ゼロの雷帝 アーシェス・ネイ異聞録   作:ローレンシウ

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討伐・2

 

「ちょっとルイズ、何やってるのよ」

 

 シルフィードの上で、キュルケはそう言ってルイズを小突いた。

 

「あんたのせいで、奇襲が台無しじゃないの!」

 

 彼女らの下の方の地面には、頭部が黒焦げになって倒れたオークの死体と、少しだけ土が抉れて飛び散った爆発の跡がある。

 

 オーク鬼を倒したのは、キュルケの魔法だった。

 シルフィードが音もなく滑空、降下して、見張りのオーク鬼が射程に入ったところで、彼女が杖を振って放ったものだ。

 使用したのは『火』の二乗のライン・スペル、『フレイム・ボール』。

 ドット・スペルの『ファイアー・ボール』よりも一回りも大きく、しかもホーミングする炎の塊を放つ呪文である。

 オーク鬼は着弾の直前に気が付いてあわててかわそうとしたものの、炎の塊はその後を追いかけ、仲間への警告を叫ぼうとして開いた口の奧に飛び込んで、その言葉ごと頭部を燃やし尽くした。

 

 と、そこまではよかったのだが……。

 

 ルイズがキュルケへの対抗意識を燃やしたものか、それとも血気に逸って、確実にとどめを刺そうとでも思ったものか。

 既に絶命しているオーク鬼に不要な追撃をかけようとして、『エア・カッター』の呪文を唱えたのである。

 もちろん成功するはずもなく、爆発が起こって土と死体を意味なく吹き飛ばし、異常事態の発生を村中に知らせてしまったというわけだ。

 

「わ、わざとじゃないもん」

「こうなるのはわかってたはずでしょうが」

 

 ルイズはきまり悪そうに顔を逸らしながらそう弁明したものの、キュルケは厳しく咎めた。

 しかし、長々と言い争っている場合でもない。

 

「ああもう。とにかく、あんたの使い魔を助けに行くわよ!」

 

 自分たちについて言えば、たとえオーク鬼に気付かれようとも、シルフィードに乗って上空にいる限りはほぼ安全だ。

 連中はせいぜい何か物を投げつけてくるくらいしかできないだろうし、そんなものはある程度の距離を保ってさえいれば、回避なり魔法で迎撃なりどうとでもできる。

 しかし、オーク鬼たちがこれは敵わぬと思って四方八方に逃げ出したら何体か取り逃がしてしまうかもしれないし、それより何より、このままでは一人だけ地上にいるネイの身が危ない。

 早く行って上空から援護するなり、分散して敵の注意を引きつけるなり、場合によっては彼女をシルフィードの上に引き上げるなりしなくては。

 

「…………」

 

 タバサはキュルケに言われるまでもなく、既にシルフィードの首をネイの方に向けさせ、地上にいる彼女の動向に注意を向けていた。

 

 

 

光弾よ敵を撃て(タイ・ト・ロー)!」

 

 ネイはデルフリンガーを左手で持つと、素早く呪文を詠唱した。

 光のエネルギーが彼女の構えた右手と左手の間に集まり、複数の矢のような形をとる。

 

 呪文を放つ前に、ネイは一度さっと周囲に目を走らせて、村の集会所らしきところから出てきた数体のオーク鬼に狙いを定めた。

 

鋼雷破弾(アンセム)!」

 

 最後の一言と同時に、決して狙いを外さぬ魔法の矢(マジック・ミサイル)が、その亜人たちに向かって飛んだ。

 

「ぶぎぃ!?」

「ぴぎっ、あぎぃぃ!」

「ひぐ!」

 

 矢に貫かれた三体のオーク鬼たちが、豚の鳴き声のような悲鳴を上げてばたばたと倒れる。

 

 しかし、そのうちの一体は痛みに顔をしかめながらも、すぐに起き上がってきた。

 呻きながら地面をのたうち回っている一体も、死んではいない。

 残る一体は顔面を含む複数個所を矢で打ち抜かれて絶命していたが、あとの二体は分厚い皮と脂肪のために急所を貫ききれず、致命傷を免れたようだ。

 

