デュエルに勝利した遊石は、カードをホルダーにしまいながら、負けた男へ声をかける。
「約束だ。さっさと失せてもらおうか。もし約束を反故にするってんなら、実力行使されることを覚悟するんだな」
「くっ!!」
男は遊石を睨みつけるが、遊石に動じる気配は微塵もなかった。
実際のところ、不意打ちで襲撃すれば自分にも勝ち目はある、男はそう思っていた。
しかし、デュエルで負けたことによる動揺と、遊石が威圧に屈することなく堂々としていることで、次第に自分が不利であると感じ始めた。
ここで奇襲しても、自分に勝ち目はない。
一度そう思ってしまうと、あとはズルズルとマイナス方向に考えが進むのが人間である。
「わ、分かった……」
一方、遊石は男が約束を反故にしてくると思っていた。
なので、あっさり男が歩き出して大通りへと姿を消した時は、虚を突かれてしまった。
(意外に素直だったな……)
『マスター。一応、私があの男がこの近辺から離れるまで監視しておきます』
(そうだな。頼む)
遊石にしか見えない半透明の状態になって姿を現したブリザード・プリンセスが、空中を浮遊しながら男の後をついて行った。
それを見届けた遊石は、改めて少女の方へと向き直った。
「大丈夫か?」
「は、はい」
地面にペタンと座り込んでしまっている少女を、遊石はこの時初めてしっかりと見ることができた。
髪の色はベビー・ブロンドというのは目立っていたので目についていたが、それ以外にも目を引く要素があった。
まず顔で最も気になるパーツは目で、いわゆるオッドアイと呼ばれる、左右の虹彩の色が異なる瞳である。
遊石から見て右側、つまり左目が薄い赤色をしていて、逆に右目は薄い水色をしている。
肌の色は、一般的な日本人の肌より白っぽく、顔の印象と合わせると西洋人にしか見えない。
しかし、少女は流暢な日本語を話している。
「あの……何か?」
ジッと顔を見つめられた少女が不審に思って声をかけると、遊石は我に返った。
「い、いや、何でもない。それより、立てるか?」
遊石が手を差し出すと、少女は一瞬ためらう様子を見せるが、すぐにその手を掴むと足に力を入れて立ち上がった。
体つきはどちらかといえば華奢な部類に入るな、遊石は少女の立ち姿を見てそう感じた。
ベビー・ブロンドの髪は腰のあたりまで伸びていて、日のもとに出れば太陽の光を反射して輝きを放っているように見えるだろう。
美しいという形容が相応しい容姿ではあるが、着ている服装は別の意味で遊石の注意をひいた。
(……こんな服、どこで売ってるんだ?)
少女の服は、どこかの学校の制服という訳でもなければ、現代風の私服でもない。
一番近いのはそう、コスプレである。
ただし、『アニメや漫画のキャラクターが着ているような服を着ている』という意味でのコスプレではない。
少女はまるで、歴史博物館で縄文時代の格好をして案内をする、コスプレ案内人だ。
つまり、身につけている服や装飾がどこか古めかしいのである。
(麻で出来ているのか? 一応全身を包んではいるから、服としての役割は果たしているようだが……)
またもや思考の海に沈みそうになる遊石の耳に、少女の声が聞こえてきた。
「あ、あの……」
「ん、あ、ごめん」
「私の顔に何か付いていて……」
「そういう訳じゃないんだ。えーと、その、そう! まだお互い名乗ってなかったな。俺は井原遊石だ。よろしく」
「私は……私、は……」
後は名前を言うだけなのだが、そこで少女は言葉を切ってしまった。
「……?」
顔をややうつむかせ、まつ毛を震わせる少女。
その反応に、名前を言いたくない何らかの事情があるのかもしれない、と遊石は思った。
(家出か? にしては、手荷物が無いのが気になる。日本人じゃなさそうだし、もしかして密入国……いや、この格好は目立ちすぎる。一体、どうしたっていうんだ?)
予想外の展開に色々と推測を巡らせてみるが、明確な答えは出そうにない。
このままでは埒が明かないと判断した遊石は、ひとまず名前を聞くことを断念することにした。
「あー、分かった。とりあえず名前はいい。とにかく、ここを離れよう。君の家はどの学区にある?」
「……」
これも沈黙で返す少女。
質問に答えてくれないとなっては、遊石にはどうすることもできない。
(参ったな……風紀委員か
風紀委員も警備員もどちらも、この街の治安を守ることを職務としている組織である。
学生で構成されているのが風紀委員で、逆に大人で構成されているのが警備員という違いはあるが、今回のような迷い人の保護を依頼する程度なら、どちらの機関でも大差はない。
とにかくしかるべき機関に預けて、そこで適切な対処をしてもらうのが、問題も起きず後腐れもない一番の方法だ。
そう考え遊石は、ポケットからスマートフォンを取り出して通報しようとした。
だが、画面のロックを解除していざ番号を打とうとしたその時、それまでほとんどリアクションを見せなかった少女が動き出した。
彼女は遊石の腰にあるデッキホルダーに手を伸ばすと、先ほどまでデュエルで使っていたデッキを取り出したのだ。
「あ、おい!?」
慌てて遊石は少女の手からデッキを取り戻すが、少女はデッキから1枚のカードを抜いていた。
そして、そのカードのテキスト面を遊石に見せる。
それは、『
「何するんだ!」
「……このカードから、懐かしい雰囲気を感じます」
「……はぁ?」
「何だかは分かりません。ですがこのカードからは、ぬくもりを感じます。優しくて、それでいて強い力がぬくもりとなって、私を包み込んでくれる……」
「えっと……」
遊石は少女の手からカードを取り返したいのだが、少女は『原石眼の切札竜』を両手に持ち、やや起伏に欠ける胸に抱きかかえるようにして目を閉じている。
その姿は美しく、それでいて儚さを感じさせた。
今の少女に、「そのカードを返してくれないか」とは言いにくい空気になっている。
『マスター』
困り果てて立ちすくんでいた遊石の元に、帰ってきたブリザード・プリンセスの声が届いた。
(プリンセスか。どうだった?)
