ヴィリエらとの決闘もどきが終わった後。
自分に非があるとはまったく思っていなかったものの、後で問題視されてルイズらに迷惑をかけてもまずかろうと考えたネイは、授業に行く前に自分一人で学院長室に出頭して事の次第を報告することにした。
だがオスマンは、既に秘書からの報告を受けて、事態を把握していたらしい。
彼は、今回の一件は正規の決闘ですらない多対一の私闘であり、ヴィリエらの方から仕掛けたのが明らかであること、ネイはそれを抑えた側であって戦いによる死者も出ていないことなどから、今回の事態に関する責任をネイやルイズに対しては一切問わない旨を、その場で明言した。
「むしろ、こちらが詫びねばならん。生徒らへの教育が行き届かず、君には大変な迷惑をかけたと思っておる」
「いや、こんな扱いには慣れている。どこにでもよくあることだ、気にされるな。そちらの責任ではない」
それで責任問題については、一応片が付いたのだが。
周囲の人間からの彼女に対する態度は、当然ながら元の通りというわけにはいかなかった。
最後にヴィリエに食らわせてやった尻叩きで「凶悪な妖魔」というイメージは払拭できたのか、授業の間も生徒らの間にそれほどネイを恐れるような様子はなかったものの。
代わりに、男女問わず妙な視線を向けてくる者が多くなったようだった。
それ以上に変化が大きかったのは、シエスタら使用人たちの態度である。
その日の夕食をもらうためにネイがまた厨房に向かうと、その姿を認めた彼らの間から歓声が沸き起こった。
「おお、『我らの剣』だ!」
「『我らの剣』が来たぞ!」
「な、なに?」
彼らは困惑するネイを中に迎え入れて専用の席を用意し、貴族に出すのと同じような豪華な料理を並べて、まるで王侯貴族でも扱うようにもてなした。
シエスタは決闘の後、メイジ三人を倒したネイの活躍ぶりを、同僚たちにそりゃあもう熱っぽく話して回ったのである。
目の前で物語の勇者のごとき戦いぶりを見せてくれたネイに対する、彼女の入れ込みようは大したものだった。
借り受けた牛刀包丁を返却しようとしたが、それは私からネイさんへの贈り物ですと言って聞かない。
そんな彼女と同じくらいにネイをもてはやしたのが、魔法学院の料理長を務めるマルトーだ。
年齢は四十代ほどだろうか、立派なあつらえの服を着込んだ少々太った男で、このような場所に勤めているにも関わらず、貴族を毛嫌いしているようだった。
この世界の羽振りの良い平民には、そういう者が少なくないらしい。
おそらく、努力して財を成した身としては生まれつきメイジだという才能を持っているだけで何不自由なく偉そうにしているのが気に入らないとか、そこらの平凡な貴族以上に稼げるようになったにもかかわらず決して覆せない身分の差に苛立ちを覚えるとか、そんな感じの理由からだろう。
「あいつらメイジは、確かに魔法が使えるさ。土から剣でも鍋でも家でも作れるし、杖から火の玉を出したり、ドラゴンに言うことを聞かせたり、大したもんだ。だが、こうして食材から旨い料理を作り上げるのだって、立派な一つの魔法だってことよ!」
「ネイさんの剣技も、まるで魔法みたいでしたわ。一瞬で、メイジ二人の杖を斬り落とすなんて!」
「……別に、大したことではないわ」
そんなふうにちやほやされた当のネイ本人の胸中はしかし、いささか冷めていた。
(まったく、人間というのは……)
別に、自分は彼ら平民の代表としてメイジである貴族と戦ったとかいうわけではない。
ハーフエルフだということで馬鹿な子供らから因縁をつけられたから、ちょっとわからせてやっただけのことで、その相手がたまたま貴族だったに過ぎない。
魔法がどうのこうという話についても、特に何の関心もなかった。
大体、自分だって純粋な剣士ではなく魔法剣士であり、マジックユーザーの一種なのである。
人間は熱しやすく冷めやすく、すぐに昔のことを忘れて手の平を返す。
昨日までは鬼畜か化物扱いしていた相手を、今日は英雄として迎え入れるような真似を平気でできる。
その逆も然りで、目の前であからさまに魔法を使ってみせたりすれば、彼らの多くはまた態度を豹変させるのではなかろうか。
