対している別のギャンググループに対しての密偵。

 

 雑用仕事やら何やらを受ける形で潜り込み、少しずつ情報を集めていき……それらをもとにギャングは、敵対するグループを攻め落とすための作戦を練った。

 そして、それを実行に移したのが、一昨日の夜のあの銃撃戦。

 

 アリスは、密偵や誘導などの情報戦において、あの奇襲の成功、ひいては抗争の勝利を打ち立てた立役者の1人だったのだ。

 

 しかし、ことが終われば報酬をもらえるはずだったアリスに対して……ギャングが行ったのは、口封じのためにその命を奪う、という対応。

 今朝がた、あの時まさにそうなりそうになってたわけだが……偶然私達がそこにやってきたことで、アリスは命を拾った。

 

 さっきアリスが『確実に殺されると思ってた』『売られるだけで済んだのは驚いた』と言っていたのは……これが理由だ。

 スパイとして活動する過程で、ギャングにとって少なからず不都合な情報も知ってしまった自分を、口封じのために狙ったんだから、金を積まれても見逃すなんてことはしないと思っていた。

 

 その予想に反して自分が売られたのは、恐らく、あの下っ端たちがただ単に、アリスがそういう理由で狙われたんだと知らなかったから。

 何も詳しいことは聞かされず、ただ単に『このガキを殺せ』とだけ言われたんだろう。

 

 そして、勝手に『何かしら仕事をしくじって制裁されそうになったんだろうし、この国から消えて金も手に入るなら追放、ないし売却でいいよね』と下っ端が勝手に判断した。だから自分は助かり……私達に『売られる』ことができた。

 

 以上が、アリスの推測を交えた、ここに至るまでの顛末である。

 

「他にもスパイをやってた孤児仲間はいたんだけど……ボク以外はもう、全員殺されたみたい。さっき、お姉さんたちが来るまでにあいつらがそう言ってた」

 

「なんとまあ……機密保持のためとはいえ、容赦ないのう」

 

「ひどい奴だなー……アリスは一生懸命働いて、その作戦も成功したのに。何が不満だったんだよ」

 

「……こう言っちゃなんだけど、最初から後々の不安をなくすために、口を封じるところまで予定に入ってたのかもね。非加盟国って、どこまでも人の命が軽いから……」

 

「ま……人に言えないようなことをしてきたのはボクもだし、こうなっても仕方ない部分はなくもないんだよね。少なくとも、敵対してたギャングの関係者には恨まれてるだろうし。何だったら……疑わしきは罰せよ、みたいな感じで、ボクと関わりのあった孤児とか全員巻き込んで虐殺するようなことにだってなってたかもしれない」

 

 はぁ、とため息をつく。

 酷い予想だけど……ありえないとも言えないのが怖いところだ。

 

 そんなことをしたって、ギャングの仲間が戻ってくるわけでもないし、あの夜の敗北がなかったことになるわけでもない。

 それでも、感情に任せて、手が届くところにいる仇……あるいは、それと関係があるだけの赤の他人にまで凶刃を向けかねないのが人間である。

 

「もっとも……そうならないように、他の子達は全員、どうにか昨日のうちに逃がすなり隠すなりしたんだけどさ」

 

「え? どゆこと?」

 

「今言ったようなパターンが怖かったから……狙われる可能性があるからって説得して、他の孤児達は逃がしたの。もう。……ちょうど、昨日の『炊き出し』に来てた子達だよ」

 

 そう言われて、私達3人は思い出そうとして見るが……昨日のアレは人数が多すぎたから、全然わかんないんだが。

 アリスと仲よさそうにしてた子とか、そうでない子とか……ほとんど覚えてないし、そもそもそこまで意識してなかったし……してても正直、見分けつかなかったと思うし。

 

 そう正直に伝えて、『どの子のこと?』って聞いたんだが、

 

「いや、だから逃がしたのは全員だよ。あの場に来てた子達全員。……いや、そのさらに仲間とか友達の子達も含めてだから、もっと大人数……あの倍くらいかな?」

 

「「「え!?」」」

 

 しれっとそんな風に言われたので、流石に私達3人共驚いた。

 

「て、ことはつまり……あそこにいた子達全員、アリスの仲間、ないし友達だったの?」

 