「ちっ」

 

 ネイは軽く舌打ちをして、剣を構えた。

 最初からもっと強力な呪文でまとめてふっ飛ばしたいのは山々だったのだが、村を取り戻すのが依頼である以上は、できるだけ周囲の建物などには被害を及ぼさないようにせねばなるまい。

 

 

 

「こ、攻撃呪文?」

 

 上空からその光景を見たルイズが、目を丸くする。

 

 いや、ネイは決して彼女に自分が魔法を使えることを隠していたわけではないし、実際に使って見せもしたのだが。

 召喚した最初の夜に見せた幻術(イリュージョン)はこけおどしのような閃光を放つ呪文だと認識されていたし、あの決闘もどきの際にもやられたと思ったら別の場所に立っている不思議な現象はあったものの、攻撃に関しては殴ったり斬ったりばかりしていた。

 そのため、ルイズは彼女が使えるのは大体が目くらましの手品みたいな呪文ばかりなのだろうと思い込んでいたのである。

 

「そりゃ、相手は大勢なんだし。使えるものなら、当然使うでしょうよ」

 

 キュルケは軽く口笛を吹いてそう評しつつ、自身も杖を構える。

 内心では、なかなかやるなと思っていた。

 

 先ほどの自分の『フレイム・ボール』はオーク鬼一体を倒したが、彼女の呪文は一体を倒し、更に二体にダメージを負わせている。

 つまり、トライアングル・クラスのメイジである自分のライン・スペル以上の成果を上げたわけだ。

 

(さすがはハーフでもエルフってことかしら。腕力や剣の腕前だけじゃないわね)

 

 タバサはというと、一見したところでは相変わらずの無表情ながら、よく見るとほんの少しだけ驚いたように目を見開いていた。

 

(先住魔法じゃない?)

 

 はっきりと聞き取れたわけではないが、先ほどの呪文の詠唱は明らかに口語ではなかったように思える。

 

 エルフなどの亜人や妖魔といったハルケギニアの先住の民が使うことからそう呼ばれている先住魔法は、精霊に呼びかけてその力を借りる魔法体系であることから、別名を精霊魔法ともいう。

 特徴は、使用する際に系統魔法と違って発動体となる杖を必要としないことと、口語と身振りによる精霊への呼びかけを行うことだ。

 詠唱が口語ではなかったということは、つまり、先住魔法を使ったわけではないということである。

 

 しかし、じゃあルーンっぽい言葉を唱えていたから系統魔法かというと、そうだとも思えない。

 少なくとも、自分はあのような呪文は知らない。

 

「……興味深い」

 

 

 

 他の建物から出てきたオーク鬼たちは、仲間がやられているのを見て一瞬怯んだが、すぐにその恐怖を怒りが押しつぶした。

 

 少し離れたところに立っている異種族の牝らしい奴からは、間違いなく人間の匂いが漂ってくる。

 多少妙なものも混じっているような気はするが、人間の匂いがすることは確かだ。

 

 仮に相手がメイジだとすれば、その攻撃は明らかに失敗している。

 

 オーク鬼たちはこれまでの経験から、メイジとの戦いは一瞬で決まることを知っていた。

 人間の呪文は強力なものほど長い詠唱を必要とし、続けざまには使えないから、奴らは決まって最初の一撃で片を付けようとするのだ。

 だが、ほんの数体が倒されたり手傷を負わされたりしただけで、自分たちの側にはまだ無傷の戦力が十体ほども残っている。

 つまり、奴は仕損じたということだ。

 

 戦士だとするなら、なおのこと問題外だ。

 

 人間はひ弱で、棍棒の一振りで吹き飛んで動かなくなる。

 よほど数が揃っていない限り、魔法の使えない人間など脅威にはならない。

 

「ふぎぃぃ!」

「んぎ、んぐぃぃいいいッ!」

 

