ゼロの雷帝 アーシェス・ネイ異聞録   作:ローレンシウ

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夜盗

 

「ちきしょーめ、魔法なんか使いやがってよお」

 

 オーク鬼たちが黒焦げになって全滅したのをよそに、ネイの背中でデルフリンガーがぐちぐちとぼやいた。

 

「なんで俺を使わねーんだよ。おめえなら、それで楽勝だったろ?」

「剣身にまとわせた雷を吸収されてしまうのでは、十全な威力が発揮できんからだ」

 

 ネイがそう説明してやる。

 

 それを考慮しても倒しきれなかったとは思わないが、より安定した手段を取るほうがいい。

 確実に仕留めようとして必要以上の大技を使えば、周囲への被害も大きくなる。

 

「お前がその能力を制御して、吸収するかしないかを任意で切り替えられるというのなら話は別だが」

「そんなこと言ったってよお。よく覚えてねーから、どうやってんのか自分でもわかんね」

「なら、思い出せるようになるまでは出番が少なくても我慢するんだな」

 

 ぴしゃりとそう言うと、鞘に深くきっちりと押し込んで、デルフリンガーを黙らせた。

 

「すす、すごいじゃないの!」

「やるわね、ネイ!」

 

 そこへ、オーク鬼たちが全滅したのを見届けて地面に降り立ったシルフィードから、ルイズとキュルケがネイの側に駆け寄ってくる。

 タバサはその後から、とことこと続いていた。

 

「いや……、お前たちにも手伝ってもらえたからな」

 

 ネイはそう言って、軽く肩を竦めた。

 

「それに、大した相手でもなかっただろう」

 

 謙遜しているわけでもなんでもなく、単にそう思っているだけだ。

 彼女らに悪意がないことはわかっているのだが、あの程度の相手を倒したくらいでやたらに賞賛されても、正直言ってあまりいい気分ではない。

 幼児ならば算数ができてえらいねと言われて喜びもしようが、大人が同じことを言われても、馬鹿にするなとしか思わないだろう。

 

(貴様らは、仮にも四天王の一員であるこの『雷帝』アーシェス・ネイを、一体何だと思っているのか)

 

 まあ、そんなことを彼女らが知るはずもないし、無理もないのだろうが。

 彼女が内心でそんなふうに愚痴っていることなど知る由もなく、後からやって来たタバサはオーク鬼の屍をじっと観察した。

 

「……」

 

 ものの見事に、全員が消し炭のようになっている。

 五体ほどもいたオーク鬼を、立ち往生して一所に固まっていたとはいえ、一発の雷撃で瞬時に全滅させるとは。

 系統魔法にも電撃を放つ『ライトニング』や、そこから派生した『ライトニング・クラウド』という高位の呪文があるが、これほどの威力を出せる術者はそうはいないだろう。

 

「どうした。そいつらが何か、村から奪った金目のものを持っていないかでも調べているのか?」

 

 ネイがそんなタバサの様子に気付いて、首を傾げる。

 タバサは首を横に振って立ち上がると、ネイの方に向き直った。

 

「さっきの」

「ん?」

「どんな呪文なのか、教えてほしい」

 

 あわよくば、自分にも使えるようになるかも……とまでは、期待しすぎだろうが。

 最低限、どんな呪文なのか、その正体は知っておきたかった。

 単純な知的好奇心もあるし、いつか同じハーフエルフやエルフの敵と対峙するようなことになった場合に、そいつが同様の呪文を使ってこないとも限らないわけだから。

 

「別に、教えるのは構わんが……」

 

 ネイはそんなタバサの顔を、じいっと見つめた。

 どうもこいつは、ルイズやキュルケのような長閑な貴族ではないようだ、などと考えながら。

 

(力と知識が必要、というわけか)

 

 カイ・ハーンやシーン・ハリのような戦災孤児たちを育てて鬼道衆にした経験があり、自身も幼い頃に差別を受け捨てられた過去を持つネイは、そういった訳ありな人間の目は大体見ればわかる。

 

「……先ほど使った『雷撃』や『鋼雷破弾』のことなら、あれは精霊魔術と言って、精霊の力を借りることによって使うものだ」

「精霊魔術?」

「精霊魔法じゃなくて?」

 

 横合いからルイズとキュルケが口を挟む。

 

「お前たちがそう呼んでいるものに近いのだろうとは思うが、はっきりしたことは私にもわからん。このあたりと私が住んでいた場所とでは、魔法の体系がかなり違うようだからな」