「いや、そうじゃない。ボクの友達だったのは、あの中の一部だけ。全然知らない子も混じってたし……なんなら、普段はあんまり関係のよくない、ほとんど敵対してるようなグループの子もいた」

 

「え? ……でも、昨日来てた連中全員逃がしたんだよな? その……敵の子達も?」

 

「そ。立場も何も関係なく、全員逃がした、あるいは隠した。たとえ敵対してた相手でも、よく知りもしない相手でもね。いやー、大変だったよ……」

 

「それはまた……随分と優しいことじゃのう。命の危機が迫っているのであれば、普段敵対してはいても……ということか?」

 

 スズが少し意外そうに言う。

 実を言うと、私もちょっと意外に思ってた。アリスってそのへん、何というか……けっこうドライそうな印象だったから。

 

 冷酷非情、とまでは言わないまでも、必要なら非情な判断でもきっちり下して『仕事』『他人』と割り切れるような……そんな感じに思えてた。おちゃらけたような態度の裏で、しかし確かにこのスラムで生き抜いてきた『強さ』を持ってるんだな、と。

 

 そして、私やスズのそんな予想は……一応は当たってはいたらしい。

 

「いやあ……普段のボクなら、そこまでは全然しなかっただろうね。……ただ、昨日はね……ちょっと、見捨てるのが嫌だなって思えちゃってさ」

 

「?」

 

「……お姉さん達と一緒に獲った魚、焼いて皆で一緒に食べたでしょ? 集まった子供全員でさ。あの時、お姉さん達は知らなかっただろうし、仮に知ってても気にしなかっただろうけど……集まった子の中には、それこそ犬猿の仲か、それ以上に仲が悪い間柄のグループもいたんだ」

 

「そうなのか? そうは見えんかったがのう……まあ、わしらが気づかんかっただけか」

 

「いや、そうじゃないと思うよ。ホントに昨日は……そういう、ギスギスした一触即発的な空気が全然なかった。事情を知ってる僕や他の子達からしたら、そっちの方がびっくりしちゃったくらいにね。……本当に皆、一緒になってあのバーベキューを楽しんでたんだ」

 

 その時のことを思い出しているのか、空中に視線をさまよわせながら……アリスはぽつりぽつりと語り続ける。

 

「普段から仲がいい子も、普段は仲が悪い子も、良くも悪くもない子も、そもそも知りもしない子も……皆、昨日のあの時は、ただただ美味しいって、幸せだって言って……泣いて喜んでた。食べたこともないくらいに美味しいご飯を食べて、幸福で満たされた気持ちになって……いつも胸の中にあった暗い感情が全部吹っ飛んじゃったみたいにさ。まあ、一時的なもんだろうとは思いはしたけど……それでも、あの時だけは、皆が同じ気持ちだったんだ……それが本当に、幸せだった」

 

 だから、と続ける。

 

「たとえ普段は仲が悪い相手でも、知りもしない相手でも……見捨てるようなことをしたら、あの時の幸せな時間にケチがついちゃうような気がして……だからボク、昨日のうちに、昨日来ていたグループ全部を説得してどうにか逃がしたんだ」

 

「そっかー。まあ、美味しいって言ってくれたのは嬉しいけど……いや、実際母ちゃんの作る料理美味しいしさ。けど、そこまで感激してくれたなんてな。……ちょっとだけ大げさかもだけど」

 

「……大げさなんかじゃ全然ないよ、レオナ。あそこにいた子供達は……全員じゃないにしても、1日1日が必死で……時にはそれこそ、生きるために親兄弟でも裏切るようなことだってしなきゃいけないような子達も含まれてたんだ。それなのに、あんなふうに笑いあえて……本当に夢みたいな時間だった。敵も味方も考えずに、皆が幸せに、お腹いっぱいになれた。……そんな思い出を、ボクは汚したくなかったし……そう思ってくれてた子も、説得した中には大勢いたよ」

 

「……そっか、へへへ」

 

「数十人はいたと思うが……全員逃がせたのか?」

 

