とある原石の決闘目録   作:みんふみ

4 / 18
記憶

「こ、ここまで来れば、大丈夫だろ……」

「ハァ、ハァ……」

 

 常盤台の二人組から何とか逃げおおせた遊石と少女は、あるマンションの正面に来ていた。

 ここは、遊石が一人暮らしをしているマンションだ。

 レベル5には劣るが、レベル4でも、暮らしていくには十分な額の奨学金が手に入る。

 少なくとも、マンションの家賃や光熱費などを払い、食事代を差し引いても余裕が残る程度には貰っている。

 

「あ、あの」

「ん?」

 

 少女がマンションを見上げながら遊石に訊ねる。

 その目つきは、初めて田舎から都会に出てきて、見慣れないものに見とれてしまう感じだと遊石は思った。

 だが、いくら田舎出身でもマンションくらいは知っていそうなものだが……

 

「ここは……?」

「俺が住んでるマンションだ。ここなら落ち着いて話せる」

 

 遊石は少女と共にマンションのロビーに入ると、壁に取り付けられている端末に鍵を差し込んで、斜め45度にまわす。

 分厚いガラスでできたドアがスライドして開き、遊石はマンションの中へと入る。

 ちょうどエレベーターが1階に止まっていたので、二人はすぐにその鉄の箱へと入る。

 扉のすぐ隣に設置されているパネルの『4』のボタンを押すと、エレベーターの扉が閉まり、ガクンという揺れとともに動き出した。

 

『4階です』

 

 アナウンスの少し後に、扉が開く。

 

「え……えっ」

 

 少女はエレベーターから降りると、手すりにつかまって外を眺める。

 

「? どうした?」

「あの、私たち、さっきまで変な四角い部屋にいましたよね?」

「四角い部屋?」

 

 何のことかと頭をひねる遊石であったが、すぐにエレベーターのことだと察しが付く。

 だが、今の言葉は、目の前の少女がエレベーターという存在を知らないということを意味している。

 

「確かに四角い部屋にはいたな」

「それが、いつの間にかこんな高い所に来ているなんて……私、どうなっちゃったんですか?」

「別にどうにもなってないよ。さっきの部屋だけど、あれは正確には鉄でできた大きな箱だったんだ」

「箱……でも、あの箱に入るとどうして高い所に来れるんですか?」

「実はあの箱、まっすぐ垂直に上がってたんだ」

「う、上に、ですか?」

 

 信じられない、といった表情の少女を見て、遊石は言いようのない不安感にさいなまれ始める。

 目の前の少女はエレベーターの存在を知らない、それは間違いない。

 しかし、この21世紀に生きていてエレベーターを知らない人間がいるだろうか?

 少なくとも、先進国である日本に住んでいる日本人なら、知らないはずはない。

 唯一知らない可能性があるとすれば、生まれた瞬間からこれまで地下かどこかに幽閉されていて、文明から隔絶されていたなんて、ドラマでもそうそう登場しない境遇に陥った場合だけだ。

 

(……マジで密入国なんじゃないか?)

 

 日本人には見えない外見のこともあわせて考えれば、この考えは一応合理的ではある。

 だが、エレベーターの概念が身につかない国から日本に密入国するというのも、どうなのだろうか。

 おまけに、少女は日本語を流暢に話している。

 日本語を流暢に話せる学習環境があるのに、エレベーターを知らないというのもおかしな話だ。

 

(あー!! 混乱してきたぞ!?)