『はい。あの男は特に不審な行動を見せることなく離れていきました。少なくとも、今から仲間を引き連れて帰ってくるということはなさそうです』
(そうか。まぁ、今度はこっちで問題が発生したわけだが)
『……この方、何をしているのですか?』
(俺が知りたい。だが、彼女が今手にしているカード、あれは『原石眼の切札竜』だ)
『え!? マスターがあのカードを他人に見せて、あまつさえ渡すなんて……』
(別に渡した訳じゃない。一瞬の隙をついて、ホルダーから取り出したんだ。だが、どうやらあのカードに覚えがあるみたいなんだ)
『何を知っているか、聞いてみた方が……』
(それを今考えていたところだ。どこか、人のいないところでじっくり話を聞いてみたいんだが……)
とりあえずここから移動しよう、そう思って遊石が少女に声をかけようとしたその時だった。
「もし、そちらのお二方」
背後からの声に、遊石が振り返った。
そこにいたのは二人の少女だった。
一人は肩にかかるくらいの短い茶髪で、幼さを残した顔立ちの中にも麗しさを感じさせる少女。
もう一人は、茶髪よりやや赤みがかった髪をツインテールに結んでいる。
そして、遊石にとって最も気になったのは、二人の制服だった。
上半身は半袖のブラウスにサマーセーター、下は短めな灰色のプリーツスカートという出で立ち。
それは、学園都市の中でも最も有名な学校の一つ、常盤台中学の制服であった。
「……何でしょう?」
思わず敬語が出てしまった遊石。
それくらい、常盤台中学という名前は気品とオーラを放っているのである。
「いえ、少しお二人の様子が気になりましたので。特にそちらの女性が」
(そりゃそうだろうな。こんな服装でカード抱きしめて祈り捧げてるようなポーズしてたし)
遊石はチラリと少女の方を見る。
流石にこの事態には気付いていたようで、遊石と常盤台の二人組に交互に視線をむけていた。
相変わらず、『原石眼の切札竜』のカードは胸のあたりで抱きかかえていたが。
「お二人はどういったご関係で?」
「関係と言われてもなぁ……」
「私、こう見えても
そう言いながら、ツインテールの常盤台生が腕に緑色の腕章を巻いた。
風紀委員であることを示す腕章であり、ツインテールの少女の言葉が嘘ではないことの証拠であった。
(風紀委員か……最初は保護してもらうことも考えたけど、あのカードについて知っているとなると……)
遊石としては、なんとかしてこの場を穏便に済ませ、この少女と話がしたい。
しかし、適当な文句が出てこない。
「誤解しないでもらいたいことがあります。別に俺はこの人をナンパしてた訳じゃないし、ましてやこの路地に追い込んだ訳でもない。ただ、話をしていただけです」
「話ねぇ。祈られてたみたいだけど、宗教の勧誘話?」
ツインテール風紀委員少女の少し後ろで話を聞いていた短髪の少女が、至極当然の疑問をぶつけてくる。
学園都市は科学に特化した街であり、すべての事象を科学で説明することを目指している。
そのため、宗教のような非科学的な物事への反応は、普通の日本国民以上にネガティブである。
このまま宗教勧誘だと思われてしまうと、遊石の立場はより微妙なものになってしまう。
(全部正直に話したら、この子は保護されるだろう。だけどそれは、『原石眼の切札竜』について話を聞いてからにしたい。ここはお引き取り願いたいけど……)
帰っていただけますか、などと言って素直に応じてくれる気配はない。
となれば、多少強引にでもこの場から立ち去るしかない。
覚悟を決めた遊石は、少女を引き連れて立ち去るべく少女の腕を掴んだ、が。
「逃げる、ということはどこかやましいことあり、そう捉えてよろしいですわね?」
「なっ!?」
二人の常盤台生とは反対側へ駆け出そうとしていた遊石の前に、いつの間にかツインテールの風紀委員が立ち塞がっていた。
(なんてこった……よりによって
そんなことを思うと同時に、遊石はある噂を思い出した。
風紀委員には、捕まったが最後心も体も切り刻んで再起不能にする最悪の腹黒空間移動能力者がいると言う噂だ。
空間移動を使える能力者はそう多くない。
確率から言って、目の前のツインテール風紀委員がその腹黒空間移動能力者だろう。
(確か空間移動は、自分の身体を転移できるだけでレベル4認定されるって話だったな。とすると、コイツはレベル4か)
遊石もレベル4なので、純粋にレベルという観点で見れば互角だ。
しかし今、遊石は前後を挟まれている。
