「おいでなすったわね!」
キュルケが巨大なゴーレムの姿を見上げながら、杖を引き抜いて呪文を唱え始める。
最初から杖を手に持っていたタバサは彼女に先駆けて詠唱を完成させると、自分の体より大きなそれをゴーレムに向けて振った。
人間なら何人もまとめて軽々と宙に舞いあげられそうな、大きな竜巻が生まれて、ゴーレムにぶつかっていく。
しかし、身の丈三十メイルはあろうかという巨大ゴーレムに対しては、その竜巻もささやかなつむじ風程度のものだったようだ。
表面の土がいくらか風に舞い散った程度で、まるでびくともしない。
続いて、キュルケの呪文が完成した。
突き出した杖の先から火炎が放たれて、ゴーレムの体を包み込む。
だが、体表の土が水分を奪われて、いくらか砂になってこぼれ落ちた程度で、やはりダメージらしいダメージを与えられた様子はなかった。
「無理みたいね……、相手が大きすぎるわ」
「一時撤退」
キュルケが悔しげに呻き、タバサは淡々とそう呟く。
そんな二人をよそに、ネイは軽く眉根を寄せてゴーレムを見上げながら、思案を巡らせていた。
(……フーケとやらは、どこでどうやって、我々の動向を見張っていたのだ?)
このゴーレムがあまりにもタイミングよくあらわれたことから見て、フーケが自分たちの動きを完全に把握していたのは間違いない。
だが、一体どうしてそんなことができたのか。
いくらなんでも、やって来るかどうかさえ分からない追っ手を待ち伏せるために、四六時中付近の茂みなり木の上なりに潜んで小屋を見張っていた、などというはずがあるまい。
(魔法による遠隔視という可能性も、なくはないが)
しかし、出発前に考えていた、『学院内部にフーケ本人か、もしくはその内通者がいる』という仮説が正しいものだとすれば……。
そんな風に考えていたところへ、タバサと共に半壊した小屋から離脱しようとするキュルケに声をかけられる。
「ちょっと、何してるのよ! あなたも早く!」
「うん? ……ああ」
ネイ自身には別に大した危機感もなかったが、ひとまずは頷いて、彼女らの後に続くことにした。
と、そこで。
「……ルイズ?」
視界の端に彼女の姿が見えたので、ネイは足を止めてそちらに目をやった。
ルイズはキュルケやタバサとは逆にゴーレムに接近し、背後から攻撃をかけようとしている。
「ウル・カーノっ!」
ルーンを唱えて杖を突き出したが、本来その先から放たれるはずの炎は発生しない。
代わりにゴーレムの背中のあたりで小さな爆発が起こったが、土が少しこぼれただけでほとんど何も影響はないようだ。
ゴーレムはゆっくりと、彼女の方に振り向いた。
「デル・ウィンデ!」
ルイズは逃げようとせずに、繰り返しルーンを唱えて杖を振る。
その度に、効果のない爆発がゴーレムの体表で弾けた。
「何をやっている、ルイズ!」
ネイが、顔をしかめて怒鳴りつける。
「お前の攻撃ではそいつは倒せん、一旦退避しろ!」
ルイズは唇を噛み締めて、彼女を睨み返した。
「いやよ! 貴族は、敵に後ろを見せないものよ!」
ネイは怒っているとも呆れているともつかないような顔をすると、地を蹴って駆けだした。
「きゃっ!?」
一足飛びにルイズの下まで辿り着いたネイが、彼女の体を片腕で担ぐように抱きかかえてそのまま走り続ける。
「な、なにを……、っ!?」
抗議しかけたルイズの目に、先ほどまで自分が立っていたあたりにゴーレムの巨大な足が振り下ろされるのが見えた。
ドォォン、と、重い地響きが伝わってくる。
「死んでしまえばどれだけ嘲られようとも、そいつらを見返すことも、抗議することもできなくなるぞ」
ネイが間近から冷ややかな目で、ルイズを睨む。
「う……」
ルイズはばつが悪そうに目を伏せたものの、顔を歪めてぽつりと呟いた。
「……だって。ここで逃げたら、また『ゼロ』だからだって言われるわ。私、いつもバカにされてるのが、悔しくて……」
「だから何だ」
ネイの声は冷ややかで、心を動かされた様子はない。
「いくらバカにされたところで、貴族のお前は実際に石を投げられたり、燃え殻を肌に押し付けられたり、泥の混じった残飯を食わさせられたりするわけでもあるまいが」
「は、はあ? いくらなんでも、そんなこと……」
当たり前だろう、と言おうとしたが。
そこで、はっと気が付いた。
ハーフエルフであるネイは、実際に自分が体験した扱いに基づいて話しているのだ。
「ふん……」
ネイは軽く鼻を鳴らすと、ひとまず安全であろう距離まで離れたところで、ルイズを下ろしてやった。
ゴーレムは地響きを立てながら追いかけてくるが、スピードは普通の人間と大差ない程度のようで、距離的にはまだ余裕はある。
「別に、尻尾を巻いて逃げ帰れとは言っておらん。無駄なことを続けるよりも、一旦退避して作戦を変えろと言っているのだ」
ネイがルイズの顔を覗き込むようにしながら、そう言い聞かせる。
「きゅいっ」
どういうことかとルイズが問い返そうとしたところで、シルフィードが一声鳴きながら彼女らの側に降りてきた。
「タバサに呼ばれたか。ちょうどいいところに来てくれたな」
その背には、キュルケとタバサが乗っている。
「早く乗って!」
「まあ待て」
