ゼロの雷帝 アーシェス・ネイ異聞録   作:ローレンシウ

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志願

 

「お前たちは、ここで待っておけ」

 

 ネイはそう言うと、ルイズらが何をする気かと問う暇もなく、シルフィードの上から飛び降りた。

 

「ち、ちょっと!?」

 

 目を剥いて慌てふためくルイズに構わず、飛翔呪文を唱える。

 そのまままっすぐに、学院から立ち去ろうとするゴーレムの掌の上にいる、ローブ姿の人影に向かって飛んでいった。

 

「むう……?」

 

 その途中で、ネイは軽く眉をひそめた。

 

 彼女はもちろん、接近する前に目標のメイジに気付かれて、ゴーレムなり呪文なりで迎撃されることを警戒し、すぐに対応できるよう身構えていた。

 だが、そういった反応が何もない。

 単に相手がこちらに気付いていないだけなら問題はないのだが、どうも違和感がある……。

 

(……しまった、こいつは囮か!)

 

 ゴーレムの腕が届くほどの距離まで接近したところで、ネイは気が付いた。

 掌の上に立っているのは、本物のメイジではない。

 このばかでかいゴーレムも含めて、本物が逃げ去る間、追っ手の注意を引きつけておくためのデコイだったようだ。

 

「ちっ!」

 

 すれ違いざまに剣を一閃して、掌の上に立っていた土人形の上半身と下半身とを泣き別れにする。

 そのまま上空に離れて、旋回しながらざっと探してはみたものの、本物のメイジはどこにも見当たらなかった。

 

「……当然だな」

 

 どう考えても本物は、ゴーレムに目を引きつけている間にとっくに姿をくらましているだろう。

 周囲の物陰や夜闇に紛れてどうとでも、どこへでも逃げ去ることのできる賊を、手がかりもなく探し回って見つけられるはずもない。

 せっかくの獲物を取り逃がしたことを苦々しく思いながら、ネイは成果なくルイズらの下に戻るしかなかった。

 

 

 翌朝、トリステイン魔法学院は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

 宝物庫には学院中の教師が集まって、巨大ゴーレムによって壁面に空けられた大穴を呆然と眺めていた。

 犯行が休日の夜に、それもごく短時間のうちに行われたために、今朝まで事件のことを知らずにいた教師が多かったようだ。

 大穴の傍には、賊からの犯行声明らしき短い文章が刻まれている。

 文面はこうだった。

 

『破壊の神像と教典、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』

 

 それを睨んで、幾人かの教師が喚く。

 

「『土くれ』のフーケだと? ええい、下賤な盗賊風情が、魔法学院にまで手を出すとは! 我々をナメくさりおってッ!」

「衛兵は一体何をしていたのだ、職務怠慢ではないか!」

「たかが賊といえどもメイジが相手では、平民の衛兵などではどうにもなるまい。それよりも当直だ。当直の貴族は誰だったのだね!?」

 

 この話の流れに、昨夜の当直だったミセス・シュヴルーズは震え上がった。

 彼女は、メイジだらけの学院に賊など入るわけがない、何も起きないのに夜通し詰め所にいるなど無駄なことだと考えて、自室で熟睡していたのだ。

 

 もっともそれは、たまたま昨夜の当番が彼女だったというだけのことに過ぎない。

 教師による夜警の当直という制度自体がとうの昔に完全に形骸化しており、不寝番の役目などほとんどまともにやっていなかったのは、誰もが同じだった。

 学院長のオスマンがその点を指摘すると、みな決まり悪そうに押し黙る。

 

「私も含めて、誰もが油断しておったということじゃ。このような場所に賊など入るものかと高を括って、その結果がこの有様となった。責任は、我々全員にある」

 

「ふむ……」

 

 ルイズらと共に端の方に控えていたネイが、その話を聞いて思案を巡らせる。

 

(そういった緩みを知っていたからこそ恐れることなく大胆な犯行に及べたのだとすると、フーケとやらはこの学院の内部にいるか、でなければ内通者がいる可能性があるな)

 

 彼女がそんなことを考えているうちに、ひとまず犯行の目撃者から話を聞きたいとオスマンが言った。

 

「目撃者は、こちらの四名です」

 