 オーク鬼たちは怒りと欲望の入り混じった咆哮をあげて、ネイに向かって走り出した。

 

 人間は敵であり、餌でもある。

 一番の好物は子供の肉だが、肉付きの良い牝のそれも悪くはない。

 

「ふん……」

 

 ネイはデルフリンガーを構え直すと、わざわざ連中がやって来るのを待たず、手近の一体に向けて地面を蹴った。

 

「ぶひひひぃ!」

 

 相手に選ばれたそのオーク鬼は、今日は真っ先にご馳走にありつけると喜びの笑みを浮かべ、愚かな人間の女に向けて棍棒を振り下ろす。

 

「……ぶひっ?」

 

 ぐしゃっという手ごたえがある前に、その女の姿が消えた。

 そればかりか、棍棒の先が妙に軽くなった。

 ネイが振り下ろされた棍棒から身をかわすと同時に、その獲物を斬り落としたのだ。

 

 思い切り振り下ろした腕がすかっと宙を切り、体のバランスが崩れる。

 そこに、ネイが追撃をかけた。

 

「はああぁっ!」

 

 目にも留まらぬ連撃で、オーク鬼の体が瞬く間にばらばらに刻まれていく。

 正統剣法の源流・破裏拳流剣法(はりけんりゅうけんぽう)の技で、妖撃百裂斬(ようげきひゃくれつざん)と呼ばれるものだ。

 

 屈強な亜人の体があっけなく細切れになってあたりに散らばり、大量の血がぶちまけられた。

 

「おお。やっぱすげーな、おめえはよ」

「ふん……、斬り応えもないな」

 

 軽く感嘆の声をあげるデルフリンガーを一振りして付着した血を払うと、ネイはそう言って鼻を鳴らした。

 

「ぷ……ぷぎ?」

「んぎ……」

 

 オーク鬼たちは、何が起こったのか理解できずに、一瞬固まった。

 

 そこへ、上空から魔法による攻撃が降り注いだ。

 空気中の水蒸気が凍りつき、何十本もの氷柱の矢となり、四方八方から降り注いで一体のオーク鬼を串刺しにし、即死させる。

 タバサの得意とする『水』、『風』、『風』のトライアングル・スペル、『ウィンディ・アイシクル』だ。

 さらに、炎の帯が巻き付くようにして三体のオーク鬼を焼き、そこへ更に爆発が炸裂して、彼らにとどめを刺した。

 

 一瞬で半数の戦力を失ったオーク鬼たちは、そこで初めて上空を見上げて、震え上がった。

 

 ドラゴンがいる!

 しかも、その背にはメイジらしき人間が三匹も乗っているではないか!

 

「ぴぎぃぃッ!?」

「ぷぎ……、んぎぃぃぃっ!?」

 

 敵の戦力を見誤っていたこと、どうあがいても勝ち目のないことを悟った亜人たちは悲鳴を上げ、武器も投げ捨てると、あわてふためいて踵を返して逃げ出そうとする。

 ドラゴンから走って逃げ切れるかは怪しいが、立ち向かうよりはましだ。

 

 だが、そんな彼らの行く手に、素早くネイが回り込んだ。

 

「悪いが、依頼なのでな。逃がすわけにはいかん」

 

 オーク鬼たちは半ば悲鳴のような咆哮を上げながらも、背後のドラゴンから逃げたい一心で、構わず彼女に突進する。

 素手で引き裂き、あるいは蹴散らして押し通ろうというのだ。

 

「よーし。やけになったこいつらに俺らでもう一発ぶちかましてやろうぜ、ハーフエルフの姉ちゃ」

 

 ネイは得意げにしゃべりかけたデルフリンガーを黙って鞘に納めると、すっと両手を上に掲げた。

 途端に、空に突然の稲光が輝き、雷鳴が轟く。

 

「な、なに?」

「雷? こんなに晴れてるのに……」

「……!」

 

 シルフィードの上の少女たちが戸惑うのをよそに、ネイは詠唱を始めた。

 