「ああ。そういえばあなたって、相当遠い場所から来たとか言ってたわね」

 

 そんな話をする二人をよそに、タバサはちらりと、自分の使い魔であるシルフィードの方に目をやった。

 何かを尋ねるか、確認するような感じで。

 

「きゅいきゅい」

 

 シルフィードはそれを見て、こくこくと頷く。

 

「(確かにさっきは、精霊の力が働くのを感じましたわ。呼びかけ方は、シルフィたちとは違う感じだったけど)」

 

 実は彼女は、今では絶滅したと言われている、知性をもち先住魔法を使える風韻竜と呼ばれる竜族の一員なのだ。

 タバサは、それが知られれば面倒な注目を集めたり彼女の身に危険が及んだりしかねないと考えて、普段は人前では話さず、普通の風竜として振る舞うように言いつけてあった。

 

「……」

 

 タバサは軽く頷き返すと、ネイの方に視線を戻した。

 精霊魔法のようなものだとすれば、自分がそれを使えるようになることは難しいだろうが……。

 

「なら、剣の方は」

「剣?」

「オーク鬼をばらばらにした」

 

 ここハルケギニアでは、剣などはメイジにせめて一矢報いようと憐れな平民が磨いた牙だとして見下されている。

 その剣であんな真似のできる者を、タバサはこれまでに見たことがなかった。

 

 すごいのは武器なのか、ネイの技量なのか。

 それとも、あれにも精霊魔術とやらを使っていたのか。

 それを知りたい。

 

「あれは『破裏拳流剣法』の技で、妖撃百裂斬というものだが」

「何よ、その『ハリケーン竜』とかいうのは?」

 

 今度はルイズが怪訝そうな、不服そうな顔をして、口を挟んだ。

 

「そんなの、初めて聞いたんだけど」

「別に隠す気などないが、お前は剣には興味がなさそうだったのでな」

 

 ネイはそう言うと、かいつまんで説明してやることにした。

 

「破裏拳流剣法というのは……、まあ、私が学んだ剣の流派の名前だな。妖撃百裂斬は、その流派の技だ」

「それってつまり、あれはただ剣を普通に振っただけだったってこと? 武器がすごいとか、魔法を使ったとかじゃなくて?」

 

 キュルケが目を瞬かせて、首を傾げる。

 

「そういうことになるな」

「…………」

 

 タバサが黙って、ネイの腕や剣を交互に見つめる。

 なにやら物欲しげな様子だった。

 

「ふうん。すごいのねえ」

 

 そんな親友の内心を代弁した、というわけでもあるまいが、キュルケが口を開く。

 

「ねえ、もう一回見せてくださらない?」

「そ、そうね。興味あるわ」

 

 ルイズも珍しくキュルケに同意したので、ネイは肩をすくめて頷いた。

 

「減るものでもないし、見たいと言うなら構わんが……」

「これを使って」

 

 タバサは杖を振って青銅製の剣を作り出すと、そう言ってネイに手渡した。

 彼女は風属性であり、土系統の呪文は得手ではないし、武器の作りに詳しいわけでもないので、出来のほどはたかが知れている。

 剣が強いわけではないことを確認したい、というわけだ。

 

 ネイは黙ってそれを受け取ると、刀身に雷をまとわせないようにわざと抑制しながら剣を構えた。

 電撃を伴ったのでは、魔法を使ったと思われてしまうだろうから。

 

「しっ!」

 

 手近にあった人間よりも一回りほど大きい岩に向かって、無造作に妖撃百裂斬の連撃を放つ。

 がががががっ、と音を立てて岩が斬られ、削られて、瞬く間にばらばらになる。

 直後に、にわかづくりのなまくらな青銅剣も技の反動に耐えきれずに刀身が砕けて、土に還ってしまった。

 

 少女らはその光景に、目を瞠った。

 

「……!」

「わお。こりゃすごいわ」

「い、岩って斬れるものだったかしら?」

 

 

 ルイズはともかくキュルケやタバサには、今の攻撃に正真正銘なんの魔法も使用されていないことも、はっきりとわかった。

 彼女らのようなトライアングル・クラスのメイジともなれば、『魔法感知』の呪文を使わずとも、近くで注意して見ていれば魔力の働きの有無くらいは感じ取れるのだ。

 

