デュエルはなしです。
学園都市。
東京西部を一気に開発して作り出されたこの街には、230万人もの人間が住んでおり、その8割が学生である。
この街が世界のどこよりも変わっているのが、学生に能力開発を行っている点だ。
能力開発を受けた学生は、能力の強さに差異はあれど、通常の人間とは異なる存在になる。
ところが世界には、学園都市の能力開発を受けずに能力を使える人間がごく少数存在する。
彼らは、能力開発を受けた人間を人工ダイヤモンドとすれば、天然のダイヤモンドに相当する存在である。
数は全世界でわずか50人程度。
能力の方向性も普通の能力者とは異なり、強力かどうかはともかく希少性の高い能力を持っている。
そんな特異な能力者は『原石』と呼ばれている。
話はガラッと変わる。
日本を始め、世界各国で『遊戯王』と呼ばれるトレーディングカードゲームが行われている。
40枚以上60枚以下のカードの束――これをデッキと呼ぶ――を用いて行うカードゲームで、特殊な場合を除いて、相手のライフポイントを0にしたプレイヤーが勝者となるというものだ。
学園都市も日本の一部なので、当然このカードゲームが存在する。
人口の8割が学生のこの街では、かなりのプレイヤー数になっている。
そして、学園都市ではその進んだ科学力を使って、モンスターなどを3D、つまり立体表示する機械が開発されている。
デュエルディスクと呼ばれるその機械を腕にはめ、今日も多くの学生がデュエルにいそしんでいる。
さて、学園都市に無数に存在する、能力に関する研究機関の一つ。
そこに、一人の原石能力者が顔を出していた。
彼の名前は
これは変わった能力の持ち主である遊石の、物語である。
◆◆◆
「遊石君、お疲れ様。今日予定していた能力測定はこれですべて終了したわ」
「はーい。お疲れ様ーっす」
周囲を白い壁におおわれた無機質な部屋に、少年が一人。
ワイシャツにスラックスという出で立ちからは、彼が能力者の中でも特別な存在であることをうかがい知ることは難しい。
少年はスピーカーを通して部屋中に響き渡った声にそう答えると、部屋の出口へと向かった。
部屋を出た少年、井原遊石は廊下に立っていた白衣の少女、
「お疲れ」
「ああ。どうだった?」
「これまでと変わらないわ。レベル4よ」
葛城の報告を聞いた遊石は、だろうな、と言って廊下を歩き出す。
遊石の少し後を追うように、葛城もリノリウムの床を歩く。
「レベルが上がった感触なかったしな。っていうかそもそも、俺ってレベル上がるのか?」
「分からないわ。普通の能力者ならレベルが上がることもあるけど、原石能力者はデータが足らないし……」
「俺、結構データ提供してるんだけどな……」
「あまり参考にはなってないわね。遊石君の能力は、原石能力者の中でもかなり特異なものだから……」
「確かにな。なんせ、カードを実体化させる能力だし」
遊石はそう言って小さく笑うと、腰に巻いているベルトに装着されているホルダーから、1枚のカードを取り出す。
それは、トレーディングカードゲーム『遊戯王』で使われるモンスターカードだ。
縦長の長方形をしたカードの上部にはそのカードの名前が記されていて、遊石が今手にしているのは通常モンスターカード、『
「なぁ、次の測定からはもっと攻撃力の高いモンスター使わせてくれよ。例えば『
「ダメよ。何度も言ってるけど、ここの機材だと、『青眼の白龍』以上の攻撃力のモンスターの実体攻撃を受けたら、機器が壊れるかもしれないの。それに、測定に使うモンスターの攻撃力を上げても、レベルの判定にはほとんど影響しないわよ」
「でも、ちょっとは影響するんだろ?」
「ええ。でも、誤差の範囲ね。間違ってもレベル5判定は出ないわ」
「なんだよつまんねぇなー。1回で良いから、攻撃力5000でスカッと測定してみたいぜ」
「その1回で研究所が吹っ飛ぶから、やめてちょうだい」
粘る遊石を軽くあしらう葛城。
遊石は説得を諦めると、『青眼の白龍』のカードをホルダーにしまう。
それ以降、二人は無言で廊下を進み、研究所の入り口のロビーまでやってきた。
「葛城はどうするんだ? すぐ帰れるんだったら、ここで待ってるけど」
「生憎だけど、今日はやらなきゃいけないものが結構残ってるの。先に帰ってて良いわよ」
「そうなのか? せっかくの休日なのに大変だな」
「学生に研究職もやらせる学園都市ですもの。まぁ、その分奨学金も貰えてるし良いんだけど」
「でもなぁ……ま、葛城がそう言うんなら良いか。じゃあな」
「ええ。また学校で」
