あの『伝説の魔導師』D・S(ダーク・シュナイダー)と、『冥界の預言者』アビゲイルとの戦いから、しばしの時が流れた。
両者の激突によって爆発的に流れ出したエネルギーでメタ=リカーナ王城は消失したが、そこにいた人々は最後の瞬間に残っていた魔力を振り絞ったD・Sの手によって救い出され、難を逃れた。
しかし、生き延びた人々は各々が遠方の地に飛ばされ、多くの者が散り散りとなってしまった。
その中の一人であったアーシェス・ネイ、D・Sの四天王の一人であり、彼の娘であり弟子であり、また恋人でもあった女性は今、深い森の奥にある隠れ家に戻っていた。
昔、何かあればここに集まるようにと仲間たちに言っていたD・Sの言葉を信じて、彼を待つために。
「……今日も、戻ってこなかった……」
家の窓から沈む夕日を見ながら、ネイがぽつりとそう呟く。
その顔は寂しげで、どこか不安そうでもあった。
普段は凛々しい女性だが、D・Sのことを思っている時にはふと、気弱な幼女のような表情を見せることもある。
「…………」
もしかしたら彼は、約束のことなどすっかり忘れていて、もうここに戻ってこないのでは。
自分のことなどすっかり忘れて、またどこかで女を侍らせて、汚らしいハーレムでも作っているのでは。
まさか、本当に死んでしまったのでは……。
次々と頭に浮かんでくる不安な思いを、ネイはぶんぶんと頭を振って打ち消した。
(いいえ、そんなはずがないわ!)
前者二つは、彼に限って……いかにもありそうだけど……ないと信じる。
ましてや、自分でさえこうして生きているのに、彼が死のうものか。
噂に聞いたところによると、あの戦いでメタ=リカーナの王城は完全に崩壊し、消失してしまったと聞く。
あの時自分を遥か遠方の地に飛ばして破滅から救ったのは、D・Sの力に違いない。
おそらくは、他の者たちも同様にして救われているはず。
「いくらダーシュでも、あれだけ消耗していてそんな力を使ったなら、消耗は尋常なものではないはず……」
そのために完全に
だとすれば、そうすぐには戻ってこられなくても仕方がない。
「……私は待つわ」
たとえそれが、一年や二年でも。
いや、十年や二十年でも、自分は待てる。
命の尽きるまでだって。
(だから、必ず戻ってきて)
一人でいると、幼い頃に棄てられ、そして彼に拾われた日のことを何度も夢に見る。
そうして始まった、彼と共に過ごす日々、百年の恋のことも。
ほんの時折は、他の人々のことも考えた。
(アビゲイルは本当に死んでしまったのか? カルは今でも反逆軍を率いているだろうが……。あの二人はともかく、私のすぐ側にいたはずのガラも、まだここに戻ってきていない)
あの男に限ってまさか死ぬまいとは思うが、音沙汰がないのは気にかかる。
それに、D・Sが随分執心していた、あのヨーコという少女は……。
彼女に対しての彼の態度は、これまでの女たちに対するものとは明らかに違っていたようだったが……。
(まさか、ダーシュはあの子と一緒に?)
むらむらと嫉妬心が湧き上がってくるが、いやいや彼はまだヨミの眠りから醒めていないだけだろう、さっき自分でそう判断したじゃないかと思い直して、無理やりその考えを振り払った。
「……今日はもう、休もう」
ネイはひとつ溜息を吐くと、頬杖を突くのをやめて、窓際から体を起こした。
さすがにD・Sも、日が落ちてからこの深い森の中をやっては来ないだろう。
明日起きたら、おまじないに、何十年前に彼のために料理したのと同じスープやベーコンエッグでも作って待っていてみようか。
その香りが、愛する人をここに引き戻してくれることを祈って。
そんなことを考えながら、寝床に向かおうとしたとき……。
「っ!?」
肌にちりちりとくる感覚を覚えて、ネイははっと目を見開いた。
魔力だ。
これは魔力の脈動。
しかもかなり強力な物が、ごく近くに。
ぱああっと、ネイの顔が輝く。
それがD・Sのものであることを、彼女は疑わなかった。
D・Sとその仲間である自分たちしか知らないこの隠れ家に、そんな魔法を使う者が他にやってこようはずもないのだから。
(帰ってきた!)
魔力の脈動を感知した方向に顔を向けると、そこには今まさに、鏡のように輝く
それは見たことのない様式の魔法だったが、転移門の一種だということははっきりと分かったし、ネイはそれ以上のことは気にしなかった。
あのD・Sならば、今更どんな魔法を使おうと驚かない。
「お帰りなさい、ダーシュ!!」
間もなくD・Sがそれを通って姿をあらわすであろう転移門に、喜びのあまり飛びつくようにして手を伸ばす。
一瞬後には、彼女はその軽率な行動を後悔した。
「な、何っ!?」
触れた途端、これが向こうからこちらへ移動するための転移門でないことに気が付いた。
強い力で、向こうへ引きずり込まれそうになる。
D・Sが自分を呼び出そうとしているわけでもない、実際に触れてみて感じたことは、これは彼の魔力ではないということだった。
(しまった、私としたことが……!)
戦士の顔になった彼女は歯噛みをするものの、もう遅い。
すでに自分から接触して受け入れようとしてしまったこの魔法に、今更レジストするには手遅れだ。
踏みとどまれない。
「……ダ、ダーシュっ……!」
ネイの目の端に、わずかに涙の雫が浮かぶ。
門に引きずり込まれようとする最後の瞬間に彼女の心を占めていたのは、自分は一体どこに連れ去られようとしているのかという不安ではなく、この場所で愛する人を待ち続けられなくなることに対する悲しみだった。