ゼロの雷帝 アーシェス・ネイ異聞録   作:ローレンシウ

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招来

『さあ、我を崇うのだ』

「そんな寝言を言うために、わざわざ押しかけて来たのか」

 

 ネイは冷ややかに笑いながら、デルフリンガーを鞘から抜いた。

 

「よほど暇と見えるな。ろくに信徒もおらんのだろう。忘れ去られかけた三流の神など、そんなものだ」

『ほざくな、小娘が!』

 

 黄金色に輝く邪神の巨躯がますます膨れ上がり、青白い炎と怒気が立ち上る。

 まがまがしい牙を飛び出させた唇の端から、しゅうしゅうという音と共に焼け焦げた血と硫黄のような臭いが漂い出してきた。

 

「おいおいおいおい。いきなり抜かれたかと思ったらなんだってんだ姉ちゃん、このバケモンは」

悪魔(デーモン)だな。邪神扱いされているようだが」

 

 いきなりのことで状況を把握できていない様子のデルフリンガーに、ネイはそう答えてやると、彼を軽く構えた。

 ネイと邪神、双方の放つ魔力がぶつかり合い、その内圧で学院長室の壁がみしみしと軋む。

 

 しかし、対峙する両者が行動を起こす前に、背後に控えていた少女の一人が動く。

 

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」

『ふぐぅッ!?』

 

 全長二メイルにも達しようかという太く大きな氷の槍が詠唱によってタバサの長杖にまとわりつき、即座に邪神の胸板に向けて叩き付けられた。

 これはジャベリンと呼ばれるライン・スペルの一種で、並の鋼鉄の鎧程度なら容易に叩き潰し、撃ち抜くだけの威力を持っている。

 敵の巨体から考えて有効打を与えるためには高威力の呪文が必要であり、対処する隙を与えないためには詠唱をごく短時間で完成させ、高速で放つことが必要となる。

 その双方の条件を満たす呪文を即座に選択し、十分な完成度で放てたのは、タバサの実力と状況判断力の高さを示すものといえるだろう。

 

 ――しかし。

 

『……フッ、フフフフ』

 

 一瞬、驚いたように目を見開いて呻いた邪神だったが、次の瞬間にはその目を細めると、嘲るように鼻で笑った。

 確かに胸板に炸裂したと思ったジャベリンは邪神の体に吸い込まれでもしたかのように消え失せ、なんの害も与えられなかったようだ。

 邪神は予想外の事態に息を呑むタバサに目を向け、高らかに哄笑した。

 

『ふはははは! 効かぬ、効かぬわ。そんな攻撃なぞ、蚊が刺したほどにも感じぬ!』

「ほー。魔界にも、蚊がいるのか?」

 

 ネイはそんな、暢気な疑問を口にする。

 そういえば、なにがしかの書物に地獄前域という場所では無為に生きて善も悪もなさなかった亡者どもが蚊や蜂に刺されて苦しんでいるとかなんとか書いてあったような気もするな、などと思い返しながら。

 

 邪神はそんな彼女を無視して、今度はタバサの方に向き直った。

 

「っ……!?」

 

 その赤く燃える燠のような目に見据えられて彼女は思わず体をこわばらせたが、次いで、自分がそれに吸い寄せられているかのように感じた。

 夜闇の中をさまよう蛾が、その身を焼く炎の輝きに惹かれるように。

 

『問答無用で殺しにかかるとは、幼さに見合わぬよい心掛けではないか。気に入ったぞ。そのちっぽけな心の中に、獣を棲まわせておる』

 

 本来なら聞き苦しいはずの獣が唸るような声が、ひどく甘く、心地よく耳に響く。

 

『我に従うのだ。そうすれば、お前の望みはみな叶えて進ぜようぞ』

「わたしの、望み……?」

『そうだ。あるだろう。口にしてみよ、自分の願望を』

「……わたしは……」

 

 タバサが憑かれたように邪神を見上げて、言われるままに口を開こうとした、ところで。

 

「そこまでだ」

 

 いつの間にかタバサの傍らに立っていたネイが、彼女の肩を抑えた。

 

「っ……!」

 

 タバサははっと息を呑んで、彼女の接近にまるで気付かなかったことに愕然とする。

 ネイはそんな彼女に、静かに言い聞かせた。

 

「惑わされるな。あんなモノには、お前の望みを叶える力などはない」

 

 その声は優しく、どこか甘く安心するような響きを持っている。

 

「私を信じろ」

 

 今度は、その声に引き込まれそうになって……。

 タバサはそこで、はっと気が付いた。

 

「……心を操る、魔法?」

「そうだ」

 

