ルイズら四人と案内役のミス・ロングビルとで、早速学院を出発する。
乗ったのは、屋根のない荷車のような馬車だ。
本来ならば貴族が乗るような代物ではないのだが、襲われたときにすぐに外に飛び出せた方がいいというタバサの意見で、そうなったのである。
「あなたのシルフィードに乗っていけば、もっといいんじゃない?」
キュルケがそう提案した。
彼女としては、必要な状況ならば荷台だろうが文句は言わないのだが、もちろん快適に行けるならそれに越したことはなかった。
「森の中にドラゴンでは目立たずに入り込めない。場所によっては長く歩くことになるかもしれない。それに、怪我でもして飛べなくなったら、帰るときに困る」
タバサとしては、シルフィードは非常時のためにとっておき、現場には目立たないよう馬車でいくのがよかろうと考えていたのだ。
「ああ、なるほど。それもそうかもね」
タバサにそう言われると、キュルケもあっさりと引き下がる。
ルイズはというと、こういうときに苦労するのは貴族の責務だと心得ているのか、特に口出しもせず嫌な顔もしなかった。
「話がまとまったなら、さっさと行くぞ。手綱は誰が取る?」
ネイがそう言った。
「御者役なら、もちろん学院の付き人に」
「いえ。私がやりますわ」
キュルケの言葉を遮って、ロングビルが御者台にのぼった。
「危険もありますし、それに、事が事ですから。無関係の人は、あまり同行させない方がいいでしょう」
「あら。でも、学院長の秘書ともあろう方が手綱だなんて」
「そんなことには拘りませんわ。私は元より、貴族の名を失くしたものですから」
ロングビルがにっこりと笑ってそう言うと、キュルケは興味を惹かれたようだった。
「そうでしたの。こちらのお国の方では、生まれつきの身分だのにもっとうるさいものかと思っていましたけど」
「私はアルビオンの出なので、詳しくはありません。ですが、少なくともオールド・オスマンは、貴族だの平民だのといったことにはあまり拘りのない方です」
「へえ、アルビオンの方から?」
ますます興味津々といった様子で、キュルケは身を乗り出した。
「よろしかったら、事情をお聞かせ願えません?」
「いえ、申し訳ありませんが。あまり、お聞きになって愉快な話でもありませんので」
ロングビルは微笑んでそう断った。
「……人の来歴などを、無暗に問い質そうとするものではない」
キュルケはまだ未練ありげな様子だったが、ネイがそう口を挟んだ。
彼女としても、自分の出自は偽るつもりはないが、あまり根掘り葉掘り聞かれたいものでもないのだ。
「そう? ま、そうかもね」
そう言って肩を竦めると、キュルケは退屈そうに荷台に腰を下ろして、足を投げ出した。
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目的地までの道中は長い。
ロングビルは御者の仕事をしており、タバサは黙々と読書をしている。
ルイズも持ち込んだ本を読んだりしていたが、緊張してあまり集中できないようで、たまにそわそわと杖を弄ったりしていた。
ネイもやはり本を読んだり、時折少し考え事をしたり、周囲の景色などを興味深そうに眺めたり。
一番退屈そうにしていたのはキュルケで、最初のうちはタバサの何冊かある本をめくってみたりしていたものの、どれも興味が持てなかったらしく、爪や髪を弄くったり、暇を持て余しては他の同行者たちに話しかけたりしていた。
タバサは親友ではあるもののいつもながらに無口で素っ気なく、ロングビルは御者をしているし、ルイズとは言い合いになる。
したがって、彼女は道中ではネイと話していることが多かった。
「ねえ、ネイ。あなたはここに来る前に、何をしてたの?」
「まあ、色々とな」
「それじゃあわからないわよ。たとえば?」
ネイは軽く肩を竦めた。
彼女はずけずけと遠慮がないが、とはいえ悪意があったり、不快な感じがしたりはしない。
「……そうだな。最近では、孤児を引き取って育てたりもしていたが」
それを聞いて、御者台のロングビルがぴくりと片眉を動かした。
彼女は荷台の方に背を向けているので、誰も気付きはしなかったが。
「へえ、孤児を?」
キュルケは目を瞬かせる。
ルイズも当然、仮にも使い魔である彼女の話に興味を惹かれたようで、そちらに目を向けた。
タバサは本に目を向けたまま、耳だけをそばだてている。
「ああ。あの子らには、剣や魔法などを教えていた。全員がとは言わんが、まあ……立派に成長したよ」
ネイはそう言って、少しだけ懐かしそうな眼をする。
もちろん、彼女にとって最も大切で、結局のところ自分のすべてだと言えるのはD・Sで、それは昔も今も変わらないのだが。
それでも、手ずから育てた大切な鬼道衆や魔獣などに対して、まったく情がないというわけでもない。
鬼道衆のカイ・ハーンやシーン・ハリ、乗騎にしていたグリフォンのロブハーなどのことを、可愛がっていなかったわけではないのだ。
彼女らを育てていたときには、ちょうどD・Sが一時的に死んで不在だったこともあって、ネイとしても愛情の注ぎ先を求めていたということもある。
全員がとは言えないのは、まあ、たとえばダイ・アモンとか、ダイ・アモンとか、ダイ・アモンとか。
あと、ダイ・アモンとか。
「成長、って……。あんたって、何歳くらいなのよ?」
ルイズがそう口を挟むと、ネイは微妙に嫌そうな顔をした。
「……正確には覚えておらん。お前たちよりは年上だ。それで十分だろう」
そう言って、しっしっと手を振る。
どうやら年齢については教えたくないらしい、ハーフエルフは寿命が長いと聞くし結構な年なんだな……と察して、少女たちもそれ以上追及することは控えた。
もっとも、彼女たちの誰も、ネイが少なくとも百歳以上だなどとは想像もしていなかったが。
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そうこうするうちに、馬車は深い森に入っていった。
鬱蒼と茂っていて、昼間だというのに薄暗い。
「この先は、徒歩でいきましょう。馬車で入るのは難しそうですし、発見される危険もありますから」
ロングビルがそう言ったので、全員が馬車から降りて歩き出した。
案内役の彼女が最前列、そのすぐ後ろからタバサ、キュルケ、ルイズ、ネイと続く。
しばらく歩くうちに、一行は開けた場所に出た。
森の中の空き地といった感じの場所で、その真ん中のあたりに廃屋がある。
元は木こり小屋か何かだったらしく、朽ち果てた窯や壁板が外れて壊れかけた物置が隣に並んでいた。
一行は近くの茂みから、その様子を観察する。
「私の聞いた情報では、フーケらしき男が出入りしているのはあの小屋だそうです」
ロングビルが囁くような声で、そう説明した。
「…………」
ネイはその小屋を見て、眉根を寄せる。
どう見ても人の気配はないし、ここ最近誰かが頻繁に出入りしていそうな様子などもまったくない。
(本当に、あんな場所を賊が隠れ家に使っているのか。ガセネタではないのか?)
