ネイがハルケギニアに召喚されてから、いくらかの日が過ぎた。
その間、召喚の翌日につまらない因縁を付けられて決闘もどきに巻き込まれた以外には、彼女は概ね穏やかな日々を送れていた。
ネイは朝、自分に与えられた部屋で目を覚ますと、着替えなどを済ませてから、まずはルイズの部屋に彼女を起こしに行く。
それから、食堂の入り口までは連れ立っていき、そこで彼女と別れて、自分は厨房で朝食を摂る。
シエスタやマルトーをはじめとする使用人たちからやたらとちやほやされるのは正直あまりありがたくはないものの、毎日いい物を食べさせてもらえることには感謝していた。
それが済むと、大抵はルイズと一緒に教室へ行き、魔法の授業を傍聴する。
別に使い魔を必ず教室に連れて行かねばならないルールなどないのでネイに行く義務はないし、ルイズも好きにしていいとは言ってくれていたが、何分この世界の魔法やその他の一般知識についてはまだまだ無知なので、帰還の手がかりをつかむためにもとりあえずいろいろと情報や知識を仕入れておきたいのだ。
ネイは最初字が読めず、黒板の内容がわからなかったのだが、
あまりに習得が早いのは妙だったが、この世界の話し言葉を召喚直後から理解できていたことなどと考え合わせて、おそらくは召喚の際にある種の翻訳魔法の恩恵を付与されたのだろうと結論した。
本が読めるようになったので、授業外の時間には図書館にもよく出入りするようになった。
トリステイン魔法学院の図書館の蔵書量は大したもので、高さにして十メートルや二十メートル、ものによっては三十メートルはあろうかという巨大な本棚がいくつも並んでいた。
学びたいことは様々にあったが、主としてはやはり、元の世界へ帰還する手がかりになりそうな、こちらの世界の魔法に関する事柄だ。
よさそうな本を探して何冊か目を通していくうちに、この世界の魔法体系についてはそれなりにわかるようになってきた。
まず、この世界には系統魔法と先住魔法というものがあり、ルイズのような人間のメイジが使うのは前者、エルフなどの一部の亜人が使うのは後者である。
系統魔法は今は遺失した虚無と土水火風の五系統から成り、メイジの精神力を力の源とする。
ネイの世界の魔法でいえば、主として「魔術」に分類されるものだろう。
先住魔法は別名を精霊魔法ともいい、精霊との契約によって行使するもので、ネイの世界でも「精霊魔術」というほぼ同じ名称の魔法がある。
悪魔などとの契約により行使する「暗黒魔術」や、古の神々との契約で使用可能になる「古代語魔術」にあたるものは、どうやらこの世界では用いられていないようだった。
いずれにせよ、ルイズが自分を召喚したのは系統魔法によるもので間違いない。
ならば、こちらの術式を解析して自分の知る魔術の手法で再現すれば、自力で帰還することも原理上は不可能ではないはずだと、ネイは考えた。
(……しかし、帰還するには時空間を隔てて遥か遠方にあるだろうこの世界から、元の世界の存在する位相を確定できるだけの手がかりが、何か必要になるだろう。いかんせん、どこに向かって跳べばいいのかわからんのではどうしようもない。それに、そのための呪文の行使に必要なだけの魔力が、私に出せるかどうかも問題だな……)
前者の問題については、当面は手のつけようがないので、後に回すとして。
後者の問題に対しては、自分自身の魔力を鍛えておく以外に、先日店で見た精霊石などの呪文を行使する際の助けとなる触媒を用意しておくという対策があるだろう。
実際、ネイは自力では扱いきれない『
強力な魔力源となる触媒があれば、本来ならD・Sのような規格外中の規格外にしか扱えないような呪文を使用することも不可能ではないのだ。
(そのためにも、やはり金が要るか)
何をするにしても、自由に使える金は持っておくに越したことはない。
これが中央メタリオン大陸なら金なぞなくても斬り殺して奪い取ればいいかもしれないが、ここではそうもいかない。
ネイはD・Sよりは、TPOというものをわきまえているのだ。
そんなわけで、稼ぐ手段も探すことにする。
ネイは、ルイズに一応外出する旨の断りを入れてから、日中の授業が終わって図書館も閉館になった後で王都に向かうことにした。
以前にルイズにも少し話しておいたように、王都で自分にできそうな荒事関係の仕事を探してみるつもりなのだ。
先日行って場所は既にわかっているし、馬では数時間の道程であっても
ネイは少し考えて、出掛ける前にキュルケの部屋の扉をノックした。
応対したキュルケは、ネイの姿を認めて軽く目を見開くと、首を傾げる。
「あら? あなたが、あたしに何かご用?」
「ああ。すまないが、お前はルイズの知り合いのようだったし、よければ少し頼みたいことがあるのだが……」
ネイはそう前置きをしてから、キュルケに「マントの予備があれば貸してほしい」と言った。
「マント? それはまた、どうしてかしら?」
きょとんとするキュルケに対して、ネイは事情をかいつまんで説明する。
「王都では、短期の傭兵なり厄介な化物の討伐なりの仕事を探せればと思っているのだが。メイジだということにしておいた方が、評価が上がっていい仕事を得やすそうだからな」