 タバサが邪神の精神魔法に囚われかけていたため、ネイは軽い魅了(チャーム)で上書きする形でそれを解除したのである。

 正確に言えば、天使や悪魔のような存在が使うそれは人間などが用いる魔法とはやや異なるものだが、この程度のランクの相手であれば、ネイには十分に対抗できる。

 

『おのれ、邪魔立てをするな小娘めが! 引っ込んでおれ!』

 

 口の端から牙を剥き出し、血の蒸気をあげて喚く邪神の剣幕を、ネイは冷笑して受け流す。

 

「招かれざる客の分際で、何を図々しい。そちらこそ、さっさと還るがいい」

『我を恐れぬのか。見よ! それとも、貴様は目が見えぬとでもいうのか!』

 

 邪神は両手を大きく広げ、威圧するように低く轟く唸り声をあげた。

 周囲に立ち込める血と硫黄の悪臭はますます強くなり、邪神の体はなお一層大きく膨れ上がって、ひどく恐ろしげに見える。

 

「な。なんなんだい、こいつは……」

 

 凶賊、怪盗として世間を騒がせた土くれのフーケことロングビルでさえも体がすくみ、思わず口から漏れた呆然とした呟きに地が出てしまっている。

 邪神の姿は今や、彼女の自慢の巨大ゴーレムでさえ凌ぐのではないかというほどの、雲を突かんばかりの威容になっているのだ。

 

 最初は眉唾物だと思っていたが、これは本当に正真正銘の、邪な神というものに違いない。

 こんな相手、たとえエルフであっても誰であっても、どうしようもないのではないか……。

 

「…………」

「じゃ、邪神だろうがなんだろうが、わたしのパートナーに手は出させないわ!」

 

 コルベールがいつになく険しい顔をしながら、何か覚悟を決めたような顔で杖を抜いて生徒らの前に出ようとし。

 ルイズは震える手で邪神に杖を突き付け、呪文を詠唱しようとする。

 しかし、ネイはまるで動じた様子もなく、軽く跳んで彼らの側へ移動すると、ルイズの杖の先を抑えた。

 

「やめておけ」

 

 少しも緊張した様子も怯えた様子もない落ち着いた声に、他の者たちもみな動きを止めて、ネイの方を見る。

 

「その気持ちは嬉しいがな。あんな間の抜けたこけおどしに乗せられて、これ以上意味もなく、部屋を壊すこともあるまい」

「こ……こけおどし?」

 

 言われて、ネイ以外の者は困惑して互いに顔を見合わせる。

 真っ先に気が付いたのは、やや遠巻きに状況を静観していたオスマンとキュルケだった。

 

「むう。言われてみれば……」

「……大きすぎるわね」

 

 それで、皆がはっとした。

 

 目の前の邪神の大きさはどうだ。

 一体何十メイルあるのかと思うほどの、雲を突かんばかりの巨体。

 だがしかし、よくよく考えてみれば、ここは学院長室の中。

 つまりは屋内ではないか。

 本当に邪神がそんな大きさなら、屋上が突き破られ、建物の石組みが崩壊し、こうして面と向かって話しているどころではなくなっているはず。

 どうして、そんな単純な矛盾点にこれまで誰も気付かず、違和感を覚えなかったのか。

 

幻術(イリュージョン)というものは、精神への影響も伴う。一度その術中に嵌まってしまえば、多少の不自然な状況にも気が付かなくなるものだ」

 

 ネイはそう言うと、目の前の邪神の偉容に向けて軽く手をかざし、短く解除呪文(ディスペル・マジック)のスペルを唱えた。

 たちまちのうちに巨大な邪神の偉容が、まるで絵具が拭い去られるように消えうせていく。

 漂っていた濃密な硫黄と血の悪臭も消え失せ、普段の平穏な学院長室の匂いが戻ってくる。

 気がつけば、邪神を象った小像はネイが置いたときのままの状態でそこにあった。

 依然として全体が鈍く赤い輝きに包まれ、何やら禍々しい気配を放ってはいるが、先程のような強い威圧感はなく、変形しても膨れ上がってもいない。

 もちろん、天井も何も壊れてはいない。

 像の向こう側の壁だけはタバサが先程放ったジャベリンが突き立って、大きく破損していたが。

 

『……おっ、おのれ~……!』

 

 小さな姿に戻った邪神像が、己の術が破られたことに憎々しげに呻きながら、かたかた揺れる。

 結局のところ、彼が本当にできる動きとしては、その程度がせいぜいのようだった。

 