 コルベールが進み出て、自分の後ろに控えていたルイズ、キュルケ、タバサ、それにネイを示す。

 教師たちの視線が、そちらに集まった。

 特に、ハーフエルフであるネイに対しては注目が、若干の恐れやあからさまな敵意の籠もったものも含めて多々向けられていたが、当の彼女はまるで気にとめた様子もない。

 

「ふむ。君たちか……」

 

 オスマンは、興味深そうに彼女らを眺めると、髭を撫でながら頷いた。

 

「それでは、詳しく説明したまえ」

「は、はい」

 

 ネイは使い魔、キュルケとタバサは他国からの留学生であるため、ルイズが一同を代表して進み出る。

 彼女は、昨夜見たままの事実を述べた。

 

 巨大なゴーレムが本塔の外壁をいきなり殴りつけて大穴を開け、自分たちは最初訳がわからず、しばらく呆然とそれを眺めていた。

 ややあって、タバサからの指摘で宝物庫を狙った賊ではないかと思い至り、ネイが飛び出してゴーレムの掌に乗っていたメイジらしき人影に向かっていったが、それはただの土人形の囮だった。

 土人形をネイが斬り捨て、ゴーレムはそのまま学院の外壁を越えて歩み去ったが、しばらくすると崩れてただの土になった。

 念のため残骸も調べてみたが、土以外何もなく、本物のフーケがどこに行ったのかはまるでわからなかった……と。

 

「ううむ。それでは、後を追おうにも手がかりはなしというわけか……」

 

 オスマンが顔をしかめて考え込んだ、ところで。

 

「学院長、ここにおいででしたか」

 

 珍しい緑色の髪をした、眼鏡をかけた妙齢の女性が、建物の奥の方から宝物庫の入り口を抜けて姿をあらわした。

 

「おお、ミス・ロングビルか。いや、見てのとおり、ちと騒ぎがあっての。こうして早い時間から集まっておるというわけじゃよ」

 

 ネイも、その女性には見覚えがあった。

 

(確か、学院長の秘書だったな)

 

 ここに召喚されたその日に、学院長室に出向いたときに会っている。

 自分はハーフエルフだと名乗ったら、何やらこちらに注目している様子だった。

 無論、人間から注目されることなどは珍しくもないのだが、よくある恐怖や嫌悪、あるいは単純な好奇の視線とは少し違う感じだったので、印象に残っている。

 あの時はそれよりもずっと気にかかることがたくさんあったので、特に深く考えもしなかったが。

 

 ロングビルは落ち着き払った態度で、オスマンに頷きを返した。

 

「存じておりますわ。今朝方、早めに起きて外に出てみたら、宝物庫がこの有様だったものですから」

「それにしては、来られるのが遅かったではありませんか?」

 

 コルベールがそう口を挟む。

 

「すみません。ですが、宝物庫の惨状を見てこちらに来て、壁のフーケのサインを見つけたものですから。私の方で早期にできる限りの調査をと思い、聞き込みに回っておりましたの」

「それはまた、仕事が早いのう」

 

 オスマンが感心したように頷いた。

 

「して、結果は?」

「はい。実際に現地へ調査に行ってみなくてはわかりませんが、フーケの隠れ家らしい場所の情報が入りました」

「な、なんですと!?」

 

 コルベールが驚く。

 他の教師たちもざわついて、彼女の言葉に注目した。

 

「近在の農民に聞き込んだところ、そういえば近くの森の廃屋に最近よく出入りしている黒ずくめのローブの男がいて不審に思っていた、というものがありまして」

 

 ロングビルは周囲の反応を伺うようにしながら、ゆっくりと説明していく。

 

「その農民によれば、不審な男は今朝もそちらの廃屋に、何やら小さな像のようなものと、大仰な黒表紙の本とを持ち込んだそうです。おそらくは、奪われた破壊の神像と教典ではないかと」

 

 オスマンは目を鋭くして、ロングビルに尋ねた。

 

「その場所は、ここから近いのかね?」

「徒歩で半日、馬で四時間といったところだそうです。昨夜のうちに奪われたのであれば、十分に辿り着ける距離ですわ」

 

 その説明を受けて、オスマンが髭を弄くりながら頷いた。

 

「ふむ。ならば、可能性は高そうじゃな……」

「では早急に、王室に報告を! 王室衛士隊に頼んで、兵を差し向けてもらわなくては!」

 

 そう声を上げたコルベールを、オスマンが睨む。

 

