今回の話は短めです。
「あ、あと一歩だったのに……」
「いや、あのデュエルは99%上条の勝ちだったさ」
「そうは言うがな……」
遊石と上条はデュエルリングから降り、互いにデュエルの感想を言い合いながらアヴリルたちの方へと歩く。
上条はふと思い立ったようにポケットから携帯電話を取り出し、ディスプレイに表示された時刻を見て血相を変えた。
「や、やべぇ!!」
「ど、どうした!?」
「もうすぐスーパーの特売が始まっちまう!! これに行かないと冷蔵庫の中が来週まですっからかんになっちまう」
「そ、そうなのか……結構大変なんだな」
学園都市に暮らす学生は、バイト代などを除けば奨学金で生計を立てることが多い。
しかし、その肝心の奨学金の金額はレベルによってかなりの格差があり、レベルが低いと奨学金のみでは工夫なしには暮らせないほどである。
(特売を狙ってるってことは、上条は奨学金が低いのか。遊戯王なんてやってたらカード代が馬鹿にならないと思うが……)
そんなことを思う遊石を尻目に、上条はデッキをかばんの中に突っ込むと足早に出口へと向かう。
「悪いな遊石! また今度、どこかで会おうぜ! 今度は負けないからな!!」
「ああ、楽しみにしてる」
上条は通りすがりにアヴリルと葛城にも会釈をすると、夏の学園都市に消えていった。
そんな上条と入れ替わるように、蓮華坂純一が自動ドアをくぐって入ってきた。
「待たせたね。それにしても遊石、ずいぶん危ないデュエルだったじゃないか?」
「なんだ、見てたのか」
「タブレットでデュエルの後半部分をね。少し弱くなったんじゃないか?」
「通算成績で負け越しているお前に言われたくないな。それより、何か分かったんだろ?」
純一は遊石の言葉にムッとした表情を浮かべ、遊石に軽く睨みを入れながらタブレットをいじる。
「葛城君から預かったエラーカードを解析した。どの工場で製造された物か調べようと思ってね」
「ソリッドビジョンを演算するのに必要な情報が、カードのICチップには入っているのよね」
「その通りだ。そこには製造番号なども併記するようにしているんだ。だが、葛城君のエラーカードには製造番号なんかは入力されていたが、カードデータは入力されていなかった。代わりに、音声データが入っていた」
「音声データだと……?」
「論より証拠、その音声データを聞いた方が良いだろうね」
純一はそう言って、タブレットを人差し指でなぞるように数回動かし、最後にボタンを押すように1回画面に触った。
再生ボタンをタッチしたらしく、タブレットのスピーカーからノイズ音が流れ始める。
アヴリルだけは純一の動きの意味が分からないらしくキョトンとしていたが、タブレットから突如人の声が流れ始めたのを聞いて身体をビクッと震わせた。
『……録音、始まってるみたいね。私の名前は食蜂操祈、一応常盤台中学2年ってことになってるわぁ』
「食蜂操祈って……」
「まさか、私たちが探してる人とはね……」
声の持ち主が予想外の人物だったことに驚きを隠せない遊石たち。
『容量がそこまで大きくないから手短に済ませるわ。私は一人の男に捕らえられているわぁ。本来ならこの男を洗脳してさっさと抜け出すところなんだけど、この男にはしもべが何人……いえ、何体も存在するわぁ。この男の説明によると、遊戯王デュエルモンスターズのモンスターを仲間としているようねぇ。私の能力はこの男には効きそうだけど、モンスターたちには効かない……だから、非常に悔しいけど私はここから出られそうにない。そして私は、学園都市の人間をこの男の奴隷にする手伝いをさせられている』
「俺たちを襲ってきた奴らを操っていたのは、食蜂ってことか……?」
『この音声がデータとして入ったカードを、私の側近の子に持たせることになったわぁ。この音声を聞いてるのは、この男が言うには井原遊石って人らしいじゃない? その井原さんは第七学区の北部エリアにある、蓮華坂コーポレーションのカード製造工場に、記憶を失くした女性と一緒に来るように、って言うのが彼の要求みたいよぉ。あとその時、
「記憶を失くした少女……」
「それって、私のことですよね……」
黙って食蜂の声を聞いていたアヴリルが、目をやや伏せるようにしながら呟く。
「音声はここで終了していたよ。遊石、これは一体どういうことか説明してもらえないか?」
「俺にも分かるかよ。分かったことは、誰かがレベル5の第五位である食蜂操祈を監禁状態にして、その食蜂に学園都市の人間を操らせて俺たちを襲わせたってことくらいだ」
「あと、食蜂操祈を監禁している人物が、遊石君とアヴリルさんを誘い出そうとしているってことね」