「貴様は、役者としても三流だな。星幽体(アストラル・ボディ)ですらない、依代に一時的に宿っただけの精神体がやることにしては、演出過剰もいいところだ」

 

 正式に召喚されたわけでもないのに、交信用の精神糸だけを通じて本体が依代をあんな巨体に変えられるような膨大な魔力をもってこちらへ乗り込んでくることなど、できるはずもない。

 そのあたりの理屈を熟知しているネイにとっては、これがこけおどしであることは端から自明だったのだ。

 

 逆に、もし仮にまともに召喚もされてないのにそんな些細な要因だけで物質界へ来ることができるのだとしたら、それこそこの『邪神』とやらの正体が取るに足らない小悪魔に過ぎないという証明になる。

 悪魔族は上位の存在になればなるほど、その罪の重みで魂が地獄に強く引かれているため、そこから引き離して召喚することは困難になるのだ。

 比較的容易に召喚できるのは下位悪魔(レッサー・デーモン)として分類されるものであり、中位からそれ以上の悪魔はかなり腕の立つ召喚士でなければ呼び出せないし、制御することも困難になる。

 最弱の者でもレベル1000を超えるという魔神(デヴィル)族ともなれば、よほど大規模かつ強力な儀式魔術でも用いない限り、そもそも召喚すること自体が不可能だ。

 

『いい気になるなよ、小娘ぇ~! 今の我が、何もできぬなどと思うな~!』

「ほーお? で、何ができるというのだ。そうしてがたがたと震えて、命乞いをすることか?」

 

 ネイに鼻で笑われて、邪神像は怒りに身を震わせる。

 

『うぬぅうう! 神を愚弄しおって! 殺してやるうぅ!! おのれらが従わぬというのなら、皆殺しにしてくれるわぁぁ!!』

 

 威厳ありげな芝居をかなぐり捨てた怒号と共に、依代に蓄えられていた幾許かの魔力が激しく迸った。

 

「む……」

 

 ネイはわずかに顔をしかめて、軽く飛び退く。

 直後に、彼女らと邪神像との間にある空間そのものがまるで汚らしい泥濘を捏ねたようにぐにゃりと歪み、そこにいくつかの『隙間』が開き始めた。

 不浄な気配と硫黄の悪臭が流れ出す。

 

「……これも、幻覚ってやつなのかしら?」

「いや。違うな」

 

 戸惑うキュルケに、ネイは短くそう返事をした。

 

魔道開門(モーターヘード)……いや、それに相当するような、悪魔族の招来能力(サモニング・アビリティ)か」

 

 どうやら精神体だけでも、『小物』を呼び込む程度の力はどうにかあったらしい。

 天使や悪魔の類は、次元の壁を越えて物質界にやってくることは困難だが、一旦こちらへやってくると往々にして自身と同等またはそれ以下の存在位階の新手を次々と呼び寄せることで知られている。

 そういった召喚はごく一時的なもの(招来)であって恒久的な召喚(招請)ではないのだが、対峙する冒険者等にとっては深刻な脅威となるのだ。

 

「すまんな。私が呼び込んだ面倒だ、こちらで処理する」

 

 そう言って、ルイズらを庇うようにやや前へ出る。

 部屋はかなり壊れるだろうが、まあ既に先のタバサの一撃でかなり壊れていることだし、学院の宝物庫に仕舞われていた危険物の奪還及び処理代ということでチャラにしてもらおう。

 ネイはそんなことを考えながら、デルフリンガーを軽く構え直した。

 

「おっ、戦いか?」

 

 デルフはまた使ってもらえるとあって、ややテンションが上がっているようだ。

 そんな彼らの前で、ついに空間にできた4つの『隙間』が大きく開き、そこから悪魔が姿を現した。

 

「グルルルル……」

「ギシャギシャ、ギシャシャシャ」

「ブブブブ」

「ウボボボ、ウボウボウボ」

 

 筋肉質な赤銅色の体に山羊のような頭部が乗った、四本の腕を持つ屈強そうな悪魔。

 蜘蛛のような複数の目、何本もの角、蝙蝠の翼に爬虫類のような鱗に覆われた巨躯を持つ、異形の悪魔。

 直立した竜とオーク鬼が混じり合ったような、見苦しい姿をした悪魔。

 それに、顔全体が大きな口のようになっている、有翼の悪魔……。

 

 さすがに先ほど邪神が見せたこけおどしのような天を衝くほどの巨体というわけではないが、どの個体も人間に比べればかなり大きく、この室内では少々窮屈そうな感じだ。

 それぞれかなり異なる姿をしているが、いずれも通常の人間の上限とされるレベル99を超えない、下位悪魔に分類されるものだろう。

 