「ばかもの! 王室なんぞに知らせてのんびりと裁可を仰いで兵の派遣を待っておるうちに、フーケは手の届かんところまで逃げてしまうわ! なによりも、これは魔法学院の問題じゃ! 我らの手で解決するのが当然であろうが!」

 

 それを聞いて、ミス・ロングビルは我が意を得たりというように微笑んだ。

 

「……ふむ」

 

 一方、ネイはこの展開に若いルイズが興奮した様子を見せる横で、少し口元に手を当てながら考え込んでいる。

 オスマンは重々しく咳払いをすると、有志を募った。

 

「では、これより捜索隊を編成する。我こそはと思う者は、杖を掲げよ!」

 

 しかし、誰も杖を掲げる者はいなかった。

 困ったように顔を見合わせたり、授業中に指名されるのを嫌がる生徒のように、気まずそうに黙り込んでじっと俯いていたりするばかりだ。

 

「なんじゃ、おぬしら! フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」

 

 オスマンが呆れたようにそう言って、教師たちを嗾けようとする。

 俯いていたルイズが、意を決したように顔を上げて、杖を顔の前に掲げようとしたが。

 

「私が行ってやろう。掲げろと言われても、杖はないがな」

 

 その前に、ネイが進み出た。

 それを受けて、周囲の教師たちがざわめく。

 

「ほう、君が……」

「ああ。最近はルイズの許可を得て、冒険者の真似事なども始めたのでな。これも依頼だと思って引き受けても構わん」

 

 大抵の者はあまりいい顔をしておらず、中には小声で当て擦りめいた言葉を呟く者もいる。

 しかし、誰もはっきりと異議を申し立てようとはしなかった。

 これで自分たちが行かなくて済むというものだし、それに厄介なハーフエルフの娘など危険に晒されても痛くも痒くもないのだから。

 

「私も行きます!」

 

 ルイズもそれを受けて、あらためて杖を掲げた。

 シュヴルーズが、驚いたように声を上げる。

 

「何をしているのです、あなたは生徒ではありませんか! ここは、彼女に任せて……」

「ネイは、私の使い魔です!」

 

 ルイズは毅然とした態度で、そう言った。

 

「自分の使い魔だけを危険に晒すメイジなんてありえません。それに、魔法学院の問題を貴族が解決しようとしなくてどうするんですか」

 

 半ば憤慨したような調子で真剣な目をしてそう言い放つルイズを見て、キュルケは不敵な微笑みを浮かべると、自分も杖を掲げた。

 ほぼ同時に、タバサも杖を掲げていた。

 コルベールが目を見開く。

 

「ミス・ツェルプストー! それに、ミス・タバサも。君たちまで……?」

「ヴァリエールには負けられませんし。それに、彼女たちとは先日も、ちょっとした冒険を共にした仲ですからね」

「協力する」

 

 ネイは、そんな彼女らの様子を見て、唇の端をふっと緩める。

 

「そうか。すまんな、感謝しよう」

 

 オスマンも、目を細めて頷く。

 

「うむ。それでは、君たちに頼むとしようか」

 

 それに、シュヴルーズが異議を唱えた。

 

「オールド・オスマン、私は反対です! 生徒たちに、そんな危険な役目を……!」

 

 しかし、では君が行ってくれるかとオスマンに聞かれると、たちまち尻込みをしてしまう。

 

「身分や肩書きが、賊を捕らえる上で役に立つかね? 我々は皆、犯罪者の捕縛に関しては専門外じゃ。このような状況下では、教師も生徒も大して変わるまい」

 

 それにの、と言って、オスマンはタバサの方に目をやった。

 

「彼女らは賊の姿を見ておる。それに、肩書きについて言うのであれば、そこのミス・タバサは若くして、シュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いているが?」

 

 それを聞いて、教師たちは驚いたようにタバサを見つめる。

 ルイズやキュルケも、同じような反応を示した。

 

「ほ、本当なの? タバサ」

「一応」

 

 この世界の称号のことなど知らないネイは、ルイズにシュヴァリエとはそんな大層なものなのかと、小声で尋ねてみる。

 

「そうよ。シュヴァリエは爵位としては最下級で、世襲もできない一代限りの身分だけど、だからこそ実力の証なの。男爵や子爵になら領地を買うことでなることもできるけど、シュヴァリエには功績がない限り、なることはできないわ。私たちみたいな年でそれを持っているなんて、めったにないことなのよ」