「それは僕にも分かったさ。だが、食蜂操祈といえば学園都市最高の精神系能力者なんだろう? そんな簡単に捕まったりするのか?」
「食蜂操祈の持つ能力『
「なるほど……」
チラリと、遊石はアヴリルへと視線を送る。
アヴリルは顔を伏せたまま、原石眼の切札竜を取り出してジッと見つめていた。
携帯のバイブレーションの音がして、純一がポケットからスマートフォンを取り出して電話に出る。
「僕だ。ああ……それで? ……そうか、ご苦労」
純一は電話を切ると、タブレットをススッと操作して、遊石たちに見せる。
「今、解析室から連絡があった。このカードが製造された工場が分かったよ。第七学区の南部にある、わが社の工場で作られた物だ」
「……あれ? さっきの食蜂操祈の音声だと、第七学区の北部にある工場だって言ってなかったか?」
「言ってたわね。どちらかが罠ということかしら?」
「ちょっと待つんだ、二人とも。ここは情報を収集するのが得策だ。両方の工場の防犯カメラの映像を解析室でチェックしてもらっている。不審なものがあれば、このタブレットに転送してもらう。……お、早速届いたな」
四人の視線がタブレットの画面に注がれる。
横長に持たれたタブレットは中央で映像が二分割されていて、右側の映像の上部には「北工場」、左側の映像には「南工場」の文字があった。
「どちらの工場とも連絡は取れている。それによると、北工場は全ラインとも異常なしが確認されている。一方、南工場は設備の定期点検で二日前から一つのラインを止めていて、それ以外は異常なしが確認された。そして、あのカードはその停止中のラインで製造されている。秘密裏に作られた、ということだろう」
「となると、食蜂の捕らえられているのも南工場って考えるのが自然か」
「南工場の従業員には、停止中のラインのある建物には近づかないように指示を出してある。……ちょっと待て、北工場の駐車場に誰かいる」
純一はタブレットをピンチして、北工場の映像を拡大表示する。
車が何台も止められている駐車場の路上に、一人の黒い衣装に身を包んだ人物が立っていた。
「これ以上は拡大できないが……こんな服装の人間は、ウチの工場にはいない。それだけは断言できる」
「この人がひょっとして、私と遊石を呼び出した張本人でしょうか……?」
「かもな。純一、北工場の人間を駐車場に出さないようにしてくれるか?」
「言われなくても分かってる。それより、これからどうする?」
純一の疑問の言葉に、遊石はスッとアヴリルに視線を移す。
「俺とアブリルは北工場に招かれちまってる。アヴリルはともかく、俺は行く」
「私も行きます。相手はどうやら、私が記憶を失っていることを知っている様子でした。もしかしたら、何か知っているかもしれません」
「なら、北工場のこの不審人物は任せる。僕は南工場へ向かう」
「私も蓮華坂君と一緒に南工場へ行くわ。モンスターが実体化しているとなると、能力で戦うことも視野に入れておかないといけないわよ。蓮華坂君、覚悟は?」
「大丈夫に決まっているだろう? 葛城君が一緒となれば百人力さ」
「よし。戦力分散は愚の骨頂だが、相手も北と南に分かれている以上、仕方ない。みんな、気を付けよう」
遊石とアヴリルは、蓮華坂コーポレーションの北工場の正門前へとやってきた。
「ここに、食蜂さんを連れ去り、私たちに闇のデュエルを仕掛けてきた黒幕がいるのですね」
「だろうな。……と、電話だ」
「有希さんからですか?」
「いや、違うな。……もしもし? あ、第七区立総合病院ですか。ええ……は、いなくなった!?」
相手の声が聞こえないため、遊石の独り言を聞いているに等しいアヴリルは首をかしげる。
「……はい、連絡ありがとうございました」
「どうかしたのですか? いなくなった、と大声で言っていましたが……」
「ああ。俺と戦って気を失っていた奴が、病院を抜け出して行方不明になったらしい」
「行方不明……?」
「目を覚ましたら連絡をくれるように言っておいたんだ。あるいは、何か特段の異常が起きた時にってな。まさか、病院からいなくなるなんて……」
「それで、どこに行ったのでしょうか? その人は」
「とりあえず、今は病院付近を探してもらってる。変なことに巻き込まれてなければいいけど……気にしても仕方がない。行こう、アヴリル。準備はいいか?」
「もちろんです。遊石のことは私が全力で支えます」
「それは頼もしいな。葛城が認めたその実力、思う存分見せてくれよ」
「ええ!」
遊石とアヴリルは互いに顔を見合わせて頷くと、正門から工場の敷地内へと入っていった。
To be continued.