「ほ、本物の悪魔なの……?」

「……まさか、そのようなものが実在するとは……」

 

 その醜悪な姿にたじろぐルイズ。

 背後で杖を握り締めるコルベールも表情が固く、声には緊張したような様子が伺えた。

 

『ふははは、今さら後悔してももう遅いぞぉ~! こ奴らのすることは、もはや私にも止められはせんのだからなあぁ~!!』

 

 人間たちの狼狽える姿を見て、邪神像がカタカタと震えながら哄笑する。

 

 もはや目の前の連中を信徒に引き込もうなどという計画は完全に捨てていた。

 下位悪魔どもに召喚の切れるまで好きなように暴れ狂わせ、こいつらを皆殺しにさせれば、ズタズタになった血と肉と臓物の散乱した現場に残された像に、誰かがまた興味を抱くことだろう。

 この世界に信仰を広める算段は、その誰かを相手に、またゆっくりとすればいい。

 それよりも今は、この血塗れの虐殺を愉しんでやろう。

 

 山羊頭の悪魔が四腕のうちの一本でそんな召喚主を拾い上げると、守るように抱え込む。

 同時に別の腕を人間どもの方に向けて、口を開いた。

 

「MAHALITO!」

 

 ルイズらの使うそれともネイの使うそれとも異なる、異界の悪魔の咆哮めいた呪言。

 ただの一吠えで魔力が励起され、突き出した腕の先から複数の火弾が、目の前の敵すべてに向けて放たれた。

 主物質界の種族よりも遥かに魔法的な高次存在である悪魔は、比較的下等な種であってさえ、このような高速詠唱を容易に行えるのだ。

 

「はっ……」

 

 自身も優秀な火の使い手であるキュルケは、その速さに目を瞠った。

 少なく見積もってもライン・クラスはありそうな広範囲の火炎呪文を、ろくに魔力を練った様子も詠唱もなく、ただの一言だけで即座に発動させるとは。

 

 悪魔の性質について事前に十分に知っていたネイが、いち早くその攻撃に対応した。

 

爆烈焼球(インテリペリ)!」

 

 圧縮詠唱と共に、デルフリンガーを握っていない方の腕を横に薙ぐ。

 火の精霊を行使して生成した複数の小火球が放たれ、悪魔の放った火弾に命中、小規模な爆発を起こして相殺する。

 

『ぬう!?』

「グルルルルルル!」

 

 不服そうに唸る邪神像と悪魔に向けてデルフリンガーを突き付けながら、ネイは背後のルイズらに呼びかけた。

 

「お前たちは下がっていろ。すぐに片付けてやる」

 

 そう言われても、ネイにすべてを丸投げして引っ込んでいられるほど、彼女らの貴族としてのプライドは安いものではない。

 

「なによ、使い魔だけに戦わせて引っ込んでいるだなんて、メイジのすることじゃないわ!」

「相手が四匹もいるのに、独り占めはないでしょ?」

「助太刀する」

 

 口々にそう言う生徒らと同じく、教師陣も杖を構える。

 ネイはちらりと彼女らの方に目をやって、ほんの少し考えた後、頷いた。

 

「そうか。では、さっさと片付けるとしよう」

 




名称:魅了(チャーム)
分類:精霊魔術(精神)
解説:精神の精霊を行使して対象となった者に術者を仲間や近親者などのように思わせ、警戒心や自制心を解く呪文。
 原作では明確に使用された場面がなく名称のみ登場した呪文だが、精霊魔術の一種でありさして高等なものでもないと思われるので、ネイならほぼ間違いなく使えるだろう。

名称:爆烈焼球(インテリペリ)
分類:精霊魔術(火)
解説:火の精霊を行使して複数(通常は10個ほど)の小火球を作成し、敵に向かって投げつける呪文。
 命中すると小規模な爆発を起こし、人間程度の生物であれば十分に殺傷できるだけの威力を発揮する。
 個々の小火球の威力は、標準的な手榴弾ほどだという。
 原作で使用したのはD・Sのみだが、精霊魔術の一種かつごく低級の呪文と思われるので、ネイも当然使えるだろう。

名称:MAHALITO(マハリト)
分類:不明(異界の呪文)
解説:ある程度の範囲内にいる目標すべてに対して、まとめて複数発の火弾を放つ呪文。
 低レベルの冒険者程度なら一撃で殺傷しうるだけの威力がある。
 本作のオリジナル……というか、ウィザードリィの同名呪文がモデル。
 使用している下位悪魔の姿も初代のレッサーデーモンそのまま。
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