「なるほどな……」

 

 ネイは得心した様子で、軽く頷いた。

 

 確かにタバサは、明らかに素人なルイズは元よりキュルケと比べても、立ち居振る舞いなどに一等戦い慣れしたような感じがあるとは思っていた。

 とはいえネイとしては、別に相手の肩書きが騎士だと言われようが、魔戦将軍だと言われようが、大して感動するものでも気後れするものでもなかったが。

 

「ミス・ヴァリエールは、トリステインでも有数の名門であるヴァリエール家の令嬢で、大変な努力家だと聞いておる。メイジとして、また貴族としての強い責任感をもつ素晴らしい生徒であることも、先だっての言葉から証明されておる」

 

 ルイズは、ぐっと胸を張った。

 

「ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアにおいて優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、強力な炎の使い手だと聞いておる。ミス・タバサ共々、留学生の身でありながらこのような大事に名乗りを上げてくれたことも、大いに感謝せねばなるまい」

 

 キュルケは得意げに、髪をかき上げた。

 

「この人選に異議のある者は、代わりに我こそがと思うのであれば、前に出たまえ」

 

 オスマンが厳かにそう言って、しばらく待つ。

 誰も出てくるものはいなかった。

 

「では、これで決まりじゃ」

 

 オスマンは、四人の方に向き直った。

 

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する!」

 

 ルイズら女子生徒たちは、真顔になって直立すると、同時に唱和した。

 

「杖にかけて!」

 

 それからスカートの裾をつまんで、恭しく礼をする。

 不愛想なタバサや堅苦しいのが嫌いそうなキュルケでもしっかりとやっているところを見ると、どうやらこれは貴族だかメイジだかとしての厳粛な誓いらしいな、とネイは考えた。

 

「善処する」

 

 そんな性質のものであるなら、下手に真似るよりも自分なりの礼の方がいいだろうと、ネイはそう言って軽く会釈した。

 

「では、馬車を用意しよう。魔法は目的地につくまで温存し、道中は体を休めておきたまえ。ミス・ロングビルは道案内と、彼女らの手伝いを頼むぞ」

「かしこまりました」

 

 ロングビルはそう言って、恭しく礼をした。

 内心では、まったく別のことを考えていたのだが。

 

(くそ、学院の教師が誰も来ないだって? こいつらが名乗りを上げなきゃ、いくら腰抜けでも最終的には誰かが来てただろうに……)

 

 彼女こそが怪盗『土くれ』のフーケであり、学園の秘宝を盗み出した真犯人だった。

 

 フーケは町の酒場でオスマンに巧みに近づき、秘書として学院内部に入り込んで機会を伺い、先日ついに鍵を持ち出して一人で宝物庫に入る機会を得、お宝を盗み出したのである。

 その際に宝物庫の壁を内部から細工して脆くしておき、昨夜遠隔自動操作にした巨大ゴーレムに殴り抜かせて、犯行が内部犯が鍵を持ち出して行ったものではなく、外部からの侵入者が行ったものであるように見せかけたのだ。

 もちろんその時には既に宝物は持ち出し済みで、壁のメッセージも事前に刻んでおいたものだった。

 ゴーレムが壁を打ち抜いた際には犯行現場から離れた場所で他の者と一緒にいてアリバイを作っておいたので、宝が昨夜盗まれたと誤解されている限り、疑いがかかる心配はない。

 犯行は完璧だった。

 

 問題は、せっかくそうして盗み出した『破壊の神像と教典』の使い方がわからないということだ。

 

(教師ならともかく、ただの生徒じゃあ、秘宝の使い方を知ってるはずもないけど……)

 

 だがそうであっても、捜索に向かった生徒たちが失敗したとなれば、あらためて教師を派遣せざるを得ないだろう。

 巨大ゴーレムには手も足も出ないとわからせて、適当に逃げ帰らせるだけでもいいが、一人や二人踏み潰してやったって別にかまいやしない。

 

(それに、こいつらだってまんざら捨てたものでもないかもしれないね)

 

 フーケは、一行の中の一人に、ちらりと目をやった。

 もしかしてこいつなら、『破壊の教典』に書いてある文字が読めるのではないか、と考えながら……。

 

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