葛城に別れを告げた遊石は、一人研究所を後にする。
建物を出た途端、7月の熱気が遊石の身体を包み込み、不快度を一気に上昇させた。
「ホント、日本の夏ってのは不快なまでの暑さだな。科学が進んでるんだから、屋外もエアコン効いてる部屋並みに涼しくできねーのかな」
『……マスター、私のこと忘れてません?』
遊石が学園都市に文句を言った直後、彼の脳内に、やや不機嫌そうな少女の声が響いた。
普通の学園都市の住人なら、いきなり念話能力で話しかけられたと驚きそうな場面だが、遊石は違った。
なぜなら、遊石には声の持ち主が誰か分かっているからである。
「いや、そういう訳じゃないぞプリンセス。俺はただ、進んだ科学力を持ってるくせにそれを生かしてくれない学園都市に文句をだな……冷たっ!?」
腰の部分に強烈な冷気を感じた遊石は、素早くホルダーの中に手を突っ込み、冷気の元凶であるカードを取り出した。
カードの名は『ブリザード・プリンセス』。
カード中央部には可愛らしい女の子のイラストが描かれているのだが、今の遊石にはその笑顔がかえって怖く感じられた。
「おいおい、俺を凍らせるつもりか!?」
『私の力を使えば、エアコンなんか無くたって十分涼しくなるのに……マスターにとって私は、エアコンよりも劣る存在なのですね……』
「別にそういう訳じゃ……」
『しかもマスター、また葛城さんと仲良く会話してましたし……』
そのブリザード・プリンセスの声を聞いた遊石は、小さくため息をついた。
「またそれか。なんでプリンセスが葛城を嫌うのかは知らんが、俺とアイツは昔からの知り合いで、高校も同じなんだ。おまけに、俺の能力の主任研究者もアイツなんだし」
『別に嫌ってる訳じゃありませんし、その事情も重々承知しています』
「じゃあ、なんで葛城の話になると妙に不機嫌になるんだ?」
『そ、それは……もう、マスターのバカッ』
「痛った!?」
手にしていた『ブリザード・プリンセス』のカードがひときわ冷たくなったかと思うと、次の瞬間にはカードの温かさは元通りになっていた。
「プリンセスのやつ、一方的に同調を切ったな……」
遊石は『ブリザード・プリンセス』のカードをホルダーに戻す。
気付けば、先ほどまでブリザード・プリンセスの放つ冷気で身体が涼しくなっていたのだが、彼女との同調が切れたことで再び熱気に包まれていた。
遊石の能力の主導権は当然彼にあるので、やろうと思えば無理やりブリザード・プリンセスとの同調回路を接続できるが、同調した瞬間に氷漬けにされるかなと思い、やめることにする。
「……それにしても暑いな」
真夏の日差しが照りつける学園都市の大通りを歩くのは、精神衛生上よろしくない。
そう考えた遊石は、少し遠回りになるが日差しの当たりにくい、ビルとビルのあいだの道を通ることに決めた。
普段通り、ブリザード・プリンセスに冷気を提供してもらっていたら、この選択はしなかっただろう。
しかし、今日このタイミングで遊石がこの選択をしたことで、彼は予想だにしない事態へと巻き込まれることになる。
「……ん?」
その最初の異変は、遊石が大通りを離れてビル群のあいだの道に入った直後、いきなり彼の視界に飛び込んできた。
遊石の10mほど先に、一組の男女がいた。
しかも、女性が壁にもたれかかり、男が壁に手をついて女性と話している構図だった。
「うげっ、よりによってこんな時にこういうシチュエーションに遭遇するのかよ……」
最初は暑さによる苛立ちもあって、通りかかってこのカップルのいいシーンを邪魔してやろうかと考えた遊石。
しかし、面倒なことになるのは避けたいという心理が働き自重する。
やむなく、引き返して別の道を行こう、そう思った遊石の耳に、女性とおぼしき声が聞こえてきた。
「な、なんですかあなたは」
「だからー、君が困ってるみたいだったから、俺がここから連れ出してあげようって言ってるんだよ」
続いて聞こえてきたのは男の声。
だが、てっきりカップルだとばかり思っていた遊石は、今の会話に不信感を覚えた。
今のやり取りはカップルのものではなく、女に言い寄る男とその場から逃れたい女性、という構図の時に行われるやり取りだ。
(厄介な……)
せっかくの休日の午前中を丸々能力測定に費やし、出来れば一刻も早く帰ってエアコンで涼みたいのが本音だ。
しかも、まだ遊石の存在は気付かれていない。
しかし遊石は、男に言い寄られている女性が気になった。
歳は遊石と同じ15、6歳くらいで、遠目からでもそれと分かるほどの金髪で、東洋ではあまり見かけられない髪色だ。
