「本当に、そんな錆びた剣でよかったの?」
「これがよかったのだ。少なくとも、あの店にあった剣の中ではな」
武器屋を出てからも、いまだに不服そうに確認してくるルイズに、ネイはそう答えてやった。
「けっ。貴族の娘っ子なんぞには、このデルフリンガーさまの良さはわからねえんだな!」
デルフリンガーがかちゃかちゃと鍔を鳴らして、不服そうに口を挟む。
「おめえもおめえだよ、ハーフエルフの姉ちゃん! よりにもよって俺様みてえな貴重品を、ロハに値切るなんざあんまりな」
「うるさいぞ」
人混みの中でハーフエルフだなんだとこれ以上要らんことを言われても面倒なので、ネイは話に取り合わず、鞘に押し込んで黙らせた。
彼女に言いくるめられてデルフリンガーをただで譲ることになった店主はというと、やや渋い顔をしてはいたものの、そこまで不満な様子ではなかった。
元より金になるとは思っていなかった、それどころか商売の邪魔になるばかりだった不良在庫を、思いがけず厄介払いできたわけだし。
それに、デルフリンガーを納める大型の鞘や手入れ用の道具も併せてて売ったので、いくらかは儲かっているのだ。
「これから秘薬屋にも寄ってもらう予定なのだし、金がかからずにいいものが手に入るなら、それに越したことはなかろう?」
「……まあ、あんたがいいって言うのなら、私も文句はないけど」
それでルイズもようやく納得して、次は秘薬屋の方に足を運ぶことになった。
「何か、ほしい触媒があるの?」
「そうだな……」
ネイは少し考えて、紙やインクといった、いくつかの比較的安価な素材の名を挙げた。
「なくてもなんとかなるだろうが、あれば何かと役に立つのでな」
「そう。まあ、どんな呪文に使うのかは知らないけど、そのくらいなら買ってあげるわ」
ピエモンの秘薬屋は、傾いた家屋が密集した裏路地にある、ごく小さな店だった。
薄暗く狭い店内には何らかの触媒らしきものだの、杖の素材だの、古道具だのが詰め込まれ、かび臭さに香や何かのそれが混じった独特な匂いがしている。
「……いらっしゃい」
ルイズらが入っていくと、奇妙な服装と仮面を身に着けた年齢不詳の、おそらくは男だと思われる店主が店の奧で少しだけ顔を上げて、挨拶の言葉を呟いた。
不愛想な性格なのか、すぐにまた顔を伏せて何らかの作業をするのに戻り、それきりしゃべらない。
道すがらルイズが話したことによれば、零落したり勘当されたりして貴族の身分を失ったメイジの中には、このような店を開いて細々と生計を立てている者も多いらしい。
「元貴族の店主は、大体が不愛想なものよ。自分だって元は同じ身分だったってプライドがあるし、元からの平民とは違って愛想よく接客するのになんて慣れてないんだから」
ルイズはひそひそと小声でそう説明すると、だから好きなように見て回ればいいわ、とネイに伝える。
「わかった」
ネイはそう言って頷くと、興味深そうに、店内の品物に目を通していく。
硫黄やある種のコケ、虫類など、元いた世界でも魔法の触媒として使われている定番の品が多くあった。
こちらの世界では呪符魔術の類は使われていないのか、それに用いるための定型の符は売っていないようだったが、まあ適当な紙を加工すれば作れるだろう。
一方で、向こうではあまり見かけない品ももちろんあった。
その最たるものは、メイジの発動体にするための素材と思われる、様々な形状や長さの杖の山だ。
こちらのメイジが使っている系統魔法というのは、どうも発動体となる個人個人の専用の杖がないと使用できないものらしい。
「む。これは?」
ネイは、展示ケースの中に並べられている、さまざまな精霊の力を感じる不思議な石に目を留めた。
「それは精霊石。四元素の力が凝り固まったものよ。ゴーレムを作ったり、船を浮かべたり、他にもメイジの魔法を強化するための触媒として、さまざまな用途に用いられているわ」
「ほう。それは、役に立ちそうだな」
向こうの世界では見慣れないものだったが、これならば自分も、強力な呪文を使う際の補助魔力源として使えそうだ。