 

 ひとまず思考を放棄して、遊石は少女を部屋へと案内することにする。

 遊石の部屋は一般的な一人暮らしの部屋で、広さは六畳程度。

 大型の家具はベッドくらいなもので、あとはプラスチックの収納ケースなどで済ませている。

 遊石の部屋に入った少女は、グルリと部屋中を見渡す。

 少女が目を止めた物は三つ。

 一つはテレビで、二つ目はノートパソコンと、いずれもエレベーターを知らない少女なら目を止めそうな物だ。

 そして三つ目は、意外にも部屋の中央に置かれたテーブルの上に置かれていた、遊戯王カードであった。

 

「この部屋には椅子が無いからな……とりあえず、ベッドにでも腰かけてくれ」

「あ、はい」

 

 少女がベッドに軽く腰掛けたのを視界の端に捉えながら、遊石もテーブルの近くに座る。

 

「さて、どうしたものか……あ、俺の名前、覚えてるか?」

「はい。『いはらゆうせき』……ですよね?」

「ああ。名前を呼んでくれないから、忘れたのかと思ってさ。それで、君の名前なんだけど……」

「それが……名前、覚えてないんです」

「……え?」

 

 微塵も想像していなかった少女の言葉に、遊石は思わずそう聞き返した。

 

「私、名前を覚えていないんです。それだけじゃありません。どこで生まれて、どこで育ったのか……両親がどんな人で、友達が何人いたとか……」

「……一切、覚えてない?」

「はい……」

 

 うつむきまつ毛を震わせる少女を見て、遊石も顔をうつむける。

 

『記憶喪失……ですか』

 

 ブリザード・プリンセスが遊石にのみ聞こえる声でそう呟いた。

 

(そうみたいだな。しかも、自分の名前すら覚えていないレベルとは……)

『エレベーターのことを知らなかったのも、記憶喪失が原因でしょうか?』

(いや、もしそうなら、『部屋』や『記憶』といった知識も消えていないといけない。そこまで重度の記憶喪失なら、しゃべることだってできないはず)

『でも、だとするとどうして……』

(分からない。が、少なくともコミュニケーション可能であることはハッキリした。記憶を取り戻す方法はじっくり考えればいいさ)

 

 とそこで、遊石は一つ気になることがあった。

 

「なぁ、一ついいか?」

「なんでしょう?」

「いや、その前に仮の名前を決めよう。何か呼ばれたい名前とかあるか?」

「呼ばれたい名前、ですか……」

 

 少女はあごに親指と人差し指を当てて考える。

 記憶喪失の状態ではあるが、所作の一つ一つに高貴な雰囲気が醸し出されているなと、遊石は思った。

 もしかしたら、どこかの国のお嬢様とかなのかもしれない、と思わせる雰囲気だ。

 

「……思いつきません」

「まぁそうだろうなぁ。じゃあ……『アヴリル』ってのはどうだ?」

「アヴリル、ですか?」

「ああ。特に名前に深い意味はないんだけどさ。語感で選んだというか、なんというか。どう?」

「はい、私はそれで構いません」

「じゃあアヴリル、改めて聞きたいことがある」

「はい」

「アヴリルはさっき、その手にしているカードが懐かしいって言ってたけど、『原石眼の切札竜(ジェムストーンアイズジョーカードラゴン)』について何か知ってるのか?」

 

 アヴリルは美琴たちと出会った時からずっと手にしていた『原石眼の切札竜』をテーブルの上にそっと置いた。

 

「このカードに関する記憶はありません。それ以前に、先ほど遊石が行っていたこのカードを使うゲームが何なのかも分かりません。でも、このカードを見ていると……」

「見ていると?」

「ぼんやりとですが、雲がかったビジョンが脳内に浮かんでくるのです。ハッキリとは見えません。でも、私が失った記憶のような気がして……」

「なるほど。アヴリルの過去にこのカードが関係しているのか、それともこのカードの力……?」

 

 遊石は『原石眼の切札竜』を改めてジッと見つめる。

 テキストや名前などは他のカードと同じだが、唯一違う点がイラストの部分にある。

 このカードにはイラストがなく、イラストの部分が真っ白に塗りつぶされている。

 デュエルディスクも効果は認識するもののイラストが無いため、3D処理されても何も出現しない。

 まぁ、使う側からすれば効果が使えればそれで良いので気にはならない。

 演出面からいっても、除外したモンスターの姿と力を借りる前は自分の姿を持たない、という中二心をくすぐる演出だと解釈すれば良い。

 