「……全員は無理だった。いや、全員一応説得して声はかけたんだけど……やっぱり、信じてくれなかった子や、話は聞いてくれたけど動く気はない、って言った子もいてさ。そうして逃げたり、隠れたりしなかった子もいる。そのうち、何人か……襲われて死んだって聞いた」

 

 思い出して悲しそうに、悔しそうに言うアリス。

 もっとも、そういう感情も上手いこと抑え込んでいるようで……それに失敗したわずかな感情が漏れ出てるって感じだった。

 

「一昨日まではそんな風に思うことはなかったし、想像もできなかったのにね……昨日、あのバーベキューの後は……なぜだかボク、あそこにいた皆に死んでほしくないって、傷ついてほしくないって思っちゃったんだ。まるで、あの時一緒に焼き魚を食べた子達が皆、仲間か友達、あるいは……家族になったみたいな、不思議な感じだった。それでいて、決して不快じゃない。もしかしたら……本物の『家族』っていうのがいたら、こういう気持ちになったのかな、とか思ってさ」

 

「アリスの家族って……やっぱもう、いないのか?」

 

「んー……よく覚えてないんだ。実はボク、この国の出身じゃないんだ。うろ覚えだけど、他の島で人さらいに攫われて、けどその人さらいの船が遭難して漂流して……ここにたどり着いた。元々いた島もたしか『非加盟国』だったと思うから……まあ、大してここと変わらない感じだったな」

 

 へー、人さらいに……けっこう過酷な過去持ってるんだな。

 まるで私みたいだ。

 

 そしてアリスは、その『元々いた島』――名前は覚えていないらしい――にいた頃から孤児だったそうなので、家族なんてものはいなかった。

 いたとしても、物心つく前に多分死んでいたか、あるいは自分達を捨てたか……そんなところだろうと。

 

「ああでも、うっすらとだけど……弟っぽい子が一緒だった気がするんだよね。今となっては名前も思い出せないけど。……もっとも、もうその子に会うこともないんだろうし、考えても仕方ないことだけどさ」

 

「ふーん……」

 

「けど……そんな風に、家族なんてものを知らず、別段興味も特になかったボクだけど、あの時は少しだけ……あそこにいたみんなが、そういう……『家族』みたいに思えたんだ。だから……」

 

「だから、死んでほしくなかった。ひどい目に遭ってほしくなかった……か。成程、そりゃ仕方ないね。きちんとした理由だ」

 

 口先だけでなく、心でも納得して私はそう言った。

 レオナとスズも、うんうん、と頷いている。そうだね、あるよねそういうことも。

 

 だったら何も私達から言うことはない。あんたがやったことは何も間違っちゃいないよ。

 不安になんかなることない、胸を張れ、アリス。

 

「……あぅ」

 

 おっと、無意識に手が動いてアリスの頭をなでてあげてた。

 

 ちょっと照れくさそうにしつつも、ほんのり笑顔になって……嬉しそうにしているアリスの表情が可愛いです。

 

 ……可愛い、けど……さてと。

 

「さて……大方の話は聞けたかな。それじゃアリス、突然話変わってごめんね。これからのことだけど……今いいかな?」

 

「え? うん、いいけど……」

 

「さっきギャングの人達に言った通り、私達、今日これからもうこの国を出るから。それと一緒にアリスも連れ出すわけだけど……その後どうするかについてね。この後行く適当な国で、そこに移住するために船を降りてももちろんよし。ここより住みやすい国も島も、いくらでも見つかるだろうしね。でも、もしも……」

 

「もし、も……?」

 

「……もしも…………はぁ、ったく」

 

 その先、ないし続きを口にしようとして……しかし私はそれを言わず……無言で、武器である番傘を抜いた。

 そして、アリスのすぐ横に向かって突き出す。

 

 アリスが『え!? 何!?』と言わんばかりに驚いた顔になってたけど……その瞬間、

 

 

 ―――ギィン!