そう疑問に思ったが、どうあれここまで来た以上は、ひとまずあの小屋を調べてみるしかない。
一行は、ゆるゆると行動方針を相談し始めた。
「とりあえず、誰かが中の様子を偵察する。奇襲で倒すか、外に飛び出して来た場合には全員で一斉に攻撃して、ゴーレムを作らせないようにする」
しばらくの話し合いの後に、タバサがそう方針をまとめる。
「では、私が行こう」
ネイはそう言うと、物音を立てずに素早く小屋の側まで移動した。
小屋の中からは物音も何も聞こえず、やはり、誰もいるような気配はなかった。
(ふむ……)
窓から、そっと中を覗き込んでみる。
小屋は一部屋しかないらしく、部屋の中央あたりにテーブルと、転がった椅子が見えた。
テーブルの上には酒壜が転がっている。
そして、それらすべての上に、分厚く埃が積もっていた。
部屋の端には暖炉もあるが、完全に崩れている。
(……どう見ても、ここでは誰も生活しておらんな。一時的な物置に使っているだけだとしても、もう少し片付いていてよさそうなものだ)
とはいえ、誰も使っていないと見せかけるために埃をあらためて撒き散らして乱れた跡を隠すなどの偽装をしている可能性もゼロではない。
そんな警戒をする男が、付近の樵に何度も小屋に出入りする姿を目撃されていたというのも、不自然な話ではあるが。
「むっ?」
そう考えていたあたりで、ネイは部屋の隅に積まれた薪の隣に、チェストがあるのに気付いた。
木でできた、大きい箱だ。
その箱のあたりだけ、明らかに埃が薄く、不自然に乱された痕跡があった。
とはいえ、それが賊のしたことだとは限らない。
たまたま付近を通りかかってこの小屋を見つけた誰かが、好奇心で中を覗いてみただけかもしれない。
それでも、もし何かあるとすれば、明らかにあの箱の中だろう。
「……よし」
ネイは、それ以外に人が隠れられるような場所がまったくないことを確認すると、合図を送って皆を呼び寄せた。
「誰もおらんようだ。何かを隠せそうな場所も、木箱が一つくらいしかないな」
そろそろとやってきたルイズらに、そう説明する。
タバサは入り口の扉に向けて杖を振って罠がないことを確認すると、中に入っていく。
キュルケとネイも後に続き、ルイズとロングビルは外の見張りに残った。
最初に、ネイが調査するに値しそうな唯一の場所として目星をつけた木箱を調べたタバサは、その中からあっさりと、小さな金色の像と黒表紙本とを見つけ出した。
「破壊の神像と、教典」
「あっけなく見つかったわね」
キュルケが、拍子抜けしたようにそう言った。
ネイは目を瞬かせる。
「間違いないのか?」
「ええ。新入生の学院案内の時に、宝物庫見学で見たことあるから」
「そうか……」
十中八九ガセネタの類だろうと思っていたネイとしてはやや意外に感じたものの、まあ、あったというのならそれに越したことはない。
「これが、学院の秘宝とやらなのか」
ネイはタバサの手から神像を受け取ると、しげしげと眺めてみた。
金色をした、小さいがずしりと重たい金属製の像で、何かの獣と人間が混ざり合ったような、いささか悪趣味にも思えるデザインをしている。
細工の技術が取り立てて優れているとも思えないし、別段強い魔力なども感じなかった。
「……これのどこに、それほどの価値があるのかわからんが。破壊の神像とは、どういう意味なのだ?」
ネイがそう尋ねると、タバサは小首を傾げ、キュルケは軽く肩を竦めた。
「わからない」
「使い方とか効果とか、詳しいことは知らないわ。オールド・オスマンは、その像が使われるところを見たことがあるって話だけど」
「ほう?」
「噂だと、教典と一緒に使うものらしいわよ。だから、セットになってるのね」
それを聞いて、ネイは教典の方も手に取ってめくってみた。
すぐに、その手の動きがぴたりと止まる。
「これは……」
その時、外で見張りをしていたルイズの悲鳴が聞こえた。
「きゃああぁっ!?」
小屋の中の三人が、一斉に身構える。
次の瞬間、小屋のドアが吹き飛んで、青空をバックに巨大なゴーレムが姿をあらわした……。