「ありがとう。ここはおひねりを出すべきなのかしら?」

「要らん。剣の技は大道芸ではない」

 

 キュルケの拍手と軽口を、ネイはそっけなく受け流した。

 

 彼女はこれでかなりの武人気質なのである。

 D・Sが絡んでなければ、だが。

 

「この剣を壊してしまったのを、披露した分でチャラにしてくれるのなら、それで構わん」

 

 タバサの方を見てそう確認すると、彼女はこくりと頷いた。

 

「参考になった。感謝する」

 

 

 その後、王都に行って仕事の完了を仲介してくれたギルドや依頼者の村人たちに報告したり、ようやく終わった後に腹ごしらえをしたりで時間を使い、学院へ戻る頃には既にすっかり日が暮れていた。

 村人たちは感謝してくれたが、報酬の支払いを受けられるのは、彼らが村へ戻って元の生活を取り戻してしばらくしてからのことになる。

 それについては、最初からそういう約束だったので、別に文句もないのだが……。

 

「精霊石というのは高いものだな……」

 

 ネイは帰り道で、そうぼやいた。

 帰りに、以前にも立ち寄った秘薬屋をついでに回ってみたのだが。

 今回の報酬が全額入っても、それでも彼女が満足できるだけの触媒を揃えるにはまだまだ足りなかった。

 

「それに、あの店では品揃えも不十分なようだ」

 

 ネイが欲しいのは、自分の魔力だけでは手に余るような大呪文を唱える必要が生じた場合に補助にできるだけの大粒の精霊石、それも様々な元素についてなのだが。

 そういうものはただ高いだけではなく、そもそも店に在庫がなかったりもするようだ。

 

「仕方ないわよ、精霊石の大きな結晶は貴重品だもの。当然高いし、お金さえ出せばいくらでも買えるってものでもないわ」

 

 ルイズからそう窘められながら、ネイはさてどうしたものかと、シルフィードの背で考え込んでいた。

 そうこうするうちに、学園が見えてくる。

 

「それじゃ、ネイにタバサ、あとルイズも。今日は楽しかったわ。また明日ね」

 

 キュルケが少し早めに別れの言葉をかけ、ネイはそれに応じようとして首を巡らせたが。

 その目が彼女の方を向く前に、学院の本塔の方でぴたりと止まった。

 

「なんだ、あれは?」

 

 その言葉につられて、他の少女たちもそちらに目を向ける。

 そして、軽く目を瞠った。

 

「な、なによ。あの大きなゴーレムは?」

 

 本塔に寄り添うようにして、身の丈三十メイルはあろうかという巨大な、おそらくは土でできたゴーレムが立っていたのである。

 

「誰が作ったのかしら。休日の間に土木作業……とか?」

「……」

 

 それにしてもこんな時間に、とキュルケが訝しみ、タバサは何を考えているのかわからないぼんやりしたような目を、ただじっとそちらの方に向けている。

 

 そうして彼女らが見守る前で、ゴーレムが拳を振り上げた。

 全体としては土でできている巨体だが、その部分だけが金属製、おそらくは鋼鉄製になっているようで、双月の明かりを受けて鈍く光っている。

 その拳を思いきり、本塔の壁に叩きつけた。

 

「わわっ!?」

 

 どごぉん、という派手な音がして、本塔の壁に穴が開いたようだった。

 

「ど、土木作業にしても、乱暴すぎないかしら。まさか、お国ではこんなやり方をする、ってわけじゃないでしょうね?」

「そんなわけないでしょ!」

 

 キュルケとルイズが言い合う中で、タバサがぽつりと呟いた。

 

「……宝物庫」

 

 その言葉に、二人がはっとしたような顔になる。

 そう言えば確かに、校舎見学の時に見た宝物庫はあのあたりだったはずだ。

 

「賊というわけか」

 

 そう呟くネイの脳裏に、冒険者ギルドで依頼を物色している時に張り紙で見かけた、最近ここらを荒らし回っているというメイジの盗賊のことが思い出される。

 

(確か、『土くれ』のフーケとかいう名だったな)

 

 ゴーレムはしばらく動きを止めていたが、やがてのそのそと本塔から離れ、学院の外へ向かっていく。

 その掌には、ローブ姿の人影があった。

 

(これは好機ではあるまいか)

 

 ルイズが大変だとあわてふためくのをよそに、ネイはごくのんびりと、そんなことを考えていた……。

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