「勝ったか……ん?」
デュエルディスクからデッキを取り外しながら遊石がローブの人物の方を見ると、地面に仰向けに倒れている姿が見えた。
「何やってんだアイツ? 俺に負けたのがそんなにショックだったのか?」
『まぁ、三幻神なんていう事故る確率の高いデッキに負けたんですから、多少なりともショックだとは思いますけどね……それにしても、地面に倒れるほどですかね?』
「たかがソリッドビジョンで大袈裟だよな。今開発中の、質量を持ったソリッドビジョンなら吹っ飛ばされることもあるだろうけど……」
『……いや、マスター。この空間、やはりおかしい』
遊石とライナはただのオーバーリアクションだと思っていたが、ダルクだけはこの空間に起こっていた異変に気が付いた。
『ダルくん、何か感じるの?』
『ああ』
「ダルクは闇の使い手だから、この闇空間にも敏感なのか。それでダルク、そのおかしいってのは具体的に何だ?」
『マスターとアイツとのデュエルが終わった直後から、この空間全体がうねり始めているんだ。それと同時に、収縮し始めているようにも……』
「……まさか?」
遊石はデュエルを始める前の会話を思い出す。
『この空間では、デュエルの勝敗がプレイヤーの命を左右する。勝ったものは無事この空間から脱出できるが、負けた者には永遠の闇が待っている』
(負けたら永遠の闇が待っている……それはつまり、『死』ということか!?)
『……!! まずいぞマスター!! 空間が本格的に収縮し始めた!!』
「なんだとッ!?」
『収縮の中心はローブのアイツだ! 多分だけど、闇がアイツを包囲して食らおうとしているんだ!』
「くそッ!!」
遊石は急いで駆け出すと、地面に倒れているローブの人物の元へと向かう。
ダルクの感じているという空間の収縮は、遊石にも感じ取れるくらい明確なものとなってきていた。
「おいお前! デュエルの前に言っていた『負けた者には永遠の闇が待っている』ってのは、どういう意味だ!?」
上半身を抱きかかえて揺すりながら、遊石が詰問する。
その振動でフードがパサリと取れ、ローブの人物の顔が露わになった。
声で男だろうとは思っていた遊石だったが、その中性的な顔を見て、実は女なのではないかと思ってしまう。
が、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「意味、か? 言葉のとおりさ。負けた方のプレイヤーの魂は、この闇に永遠に捕らわれ、彷徨い続ける……本来ならお前を倒し、お前を闇の餌食にするつもりだったのだが、それは失敗に終わってしまった。だが、まだ機会はいくらでもある」
「機会だと? 今ここでお前が闇に捕らわれれば、そんなことは出来なくなるんじゃないのか? それとも、お前には仲間がいるのか?」
『違うマスター、その男はただの操り人形だよ!』
「ライナ、それはどういうことだ!?」
『この人の中には、この人自身の意識の他に、もう一人別の人間の意識が入り込んでる!』
「……つまり、さっき俺とデュエルしてたのも、今俺と話してるのも、コイツの身体に入り込んだ別の誰かだったってことか!」
「気付いたか。その通りだ。そして私は、この身体が闇に捕らわれる前に、この身体から意識を切り離すことで助かることができる」
「なっ……テメェ、人を使い捨ての道具みたいに!!」
「それは違うな。この者は、自ら私に肉体を貸し出すと申し出てきたのだ。負けた場合は闇に魂もろとも捕らわれることを承知して、な」
「なんだと……」
「さて、そろそろ私は失礼させてもらうよ。君を倒すこともそうだが、あの竜と忌まわしき女王を闇に葬ることも、私の使命なのでね」
その言葉の直後、ローブの男の首がガクッと力を失ってうなだれた。
『どうやら、この男に入り込んでいた者の意識が抜けたみたいです』
「チッ、逃げたってことか……」
『それよりマスター、今はこの闇をどうにかするのが先決だと僕は思うぞ。勝者であるマスターには影響しなさそうだが、その男はこのままだと闇に飲み込まれる』
「そ、そうだな。人の魂を食らう闇、か。なら、対抗するのは強大な光しかない」
『まさかマスター、ホルアクティの力を具現化するつもりですか?』
『それは無茶だマスター。以前エクゾディアを具現化しようとした時に倒れたのを忘れたのか?』
「だが、こんな特異な闇を払いのけるためには、ラーかホルアクティの力を使わなきゃ……」
『ライナ、僕たちの力で何とかするぞ』