ネイはルイズの耳元で何かを短く囁くと、彼女を放り投げるようにして、避難を促してくる少女らに押しつけた。
ついでのように、かさばって邪魔な『破壊の神像と教典』も一緒に。
「あのゴーレムを倒したところで、術者が死ぬわけでもない。お前たちは上空からフーケとやらと、どこぞに消えたあと一人の同行者を探せ」
タバサの『念力』で受け止められたルイズは、はっとしたような顔になっていた。
キュルケがまじまじと、ネイを見つめる。
「ゴーレムが来るぞ、早く飛べ」
「あなたは、どうする気?」
「お前たちが探している間に、あれの相手をしておいてやる」
ネイはそれだけ言うとゴーレムの方に向き直って、彼女らにはしっしっと片手を振った。
タバサはしばし、そんな彼女の背中をじっと見つめていたが。
これ以上留まれば腕が届きかねない範囲にまでゴーレムが近付いてきたので、シルフィードを促して飛び上がらせた。
「よし」
ネイは小さく頷くと、デルフリンガーを抜いて身構える。
「……おっ? なんだかんだ言って俺を使う気になったのか、姉ちゃん」
状況を把握したデルフリンガーが、上機嫌そうにかちゃかちゃと金具を鳴らして喋った。
「別に、まったく使わんとは言っておらん。鞘から抜かねば、お前を持ち運んでいる意味がない」
「ずいぶんとでけえ相手だな。斬りごたえがありそうだぜ」
「だが、私がこの戦いでお前しか使わないとまでは期待してくれるなよ。剣と魔法、どちらも使いこなせてこその魔法剣士なのだからな」
そう言ったところで、間近に迫ったゴーレムが拳を振り上げた。
「ネ、ネイっ?」
慌ててシルフィードの上から飛び降りようとするルイズを、タバサが後ろから抱きかかえる。
離して、あいつも拾い上げてと抗議するルイズに、タバサは首を横に振った。
「邪魔になるだけ。彼女が任せろというのなら、そうした方がいい」
「そうね。自分から残ったからには、勝算があるんでしょう」
自分たちの魔法がまるで通じないあの巨大ゴーレム相手に本当かと、にわかには信じがたいような気持ちもあるし。
まったく心配でないと言えば、嘘にはなるが。
とはいえ、だからと言って自分たちまで下に残っても、何か役に立つわけでもないのだ。
「そうだといいけど……」
ルイズははらはらしながら、眼下の様子を見守った。
ネイの魔法は、確かにすごい。
昨日の戦いでは、強靭なオーク鬼数体をまとめて一発で消し炭にしていた。
しかし、あれは電撃を放つ呪文である。
電撃は対生物では強い殺傷力を発揮するが、無機物であるゴーレムに対しては効果が薄いだろう。
無論、それ以外の呪文も使えようが、得意分野でない呪文では、威力ががくんと落ちるはず。
ましてや、剣などで戦えるような相手でもない。
オーク鬼ならばいざ知らず、あんな巨大ゴーレムを相手に剣が何の役に立とうか。
だというのにネイは、剣を抜いているのだ。
そんなルイズの肩を、キュルケが押さえた。
「ネイのことが心配なんだったら、急いでフーケを探し出せばいいのよ。見つけさえすれば、私たちの方で倒せるわ」
「わ、わかってるわよ! タバサ、早く探しましょう!」
「やってる」
ルイズに言われるまでもなく、タバサは既にシルフィードをゆっくりと旋回させながら、眼下の森を目で探り始めていた。
しかし、見通しはあまり明るくない。
鬱蒼とした森のどこにいるかもわからない人間一人を見つけるのは、そんなに簡単なことではないのだ。
「ちっ。あいつ、秘宝を持ってないね」
森の中に身を潜めたロングビルこと『土くれ』のフーケは、自分のゴーレムと対峙するネイの姿を見て舌打ちをした。
遥か遠方から来たハーフエルフだという彼女ならば、あるいは未知の言語で書かれた教典を読めて神像を使ってみせてくれるのではないか、と期待していたのだが。
その手には神像も教典もなく、巨大なゴーレム相手には役立つはずもない剣などを構えている。
どうやら回収した秘宝は、先ほど既に上空にいる生徒らに渡してしまったらしい。
「そんなにうまい話はないか……」
そうぼやいたフーケは、気を取り直すと、さてどうしようかと考えた。
このままあのハーフエルフをゴーレムで叩き潰し、上空の生徒らの前に何食わぬ顔で姿をあらわして自分を拾い上げに寄って来たところで不意を打って片付け、秘宝を回収して学院側の次の動きを待つ。
……といったあたりが、まあ順当なところだろうが……。
(あいつは、あんまり殺したくはないしねえ)
どちらも大層な美人だという点は別として、肌の色や雰囲気など、外見の上ではあまり似ているとは言えないものの。
聞けばハーフエルフだったり、孤児たちを育てていたりと、自分が仕送りをしているアルビオンの『妹』とずいぶん境遇が似ているようだ。
そんなものは所詮個人的な感傷に過ぎないので、いざとなれば片付けることにも躊躇はしないつもりだが、そうでなければ殺すのはあまり気が進まない。
「……よし」
少しばかり手加減して脅し、逃げ帰らせてやることにするか、とフーケは決めた。
秘宝の回収は多少手間になるかもしれないが、まあどうとでもなる。
(お遊びの決闘で学院のガキどもには勝ったらしいし、このくらいはかわせるだろ?)