「ところで遊石、このカードはあなただけが持っている物なのですか?」

「ああ。他のすべてのカードは市販されて一般に出回ってるけど、この『原石眼の切札竜』は違う。世界にこの1枚しかないはずだ」

「どうやって手に入れたのです?」

「どうと言われてもなぁ。端的に言っちゃえば、道端に落ちてたんだよ」

「落ちていた?」

「遊戯王カードが落ちていればそれなりに目立つもんだけど、このカードは一際目立ったよ。なんせ、イラストが真っ白だからね」

 

 遊石の言葉を聞いて、アヴリルは若干眉間にしわを寄せて考え始める。

 

「落ちていたということは、元々の所有者がいた、ということですよね」

「そうだな。ひょっとして、その元の所有者がアヴリルなのか?」

「かもしれません。記憶が無いので断定できませんけど」

「使ってる俺が言うのもアレだけど、このカードは何なんだ? 落ちてたから拾って使ってるけど、どうしてこんなカードが存在するんだ? おまけに、世界にこの1枚しかないカードなんて……」

 

 販売された数が限られているカードは数あれど、世界に1枚しかないカードなどそうそうあるはずもない。

 世界大会の優勝記念品としてなら考えられなくもないが、そういったカードは既存のカードの超レアバージョンか、デュエルに使えないオリジナルカードであることがほとんどだ。

 遊石はこのカードの名前などをインターネットで調べたことがあるが、見事に1件もヒットしなかった。

 都市伝説をまとめたサイトに、「すべてのモンスターを除外することで特殊召喚できる、謎のモンスターカードがある」なんて都市伝説があるのを見つけたが、それ以上の信ぴょう性に足る情報は無かった。

 

「分かりません。ですが、遊石が持っている他のどのカードとも違うとは思います」

「そうだな。俺の能力に呼応するところから察するに、何か自我のようなものがあるのかも……」

「あの、能力とは?」

「そうか、それも説明しないとな」

 

 遊石はアヴリルに、学園都市のことや、ここでは生徒が能力という力を使えることを説明する。

 すべてを説明するとかなり長くなってしまうので、大雑把に、炎を操れる能力者がいるだとか、レベルという強さの指標があるとかなど。

 

「遊石も能力者なのですか?」

「もちろんだ。ただ、俺の能力はかなり珍しいというか、変な能力だけどな」

「変、ですか?」

 

 続けて、自らの能力についても説明する遊石。

 遊戯王カードの効力を具現化する力だ、と言ってもアヴリルの表情は微妙なものだったので、遊石は具体例を示すことにした。

 

「プリンセス、出番だ」

『はい、マスター』

「わっ!?」

 

 遊石の能力で突然実体化したブリザード・プリンセスを見て、アヴリルは思わず身体を後ろにのけ反らせる。

 

「こいつはブリザード・プリンセスっていって、このカードを実体化させたもんだ」

 

 デッキホルダーから『ブリザード・プリンセス』のカードを取り出してアヴリルに手渡す。

 アヴリルはカードのイラストの部分を見て、今度は実体化したブリザード・プリンセスをまじまじと見つめる。

 

「そっくりですね……」

「そっくりもなにも、その絵とまったく同じ外見だからな。ちなみに、触るとひんやりと冷たい」

『マスター、それだと私が死体みたいなのですが……』

「別にそういうことが言いたかった訳じゃないぞ? 夏はプリンセスに全身を冷気で包んでもらって、暑さを克服させてもらってる」

 

 遊石は普段から、外に出かけるときはデッキに入れるカードとは別に、カードを持ち歩いている。

 例えば夏であればブリザード・プリンセスの力で暑さを凌いだり、逆に冬であれば『火霊(かれい)使いヒータ』にお願いして、全身を暖かい空気で包み込んでもらったりなどしている。

 また、家でも様々なカードを実体化させて、雑談に興じることもある。

 その場合はプリンセスや霊使いなど、人型のモンスターを実体化させることが多い。

 無論、例えばブルーアイズのように人型でなくとも、コミュニケーションをとることは可能である。

 