『そうだね。マスター、私たちを実体化させて下さい』
「分かった……でも、二人でどうにかできるのか?」
ライナとダルクを実体化させつつも、遊石はたずねてしまう。
『光と闇……これがデュエルモンスターズの世界でどんな意味を持っているか、マスターもご存知ですよね?』
「カオス、か?」
『そうだ。この世界を大別するのは光と闇。昼は光が世界を支配し、夜は闇が世界を牛耳る。人間は炎を作り出し、それを光として用いてきた。でも、炎は命を舐めるように食らうこともある。水は命の母である光であると同時に、時に冷酷に命を奪う闇にもなる。それは風や大地も同じこと。そういった、物事の光と闇の側面を力としたのがカオスだ』
『カオスの力を解放すれば、神そのものには届かないですが、強大な力を行使することができます。今から私とダルくんでカオスを解放し、この闇に風穴を開けます。マスターはそこから元の世界へと脱出して下さい』
「俺が神を具現化できない以上、二人に頼るしかなさそうだ。二人とも、頼む」
遊石が意識の無いローブの男を背中に担ぐ。
ライナとダルクは並んで立つと、互いに持っていた杖をガチリとくっつけ、クロスさせるようにして高々と掲げた。
ライナの全身がゆっくりと光に包まれ始めた。
周囲が暗いため遊石からは分からないが、恐らくダルクの全身は闇に包まれ始めているのだろう。
やがて、ライナの全身の輝きがゆらゆらと動き始め、杖の先端に集まり始めた。
ライナの杖の先端の輝きがダルクの杖を照らし、ダルクの杖の先端にも闇が集結しているのが見て取れた。
『うっ……』
遊石の耳に、ライナのうめく声が聞こえてきた。
見ると、その表情が苦痛にゆがんでいる。
ダルクの方は普段と変わりないように見えるが、掲げている杖を持つ手がわずかに震えている。
「二人とも、大丈夫なのか?」
『大丈夫だマスター。それより、脱出の準備はできたのか?』
「あ、ああ。後は穴を開けてくれれば」
『じゃ、じゃあダルくん、いくよ?』
『ああ。……せーのッ!!』
ダルクの掛け声と同時に、二人が杖を地面に向けて振り下ろした。
ガキーン!! という音が響くと同時に、空間に明らかな異変が見て取れるようになった。
二人の杖が触れた部分を中心に、闇が消えてゆき、外界から光が差し込んできたのだ。
そういえば、学園都市は雨が上がって晴れているのか、そんなことを遊石は頭の片隅で考えながら、闇が光に塗りつぶされていくのを見つめる。
そして、人が一人余裕で通れるくらいの穴が開いたところで、すかさず遊石は駆け出し元の世界へと帰還を果たした。
「ここはさっきの路地か。ライナ、ダルク!!」
遊石が振り返ると、ビルの2階くらいの高さがある球形の暗黒空間がそこにはあった。
二人の解放したカオスが空間を押しとどめてはいるが、このままでは二人が飲みこまれる状況に変わりはない。
『マスター、無事脱出できたみたいだね』
『ああ。マスター、僕たちの実体化を解除するんだ。この空間は収縮して最後は潰れるから問題ない』
「分かった!」
ライナとダルクとの接続を切る遊石。
その直後、球の収縮速度が一気に増し、最後は点と呼べるほど小さくなって消滅した。
遊石の耳に、学園都市の音が入り込んでくる。
ビル群を駆け抜ける風の音と、大通りを走る車の走行音。
朝まで降っていた雨のせいで高まった湿度と、晴れたことによる気温上昇がもたらす、日本特有のまとわりつく暑さが遊石を包み込む。
「なんとか元の世界に帰って来れたか……それにしても、この男を操っていた奴は誰で、何が目的だったんだ……?」
遊石は背負っている男を操っていた操り主の言葉を思い出す。
(『君を倒すこともそうだが、あの竜と忌まわしき女王を闇に葬ることも、私の使命なのでね』だと? デュエルの前にも言っていたが、奴はジェムストーンアイズを狙っているのは間違いない。……って、マズイ!!)
遊石はここにきて思い出す。
今ジェムストーンアイズを持っているのは自分ではない、ここにはいない記憶を失くした少女であることを。
「アヴリルが危ない!!」
『でもマスター、どうするのですか!? アヴリルさんの今いるところはここから離れている上に、マスターでは入れない場所なのですよねっ!?』
「こうなったら、葛城に連絡をするしかない……!!」
遊石は携帯を取り出すと、焦りで震える手で何とか葛城有希を選び、電話をかける。
呼び出し音が聞こえてくる。
(早く、早く出てくれ……!!)