元の世界へ帰還するために大魔法の詠唱が必要だというような話になった場合には大量に用意する必要が出てくるかもしれないし、可能なら買い込んで色々調べておきたい。
そんなふうにネイが強く興味を示している様子なのを見て、ルイズはちょっと困ったような顔になった。
「残念だけど、今日の手持ちじゃ精霊石は難しいわよ。せいぜい、小さいのを少し買えるくらいね。需要が高いし、大きいものはすごく貴重だから」
「そうか……」
ネイは少し残念そうにしたものの、それなら仕方がないと納得した。
これがD・Sなら、欲しいものがあるならそれが物でも土地でも女でも力で奪い取ればいいと考えるかもしれないし。
ネイだって元の世界なら、場合によってはそうするだろうが。
概ね平和っぽいこちらの世界では、あまりそう軽率な振る舞いをするわけにもいくまい。
(どこかで金を稼いで、自分で買えればいいのだがな)
ひとまず精霊石は諦めて、その他の安価な触媒の中で、自分が呪文の行使に使えるものを集めていく。
「いろいろ買ってるみたいだけど、そんなに使う予定があるの?」
怪訝そうにそう尋ねるルイズに、ネイは首を横に振った。
「いや、はっきりした予定はないが。いざ必要となったときに、ないでは困るからな」
「まあ、それもそうね」
秘薬屋を出た二人は、最後に服を買いに向かう。
普段着や下着を中心としてネイの体に合った服をいろいろと買い、持ち運びきれなさそうな分は後日学院に届けてもらうよう手配して、買い物を終えた。
「夕食にはまだ早いけど。学院まで時間がかかるから、何か食べてから帰りましょう」
ルイズはそう言って適当な店に入ると、クックベリーパイなる焼き菓子と紅茶を二人分注文する。
ちなみに、昼食は学院を出る前に、早めに済ませてから出発した。
「この町は賑やかだが、なにか私にできるような、短期間で金になる仕事はないものかな」
ネイは食べながら、ルイズにそう尋ねる。
「傭兵なり冒険者なりの荒事の類なら、こなせると思うのだが」
「なによ。あんたは私の使い魔なのに、よそで仕事をしようって言うの?」
ルイズはそう言って顔をしかめた。
「いや、もちろんお前の側にいる必要がある時に、それを放り出そうという気はないが。空いている時間にいくらかでも金を稼げれば、使い魔として主の役に立てるだろう?」
ネイは彼女を宥めるように、そう説明する。
「もちろん、取り分は私も懐に収めるがな。今日はいろいろと買ってもらったことだし、それ以上のもので報いられるよう努めるのが、使い魔としては当然のことではないかと思うのだが」
言うまでもなく、本当のところは秘薬などを購入できる自分の金が欲しいからなのだが。
ルイズに礼を返したいというのも、まあ嘘ではない。
「うーん……、まあ、そういうことなら……」
ルイズはしばし渋い顔をして考え込んでいたものの、一応納得した。
確かに、ネイに四六時中自分の側にいてもらったところで、安全な学院の中では特にしてもらうようなこともない。
雑用係なんかにするつもりもないし。
彼女が暇な時間を利用してお金を稼いで来ようというのなら、それはたとえばジャイアントモールなどの使い魔に秘薬の材料をよそで集めてこさせたりするのと似たようなもので、強いて拒否する理由はない。
それに、ついこの間も因縁を付けられて騒動に巻き込まれたばかりだし。
もしかしたら口には出さないけど、ハーフエルフであるネイにとっては学院にずっといても居心地が悪いのかも、とも考えた。
「……私はあんまり詳しくないけど、傭兵とか冒険者とかの斡旋所みたいなものはあるわよ。ギルド、っていうのかしら。場所までは知らないけど、酒場かどこかで聞いてみたら、教えてくれると思うわ」
「そうか、ありがとう。今度聞いてみよう」
「でも、あんたが強いのはわかったけど、あんまり危険なことはしないでよ。主人の知らないところで使い魔が怪我したり死んだりするだなんて、あっていいことじゃないんだから!」
「わかった、気を付ける」
そんな話をしているうちに、焼き菓子の皿は空になり、紅茶も底になった。
二人は席を立って代金を払うと、王都を後にして、馬に乗って学院へ帰ったのだった。