『今日は私のこと忘れてましたけどねっ』

「だからあれは、科学力を持て余してる学園都市に文句を言っただけで……」

「あのー……」

 

 アヴリルが若干申し訳なさそうに、遊石とプリンセスの会話を中断させる。

 

「ブリザード・プリンセスさんって、今初めて私に声をかけて下さいました?」

『え? まぁ、そうですね』

「幻聴だったのかなぁ……実はですね、この部屋に来る前にも、プリンセスさんの声が聞こえてたような気がするんです」

「それは本当か!?」

 

 突然大きな声を出した遊石に、アヴリルは身体をビクッと震わせて頷いた。

 

「は、はい。二人組の女性に声をかけられた時とか……」

『……マ、マスター。アヴリルさんひょっとして……』

「カードの声が聞こえてるのか……」

 

 今日は何かと色々なことが起こる日だな、遊石はそんなことを思う。

 途中までは普通だった。

 能力測定を済ませて、あとは家に帰ってモンスターたちとゆったりデッキ構築でもしながら過ごそうと考えていた遊石。

 だが、アヴリルに出会い、デュエルでは久々に『原石眼の切札竜』を使い、常盤台の二人組にからまれた。

 二人のうち一人は学園都市に七人しかいないレベル5だったが、なんとかその場から逃れることに成功。

 と思ったら、アヴリルは記憶喪失の少女で、『原石眼の切札竜』と何か関係があるかもしれないことが分かった。

 さらに、遊石と同様、カードの声が聞こえるときた。

 こんなことが半日も経たないうちに立て続けに起こることなど、誰が予想出来ようか。

 いや、出来ない。

 

『アヴリルさんもマスターと同じ、カードの精霊の声が聞こえる能力の持ち主……』

「だけど、俺の能力は原石に分類されてる。原石ってのは能力の希少性が特徴だ。その原石で、能力が被るなんてことあるのか……?」

「私は能力というものについては詳しく分かりませんが、遊石と同じようにプリンセスさんの声が聞こえているのは確かです。ただ、私の場合、実体化してもらわないと姿までは見えないみたいです」

「そこが違いか」

 

 現状では、遊石の力の方が、半透明の状態のモンスターも視認できるという点では優れていると判断できる。

 だが、声が聞こえるのであれば大した差ではない。

 

『マスター、話を変えますけど、今後はどうなさるおつもりです?』

「それはやっぱり、アヴリルの記憶を何とかするのが先決だ。『原石眼の切札竜』とアヴリルの関係も気になるけど、記憶を取り戻さないと始まらないし」

「ですが遊石、取り戻すといっても、記憶などどうやって取り戻すのです? 時間が解決してくれるのを待つほかないと思うのですが……」

 

 アヴリルのもっともな発言に、遊石はニヤッと笑みを見せた。

 

「ど、どうしたのですか?」

「この街じゃなかったら、記憶喪失なんて時間以外に解決策はないだろうな、確かに。でもここは学園都市だ。さっきも説明したけど、この街には能力者がごまんといる。言ってること、分かるだろ?」

「……なるほど。つまりその能力者の中に、記憶を取り戻させる力を持った人物がいると?」

「そうさ。まぁ、念話程度ならともかく、記憶の復元となると並の能力者じゃ難しい。だが幸いなことに、今の学園都市にはレベル5の精神系能力者がいる。しかも、居場所も半分くらいは分かってるようなもんだ」

『どこにいるのですか?』

「さっき路地で出会った二人組の通ってる、常盤台中学だよ」

 

 記憶を取り戻すという、本来ならば難航必至の作業。

 だがそこまでの道筋自体は、想像以上に簡単なものであった。

 問題はその道筋に、実現可能なめどが立つかどうかなのである。

 

 

 

 To be continued.




記憶喪失とアヴリルという名前のセットにピンと来る人は……99%いないだろうなぁ。

次のデュエルはもう少しお待ちください。

もし、「こんなデッキをぶんまわして欲しい」といったご意見がありましたらお知らせ下さい。

遊石は基本的にデッキを固定しない系なので。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。