葛城のクールで落ち着いた声を待ちわびる遊石。
だが、いっこうに呼び出し音が途切れて葛城の声が聞こえてくることはなかった。
「……まさか、もう奴の仲間が葛城たちを!?」
『でも、葛城さんたちがいるのは、この街でも優秀な能力者が集まるところなのですよね!?』
『確かにライナの言うとおりだ。この男を操っていた奴がどんな力を持っているかは知らないが、そんな場所だと迂闊に手出しできないはずだ』
「だが、奴は一切抵抗させることなく、俺をあの闇の空間に閉じ込めることができた。そして、負ければ魂を奪われる戦いを強制させることも出来る……とにかく、こんなところでジッとしていてもしょうがない。学舎の園まで行ってみるしかない!」
遊石はローブの男を背負ったまま、遊石は大通りへと引き返す。
渡りに船で、ちょうどタクシーが近付いてきていた。
手を挙げてタクシーを停車させると、開いた後部座席にローブの男を押し込み、ついで自分も乗り込んだ。
「どちらまで? 病院ですか!?」
遊石が押し込んだ男の意識がないのを見たタクシーの運転手がそう言うが、遊石は首を横に振る。
「違う、学舎の園だ!! 学舎の園に行ってくれ!!」
「えっ、学舎の園ですか? でもあそこに行っても……」
「そんなことは分かってる! それでも行ってくれ!」
「わ、分かりました」
運転手はドアを閉めると、タクシーを発車させた。
タクシーが動き出してからも、遊石は携帯で葛城へ電話をかけ続ける。
だが、相変わらず聞こえてくるのは呼び出し音だけ。
(葛城がいるし、二人がいるのは常盤台のある学舎の園だ。優秀な能力者がひしめく区域で、そう派手なことは出来ないはず……)
遊石のこの考えは、一般論としてはいたって普通の考えだ。
しかし同時に、遊石はあの闇の力を肌で感じている。
(アヴリルに何かあったら……ジェムストーンアイズ、アヴリルを守ってくれ!!)
◆◆◆
「佐天さんもドジですよぉー。水たまりに足を取られて滑って転んで、あげく制服をビショビショにするなんて……」
石畳でできた、ヨーロッパを思わせる街並みの中を歩く四人の少女の姿があった。
その中の一人、頭に花の髪飾りを付けた少女――初春飾利が、同級生で親友の佐天涙子をからかう。
「し、仕方ないでしょ? あんなところに水たまりがあるのが……っていうか、普段私にスカートめくられてる初春にドジとか言われたくないし」
佐天は濡れてしまったスカートをつまむようにして少し持ち上げ、濡れた部分が皮膚に当たらないようにしている。
その二人の隣を、葛城有希とアヴリルが並ぶようにして歩く。
四人は、招待主である御坂美琴と白井黒子と待ち合わせている、常盤台中学へ向かって歩いていた。
「……」
佐天のすぐ横を歩いていたアヴリルが、ジッと佐天の制服のスカーフの部分を見つめていた。
いや、正確にはその部分のさらに下にある、中学一年生のものとは思えない代物に視線を送っているわけだが。
「……? アヴリルさん、どうかしたんですか?」
「いえ、大きいです」
「え? ……って、これのことですか!?」
アヴリルの視線を追って自分の胸部にたどり着いた佐天は、慌てたように首を横に振った。
「わ、私なんてまだまだですよ! それに、街を歩いてて視線を感じるのがどっちかというと不快で……」
「ほらねアヴリルさん。昨日もこんな会話したけど、胸なんて大きくても良いことないわよ?」
「でも、大きくないと揉みがいがありません」
「えぇ!?」
慌てて両手で胸をガードする佐天。
そんなやり取りを苦笑しながら見ていた初春が、正面から一人の常盤台生が歩いてくるのに気付いた。
「このままだとあの人通れませんね」
対向してやってくる常盤台生に道を譲る初春。
ところが、すれ違うと思っていたその常盤台生は、四人の正面約3メートルのところでピタリと立ち止まった。
髪を縦ロールに巻いているその少女は、すれ違おうとしていたアヴリルにおもむろに右手人差し指を向けた。
「……あなた」
「? 私、ですか?」
「ええ。あなた、『ジェムストーンアイズ・ジョーカードラゴン』を持っていますわね?」
その言葉に、葛城がスッとアヴリルの前に出た。
「あなた、誰かしら? 常盤台の制服を着ているからお嬢様だってことは分かるけど」
「……私はただ、その竜のカードが欲しいだけですわ」
「……ですって。アヴリル、どうする?」
「このカードをお渡しすることはできません。このカードは遊石のカードですし、私にとっても記憶の手掛かりになるかもしれない、大切なカードなのです」
アヴリルの言葉を聞いた縦ロールの少女は、右手で自らの髪をクルクルといじる。