金髪といっても多種多様な色が存在するが、遊石の視線の先にいる女性の金髪はベビー・ブロンドと言われる、子供のころまでにしか見られないような非常に明るい金髪である。
ベビー・ブロンドは普通、十代に達するころには茶色に近い色になるので、その色を保持したままの少女はかなり稀な存在といえる。
そして、そんな外見とは別に、遊石にはその少女に意識をひかれる理由があった。
それは、予感。
目の前の少女は、自分と関係のある人物であるという予感。
単なる第六感ではない。
彼のデッキホルダーの中に入っている1枚のカードから、エネルギーと言うべきか、あるいは思念とも言うべきか。
そういったものが遊石へ語りかけてきていた。
「おい」
気付けば、遊石は男に対して声をかけていた。
「あん?」
「……!? あ、あなたは……」
遊石の声に、男はやや威圧的な声を返し、少女はなにやら驚いたような反応を見せた。
「なんだお前?」
「俺が誰かなんてどうでもいいことだ。それより、その人から離れろ」
「なんだ? テメェ、この女のこと知ってんのか? それとも知らないで正義の味方ぶってんのか?」
「後者だな」
「なら部外者ってことか。関係ねぇ奴はすっこんでな。俺はこの女に用があるんだ」
そう言って少女の腕を掴もうとする男だったが、その男の肩を遊石が先に掴む。
とその時、男の腰に自分のものと似たようなホルダーがついていることに遊石は気が付いた。
「なにしやが……!」
「お前、デュエルをするのか?」
「ああ!?」
「腰にカードホルダーがある。デュエルをするんだろ?」
「それがどうした!!」
「簡単なことだ」
遊石は持っていたカバンを地面に置くと、その中からデュエルディスクを取り出して左腕に装着する。
「俺とデュエルしろ。お前が勝ったらその人をどうしようが俺は見なかったことにする。だがもし俺が勝ったら、この場からさっさと消え失せてもらおうか」
「はいそうですかって引き受けるとでも思ってんのか?」
「なら能力で勝負するか? お前がレベルいくつかは知らないが、俺より上のレベルは一つしかないってことは教えといてやる」
学園都市の能力者の強さは、レベル0からレベル5までの六段階に分けられている。
数字が上がるほど強さは増し、レベル5ともなれば一人で一国の軍レベルに相当する。
そんな化け物はこの学園都市に7人しかいないのだが、その一つ下、レベル4でも十分強力な力を持つ。
遊石の脅しは、相手がレベル5でさえなければ、十分な威力を発揮するものだ。
「なっ、てことは、テメェはレベル4……」
「どうするんだ? 受けるのか、それとも受けないのか?」
「……いいぜ、受けてやるよ! テメェがレベル4だろうと、デュエルでも強いとは限らねぇ! その生意気な態度を後悔させてやるよ!」
男はまだ勝負が始まってもいないのに、さも勝ったかのような笑みを浮かべながらデュエルディスクを装着し、デッキをセットする。
対する遊石も、ホルダーからデッキを取り出してディスクにセットした。
『マスター、よろしいのですか?』
(ん?)
事態を察して、ブリザード・プリンセスが遊石の脳内に語りかけてくる。
『マスターの能力の強さなら、わざわざ運の要素がからむデュエルを選ぶのは無意味というか。私を召喚して頂ければあんな奴、一瞬で凍らせて差し上げます』
(確かにな。でもさ、あえて相手にとって勝率の高そうな方を選んで、それで勝つ。そっちの方が、こういったクズ野郎には効くんだよ)
『マスターが勝っても逆ギレされるだけのような気もしますが……』
(その時はその時だ。ブルーアイズなり、プリンセスなりを実体化させてボコボコにする)
『なら、なおさら最初からそうした方が……まぁ、マスターにお任せします』
(任せろよ。こんな奴に負けたりするか)
遊石は不敵に微笑むと、ポケットからコインを取り出す。
「先攻後攻はコイントスで決める。表が出たら俺が、裏が出たらそっちが先攻ってことにしよう」
コインを右手の親指の上に乗せると、親指と人差し指で上へと弾いた。
弾かれたコインは回転しながらある高さまで上昇し、そこから今度は自由落下していく。
そして、地面に落ちた時の特有の音をコインは響かせて、その表裏を二人の決闘者に指し示した。
「表か。じゃあ、俺が先攻でデュエルを始めるとしよう」
二人は互いに距離を開くと、ディスクを構えた。
遊石がチラリと少女の方を見ると、少女も遊石の方を見ていたらしく、視線が交差した。
数秒間の交差の後、遊石は視線を男へと向ける。
「「デュエル!!」」
To be continued.