(まあ、シエスタは素直な子のようだけど)
ネイは使用人たちの言葉を素っ気なく流して黙々と食事を取り、ただその味に対しての賛辞と、食事の提供に対する礼だけを伝えたが。
その態度を自分の腕前に驕らず誇らない達人の謙遜と受け取ったマルトーらは、ますますネイに対する称賛の念を深めるのだった。
夜になってルイズを彼女の部屋まで送り届けると、ネイが部屋を出ていく前に、彼女が話を振ってきた。
「明後日は『虚無の曜日』だから、昨夜の約束通り、あんたに剣を買ってあげるわ。王都の武器屋に行くから、一緒に来なさい」
昼間の決闘もどきの件については、ルイズはあえて触れなかった。
もちろん、メイジ三人を倒すなんてすごい、そんな事ができるほどの達人だとは思わなかった、これは早いうちに武器を買ってやらなくては、という思いはあるのだが。
一方で、相手に絡まれたとはいえ、自分の知らないうちにそんなことをしてという主人としての憤慨と、これはあまり認めたくないのだが、使い魔に対するある種の劣等感のようなものとがあって。
その辺を総合的に考えて、昼間の一件については褒めも叱りもしない、不問にするということに決めたのだった。
「そうか、すまんな。ありがとう」
「別にいいわよ。主人として、使い魔に必要なものを用意するのは当然だわ」
それに、使用人から借りたメイド服とあと一着しか持ってないというのも女性としてあんまりだから、服や下着も買ってあげましょうか……というルイズの提案を、ネイは嬉しそうに快諾した。
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ヴィリエらとの一件の翌々日は、ハルケギニアでの休日にあたる『虚無の曜日』だった。
いつもより少し遅くまで寝ていたルイズは、昼前頃にネイを伴って、前からの約束通りに王都トリスタニアへ買い物に出かけることにする。
学院の厩舎からルイズが借りてきた二頭の乗騎を眺めて、ネイが呟く。
「ふむ……。馬か」
「そうよ、王都は遠いから。もちろん、馬くらい乗れるんでしょう?」
「ああ」
ネイは頷いた。
軍を率いていたこともあるのだから、当然馬くらいは乗れる。
欲を言えばグリフォンの方が好みなのだが、まあさすがに幻獣を用意するのは難しいだろうし、贅沢は言えまい。
「遠いと言うと、どのくらいだ」
「そうね。無理なく進めば、二、三時間くらいで着くと思うわ」
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予定通り、二時間あまりの後には、二人は王都トリスタニアに着いていた。
ルイズは乗馬が得意らしく、道中はスムーズに進めた。
門の側にある駅に乗騎を預けると、さっそく城下町に入っていく。
ハーフエルフであることを隠して生きるのはネイの主義ではないが、とはいえつい先日の決闘もどきの件といい、このあたりで長い耳をむき出しにして歩けばトラブルの元になるのはわかりきっているし、それでは同行するルイズに迷惑がかかる。
不本意ではあるが、彼女は
「ほう……」
ネイは周囲の様子を見渡して、軽く感嘆の声を漏らした。
中央メタリオンと比べると遥かに平和なためか、活気がある町だ。
白い石造りの町中には魔法学院の貴族たちに比べるとずっと質素な身なりの平民が溢れ、あちらこちらに露天が立ち並び、売り声が響いている。
「ここはブルドンネ街、トリステインで一番大きな通りよ。この先に、トリステインの宮殿があるわ」
「なるほどな。それで、武器屋はどこだ?」
「裏通りよ。これから行くけど、ここらはスリが多いから気をつけて歩きなさい。魔法を使う、メイジ崩れの犯罪者だっているんだからね」
ネイは頷いたが、ルイズから預かって上着の中にしまい込んだ財布を一々確認したりはしなかった。
スリが一番多いのは、実は「スリに注意」の看板が立っている場所なのである。
そういった文章を読んだ人間は大抵無意識に財布の場所を確認するので、スリはそれを見ればどこに金があるかがわかるという寸法だ。
よって、迂闊に人混みの中で財布の確認などしないほうが、かえって安全だといえる。