そして、髪の毛から手を離すと、右手の親指と中指をくっつけてパチン! と弾いた。
その直後、四人の少女の身体を押さえつけるような、強烈な圧力が襲ってきた。
「な、なにこれ!?」
「まるで、重力が強くなったみたいです……!」
「その通り。私の能力は、重力をコントロールするというもの。今のあなたたちは、まともに動くこともままならない」
縦ロールの少女はアヴリルに近づくと、彼女が腰に付けているホルダーに手を入れようとした。
だが。
「なッ!?」
あと少しで目当てのカードを手に入れられるというところで、そんな縦ロールの少女の腕をつかむ存在があった。
それは、重力に縛られてまともに動けないはずの葛城だった。
「ど、どうして!?」
「もし、身体をまったく動かすことができなかったら、何も出来なかったわ。でもあなたの能力は、私たちの動きを極端に鈍らせることは出来ても、完全に止めることはできない」
「でもそれでも、腕を動かすことすら時間がかかるはず……どうしてこうも簡単に私の腕までたどり着いたのです?」
「私に時間なんて関係ない。少しでも動かせるのであれば、かかる時間は『圧縮』すればいいんだもの」
「時間を圧縮……!?」
「ええ。私の能力は『
「……」
縦ロールの少女はジッと葛城のことを見つめていたが、バッと彼女の手を払いのけると、一歩、また一歩と後ずさり始めた。
逃がすまいと能力を使って時間を圧縮し、一瞬で縦ロールの少女の背後を取ろうと構える葛城。
がその時、自らの周囲に起こっている異変に気が付いた。
周囲を、得体の知れない闇が覆い始めたのだ。
とっさにアヴリルの手をギュッと握る葛城。
気付けば葛城とアヴリルは、四方360度を暗黒な世界に囲まれていた。
ヨーロッパを思わせる綺麗な街並みも姿を消し、そこにいるのは二人と、あと縦ロールの少女のみ。
初春と佐天の姿は消えていた。
「なにこれ……それに、初春さんたちが消えた……」
「案ずるな、あの二人はこの空間に招かなかっただけのこと」
それまでの縦ロールの少女とは、声こそ同じだがまとっている雰囲気が異なっていた。
「この者の能力だけで事が運べると思っていたが、葛城有希、そなたの厄介さが誤算であった」
「お褒めに与り光栄ね。で、ここは何?」
「ここか? ここはな、互いが命をかけて戦う、さしずめコロシアムといったところか」
「あら、観客のいないコロシアムなんて、殺風景極まりないわね」
「そう言うな。静かな戦いの方が集中できるというものよ。さて、戦いの方法だが……」
そう言った縦ロールの少女(?)の左腕には、いつの間にかデュエルディスクが装備されていた。
「デュエル? デュエル脳の人間が私の周りにはずいぶん多いわね」
「ただのデュエルではない。先ほど言ったが、負ければこの闇に食われるという形で命を葬られることになる」
「……冗談ではなさそうね。でも、こっちには引き受けるメリットが無いわね。そっちは勝てばジェムストーンアイズを奪う気なんでしょうけど、私たちが勝った時のうま味が無いのはいただけないんじゃない?」
「それもそうだな。……では、もし私が負けたら、お前たちが知りたがっている、食蜂操祈の所在に関する情報をやろう」
「それでもまだ対等ではないような気がするけど、これ以上は譲ってもらえなさそうだし、いいわ。その条件で引き受ける」
「有希さん!?」
「勝負しない限り、ここからは出られなさそうだしね。大丈夫、私だって遊石君ほどではないけど、そう簡単に負けたりはしないわ」
そう言うと、葛城もディスクをセットする。
が、相手である縦ロールの少女のディスクと無線接続しようとした直前。
「待ちたまえ。そちらは二人だ」
「……なんですって?」
葛城はアヴリルの方をチラリとみる。
「私はジェムストーンアイズ・ジョーカードラゴンが欲しいのだ。それを所持している彼女にも戦ってもらうのは、筋道としてはそこまで間違ってはいまい?」
「せこい手を使うわね。アヴリルさんは昨日徹夜でデュエルのルールや初歩を聞いたくらいの実力なのよ? そんなアヴリルさんを参加させる訳……」
「いいえ有希さん。私も戦います」
「ちょっ!?」
「当人の了承が得られたようだ。では早速始めるとしようじゃないか」
こうして、葛城とアヴリルのタッグと、縦ロールの少女(?)との2対1変則デュエルが始まるのであった。
To be continued.
葛城の能力は今回が初登場です。
加速系の能力ではありませんが、実質的には加速系の能力と同等の使い方ということになりますね。
さて、次回は2対1変則デュエル。上手く書けると良いですが……