この世界である程度過ごしてネイが感じたことは、ここは魔法中心の社会で、剣士の評価はメイジとは比べるべくもなく低いということだ。
女一人で剣士だと言って荒事関係の仕事の口を求めたところで、ろくな仕事が回ってこないだろう。
ハーフエルフだと明かせば、仕事より先に衛視がやってきかねないし。
よって、ここはメイジだということにしておくのがいいだろう、とネイは考えたのである。
「私はここの風習について詳しいことは知らんが、メイジはみなマントを着ているのだろう?」
ルイズに頼むことも考えたが、彼女はネイよりだいぶ背が低いから、丈が合わなさそうだし。
それに、メイジだ貴族だということに関してこだわりやプライドが強いようなので、貸さないと言われてしまうかもしれない。
「へえ。冒険者や傭兵のギルドで仕事探しねえ……」
キュルケは、何やら面白そうな話だと、興味を惹かれた様子で話を聞いていたが。
「……でも、そういうことならマントは別になくても大丈夫よ。これは貴族の地位をあらわすもので、メイジでも貴族の身分を失くして傭兵とかになった人は着けないのが普通だから。着けても、かえって不自然だわ」
「ほう、そうなのか?」
魔法学院には貴族くずれのメイジなどいないので、ネイはそのことは知らなかった。
「ええ。マントはなくてもいいから、メイジだって言って証拠を求められたら何か魔法を見せてあげれば。杖に見えるものを手に持って。あ、でも、呪文の詠唱をそれっぽくするのは難しいかしら……」
キュルケは少し考え込んでいたが。
じきに、何やらいいことを思いついたと言わんばかりに、楽しげな笑みを浮かべた。
「……いいわ。面白そうだし、あたしもついて行ってあげるから」
「なに、お前が?」
思いがけない申し出に、ネイは目を瞬かせた。
「そうよ。あなた、こっちには不慣れなんでしょう。それで町中でギルドを探して、仕事の話をつけてだなんて、大変じゃない?」
「それはまあ、そうだろうな」
「でしょう。その点、あたしは世慣れしてるから、役に立つわよー。それに、一人より二人の方が頼りになりそうだと思われて、いい仕事が回って来るんじゃない?」
「そうかもしれんが、お前に迷惑ではないか?」
「ぜんぜん。楽しそうじゃないの」
キュルケは、よし決まったとネイの手を取る。
本人よりも張り切っているようだ。
「そうと決まれば善は急げよ。王都までは遠いから、タバサのドラゴンを借りましょ。二人より三人なら、なおいいしね」
タバサというと、たまに図書館やキュルケの側にいるところを見かけるあの青い髪の少女か。
「いいのか、急にそんな頼み事をして……」
「もちろんよ。友達同士に遠慮は不要だわ。心配しなくても、分け前はあなたと、私とタバサ合わせてで半々でいいから」
キュルケはそんな風に、一方的にてきぱきと話を決めていく。
「さあ、ゴーよゴー!」
そうして十分ばかりの後には、ネイはキュルケとタバサと共に風竜の背に跨って、王都に向けて出発することになったのだった。
名称:言語読解(リード・ランゲージ)
解説:未知の言語で書かれた書物や魔法書などを解読できるようになる。
原作にはない本作オリジナルの呪文だが、D&Dなどのファンタジー作品では定番。
ネイはD・Sも知らない古代語魔術を独自に研究して復活させるなどということもしているので、この手の呪文は当然使えるかなと。
名称:黒鳥嵐飛(レイ・ヴン)
分類:精霊魔術(風)
解説:術者本人が高速で自在に飛行できるようになる風の精霊魔術。
第二段階の飛翔呪文らしい。
高位魔法使いたちの伝承によれば、音速を超える更に上位の飛翔呪文が存在すると言われているが、実際にそれが使用された記録はないという。
出せる正確な速度や、術者の力量によって速度や持続時間に差が出るのかなどは不明。
速度に関しては、上記の呪文説明文からかなりの高速だが音速未満なのは確実として、自動車程度~亜音速の範囲か。
魔法学院~トリスタニア間の移動:
学院から王都までの正確な距離は記載がない。
しかし、原作でサイトとルイズは学院から王都まで馬で3時間で移動している。
馬は全力で疾走すれば一時的に時速60km程度の速さは出せるが、せいぜい数分しか持続せず、無理のない並足で継続的に出せる速さは時速5、6kmほどである。
また、サイトは乗馬初体験のド素人ということもあって、駆足以上の速さで移動できたとは考えにくく、むしろ通常以上に遅かったと見る方が自然。
途中で馬を交換した描写もない(後にラ・ロシェールへ行くときにはかなりの速さで馬を駆けさせ、途中の駅で潰れた馬を乗り換えるということをしているが、学院から王都に行くのにそんなことはしないだろう)ことから見て、学院から王都まではどんなに長く見積もっても20km未満の道程だと思われる。
地形を無視して最短距離を行けることも合わせて考えれば、黒鳥嵐飛の呪文の飛行速度にもよるが、ネイはものの10分もかかるかかからないかのうちに学院~王都間の片道を飛んで移動できるだろう。