金貨が詰まっている財布はずっしりと重いから普通に取られればすぐに気が付くし、魔法でスろうとすればネイはその魔力の脈動を感知できるので、そうそうやられるおそれはあるまい。
「えーと、こっちね」
こんな下賤な場所、本当はあまり来たくないんだけれど……とこぼしながら、ルイズは狭い路地裏に入っていく。
ゴミや汚物が道端に転がっていて、悪臭が鼻をついた。
「ピエモンの秘薬屋の近くだったはずだから、確かこのあたりに……」
ルイズはそう言いながら、四つ辻になっているところで立ち止まって、周囲を見渡した。
「あれか?」
ネイは、剣の形をした銅の看板がぶら下がっているのを見つけて、そう尋ねる。
「あ、あった。そうよ、あの店ね」
もちろん入ったことはないんだけど、と呟きながら、ルイズはその店の石段を登っていく。
ネイもまた、その後に続いた。
「ところで、このあたりに秘薬屋があるとか言っていたな」
「え? ええ、そうよ。メイジが特定の呪文に使う触媒を売ってるお店ね。硫黄とか、コケとか」
「こちらのメイジが使う触媒に興味があるのだが、帰りに寄ってみてもいいか?」
「そりゃ、まあ。あんたが見たいって言うなら、構わないけど……」
そんな話をしながら、羽扉を開けて店の中へ入っていく。
店内は昼間だというのに薄暗く、ランプの灯りがともっていた。
壁や棚には剣や槍が所狭しと乱雑に並べられており、立派な甲冑が飾ってある。
「……うん?」
店の奥でパイプを咥えていた五十がらみの親父が、入ってきたルイズらを胡散臭げに見つめた。
彼女の紐タイ留めに描かれた五芒星を見て貴族だと気が付くと、途端に顔をしかめ、パイプを離してドスの効いた声を出す。
「これはまた、貴族のお嬢様が何の御用で? 言っときますが、うちは真っ当な商売でして。お上に目をつけられるような覚えなんぞ、これっぽちもありゃあせんのですがね」
「なにを勘違いしてるの。客よ」
ルイズは腕組みをして、そう言った。
ネイが一歩進み出て、彼女の言葉を引き取る。
「私が使う剣を買いたいのだが、そこらに並んでいるものを見させてもらってもいいか?」
「ああ、なるほど……」
店主はじろじろと、そんなネイの姿を眺めた。
遠出をするということもあって、今日の彼女はシエスタからもらったメイド服ではなく、ここに召喚された時に身につけていたより動きやすく、露出が多めの服を着てきている。
(色っぽい姉ちゃんだな。しかし、女にしちゃ背も高いし、元傭兵かなんかで貴族に雇われた護衛ってとこか?)
店主はそんなふうにネイを値踏みすると、こほんと咳払いをした。
「もちろん、構いやせんとも。昨今は宮廷の貴族の方々の間でも、下僕に剣を持たすのがはやっておるそうですしな」
「下僕に剣を持たすのがはやってる?」
初耳だったので、ルイズが首を傾げる。
「ええ。なんでも最近は『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊がここらで暴れて、貴族のお宝を散々に盗みまくってるそうでして。用心のために少しでも警戒を、ということでしょうな」
「ふうん……」
「して、そちらの方は、どういった武器をお求めで?」
「両刃の長剣が一番使い慣れている。が、まあ片刃剣でも構わん。それなりの強度があるものならばな」
ネイはそう言うと、そういった類の剣が置かれている壁際の方に行って、乱雑に積まれた剣を一つ一つ手に取って確かめていった。
店主はさりげなく、その様子を観察する。
(やっぱりこの女、だいぶ武器の扱いに慣れてる感じだな)
せっかくの金を持っていそうな貴族客だが、これはぼったくるのは難しいかと、密かに舌打ちをした。
「うーむ……」
そんな店主をよそに、ネイは少し顔をしかめた。
別に、強力な剣でなければというつもりはないのだ。
武器の力にばかり頼っていたのでは、真の「剣王」にはなれぬ。
とはいえ、質の悪い、技に耐えられずに折れてしまうような武器でも困るわけで……。
(……どうにも、作りが悪いものばかりだな……)
作りが悪いばかりでなく、使われている鋼も不純物の多い粗悪品のようだ。
(あの『錬金』とかいう呪文で生成したものか?)