 

 

 私が突き出した番傘に、硬い何かがぶつかったような音がした。

 

 アリス達は突然のことに驚いていたけど、私はそれが、狙撃によるもので……飛んできたのが銃弾であることをわかっている。

 今私が防がなければ、不意打ちでもあったことも含めて、確実にアリスは死んでいた。

 

 ……さっきの事情を聴いた今であれば、コレをやったのが誰で、何のつもりなのか……想像するのは難しくない。

 

「……囲まれておるな」

 

「ちっ……ごめん母ちゃん、気付くのが遅れた。こいつら、風下から……」

 

 スズ、そしてレオナも気付いて、周囲に視線をやる。

 

 勢い任せの襲撃とかじゃなく、手順から何からきちんと考えられた奇襲だ。

 気配の隠し方も割と見事だった。アリスの話に聞き入ってたとはいえ、『見聞色』で気づくのがここまで遅れるとは……こりゃ単なるチンピラじゃなくて、『専門家』だな。

 

 これ、恐らくはアリスの口を封じに来たんだろうな。ギャングが『売らずに殺さなきゃいけない奴だった』ってことに気付いて手を打ったか。

 そんで、何かを聞いた可能性もある私達も一緒に殺すつもりだな。……実際聞いたし。全部。

 

 気付かれているということに向こうも気づいたのか、何人もの……恐らくはプロの殺し屋達が、手に手に武器を持って物陰から出てきた。スズの言った通り、完全に囲まれていた。

 ……さらに言えば、全員姿を見せたと見せかけて、何人かまだ隠れて奇襲の隙を伺ってるな。

 

 その光景を目にして、流石に顔が青くなるアリス。

 

 しかしそんな彼女を、私は何も言わずに抱き寄せる。むぎゅ、という感じでその顔が私の胸のあたりに押し付けられた。

 ちょっとだけ幸せそうにしつつも、しかしやっぱりこの状況は怖いらしいアリス。

 

 そんな彼女を気遣うように、スズとレオナはそれぞれその左右を守るように立つ。

 スズは腰にさしている2本の剣に手をかけ、レオナは手の関節をぱきぱきと鳴らして。

 

 しかし……残念ながらというか、安心しろというか……今回、この準臨戦態勢にまでなっている2人に……出番は来ません。

 私が来させません。

 

 暗殺者達のところまで確実に聞こえるように、それなりの音量で言う。

 

「一応言っとく。この子はもううちの子だ。何かしようってんなら……」

 

 どうやら私の話を聞くつもりはないようで、リーダーらしき男がハンドシグナルで指示を出したと同時に……全方位から銃弾が降り注いだ。

 

 それらは全部、私が一瞬で展開した『壁紙』に防がれて……私達4人には一発たりとも届かなかったけど。

 

 ……よーし、そう来るか。それならこっちも遠慮はいらないな。

 

 いや、もともと遠慮なんてするつもりもなかったけどさ、一応話だけでも聞いてやるとか、そういうのも全く考えなくていいな。よし。

 早く終わりそうで何よりだ。無駄な時間なんて使いたくない。

 

 私は、今立ち上げた『壁紙』を……1センチ四方くらいの大きさの、無数の『紙吹雪』に変化させて舞い上がらせる。

 

 突然のことに、それを見ている者達は驚いて、舞い上がる紙吹雪を見上げていた。

 暗殺者達はもちろん……私の腕の中というか、胸の間にいるアリスも。

 

 レオナとスズも同様だが、こちらは驚きよりも『うわぁ、えげつないのキター……』とか『母上、キレたな』とか何とか呟いてる。……まあ、2人は何度か見たことあるからね、この技。

 そしてそれゆえに、この後何が起こるかもわかる、と。

 

「“紙剃吹雪”……」

 

 はい、せーの。

 

 

 

「“千本桜”!!」

 

 

 

 

 

 

 

 5秒後。

 全身を切り刻まれて血の海に沈み、ぴくりとも……というか、もう永遠に動かなくなった、暗殺者達の成れの果てが、そこら中に転がっていましたとさ。

 もちろん、奇襲のために隠れ続けてた連中も全員含めてね。息の根止めさせてもらった。

 

 一昨日のチンピラ達みたいに半殺しにしとこうかとも思ったんだけど、プロは生かして見逃すと後々まで尾を引きそうだからね……さくっと終わらせてもらった。

 こんな商売してるくらいだ、覚悟はできてただろうし、いいよね? 答えは聞いてない。

 

 さて……じゃ、行こうかアリス。

 

 さっき言いかけて途中でやめちゃった話もしたいし。

 

 ……あ、でも、その前に……

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。