心の中でそう言いながら、ゴーレムの拳をゆっくりと持ち上げ、ネイに向けて振り下ろさせる。
「おっ、来たぜ姉ちゃん」
「ふん……遅いな」
ネイは自分に向けて振り下ろされる拳を飛び退いてかわすのではなく、逆にそれを潜り抜けてゴーレムの方に向かって跳んだ。
一足飛びに突っ込んでいきながら、デルフリンガーを両手で構える。
「くらえ!
叫びながら剣を横薙ぎに振るい、ゴーレムの足を斬り付ける。
その攻撃はあまりに速く、フーケには反応してゴーレムの足を硬化させようとするだけの暇もなかった。
ドゴォォッ、という破壊音と共に、土製のゴーレムの左足が寸断される。
「なっ……!?」
フーケが驚愕に目を見開いた。
バカな。
あの女の持っている剣の刀身は、どう見てもゴーレムの足の太さの半分もない。
だというのに、それで完全に斬り砕くとは。
(ま、まさか、先住魔法? いや、やっぱり秘宝の力を使ってるとか?)
そんな考えがぐるぐると頭を巡ったが。
片足を砕かれたゴーレムがバランスを崩して倒れそうになったので、あわてて杖を振り、ひとまず手をついて体を支えるよう指示を出す。
その後で足を再構築して、体勢を立て直すつもりだった。
しかし、そこへネイがデルフリンガーを片手に持ち替えて、呪文を唱える。
「スー・キー・スー・ラー・ツー・シュー メガ=メガデ」
空いた片手を振りかぶり、五本の指を鉤爪状に広げて、詠唱が終わると同時にゴーレムの上体の手前あたりに向かって真横に薙いだ。
「
膨大な魔力によって形成された不可視の真空層が指の軌道の延長線上に生じ、鋼の刀身よりも鋭い長大な刃となる。
その刃が、体勢を崩したゴーレムが己の体を支えるために地面につこうとしていた両腕を、上腕部から手首のあたりまでにかけて幾重にも輪切りにした。
「あ……」
フーケが事態に対応するどころか、何が起こったのかも完全に把握しきれないうちに、ゴーレムの腕が落ちる。
体はそのまま前のめりに倒れて、地面に強かに打ち付けられた。
既に片足と両腕を失っていたゴーレムは、その衝撃でさらにあちこちが崩れ、もはや形状を維持できなくなる。
身体に込められていた魔力が霧散して完全に形を失い、ただの土塊に還っていった。
「ヒュー、もう終わりか。さすがだな姉ちゃん!」
「思った以上に脆かったな……。所詮は、見掛け倒しの木偶人形か」
ネイはデルフリンガーをひと振りして付着した土を払い飛ばすと、上空のルイズらに向かって声をかけた。
「どうだ、フーケは見つかったか?」
名称:龍撃羅刹斬(りゅうげきらせつざん)
分類:技(剣)
解説:破裏拳流剣法の技の一つで、剣を横に薙ぎ払うことによって対象を寸断する。
カイ・ハーンも習得しているが、ネイが使用した場合には彼女の雷精への親和性のために剣身に雷撃が伴う。
雷神剣で繰り出した際には石橋をかなりの広範囲に渡って叩き斬るほどの威力を発揮していた。
名称:等活地獄(ソドム)
分類:暗黒魔術
解説:複数の鋭利な真空の刃を作り出し、目標に放つ呪文。
呪文を受けた相手は平行に飛ぶ刃のために、幾重にも輪切りに切断される。
この呪文は魔法力を通常の物理現象に転換するため、鈴木土下座ェ門のように対魔法の結界を帯びている相手にも有効。
効果範囲は比較的広く、D・Sはこの呪文で向かってくる複数のオーク兵をまとめて斬殺したり、小説では何十人もの騎士を疾走する馬ごと輪切りにしたりしていた。
なお、原作でネイがこの呪文を使用する場面はないが、ゲーム「BASTARD!! -虚ろなる神々の器-」では習得呪文のリストに入っている。