「スレイヤード スレイヤード バルモル暗き 闇の雷よ~っ!」

 

 彼女の掲げた両手の狭間に、ぱちぱちと輝く雷球が出現する。

 オーク鬼たちは自分たちの上に破滅が降り注ごうとしていることを感じ取り、あわてて突撃を取りやめて急停止した。

 だがもちろん、止まったところでどうなるわけでもない。

 彼らはもはや進退窮まり、どうすることもできなかった。

 

 ネイはそんな彼らに対して、容赦なく呪文を放つ。

 

雷撃(バルヴォルト)!」

 

 オーク鬼たちの只中へ雷球が放たれた直後に、その地点に対して上空から落雷するような形で電撃が炸裂した。

 激しい雷鳴と眩い閃光、そして断末魔の悲鳴が迸る。

 

 一瞬後には、オーク鬼たちはその全員が無惨な消し炭となって、死屍累々と地面に転がっていた……。

 





名称:破裏拳流剣法(はりけんりゅうけんぽう)
分類:流派(剣)
解説:一度はD・Sをも倒した竜戦士ラーズ・ウル・メタ=リカーナによれば、正統剣法の源流とのこと。
 名前の由来はTVアニメ「破裏拳ポリマー」の主人公が使う空手や柔術などの格闘技を融合した我流の拳法、「破裏拳流」。
 作中では、アーシェス・ネイのほか、彼女から教えを受けた鬼道三人衆のカイ・ハーンが使用している。
 ネイが会得しているにもかかわらず、D・Sはカイとの対戦時にラーズからその名を聞いたときに知らない様子だった。
 単に剣法には興味がなかったのでネイから流派名を聞いていなかった、もしくは聞いたことはあるが忘れた、彼女が破裏拳流剣法を学んだのはD・Sが一度死んで以降であるなど、さまざまに考えられるが詳細は不明。
 また、ネイの魔術の師はD・Sや旧四天王のイーカル・モンローなどであることが判明しているが、剣を誰から学んだのかはわかっていない。

名称:妖撃百裂斬(ようげきひゃくれつざん)
分類:技(剣)
解説:破裏拳流剣法の技の一つで、剣によって瞬時に阿修羅のごとき斬撃や刺突の連撃を浴びせ、対象をばらばらに斬り裂く。
 原作ではカイのみが使用しているが、彼女の師であるネイも当然使えるだろう。
 一撃一撃の威力は比較的弱いが手数で圧倒するタイプの技で、作中ではオーク兵をばらばらにして瞬殺したり、人間よりも巨大で頑強な魔法生物である式蜘蛛を何体もまとめて刻み殺したりしている。
 また、カイが自前の剣を破壊されたためにオーク兵から奪った剣で繰り出した際には使用後に武器が砕けてしまっており、なまくらでは耐えられないほどの反動がある技だということがわかる。

名称:鋼雷破弾(アンセム)
分類:精霊魔術(光)
解説:魔法の矢(光弾)を両手の間に複数発生させ、対象を攻撃する呪文。
 術者が高位であればあるほど一度に放つ光弾の数が増え、単体目標を集中して狙うことも、複数目標に分割して放つこともできる。
 この光弾は遮蔽物を回避して目標に必中し、防ぐには魔法盾か解除呪文、もしくはそれに準ずるアイテムなどを使用するしかない。

名称:雷撃(バルヴォルト)
分類:精霊魔術(風)
解説:風の領域の精霊を使役することで、術者の魔法フィールドに強力な電磁誘導を引き起こし攻撃する呪文。
 通常は空から対象物へ向かって落雷するような形で電撃が放出される。
 D・Sやネイはいたって気軽に使っているが、実際には精霊を強く従えている高位の術者でなければ扱うことのできない高度な呪文なのだという。
 実際に作中でも、二百年以上は生きているとされ、十分に高位の術者だと考えられる魔法使いオズボーンはこの呪文を切り札にしていた。
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