常盤台中学に入学するにはレベル3以上でなければならないという条件があるため、背後の短髪茶髪少女もレベル3以上ということになる。
「で、黒子、どうするの?」
「お姉さまは手出し不要ですわ。いくらお姉さまがレベル5とはいえ、風紀委員でない人は業務に関わってはならない規則ですので」
「レベル5……だと?」
その言葉を聞いた瞬間、遊石は否が応でも背後の茶髪短髪少女を意識してしまう。
常盤台には、学園都市で最上位のレベル5が二人いるというのは有名な話だ。
そのうち、序列第五位は滅多にお目にかかることはないが、
遊石自身は見たことはないのだが、噂に聞く風貌とも一致している。
恐らく背後にいるのはその第三位――御坂美琴だ。
電気系能力者の頂点に君臨し、異名にもなっているレールガンを必殺技にもつ中学二年生。
実年齢は高校生である遊石の方が上だが、そんな年功序列はレベルの前では意味を成さない。
この街では、レベルの高いものが上に立つ。
(レベル3くらいなら何とか、なんて思ってたが、まさかレベル5とは……)
『マスター。ここは私たちにお任せください』
たじろいでいた遊石に、ブリザード・プリンセスが声をかける。
(プリンセス……いやでも、相手はレベル5にレベル4だ。いくらプリンセスが強力な力を持っていても……)
『あの二人の注意をそらすだけです。その隙にマスターは逃げて下さい』
(そうだけど……いや、待てよ? 確かテレポーターは精神の安定が乱れると演算ができなくなって、能力を使えなくなるんだったな。よしプリンセス、あのツインテールの後ろにまわってくれ。プリンセスを実体化させて、驚かせよう)
『承知しました』
半透明の姿になったブリザード・プリンセスが、黒子と呼ばれた風紀委員の背後にまわり込み、両手で黒子の目を覆った。
この時点ではまだブリザード・プリンセスは実体化していないため、黒子には見えていないし、当然目隠しもされていない。
しかし、ひとたび遊石が能力を発動させると……
『目隠しドーン!』
「ひゃうっ!?」
何の前触れもなく突然両目を塞がれた黒子は、身体をビククッ!!と大きく震わせた。
「黒子ッ!?」
美琴も一瞬慌てるが、黒子の背後に現れたブリザード・プリンセスを敵と認識してキッと睨みつける。
しかし、電撃は放てない。
今電撃を撃てば、黒子にも当たってしまう。
普段から過剰な黒子のスキンシップに対して電撃制裁を加えている美琴だが、それは威力を手加減しているし、何より黒子も来ると分かって電撃を受けている。
しかし、黒子が目隠しをされているとなると、手加減していてもショックを起こす可能性は十分にある。
かと言って普段以上に威力を落とせば、ブリザード・プリンセスにも効かなくなってしまう。
黒子がテレポートで離脱してくれれば攻撃できるが、不意打ちを受けて動揺している精神状態ではそれも望めない。
「黒子から離れなさい!!」
レベル5としての威圧感を放ちながら美琴が鋭い声をぶつけるが、ブリザード・プリンセスは涼しい顔だ。
(今だ!!)
遊石は腰のデッキホルダーに手を入れると、目的のカードをサッと取り出した。
それは罠カード、『聖なるバリア -ミラーフォース-』だ。
遊石の能力は、モンスターカードのみならず、魔法カードや罠カードも現実の出来事として具現化することができるものだ。
一部具現化できないカードも存在するが、おおよそのカードなら自分の手足のように扱うことができる。
「行くぞ!!」
「えっ?」
遊石は少女の手を掴むと、『聖なるバリア -ミラーフォース-』の効果を具現化する。
虹色に輝くバリアが展開されたことを確認した遊石は、少女を引き連れてブリザード・プリンセスと黒子のいる方向へと駆け出した。
「待ちなさい!!」
遊石たちの逃走に気が付いた美琴が、すかさず威力を殺した電撃を遊石へ向けて放つ。
しかし、遊石と美琴との間に張られていた『聖なるバリア -ミラーフォース-』に当たり、電撃は美琴の方へ跳ね返された。
「はぁっ!?」
電撃使いである美琴に電撃は効かない。
美琴は跳ねかえってきた電撃を吸収して、再度自らの周囲に帯電させるが、予想外の出来事に次の一手が出ない。
すぐに思いついたのはレールガンだが、そんなものをこの街中で撃ったらどうなるかは想像に難くない。
「悪いな常盤台の二人!!」
その美琴の逡巡のうちに、遊石は少女を引き連れて路地を抜け、学園都市の雑踏の中へと潜りこんだのだった。