これまで見た限りでは、どうもこの世界は魔法偏重傾向で、剣技の類は軽視されているきらいがあるようだし。
あるいは武器製造の技術も軽んじられており、概して粗悪な代物ばかりなのかもしれない。
そんなネイに、ルイズが声をかけた。
「どうかしら?」
「……あまり、いいものはないようだな」
その言葉に、店主がぴくりと眉を持ち上げる。
「そいつぁ聞き捨てなりませんな。そこにあるのがお気に召さぬようでしたら、奥にある上等の物をお持ちいたしやすが」
「まだあるのなら、見せてもらおう」
「へえ、少々お待ちくだせぇ」
主人は奥の倉庫に向かうと、何本かの剣を持って戻ってきた。
「いかがです。これらはいずれも、名のある錬金魔術師が鍛えた業物ですぜ」
ネイは、それらの剣を順に手に取って調べてみたが……。
じきに、呆れたように肩を竦めた。
(どれもこれも、ごてごてと無駄な装飾が付いているだけではないか。なにが業物だ)
こんな武器では、破裏拳流剣法の奥義には到底耐えられまい。
これなら、シエスタからもらった牛刀包丁をそのまま使っていても大差ない。
「どれにするの?」
そんなネイの胸中などつゆ知らず、ルイズがそう声をかける。
剣のことなど何もわからない彼女としては、見た目がいいので悪くなさそうだと思ったようだ。
「いや、どれも要らんな」
「なっ……」
「悪いが、この店にはろくなものがないようだ」
ネイのその言葉に、店主が気色ばんで何か反論しようとした、ところで。
「ははは。姉ちゃん、なかなか見る目があるじゃねーか!」
不意に、乱雑に積み上げられた武器の中から、低い男の声がした。
店主が顔を引きつらせ、ルイズとネイはそちらの方を向く。
「だがな、それでもまだまだ節穴だぜ。このデルフリンガーさまを見逃してるようじゃあな!」
「やい、デル公! お客様に失礼なことを言うんじゃねえ!」
「むう?」
店主が声を荒げる中で、ネイは怪訝そうに眉をひそめると、つかつかと声のする方に近づいた。
それは、彼女が調べたのとはまた別の場所だった。
刀身に傷や錆がついていたり、柄や鍔が痛んでいたりといった、見るからに廃棄寸前のジャンク品ばかりが集められた山のようだったので、ネイも詳しくは調べなかったのだ。
「しゃべったのは、お前か」
ネイはその武器群の中に手を突っ込んで、錆の浮いたボロボロの剣を掴み出した。
それをしげしげと観察しながら、首を傾げる。
ルイズの身長とほぼ同じくらいはあろうかという長さだが、その割にはそこまで幅広ではない、片刃の剣だった。
「精霊や幻獣が武器化したもの、でもないようだが……」
「それって、インテリジェンスソード?」
ルイズが当惑した声をあげた。
「へえ、左様で。意思を持つ魔剣とかいうやつでさ。剣をしゃべらそうなんざどこの魔術師が考えたんだか知りませんが、こいつはやたらと口が悪くて、客に失礼ばかり言うもんで……」
店主が恐縮した様子で、そう説明する。
「ほう……。すると、剣の形をした魔法生物のようなものか?」
ネイは興味深そうに、デルフリンガーという名らしいその剣を検分する。
一方でその剣の方は、しばらく黙り込んだ後に、小さな声で感心したように呟いた。
「……おでれーた。なかなか使えそうな姉ちゃんだとは思ってたが、こりゃあそんなレベルじゃねえ。おまけに何か、懐かしいような感じがしやがる」
「どういう意味だ?」
「いや……俺にもよくわからねえ。わからねえんだが、とにかく俺を買え」
デルフリンガーはそうせがんだ。
ネイは少し考え込む。
(錆びているが、作りはしっかりしているな。魔剣だということを考慮に入れないとしても、この店の他の武器よりは使えそうだ)
ただ、少し長すぎるのでこれまでの剣のように腰に差すのではなく、背負うような形になってしまうだろうが。
それを考慮しても、この店の他の剣を買うくらいならこれのほうがいいだろう。
少しくらい切れ味が悪いとしても、とにかく技に耐えてくれる強度があることの方が大事なのだ。
ネイはそう結論すると、店主の方に向き直った。
「……店主どのは、聞けばこの剣に、ずいぶんと迷惑させられているようだな?」
同情するかのように、そう話を振る。
「いや、まったくで。客に失礼をはたらくし、商売の邪魔ばかりするもんですから。貴族に頼んで溶かしてやろうかと思っておったくらいでして」
店主が頷きながらそう言ったので、ネイも笑って頷き返した。
「ならば、何も買わずに出るのも申し訳ないし、せめてこいつをこちらで引き取ろう。どうせ捨てる予定の剣ならば、溶かす手間と処分を依頼する代金が省けるだろう?」